そろそろ名古屋散歩が始まりますね。私は行く予定ですが、皆さんはいかがでしょうか?
「──今日こっちに来るってことなーんにも聞いていないなぁ?」
「うっ…」
口角を上げ、糸目でこちらに語り掛けるモモイお姉ちゃん。友好的な感情を晒す満面の笑みは、笑っていない目のおかげで相手を脅して圧をかけるものへと変わり果てていた。
モモイお姉ちゃんの後ろのいるミドリお姉ちゃんは、目をつぶっているだけで表情はいたって普通。しかしそこはかとなく圧のようなものを感じるのは気のせいではないだろう。この2人から感じる圧が、まるで何倍もの重力に縛り付けられているかのように体を動けなくさせていた。
「ど、どうして僕が来ているってわかったの……?」
とにかく何かを話さなければと思い、僕は鉛のように重い口を開いた。
「んー?どうして分かったのかって?それはミレニアム中が大騒ぎになっていたからだよ?ユウカの機嫌が急に良くなったって」
ユウカさんの機嫌が良くなったからって…それだけで僕が来たってことになるの?僕はユウカさんの機嫌を操作できる超能力者じゃないんだけど……
というか……
「で、でもお姉ちゃんたちはゲーム作りで5日間は缶詰状態のはずじゃ…」
「それはそうだけど、全く外に出ないわけじゃないからね?ご飯を買いに行くときくらいは外にでるよ」
今はゲーム作りで部室に閉じこもっているはずで、外の情報なんか手に入らないと思っていた。でもモモイお姉ちゃんが言うようにご飯を買いに行ったりするタイミングで外に出るときはあるからその時に知ったのだろう。
「ちょうどアリスがお昼ご飯を買ってきてくれた時に教えてくれたんだ。ユウカの機嫌が急に良くなったらしいですって。観音様が来てくれたおかげって皆が言っていますって。今まで不機嫌が極まっていたユウカの機嫌が良くなって、それが観音様のおかげって言ったらもう…ね?」
なんか、もう僕の印象は観音様で決まりなんだね…?完全にイメージとして定着しちゃったんだね?
今の話を聞くと、ユウカさんの機嫌上昇はミレニアム中で話題になっているみたいだ。ユウカさんの機嫌が良くなっただけでここまで話題が沸騰するとは一体今までどれだけ不機嫌だったというのだろうか。不機嫌なユウカさんの姿を見たことがない僕にとっては新鮮な話だ。
「…まあいいや、この話は一旦置いといて。アオトからまだ理由を聞いていないなぁ?」
「うぐっ…」
僕の出した話題をぶった切られ、モモイお姉ちゃんは話を戻す。先ほどまで上がっていた口角は平らになり、薄く目を開いてこちらを見ていた。
「約束したよね?こっちに来るときは連絡をするって」
「あう…」
「いつ行くのか、何時に家を出るのか、何時に着く予定なのか……ちゃんと連絡してねって約束したのに、いつ行くのかすら連絡が無かったんだけど?」
笑顔の欠片も無くなった表情でこちらを睨みつけるモモイお姉ちゃん。
「ねぇ、どうして約束破ったの?教えてアオト?」
「え、えっと……」
冷たい視線で理由を問うモモイお姉ちゃん、その姿はまるで相手を逃さんと睨みつける蛇のようだ。そんな目つきで睨まれて、全く動けなくなっている僕はいわゆる蛙と言ったところだろうか。
だがそんな状態でも、理由は話さないわけにはいかない。ぶっちゃけ何を言っても無駄なような気もするが、僕は接着剤でくっついているような口を何とか開けて理由を話した。
「お、お姉ちゃんたちは忙しそうだったし、会う予定がなかったから別に連絡する必要がないかなと思って……」
「ふーーーーーーん…………本音は?」
「………ちょっと面倒くさいとも思っちゃいました」
「………………………」
本音を催促されて、そのまま本音を話したらモモイお姉ちゃんの目が一層鋭くなった。
バクバクと鳴る心臓、立っているだけなのにコーヒーカップのようにグルグルと回る錯覚を受けている視界、背中から吹き出る汗という汗。
「そ、その………」
「…………………」
「え……えへ………」
とにかくこの状況が耐えられなくなり、顔を逸らして笑って誤魔化す。笑ってとは言うが、おそらく僕の顔は笑えていないだろう。表情金が動いている感覚が全然ないのだから。
そんな僕の姿を見たモモイお姉ちゃんは何を想うのだろうかと気になっていると、スタスタとこちらに近づく足音。再び顔を正面に向けると、モモイお姉ちゃんの服が目と鼻の先に迫ってきており──
──ゴツンッッ!!!
「いっっっっったぁ!?!?!?」
頭にゲーム機でもぶつかったのかと思うような強い衝撃。その衝撃のあとすぐに、強い痛みがジンジンと頭全体に広がっていく。
何が起こったのかと目線を上に上げると、拳を握りしめたモモイお姉ちゃんが憤怒の表情でこちらを見つめていた。
「えへじゃないよ…!私たちが知らない間に何かあったらどうするつもりなのさっ!!!」
「…ッ!?」
「もしアオトの身に何かが起こって、連絡も何もなかったら私たちは何も気づかずに時間が過ぎていくんだよ!?手遅れになったらどうするの!!!」
エンジニア部に木霊する怒号。普段なら機械の稼働する音が鳴り響いているであろう工房は、モモイお姉ちゃんの怒号ただ1つだけが響き渡っていた。
モモイお姉ちゃんの普段は見せない真剣に怒っている表情。いつも笑っていたり泣いていたりふざけたりしている表情とは全く違う、真剣そのものの覇気に僕は圧倒されていた。
「アオトはまだ小学生なんだよ!?事件や事故に巻き込まれたら何も出来ないことくらい自分でもわかってるでしょ!?それでももし連絡の一つでもあったら私たちも異変に気付けるし、何か出来ることがあるかもしれないのに、連絡がなかったら本当に何も出来ないんだよ!?」
「うぅ……」
はぁ…はぁ…と全てを出し切った後のような息切れをするモモイお姉ちゃん。その後ろから、今まで静観に務めていたミドリお姉ちゃんが前に出てきた。
「……これに関してはお姉ちゃんに全面同意だよ、アオト」
「ミドリお姉ちゃん……」
ミドリお姉ちゃんは僕に目線を合わせるように少しだけかがむと、真剣な表情でそれでいて怒っていますという雰囲気を出しながら僕に話した。
「私たちがミレニアムに1人で来ても良いと許可を出しているのは、家のある地域の治安が良いからなのは確かにそう。アオトもいざこざに巻き込まれたことなんかあまり無かったもんね?でもね、絶対に安全だという保障はどこにもないの」
「キヴォトスの中では治安が良いだけであって、テロや暴動が起らないとは限らない。ましてや電車の中で事件が起きちゃうかもしれないし、そういった事件にアオトが巻き込まれちゃうかもしれない」
「でもね、ミレニアムに向かう時に連絡の1つでも入れてくれたら、私たちはアオトの身に異変が起きたら気づくことが出来るの。気づくことが出来たらすぐにでも助けに行けるかもしれないし、ミレニアムにいる仲間に協力してもらうことだって出来る」
「でも…連絡が無かったら、私たちはアオトの異変に気付けず終わり。何も知らないまま、何も出来ずに時が流れて……全てが遅かったことになるかもしれない」
「だから、連絡は絶対に入れて。私たちに会う予定じゃなかったとしても、ちゃんとミレニアムまで事件事故なく来られたか確認するためにも……」
ミドリお姉ちゃんの表情が、話していくうちに悲しみの色が帯びていく。2人の、心配しているという想いが話していく中で伝わってきている。
えへ、なんて笑って誤魔化している場合ではなかった。こんなにも心配をかけていたというのに。
「……ごめんなさい」
僕は内から目にこみあげてくるものを何とか抑えて、頭を下げて謝った。
「……今回は特別に許してあげる。でも次また約束を破ったら……もう遊びに来るのは禁止にするからね」
「……うん」
モモイお姉ちゃんは許してくれたが、どうやら次はないらしい…それは当たり前か。僕は目線を下にしたまま、モモイお姉ちゃんから言われた約束をもう一度守ることを誓った。僕もお姉ちゃんたちに心配はあまりかけたくない。
僕は今でも目に溜まりそうな光るものを必死に抑えようと下を向いていると、モモイお姉ちゃんがしゃがんでこちらを覗いてきた。僕よりも頭の位置が下になっているモモイお姉ちゃんの顔が否応なく目に映りこんでくる。そのモモイお姉ちゃんの表情には、怒りの感情は見られなかった。
「…怪我はしてない?」
「…?うん…」
表情に怒りは無く、ただひたすらに心配しているような顔でこちらを見ては僕に大丈夫かと問いかけてくる。
「事件とか起きなかった?」
「うん…」
「怖い人とかいなかった?」
「大丈夫…」
「そっか…」
「なら…よかった」
安心してくれたのか、優しい顔と声でよかったと言ってくれるモモイお姉ちゃん。その言葉が僕の胸に響いたのか、止めようとしていた光るものがあふれ出し1つの雫となって頬を伝った。でもこれ以上は流さないと堪えて1粒だけに抑える。
僕は袖で目を拭って一言、「ごめん」と改めてモモイお姉ちゃんに伝えた。モモイお姉ちゃんは「うん」と言って立ち上がると、いつの間にか少し離れた場所にいたウタハさんの方を向いた。
「…あはは、ごめんウタハ先輩。変なもの見せちゃったね?」
モモイお姉ちゃんは苦笑いしながら言った。僕とミドリお姉ちゃんもつられるようにウタハさんの方を見ると、少しバツの悪そうな顔をしていたウタハさんがいた。
「いや…気にしないでほしい。というか、むしろ謝るべきは私だろう」
「え…?」
「アオトを呼んだのは他ならぬ私だ。私がアオトに声をかけた段階で、姉である君たちに話を通しておくべきだった。筋の通らないことをしてしまった、本当に申し訳ない」
そう言うとウタハさんは僕たちに向かって頭を下げた。
「ええっ!?ちょっと頭を上げてよウタハ先輩!?」
「そ、そうですよ!ウタハ先輩はなにも悪くないんですよ!?」
モモイお姉ちゃんとミドリお姉ちゃんがその姿を見てあたふたと取り乱していた。先ほどまでの真剣な雰囲気とは打って変わって、愉快ないつもの姉二人な雰囲気だ。
というか、ウタハさんが頭を下げているこの状況は僕も罪悪感を抱いてしまう。お姉ちゃんたちとの約束を破ったのは僕だ。ウタハさんが頭を下げる必要はないだろう。
「ま、待ってくださいウタハさん!僕が約束を破ったのがいけなかったんですよ!?ウタハさんが謝る必要なんて……」
「いや、10歳の子を呼ぶということはその保護者格に話を通すというのは当たり前のことだった。親しき仲になったとはいえ、そういう配慮に頭が回っていなかったんだ。だから頭を下げるのも当然だよ」
そう言ってウタハさんは頭を上げると、僕たちの方を見て再び口を開いた。
「2人はアオトが1人で移動するのが心配なのだろう?なら今回は責任を持って私がアオトを自宅まで送り届けよう」
「…えっ!?何もそこまでしてくれなくても……」
「気にしないでくれ、私なりのお詫びさ。それに君たちも、アオトの帰りが1人じゃないという方が安心なはずだ。違うかい?」
「それは…そうですけど……」
提案は確かに嬉しいが、流石に申し訳なさが強い。ウタハさんだって予定があるだろうし、僕としてもここは遠慮したほうが良いような気がする。
「いやいや、ウタハさんも予定とかあるでしょうから……僕1人でも大丈夫ですよ?」
「いいや、今日の私は予定が無いんだ。だから気にしないでくれ。それに…さっきも言っただろう?小学生が高校生に遠慮なんかするものじゃないさ」
ウタハさんの爽やかな笑顔を見ると、これ以上反論するのは躊躇われた。これは素直にお言葉に甘えた方が良いというものだろう。
「じゃ、じゃあ…よろしくお願いします……」
僕は感謝の心を込めてウタハさんに頭を下げる。「ごめんウタハ先輩…」「アオトをお願いします…」というモモイお姉ちゃんとミドリお姉ちゃんの言葉、それに「気にしないでくれ」と返すウタハさんの言葉も聞こえてきた。
何というか、本当に申し訳が無いな……
この数分で色々な出来事が起こった。お姉ちゃんたちに怒られ、ウタハさんに気を遣ってもらって、上手く言えないが僕の心は沈み気味になっている。これは少し気持ちを整理したいところだ。
「ちょっと、トイレに行ってきます……場所は…」
「ん?ああ、トイレか。その道を奥行って右だ」
気持ちの整理の為に、少しトイレに行こうと思う。ウタハさんに言われた通りに僕はエンジニア部の工房にあるもう一つの道に向かって歩き出す。どうやらこの道を進んで右にトイレがあるそうだ。
少し、毒素を抜いてこよう。うん、そうしよう……
――――――――――――――――――――
「あれ、アオトったらトイレに行っちゃったんだ」
モモイが消えていくアオトの背中を見てボソッと呟いく。「相変わらずだね…」としょうがないなぁと言いたそうな表情でその姿を見ていた。
「アオトのトイレ逃避行はいつものことでしょ……それよりもウタハ先輩は本当によかったんですか?」
モモイの呟きに答えたミドリはそのまま私に問いかけた。私がアオトを自宅にまで送り届ける話についてだろう。
「いいんだ、本当に気にしないでくれ。むしろお出かけするみたいで良い気分転換になりそうだ」
全く、本当に気にしていないのだからそう申し訳なさそうにする必要はないというのに。そもそも私が君たちに連絡を怠ったのが要因なのだからここまでするのは当然だろう?
本当に後輩たちは、先輩に気を遣いすぎなんだ。
「ところで、アオトの自宅…君たちの実家とも言えるな。それはどの辺にあるんだい?」
そういえば彼の自宅の場所を知らなかったな。せめてどの辺の場所か、最寄り駅はどこなのかくらいの情報は掴んでおかないと少し困るだろう。
「アオトの自宅?ああ、そういえばウタハ先輩は知らなかったよね……」
「場所で言うと百合根地区です。百合根駅から歩いて20分くらいの場所にありますよ」
「百合根…?」
百合根地区…百合根地区と言ったらここからハイランダー鉄道を使って1時間くらいのところか。確か新快速電車も止まるそれなりに大きな駅だったよな。
中心部とは違って最先端技術が詰め込まれた風景というわけではなく、住宅街に公園、ショッピングモールに飲食店、新快速電車も止まる駅という大雑把に言えば住みやすいと呼ばれる要素が詰め込まれた地区だったはずだ。
いくら大都会で発展しているミレニアムであっても、ミレニアムの近代的で近未来的な感じが少し疲れると思っている住人や生徒も少なくはない。そういった人々にはこのしつこくない風景に平和な雰囲気が流れる百合根地区は人気な地区だった記憶がある。
そうか、2人はその百合根地区からこのミレニアムにやってきたのか。別にその地区からやってきたことが珍しいわけではないのだが、百合根地区とミレニアム中心部とでは喧騒の違いが大きいから疲れはしないのかという心配はある。まあ、この2人に関しては心配はいらないか。
………だが、少し待ってほしい。
彼女たちは確か寮生活だったはずだ。自宅から学校に通うのではなく、学校の敷地内にある寮から通う生活の仕方だ。元々住んでいた実家から遠かったり、そもそもトリニティやゲヘナなどの違う学校自治区からやってきたりした生徒が使うイメージなのだが…
百合根地区は新快速電車を使えばここまで1時間で来ることができる。天候やトラブルで電車が使えなくなることももちろんあるが、それでも1時間で移動できるというのは悪くない条件のはずだ。
つまり何が言いたいのかというと……
「通える…よな……?」
私の口から漏れた呟きが、広く静かな工房に確かに響き渡った。
「え?」
「あー…」
私の呟きに続く2人の声に私はハッとなった。
…しまった、別に言わなくても良いことなのに声に出してしまった。彼女たちが寮生活を選ぼうと選ばないと自由だというのに。
「…やっぱりウタハ先輩も気になっちゃいました?」
「私たちが寮生活を選んだ理由が」
だが私のその呟きを聞き逃した2人ではなかった。むしろその呟きだけで私が疑問に思ったことを的中させてくるとは驚きだ。
「いや、すまない。この話はいわゆる家庭事情の話だろう?なら部外者である私が詮索するのはお門違いだ」
この話は家庭事情で詮索するのはいけないこと。寮生活か自宅通いかを決めた理由を知るには大げさな言い回しだと思うが、そう思ったのには理由があるし恐らく2人も察しているはずだ。
そう、ミレニアムに通うのは自宅通いでも寮生活でもどっちでも自由だ。もはや好みの問題ですらあると言っても良い。百合根地区から通っている生徒だっているだろうし寮生活をしている生徒も2人以外でも存在するだろう。ましてや百合根地区より近い場所に住んでいるのにも関わらず寮生活をしている生徒だって少なくないはずだ。
ではなぜ私が2人の寮生活に少し疑問を感じてしまったのか。それはやはり2人の非常に親しい関係に置かれている1人の人物が関わっているからだ。
その人物とはそう、アオトのことである。
才羽アオト。年齢は10歳でおそらく小学5年生くらい。才羽モモイと才羽ミドリの弟で、今はよくミレニアムまで遊びに来ており、私にとっても親しくさせてもらっている存在だ。
そんな彼がなぜこの疑問に関わってくるのか。それは未だ幼い彼の年齢にある。
10歳。キヴォトスでは1人で暮らしていけないことは無いが、それでもまだ1人暮らしをするには幼すぎると言っても良い年齢だろう。普通に考えて、親族がいるならまだ同じ屋根の下で過ごしているのが当たり前のはずだ。
だが、彼はいま1人で暮らしている。ミレニアムから電車で1時間ほど離れた場所にある百合根地区の自宅で。血の繋がっている姉が2人いるにも関わらずに。
つまりこの2人はアオトを家に1人置いて寮生活をしているということになる。電車で1時間かけるだけでミレニアムに通うことが出来るにも関わらずだ。
そう、私が疑問に思ったのはこの大きな違和感にある。付き合いはまだそこまで長くはないが、それでもこの3人の仲は傍から見たら良いという一言で済ますことが出来ないほどの関係だと私は理解できる。とてもじゃないが、アオトを1人置いていくという選択をするとは到底考えられない。
裏では仲が悪いのかと一瞬頭を過ったが、それもありえないと投げ捨てた。本当に仲が悪いなら彼が姉に会いに行くのを理由にミレニアムへ来る意味が分からなくなる。
色々と考えてみたが仲の悪さが原因とは100%考えられないという結論に達した。では考えられる理由は何か。それはもっと悲しい理由で、『そうしないといけなかった』と思われるような理由なのではないか……
「…別にそんな大げさな理由じゃないですよ?」
「……え?もしかして、顔に出ていたかい?」
「うん。すっごく顔に出てた」
…どうやら相当難しい顔をしていたみたいだ。考えすぎたかな。
「ウタハ先輩が気になっているのって、アオトがいるのに寮生活をしている理由についてですよね?でも本当に、大した理由じゃないですよ?」
「うん。そうしなきゃいけなかったって渋々寮生活を選んだわけじゃないからね。本当に大したことなくて、悲惨な理由じゃないから」
「そうなのかい?ならなおのこと何故……」
別に大した理由じゃないというのなら、余計にその理由が気になってしまう。一体どうして、アオトを置いて寮生活を選んだというのだろうか…?
「あーっとね……話しても良いんだけど……」
「後ろめたい話では無いんですけど…私たちはその選択を少し後悔しているところがあるといいますか……」
2人は頬を掻きながらバツの悪そうな表情をする。なんだ…?そんな変な理由なのか…?
2人の反応に少し困惑をしていると、奥の方からコツコツと足音が聞こえてきた。
「すみません、トイレありがとうございました……ってどうしたのお姉ちゃん?」
どうやらアオトがトイレから帰ってきたようだ。気持ち少しスッキリとした表情をしている。
「えっ?ああ、ううん。何でもないよアオト」
「そうそう、気にしないで……ってあっ!!」
モモイはアオトの方を見た後、少し視線を上に上げた動きを見せた。視線の先には時計が立て掛けられており……
「しまった!ゆっくりしすぎた!!お邪魔しましたウタハ先輩、私たちは作業に戻るね!」
「ああっ、休憩時間過ぎてる!お邪魔しましたウタハ先輩!!」
「あ、ああ…」
突然起動した暴走ロボットのようにバタバタと動き出す2人。突然の出来事で困惑するがなるほど、ゲーム制作の間を縫ってここまで来ていたのか。
「アオトも、ウタハ先輩に失礼のないようにね!」
「帰る時にはちゃんと連絡すること!!」
「あ、うん分かった!今度こそちゃんと連絡する!」
アオトにも声をかけるのも忘れず、大慌てで出口に走る2人。
「モモイお姉ちゃん、ミドリお姉ちゃん!」
「「え?」」
そんな2人に待ったをかけるようにアオトは声をかけた。
「その…頑張って!!」
「「……うんっ!!」」
アオトの激励に、嬉しそうな満面の笑みで答えた2人。この姿を見ていると、やっぱり仲の悪さが寮生活を選んだ理由な訳がないと断言できる。この3人の絆は確かなものだろう。
それ故、寮生活を選んだ理由が気になってしまうが……それは今度また聞けばいいだろう。今は2人とも忙しそうだし、アオトに聞くのも何だか憚れる。次また聞けるタイミングで聞くとしよう。
ドタドタとした足音で工房を出ていく2人を見届けて、私はアオトに声をかけた。
「……さて、これからどうする?ヴェリタスに行くかい?もうバレたのだし、急いで行動する理由もないと思うが…」
「そうですね……ヴェリタスに用はありますけど、少しゆっくりでもいいかもしれませんね……」
アオトは先ほどまでとは違い、少し余裕の出来た雰囲気で答えた。やはり姉2人に内緒にしているのがバレたらマズいと思っていたのが余裕のなさに繋がっていたのだろう。
さて、これからアオトがゆっくりしつつヴェリタスに行くとして、私はどうしようか。このままヴェリタスについていくのは構わないが、せっかくアオトが私の我儘の為にここまで来てくれたというのにお土産の1つも用意しないで帰らせるのはいかがなものか。姉に怒られてまでここに来たのだ、ここは少しアオトの我儘を聞き出してみるとしよう。
「アオト。ヴェリタスに行くのは良いがその前に…せっかくここまで来てくれたのだから何かしてほしいことは無いかい?」
「…えっ?い、いきなりどうしたんですか?」
私のその言葉にアオトは驚きと困惑が入り乱れた表情でこちらを見た。
「なに、せっかくここまで来てくれたのだから何かお礼をと思ってね」
「いや、でもこれから僕のことを家まで送ってくれるじゃないですか。これ以上のことは……」
「それは私がモモイとミドリに連絡を入れていなかった責任によるものさ。だがこれは『F-22』の操作した感想を聞くという私の我儘に応えてくれたお礼によるものだ。だから遠慮なく答えてくれ。出来ることなら何でもしようじゃないか」
「な、なんでもって……」
さらに困惑の色を深めていくアオト。別にからかっているわけではないのだが、これはこれで面白さを感じてしまう。
「そんなこと言われても……」
「ふふっ…何度も言うが、小学生が高校生に気を遣うものじゃないよ」
「そう言われましてもぉ!」
そうしてアオトは頭を抱えながらうーうーと考えているのか嘆いているのか分からない感じで動いていた。イジメているつもりはないのだけれどね、少しやりすぎてしまったかな?
そう思っていたのも束の間、アオトは嘆きを止めてこちらを見上げた。だがその表情は未だに難しい顔をしている。
「…1つ、思いつきました。でも良いんですか…?結構遠慮なくいきますよ?」
「ほう?ついに君の遠慮ない要望が聞けるのかな?良いよ、言ってごらん?」
遠慮なくいく。そう言ったアオトの声を聞いて私はワクワク感を胸にその先を促した。一体アオトはどんな要望をするのだろう。マイスターである私にどのようなお願いをするのだろう。
そのワクワクした心を持ったまま私はアオトのお願いを聞き入れた。渋々というより、遠慮がちに口を開いたアオト。アオトのお願い、それを耳にした私は……
──なんとも不思議な要望だなと、感じた。