最近、ケイの絆上げを頑張ってやってるんですけど……めちゃくちゃ大変じゃないですかあれって…?
50にすらまだ達していないこの現状……絆100勢って何者なんです?
そこは、先ほどまでいた外の世界とは全く別の世界だった。
ゲームセンター。その名の通り、ゲームで遊ぶことが出来る施設である。目の前に広がるのは、光り輝くメダルゲームの筐体だ。おそらく何十時間も稼働するのであろうその筐体は、窓のない空間も相まって今が昼なのか夜なのか分からなくさせる魔法の箱のようだ。
耳を澄まさなくとも入り込んでくるジャラジャラというメダルの落ちる音。それに重なるように四方八方から響いてくるキュインキュインという音が、僕の鼓膜を震わせている。
密閉空間特有の淀んだ空気には、様々な人間と金属の匂いが充満していた。肌を伝う感触は、どこか湿っぽいものを感じる。
自然という世界とは全く対照的な世界。雄大に広がる空を見上げる人々は存在せず、代わりに見つめるのは脳を活性化させる人工物の光に照らされた画面のみ。自然の爽やかさなど欠片もない、人々が狂気に陥る集い場。
これが、ゲームセンターというものだ。
【……アオト】
「んー?」
僕と一緒にこの光景を見ているケイは、何かを伝えたげに声をかける。
周りの喧騒が大きいせいか、ケイが話すときに聞こえる電子音がなかなか聞き取りづらい。これはケイに意識を集中させて耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうだ。
【先ほどまでの静謐な空間を返してほしいのですが……】
「ありゃ、ケイはあまり気に入らない感じ?」
お花屋さんまでの場所とは全く喧噪も雰囲気も別世界なこの空間を見せられたケイは、どこか哀愁漂う様子を見せながら僕に訴えかけてきた。ケイは賑やかな場所よりかは物静かな場所の方が好きなのだろうか。
「うーん…じゃあ場所変える?ここはショッピングモールだからカフェとかもあるし、そこにしようか?」
僕はゲームセンターの代わりにカフェに行くかと提案する。そこならゲームセンターよりかは静か場所なので、多少は落ち着けるはずだ。
そう、ここはショッピングモールだ。複合商業施設という名前なだけあってありとあらゆるお店が軒を連ねている。
普通に食品衛生雑貨を買うためのスーパーはもちろんのこと、アパレルやスポーツ用品、本屋に百均、そしてフードコートを含めた多種多様なお食事処にカフェなどが揃っている施設だ。休日にもなるとこのショッピングモールに周辺住民が大量にやってくるなど、ここ周辺の生活インフラの一つとして機能していると言っても過言ではない場所である。
【カフェ……ですか】
「うん。いわゆるのんびりお茶を飲むところなんだけど、少なくともここより落ち着けると思うよ?どうする?」
もしこの喧騒にケイがウンザリしているのであれば、ここから離れた方がいいのだろう。なんならカフェに行かず、そのまま帰ることも選択肢にあるのだ。
【……いえ、ゲームセンターにいましょう】
だがケイは、ゲームセンターにいることを選んだ。
「……そう?無理していない?大丈夫?」
【大丈夫です…別に喧騒が嫌なわけではないので。それに……】
ケイは続ける。
【初めて来る場所なんです。少しくらい見て回った方が良いものでしょう?】
「……そっか」
ケイから貰った言葉に、僕は納得して頷く。
そうだ、ケイにとって初めて来る場所なんだ。僕やお姉ちゃんたちにはなじみのある場所でも、ケイにとっては新鮮に感じるはずだ。
「じゃあ少し見て回ろうか。そのあと少しだけ遊ぼうよ」
【遊ぶ……体のない私にどうやって遊べと?】
「大丈夫、そこは僕にいい考えがあるんだ」
僕のゲーセンで遊ぶ発言に疑問を持った言葉を投げかけるケイだが、そこは本当に安心してほしい。あのゲームなら間接的にケイも楽しんで遊ぶことが出来るはずだ。だがその前に、ゲーセンの中を案内しないとね。
こうして僕たちはゲーセンを見て回るために歩き出した。
――――――――――――――――――――――
ゲームセンター。その名が示す通りゲームで遊ぶ施設になっているが、そこにあるゲームというのは基本的に家で遊べるようなものとは違う、全く異なる趣旨のゲーム筐体が置いてあることが多い。
つまり身近にゲームがある昨今の世の中であっても、ゲームセンターというのは特別感のある目新しい世界に感じるものなのだ。僕としても、いつ来たってゲーセン特有の世界観というのにはワクワクさせらるものである。
まだゲームにそこまで触れているわけではないケイにも、この感覚は味わってもらいたい……というわけで、ゲーセンツアーにご案内しているというわけだ。
最初に訪れたのはカードゲームが集まっているフロアだ。かの有名アニメのゲームから、ソシャゲのアーケード版として出されているゲームまで様々なものがある。
カードゲームと聞くと、トレーディングカードゲームを連想することが多いだろう。カードを集めて筐体を使わずに対人で対決するのがこのトレーディングカードゲームというものだ。実際、有名なカードゲームはこういったゲームセンターの筐体で遊ぶようなものはない。だがそういったカードゲームにはリアルで一緒に遊ぶ人がいないと楽しめないことや、ルールが複雑すぎて覚えるのが大変という難点を抱えている。
そういった難点をアーケードゲームというやり方で分かりやすく、かつオンラインでも遊べるようにすることによって解決しているというのを風の噂で聞いたことがある。そういった意味では、誰でも遊べますよというのがこのゲームセンターにあるカードゲームの魅力なのだが、僕はそこまで遊んでいるわけではない。だってこういうタイプのゲームってお金が掛かるんだもん。カード1枚排出するのに100円取られるし……
とまあ、そこは置いといて……ちょうどそのカードゲームをプレイしている人の後ろをチラリと見てみると、キラキラな装飾が満遍なく施されているカードを大量に読み込んでいる姿が確認できた。キラキラ……いや、あれはもはやビカビカと言ってもいいくらいの輝きだ。とてつもない光り方をしている。
ケイはその光り輝くカードを見て、【なぜ1つの紙にあそこまで装飾を施すのですか?】という疑問を口にしていた。僕が、「レア感を出すためじゃないかな」と答えると、【ただの紙切れなのに?】と返すケイ。どこまで高級そうに見せても、ケイにとってカードはただのカードらしい。なんというか、リアリストだなと感じる僕であった。
ああいうカードが1枚万単位で取引されていると知ったらケイはどんな反応をするのだろうか……?
次にやってきたのは格闘ゲームのフロアだ。格闘ゲームというとテレビゲームでも出来るジャンルなので、正直ゲーセンに来てまでやるメリットというのは無いのかもしれない。ただ、ゲームセンターにしか置いていない古い格闘ゲームなどが置いてあることもあるので、それが目的として来る人も多いだろう。
格闘ゲームと言えば、やはり我らがゲーム開発部の部長であり『UZQueen』の名を持つユズさんのことを語らぬわけにはいかないだろう。
ゲーム開発部に顔を出していた頃、一度だけオンライン対戦に勤しんでいるユズさんを見たことがあるが、ゲーム画面には334連勝中という表示されていてひっくり返った記憶がある。しかも大抵の対戦相手をパーフェクトゲームで捻りつぶすという容赦のない塵殺ぶり。さらには対戦中の表情がまさに極限の集中状態を通り越して無我の境地へと至っているものであり、淡々と無表情でかつ残像が見えるほどの速さでアサルトライフルを乱射しているのではないかという音でボタンを入力しているユズさんを見た時、僕は初めてユズさんを怖いと思ったものだ。
その姿を一度目にしてしまったせいか、このゲーセンで格ゲーをしている人たちのプレイがどうにも遅く、か弱く感じてしまう。ユズさんと比べると、まるでナマケモノがプレイしているんですかと言いたくなるような感じだ。このプレイヤーたちも十分強い人たちのはずなのだが……
そのことをケイに話してみたら、【本当に人間なのですか…?】という疑いの言葉が返ってきた。確かに言わんとしていることは分かる。あの状態のユズさんを人間だと思ってはいけないし、ある人はユズさんのことを『バケモノ』だの『悪魔』だの呼んでいたそうだ。でも近くでユズさんを見ていた僕からしてみれば、そんな生易しいものなんかじゃないと言い切れる。だからここではっきりと言っておこう……
──ああいうのはね、『鬼神』って言うんだよ。
そして格ゲーフロアの次に回ったのは、音ゲーのフロアだ。リズムに合わせて譜面を叩き、より高得点を目指すゲームが音ゲーというジャンルである。
僕が物心つきたての頃は、音ゲーと言えば太鼓を叩くゲームくらいしか無かった記憶がある。しかし今ではその音ゲーの種類も昔と比較にならないほどに増えていた。
昔からある太鼓を叩くゲームはもちろんのこと、ピアノの鍵盤のような形をしたものを指で叩いて遊ぶものや、ドラム式洗濯機のような形をした音ゲー、他にも僕の知らない音ゲーも多く、奥が深い世界になっている。
音ゲーをしているところを後ろから見ている僕たちは、音ゲープレイヤーの独特かつ激しい動きに圧倒されていた。【凄い動きですね……】と素直な感想を口にしているケイだったが、それと同時に【なぜ皆さんは手袋を着けているのですか?】という疑問もあるようだ。
確か指が痛くならないようにしている対策だったような、もしくは手が滑らないようにする対策だったような気がする。そのことをケイに伝えると、【まるでスポーツですね】と一言。確かに音ゲーを本気でやろうとすればスポーツのようなものになるのかもしれない。僕はそこまで本気でやったことは無いから分からないけど。
音ゲーを見た後はメダルゲームのフロアへと足を踏み入れた。このメダルゲームというのは、先ほどまで見てきたゲームたちとは少し特色が違う。
そもそもゲーセンに置かれているゲームは基本的にお金を払って遊ぶものだ。相場としては大体1プレイ100円もしくは200円なのだが、メダルゲームはそもそも1プレイという考え方を持っていない。100円につき何枚のメダルが貰えるかという考え方で成り立っている。
メダルの相場はお店によってまちまちであり、大体メダルゲームを遊ぶときは1000円で遊ぶことが多いので1000円の相場で計算すると大体200枚前後の店が多い印象だ。ここのゲーセンは1000円でちょうど200枚という相場になっている。
そのメダルゲームというのは、様々な種類が存在している。メダルを使ってメダルを押し出すプッシャー型、競馬の馬券購入をメダルで行う競馬ゲームやビンゴゲームなどがあり、メダルゲーム一つとっても遊びの幅は大きい。そしてメダルゲームはいかにメダルを減らさずに長く遊べるかというのが肝になってくる。
僕がゲーセンに遊びに来たときは大体このメダルゲームで遊ぶことが多い。お姉ちゃんたちが格ゲーで一喜一憂発狂している間、僕はメダルゲームで脳汁をドバドバ出していることが殆どだった。
特に競馬ゲームはお気に入りで、単勝で一発ドカンと500枚還元されたときは流れるメダルの音が祝福の鈴に聞こえるほどであった。生きているこの世界が心地よく感じたあの日を思い出すともう一度味わいたくなるのだが、その日を境にミドリお姉ちゃんが「メダルゲームは月1だけ」というルールを僕に課してきたのだ。
流石にその時は反発したのだが、ミドリお姉ちゃんの般若のような凄まじい圧に負けてしまい渋々受け入れた。どうしてそんなことに……まあ、僕にとって1000円は大金で頻繁に遊べないから良いんだけれども……
そんなメダルゲームの競馬ゲームに群がる大人たちを見ながらかつての思い出を振り返っていると、その群衆から「差せぇぇぇ!」「おい!何でお前が来るんだよ!」「おいやめろやめろお前は買ってねぇんだよ!」「届くかボケェ!」「戸崎ィィィィィ!!」という阿鼻叫喚の叫び声が響き渡った。
楽しそうだなぁ…という僕の心の声とは裏腹にケイはその光景に何を想ったのか、【……世も末ですね】と一言残して黙ってしまった。
本当に楽しいんだけどなぁ……
そんなこんなでメダルゲームも見てきた僕たち。他にもプリクラだのシューティングゲームだのホッケーなどの一通りのフロアは回ったが、まだあと1つだけ残っている。僕がメインディッシュに残していた最後の1つで、ゲームセンターで1番占有率が高いであろうジャンルが。
それこそが実力と運が入り乱れるゲーム、その名もクレーンゲームだ。
――――――――――――――――――――――
「というわけで、やってきましたクレーンゲームコーナー!」
【クレーンゲーム……?】
あたりを見渡せばずらりと並ぶクレーンゲームの筐体。それなりの大きさがある筐体が左右に一糸乱れぬ形で整列しており、間に1つの道が作られていた。360度どこを見渡しても筐体が目に映る道はまさにクレーンゲームロードだ。
「クレーンゲームって言うのはね、いわゆるこのクレーンを使って景品を持ち上げてポケットに落とすゲームのことだよ。落した景品はそのまま僕たちのものになるの」
【なるほど…存在自体は把握していましたがこれがクレーンゲームなのですね?あまり難しそうには見えませんが……】
初めてクレーンゲームを見たことの第一声が、難しそうに見えないと言ったケイ。筐体を見てみれば、多種多様の景品にその景品を簡単に掴めるであろう大きなアームが付いている。確かにこれを初めて見たら難しくなさそうに見えてしまうだろう。
「難しくなさそう、ね……」
【……?私の感想に何か問題でも?】
「ふふっ、問題があるかって?どうだと思う?」
【…なんだか癪に障る言い方ですね?難しくなさそうと思うことの何がいけないと言うのです?】
「まあ確かに、思うのは自由だよね……だからとりあえず、試してみよっか」
そう言って僕は一通りクレーンゲームフロアを歩いた後、目星をつけていた1つの筐体にやってきた。その筐体の中にある景品がこちらを向いている。まるで私を獲りに来たのかという挑戦的な雰囲気だ。
【なんですか……このアホ面な気持ちの悪い鳥は?】
「これは…モモフレンズの『ペロロ』ってキャラだね。結構好き嫌いが分かれるって聞くけど…」
【これが好きな人間が存在すると?】
「さ、流石にいるんじゃないかなぁ……?」
ケイはペロロを見ては困惑と呆れの雰囲気を醸し出す。どうやらケイにはペロロはお気に召さなかったみたいだ。このキャラは嫌い寄りの人間が多いイメージがあるが、偶に熱狂的なファンが現れるのもこのキャラの特長だったりする。
僕はどう思っているのかって?それは…まあ……うん、ノーコメントで。
「さて、じゃあ実際に試してみるよ」
【試してみる……貴方がやるということですか?】
「いや?やるのはケイだよ?」
【は?】
そうして僕は手に持っているゲーム機を筐体に向けながら自分の顔をゲーム画面に向けた。これでケイには筐体の中にある景品が見えるだろうが、僕からは景品が見えない状況が生まれた。
【私がやるのですか……?どうやって……?】
非常にゆっくりと文字が映し出されて、相当困惑しているような状態だと分かるケイ。
「ふっふっふ……ケイには指示をしてもらおうと思って」
【指示……?】
まだ状況がつかめていないケイに、僕は何をするのかを説明した。
まず前提として、直接操作をするのは僕だ。ゲーム機の中に存在しているケイではアームを動かすボタンを押すことは出来ないからである。ここまでだったら普通のクレーンゲーム。だがここからが違います。
そう、ここからがマグマなんです。
僕は、首を筐体に対して後ろを向いている状態になっている。これでは目隠しをしながらクレーンゲームをしているに等しく、クレーンゲームで目隠しプレイは無理難題も良いところだ。ではどうすれば良いのかと言うと、今この状況で景品が見えているのはケイの1人だけ。つまりここでケイの出番というわけだ。
ケイには、いわゆる操作指示というのをしてもらおうと思っている。つまり、アームをどの位置に持っていくかを指示するものだ。ケイが指示して僕がアームを動かす、いわゆる二人羽織方式というわけだが、これだと僕はケイに言われたとおりにアームを操作するだけ。つまり実質ケイがクレーンゲームを操作しているということに等しい。
まさにケイでも遊ぶことが出来るクレーンゲームの遊び方というわけだ。
【……なるほど。確かにこれなら私でも出来そうなやり方ですね?】
「でしょ?そしてこの筐体は1プレイ100円で……今の僕の手持ちは400円だから、4回はトライできるってわけ!」
【4回ですか……随分とチャンスをくれるのですね?】
初めての挑戦だというのに、どこか余裕そうな雰囲気を見せるケイ。果たしてその自信は打ち砕かれずに済むのか。それとも……
「……自信満々だね?じゃあ早速、始めようか」
――――――――――――――――――――――
1回目。
僕は筐体を見ず、ゲーム画面のみをみてボタンを触る。あとはケイの指示を待つのみだ。
【では…横移動を開始してください】
僕はケイに指示された通りにボタンを押した。
このクレーンゲームのスタイルは、横縦移動のみの2本アームスタイルになっている。初めに横移動をしてから次に縦移動をして、止めたところがアームの落ちる位置になるタイプの筐体だ。横移動にしろ縦移動にしろ、止めたらそれ以上は動かせない仕組みになっている。
今でこそレバーで自由に動かせるようなものから、景品が掴みやすい3本アーム式など種類は増えているみたいだが、このクレーンゲームに関しては昔からあるスタイルだ。
そんな筐体のボタンを押しながら次の指示を待っていると…
【ストップ】
ケイのストップで僕はボタンを離す。1秒も押したかどうか分からない程度の時間しか押していないので、横移動に関してはそこまでないのだろう。
【では次に、縦移動を】
僕は言われたとおりに隣にあるボタンを押す。キュインキュインと移動しているであろう音を耳で感じながら押し続ける。こういった遊び方は僕も初めてなせいか、他人のゲームを隣でただ眺めているようなムズムズさを感じる。
【ストップ】
そしてストップがかかりボタンから手を離す。移動が止まったと同時にキュインキュインと音を立てながらアームが下りていくことが分かった。
これ以上は操作のしようがない。僕は筐体の方を向いてアームの様子を伺った。ケイの指示通りに動いたアームは、それは見事に景品のど真ん中に位置しており、このまま降りていけば確実にアームは景品を掴むことが出来るであろうという状態だ。
【ちょうど真ん中、完璧ですね。全然難しくないじゃないですか】
完璧に真ん中にアームを誘導したケイも、これなら余裕であるという言葉を発しながらアームを見守る。
降りていくアームは、徐々に景品へと近づき……接触。見立て通り、完璧に景品の真ん中を捉えたアームは、そのまま開いた状態だったアームを閉じて景品を掴んだ。
掴んだ、確かに掴んだ。
確かに掴んだアームはそのまま景品出口へ向かうために上昇を開始して……
──ポロリ、と景品を落した。
【………………………は???】
虚しくも景品を落したアームは、そのまま何も持たないまま出口の方へと向かっていき、『何も掴んでいませんよーwww』と言わんばかりにアームを開いて見せつけてきた。
掴んだ景品がそのままアームに残っているのであれば祝福の様相に見えるそのアーム開きも、何も掴んでいない状態でやられたら単なる煽りにしかならない。
おそらくそれを初めて受けたケイは、一体どのような感情を抱えるのだろうか。
【………………………】
気になってゲーム画面を見ても、ケイは何も話さず黙ったままだ。衝撃的な光景を目の当たりにした人間が、何も言葉を発せられなくなったように。
「いやー残念、一回目は失敗だね?」
【………………………】
とりあえず声をかけてみても、反応は非常に薄い。いや、そもそも反応がない・
「…ケイ?まだ3回チャンスがあるよ?」
【………………回】
「…え?」
もう一度声をかけたら、今度はボソッと何かをつぶやくような文字がゆっくりと映し出された。
【………………もう一回】
「……あ、うん」
それはケイのもう一回の催促だったようで、僕は言われるがまま100円玉を筐体に入れた。
長い沈黙の後のもう一回という呼びかけ。今まで見たことのないケイの反応に僕は戸惑いを感じられずにはいられないが、とりあえずそのまま二回戦へと移っていこうと思う。
――――――――――――――――――――――
2回目。
なんだかピリピリとした、肌を突き刺すような冷気をケイから感じるこの状況で僕はまた指示通りにボタンを押していった。
またもや完璧な誘導で、景品のど真ん中にアームを誘導したケイ。振り返り、アームが景品を掴む様子を見守る。
そしてそのままアームは景品を捉えて掴み、上昇を開始して……
──ポロリ、と景品を落した。
そして再び何も持たないまま出口に向かって進んではアームを開いた煽りを見せつけられる。1回目と何も変わらない、リプレイ映像を見たかのような状況に僕は目を覆いたくなった。
【………………アオト】
ケイから声をかけられ、僕はゲーム画面を見る。
「……どうしたの?」
【どうやらこの筐体は壊れているようです。修理を依頼した方が良いのでは?】
「………はえ?」
ケイの口から出た言葉。それはまさかの『このゲーム壊れてる!』というゲームをやったことがある人なら一度は口にしたであろう苦し紛れの言い訳であった。
「…ケイ、落ち着いて聞いてね?」
【……はい】
「この筐体は壊れているわけじゃないんだよ…?」
【………なんですって?】
ケイはきっと、このアームが弱いことが壊れている証だと思っているのだろう。だが残念、クレーンゲームにおいてアームが弱いというのは常識なんです。
【ではなんですか、アームが弱くて景品が掴めないのは当たり前だと言うのですか?】
「そうじゃないと、みんな簡単に獲れちゃうからね……」
【………………………】
景品の真ん中を捉えることが出来れば景品を獲れることが出来ればあまりにもクレーンゲームがヌルゲーになってしまう。こんな大きめのぬいぐるみが100円で獲れるというのは夢物語なのだ。
【………………………もう一回】
「……うん」
残り二回、ケイはこの景品を掴むことが出来るのだろうか……
――――――――――――――――――――――
3回目。
既に挑戦可能回数の半分を折り返してしまったこの状況で、ようやくクレーンゲームの恐ろしさを知ってしまったケイはどのような対策を打ち出すのだろうか。
そう思いながら言われた通りにボタンを押していく僕。そしてアームが下りていくのを音で理解してから振り返る。
【アームが弱くて掴めないのであれば……引っ掛ければ良いのでしょう?】
どうやら次にケイが狙った部分は、ぬいぐるみの腰についているタグであった。タグをぶら下げているプラスチック製の紐、そこにアームを引っ掛けて持ち上げようという寸法だ。
アームはケイの狙い通り、タグに向かって降りていき紐に引っかかるようにアームが閉じていった。完璧な狙いだ、まさに正確無比と言っても良い。
そのままアームは持ち上がり、ぶら下がるように景品が持ち上げられて……
──ポロリ、と景品を落した。
【なっ…!?】
上手くいったように見せかけて結局落ちてしまった景品を見て驚きの反応を見せるケイ。おそらく、狙いは完璧だと思ったのだろう。
そう、狙いは良かった。実際にクレーンゲームが上手い人もタグを利用して獲る人も少なくはない。そしてなにより、タグに付いている紐にめがけてアームを誘導するということ自体が難易度の高い技であり、それを完璧に成し遂げたケイの技量は相当なものなのだろう。
しかし、決まれば確実に獲れそうに見せかけて案外獲れないのもこの技の特長だ。僕も過去に何回かこの方法を使い景品を取ろうと目論んだこともあったが、引っかかっても景品の重量で落ちてしまうことが殆どであり、難易度の割にリターンが少なくないかと疑問に感じて今ではあまり好んでやらなくなってしまった。
やはりアームの弱さが本当に悪いと思う。
「惜しい~……狙いは良かったんだけど……」
【もう一回です…!】
「はいはい、これがラストだよ?」
割と食い気味にもう一回を所望したケイに応じるように僕は100円を投入する。
さあ、最後の一回だ。
――――――――――――――――――――――
四回目。ラスト一回。
先ほどポロリと落ちた際、出口付近に近づいた景品。ケイは最後のこの一回で、この位置を利用しようと目論んでいるようだ。
横移動が極端に少なく、早押しのようにパンッと一瞬押しただけで横移動を終わらせる。そして縦移動も、1秒にも満たないフレーム単位のような時間でボタン操作を終わらせた。
ケイの作戦はこうだ。出口付近に置かれた景品を掴もうとするのではなく、出口に仕切られた壁のようなものを利用して強引に持ち上げ落そうとしているみたいだ。落ちていくアームも、アームの右半分のみが景品に触れるような位置に誘導されている。
【これで……!】
最後の望みをかけるように、アームは狙った位置へと降りていく。そのままアームの右半分は景品を捉え、仕切られている壁と力を合わせるように景品が掴まれる。
そのままズリズリと景品が壁を伝って上って……
──ポロッ
……いくことはなく、アームと壁との間に生まれた僅かな隙間から景品が零れ落ちていった。またも虚しくコロンと転がるぬいぐるみは、獲れなかった僕たちを嘲笑うかのように目線をこちらに向けている。
最後の最後まで、アームの弱さに苦しめられた結果になってしまった。
【………………………】
「うーん惜しい!あと少しだったんだけど……」
惜しくも獲れずに意気消沈しているのか、黙ってしまったケイに僕は労いの言葉をかける。
「でも…これでわかったでしょ?クレーンゲームって結構難しいんだ」
【………………………………】
「なによりアームの弱さが本当に凄いからね…どうあがいたって獲れる気がしないでしょ?」
【………………………………………】
「でもケイはめっちゃ良い腕してたよ?多分この先もっと練習すれば百戦錬磨のクレーンゲーム達人になっちゃったりして!」
【………………………………………………………】
「………ケイ?」
僕がどれだけ声をかけても、全く反応を見せないケイ。それほど悔しかったのか、それともアームの弱さに対する怒りか。ケイの気持ちは分からないけど、何となく想像するとなればこのあたりだろうか。
そう思いながら様子を見つつ、もう少しだけ声をかけようとしたところ……
【………………………………………………………回】
「……ん?」
ボソッと一言呟いたと思ったら……
【もう一回です】
「………へ?」
さらに催促の言葉が紡ぎだされた。
「いや…あの……ケイ?もうお金がないからここまで……」
【知りませんよそんなことは。さっさともう一回です】
「いやだから、お金が無いからもう一回も出来ないの!」
【だからお金が無いとか知ったことではありません。もう一回です】
「ケイ!?!?」
なんだかお金がないのにもう一回やらせろとかむちゃくちゃなことを言いだしたケイ。流石の僕もその圧に、一歩後ろに引き下がろうとしてしまう。後ろには筐体があるから出来ないが。
【そもそもお金が無いわけではないのでしょう?そこにあるものを使えば硬貨以外でも支払いが出来るのでは?】
「へっ…?いや、そうだけど……」
ケイが指した場所には、『電子マネー』『バーコード決済』『クレジット』『ICカード』『いずれも決済可能!』という表示があった。
【貴方、ICカードは持っているのではありませんか?】
「あ、うん。あるにはあるけど……いやダメだよこれを使うのは!これにはお姉ちゃんたちがくれた、僕がミレニアムに向かうための交通費が入ってるの!勝手にゲーセンで使うわけにはいかないでしょ!」
そう、この『スイカード』と呼ばれるICカードには、僕がミレニアムに行くために必要な交通費が入っている。それも何往復も出来るほどの額がだ。しかもそれは僕のお金ではなく、お姉ちゃんたちが僕の為に用意してくれたお金なのだ。勝手にゲーセンで使うわけにはいかないだろう。
しかし……
【だから何だというのですか!いいからもう一回やらせなさい!!】
「ええっっ!?!?!?」
今のケイには、その説得は効果が無いようだ。
【このまま引き下がっていられますか…!!戦いはまだ終わっていません!!】
「ちょっ、ケイ!?落ち着いて……って熱いッ!?ゲーム機が熱いぃぃぃ!!!」
ケイの激情がヒートアップしてきているのか、ゲーム機が過去一番の熱を帯びていた。カイロですらここまで熱くならない、加減知らないタイプだ。とてもじゃないが、持っていられない。
【本当に舐めた顔をしてこちらを見ているこのぬいぐるみも……軟弱で弱々しくて情けないこのアームも……全て私の手で裁きを加えさせて差し上げます!!!さあ、早くもう一回を!!!】
「熱ッ、熱い熱い熱いぃぃ!!!いい加減にしてケイ!!ちょっと本当に……これ以上熱くなったらゲームが………本当に…待って!!止まれ!!!うわあああああああ!!!!!!」
もう目玉焼きすら焼けるのではないかというほどの熱を帯びたゲーム機をなんとかなだめる僕。そんなに言ったって、もうこれ以上はプレイできないのに……これ以上プレイしたってお金が吸い込まれるだけだと思うのだが……
ああ、そういえば…偉い人が言っていたっけ……
──クレーンゲームは貯金箱である……と
――――――――――――――――――――――
結局、しばらく説得し続けたのが功を奏したのかケイは冷静さを取り戻した。出会って数日、かつてないほどの激情を見せたケイに、「クレーンゲームは月1のほうが良いんじゃないかなぁ……?」と思うようになってしまった僕は間違っていないよね?
そしてゲームセンターでひとしきり遊んだ僕たちは、少しだけ買い物をしてから家に帰ったのであった。