暑いぃぃぃ………暑くて干からびそう………
動いてないのに暑いよぉぉぉぉ………
「……元気出しなよ、ケイ」
《別に……落ち込んでなんかいません………》
嘘つけ。そう思いながら僕はショッピングモールのフードコートにある『マクロナウド』というハンバーガーチェーン店のバニラシェイクを飲んでいた。
チューという音と共に流れ込んでくる氷のように冷たい甘み。そこにバニラ特有の甘い香りも相まって火照った体を冷やしつつも心を温めていく。
今日は暑いからね。いつも以上にシェイクが美味しいものだ。
だがケイは僕と対照的に心まで冷え込んでいるらしく……
「クレーンゲームが掠りもしなかったからってそこまで落ち込むことないでしょ?そんな日もあるって」
《………うぅ》
やっぱり落ち込んでんじゃん…そんな呻き声も出しちゃって……
なぜこんなにケイが落ち込んでいるのか。それはさっきゲーセンでクレーンゲームをケイと一緒に遊んでいたのだが、その結果ケイがクレーンゲームにハマって以来の最悪な結果になってしまったからだ。
具体的に言うと、景品が全く持ち上がる気配すら見せなかった。本当に掠りもしなかった。しかも今回は5回のプレイといういつもよりも多めの挑戦でだ。まさに大敗である。
そもそも今回挑戦した筐体は、普段の筐体と比べてアームの弱さが一段と弱かったのだ。そのせいでその筐体の難易度だけ、握力が弱くて手の小さい女の子が片手でバスケットボールを掴んでくださいと言っているようなレベルで高かった。いわゆる、無理ゲーというやつである。
最初の一回目で、「あれ?これアーム弱すぎるな?」と感じた僕はすぐさま他の筐体にしようとケイに声をかけた。そう、僕はちゃんと止めたのだ。そもそもこのゲームで遊んでいるのは僕のお金だし、みすみす500円と言う大金をドブに捨てるような真似はしたくなかった。
けれどそこはケイの負けず嫌いというか何と言うか……僕がやめようと言っていてもケイは《いえ、ここで獲ります!》と強く反抗するものだから止めるに止めれず。結局、景品は掠りもしないでただ500円が貯金箱に消えていって終わってしまったのだ。
正直に言うと、僕はそこまでダメージは負っていない。500円が消えてしまったのは痛いが、そもそもケイがゲームを楽しむために用意した資金だ。ケイがゲームで遊べた、それだけで僕はそれなりの喜びがあるというもの。まあ、それでも500円がドブに消えていったという事実に思うところが無いと言われたら嘘になるけれど。
ただケイの落ち込み用は凄まじかった。なんか僕と話していても声がワントーン低いんだもん。流石にこれは大丈夫かと心配になるほどだが……まあ、大丈夫だろう。
だから言ったのに……と思うところもあるが、これもケイにとって良い経験になっただろう。無理な勝負はするもんじゃないね、うん。
「ほら、帰ろうケイ。帰って『ウイポ』やろう?ケイの推し馬が3歳シーズンに入るんでしょ?」
《……そうですね、帰りましょうかアオト》
「テンションひっく……」
気持ちは分かるけどさぁ……まあいいや。
僕はシェイクを飲み終えて席を立ち、ごみを捨ててから少しだけ買い物をした。そしてまた日差し差し込む暑い世界を歩いて家に帰ったのだった。
――――――――――――――――――――――
《王女ー!王女ー!そのまま逃げ切って……ってああっ!?またこの馬が……やめっ、ああっ、抜かされて突き放されて……あぁ………》
ケイの落胆したような声がリビングに響き渡る。先ほどまで応援していたケイの推し馬である『アリスインワンダー』が、後方から来た『タケインパクトユタカ』に差されて突き放されていき、最終的に7馬身差で敗れたからである。
しかもいま走っていたのは『キヴォトスダービー』。3歳馬の頂点を決める競馬の祭典だったが故に悔しさはひとしおだろう。
《うううぅぅ……一体何なんですかあの『タケインパクトユタカ』とか言う馬は!強すぎやしませんかあれ!?前回の『皐月賞』もそうでしたけれど勝てる希望が一切見えないのですが!?》
「仕方ないよ……この馬はゲームの設定上最強と言われてるくらいなんだから……この馬と同年代になっちゃったのが運の尽きだって」
《くぅぅぅぅ……気に入りません……!大体なんですかあの馬名は、10文字じゃないですか!!私たちが付けられる文字数は9文字までなのにチートですチート!!》
「あ、ツッコむところそこなんだ……」
でも本当にこの『タケインパクトユタカ』はゲーム内でも特別扱いされているなと感じる。その競走馬名の文字数制限を破っているも然りだ。
『ウイニングポスティング』、略して『ウイポ』。
馬主となり馬を育ててレースに出走させるという、疑似的に馬主を体験できるゲームとしてマニアからは人気となっているゲームだ。
馬を育ててレースに勝ち、引退したら種牡馬もしくは繁殖牝馬となり血が繋がれていく……好きな馬の血統を徹底的に育て上げて最強の血統にするのもよし、オンライン対戦で勝てるような馬を育て上げるのに注力するのもよし。馬を育てるということに関して言えば自由度が本当に高いゲームなのだ。
例えば今ちょうど走った『アリスインワンダー』。この馬は『アリス』という冠名を使った馬であり、その『アリス』冠名の最高傑作として今このレースを走ったのだ。
今まで幾度も『アリス』と名のついた競走馬はG1を勝てず、悔しさを滲ませながらそれでも諦めずに血を繋いできた。そして、いよいよ夢を叶える時だと言わんばかりにこの『アリスインワンダー』が誕生したのである。
ちなみに冠名『アリス』の名付け親はケイだ。理由は言わずもがなである。
やっぱりアリスさんのこと好きすぎないか?ケイって……
《ええい、こうなったら……『菊花賞』まで徹底的に特訓です!》
「いや特訓って……調教で伸びるステータスなんてたかが知れてるでしょ?しかも『菊花賞』までの3,4カ月なんて特にさ。だから素直にここは『天皇賞・秋』を目指した方が無難じゃない?」
《いえ、『菊花賞』に向かいます!あのふざけた馬に無敗の三冠を獲らせるわけにはいきません!》
「いや気持ちはわかるけれども!どうやったって無理だって『タケインパクトユタカ』に勝つのは!しかも『アリスインワンダー』って3000mの適正ないじゃん!2500までしか走れないのに余計に勝てるわけないでしょ!」
《そう……かもしれませんが!それはそれとして魂が『菊花賞』に行けと叫んでいるんです!》
「それはただの怒りの叫びでしょ!?いいから一回冷静になったほうが良いって!」
「《ぐぬぬぬぬ……》」
僕は『ゲームガールズアドバンスSP』に向かって顔を近づける。ケイは今どんな顔をしているのだろうか。分からないけど、きっとしかめっ面をしているんだなと思う。
でも勝てる確率が0%に近い勝負を仕掛けに行くのはどうにも利己的とは思えない。だから素直に『タケインパクトユタカ』を避ける方向性の方が良いような気がするのだが……
《……分かりました。じゃあ調教で距離適性をギリギリまで伸ばしつつ当週に史実調教で強引に適性を伸ばしましょう》
「そこまでして『菊花賞』に行きたいの!?」
《当たり前です!『タケインパクトユタカ』に一矢報いらなければ私の気が収まりません!》
「目的!目的変わってない!?『アリス』冠名のG1初制覇が目的じゃなかったの!?」
《それでも!私は!やつを!倒したい!》
「ケイ!?ちょっと、本当に冷静になってって……ねぇケイってばぁ!!」
僕の叫びが家に木霊する。それでも先に進まんとするケイに僕は心配を隠せなかったのであった。
……ていうかコントローラー握ってるの僕だから別にケイの言うこと無視しても良くない?
――――――――――――――――――――――
《行けっ!行きなさい王女ッ!そのまま、そのまま……ッ!!や、やりました!王女がG1馬ですアオト!》
「よーっし!『アリス』冠名のG1初制覇達成!ほら、やっぱり『天皇賞・秋』でよかったじゃん!」
先頭をキープして、ゴール板を駆け抜けた『アリスインワンダー』。先頭を譲らなかったその姿はまさに不屈の闘志。強い意志を感じるこの馬は、人懐っこいという性格も相まってアリスさんの姿を彷彿とさせた。
そして勝利のウイニングランをする『アリスインワンダー』は、ついに『アリス』冠名一族に悲願のG1勝利を掴んだ馬として観客から祝福されていた。
勝利したレースは『天皇賞・秋』。結局のところ、『タケインパクトユタカ』が出走予定の『菊花賞』には進まず、距離適性も申し分ないこのレースに決めたというわけだ。
《ま、まあ今回は貴方の言うことが正しかったのかもしれませんね。ええ》
「素直に認めなよ……まあいいや」
結局、『菊花賞』はやめようと必死に説得し続け、ケイが折れてくれたのでこうして『天皇賞・秋』に臨むことが出来たのだ。
もし『菊花賞』に向かっていたらボッコボコにされたんだろうなぁ……
「それにしても、まさかケイがここまで『ウイポ』を楽しんでくれるなんてね」
《え?いえ、別に楽しんでいるつもりは……》
「いやー無理があるでしょ。あんなに走っているところを応援する姿を見て楽しんでないは嘘だと思うよ?本当に、ケイにはゲーム好きの才能があるんじゃない?」
《誰がゲーム好きですか!私は別にゲームが好きというわけではありませんからね!?》
「はいはい」
本当に無理があるんじゃないかな?その言い分は……
この『ウイポ』をやっているところだけじゃない。『エースコンバート』とか『スマシス』とかやっているときでもケイは中々良い反応で僕のプレイを見てくれる。
他にも『TSC』のRTAをやっていた時なんかも《なんなんですかこのクソゲーは!?!?》とツッコミを入れながらも楽しそうに僕がプレイしているところを見ていたし、普通にどころか非常にゲームが好きなんじゃないかなって思っている。
まあ、当の本人が否定しているんだけれども。
「じゃあ次は『有馬記念』かなー……ってあれ、もうこんな時間だ」
次のレースは何にしようか考えていると、外の日差しが橙色になっているのが見えた。時計を見ると、針は既に6の字を指している。
もう6時かという思いに呼応するように、お腹から軽い汽笛が響いてきた。時間も時間だからね、空腹になるのは当たり前だ。
《今日のところはこれくらいで良いのではないですか?》
「そうだね。お腹も空いたしご飯食べよ」
僕はゲームのセーブを済まして電源を落とし、キッチンへと向かう。
《本日の夕食はどうするんですか?》
「んー?冷やし中華にしようかなって」
《冷やし中華……また準備が面倒くさそうなものを》
「いや?今回はこんなのを買ってみたんだ」
僕は冷蔵庫から一つの袋を取り出した。その袋の中に、麺とタレが一緒になって入っている。
《これは……普通の冷やし中華セットではないのですか?》
「ううん。これはね、麺が既に茹で上がっているものを使ったやつなの。だからこれにタレをかければすぐに食べられますよってやつ」
《なるほど……つまり麺を茹でる行為を減らした時短系のものだと》
「そういうこと」
洗い物も減らせるしね、なんて便利なものなんだと思って買っちゃった。
平皿に1玉分だけ麺の袋を開けて、散歩帰りに買った刻みサラダチキンを入れる。
「……よし!」
《野菜は?》
「………」
《野菜。アオト、野菜が見当たらないのですが?》
もうこのままタレをかけて食べようと思っていたが、ケイに野菜を入れていないのがバレてしまった。かれこれ散々ごまかそうとしていたやり取りなのだが、もう完全にケイの目は誤魔化せなくなっているらしい。
《昨日使った千切りキャベツがまだあったでしょう?それを使ってください》
「…………はーい」
《全く……》
言われるがまま冷蔵庫から千切りキャベツを取り出す。よくスーパーに売っている袋詰めされているやつで、昨日使った後の残り半分が残っていた。
これ以上保存してもキャベツが劣化してしまうだけだと最近の経験から理解しているので、残り半分を使ってしまおう。本当は食べたくないのだけれども……
千切りキャベツを麺の上に盛りつけてから、タレをかける。
《本当に、目を離すとすぐこれなんですから……野菜は大事だといつも言っているでしょう?》
「そうだけどさぁ……」
《だけどじゃないですよ。野菜を摂らないと栄養が偏ってしまいます。それに今が成長期の貴方がそんな偏った食事をしていたら将来に影響が……》
「あー!わかった、わかったから!!ちゃんと食べるから野菜も!!」
《はぁ……》
ケイのため息が木霊する夕暮れ時。かれこれ10回以上は繰り返しているのではないかと思われるやり取りをやってからお皿と箸をテーブルに持っていく。
席に座って「いただきます」と言ってから冷やし中華を口に入れた。少し硬めの麺の食感に、絡みつくタレ。レモンの風味が効いた酸味の強いタレが麺と具材を染みこませ、夏にぴったりのサッパリとした味に仕上がっている。
麺ののどごしも悪くない。喉を通るサッパリとした清涼感が体中に染みわたり、気持ち的にも涼しくなっていた。
これは悪くない。簡単に作れてちゃんと美味しいものが食べられる。しかも何より失敗しない。麺を茹ですぎたとかソースを濃い味にしすぎたとか砂糖と塩を間違えたとか変な失敗をすることがなく、安定したクオリティのものが食べられる。
特にそこまで時間もかからず食べきり、「ごちそうさまでした」と言ってお皿を片付けて洗い物をする。
《ちゃんとキャベツも食べれたじゃないですか》
「うん、あのサッパリとしたタレとキャベツの相性が結構よかったんだ」
洗い物をしていると、ケイが声をかけてきた。
《まあ……あーだこーだ言ってはいますが、言えばちゃんと野菜を食べるあたりは評価してあげますよ》
「あれ、珍しい。ケイがそんなに褒めてくれるなんて」
《別に褒めてるつもりは……まあ、あのゲーム開発部に比べたらちゃんとしていると思っただけです》
ゲーム開発部と比べたらって……そんなにお姉ちゃんたちって変な生活していたっけ?
《本当に、何なんですかあの集団は……?食事に野菜の姿は見当たらない、お菓子とジュースばかり食べている、部屋は汚い、歯磨きしない、隙あらば雑魚寝……王女に悪影響を与えすぎです!特にあのモモイとか言う女……!!》
「あ、あはは……」
なんだろう、笑うことしかできない。モモイお姉ちゃんは家でもかなり自由奔放な生活をしていたから……ケイがここまで怒るのも分かる気がする。特にケイはいわゆるしっかり者の気質があるから、モモイお姉ちゃんのような奔放な性格が気に食わないのかもしれない。
モモイお姉ちゃんがあれだけ奔放だったせいかな、ミドリお姉ちゃんにはよく「あんなふうになったらダメだからね?」と言われていた気がする。数カ月前にもあったやりとりのはずなのに、なんだか懐かしいや。
「……よし、洗い物終わり!お風呂はーいろ!」
《ちゃんと肩まで浸かって100数えるんですよ?》
「子供かって」
いや子供だけどさ。
そんな軽口を叩いてから僕は浴室に向かった。お風呂はまだ沸かしていないから、今からお湯炊きをしてさっさと入ろう。今日は洗濯も回さないとだしね。
――――――――――――――――――――――
「ふぅ……」
入浴を終えて歯も磨き、洗濯物も乾かした僕はソファでゆっくりとテレビを見ていた。エネルギーが排出される噴煙のように、僕は大きくため息をつく。温まった身体が休息を求めているのか、口を大きく開けて欠伸をした。
時刻は既に20時30分。時間帯的にも、そろそろベッドに行ってもおかしくないような時間だ。
《明日はミレニアムに行くんでしたよね?》
「うん。かれこれ1週間ぶりかな?久しぶりだよね」
最後に遊びに行ったのは7日前、ちょうど1週間前になる。かつては週に2,3回くらいの頻度でミレニアムへ遊びに行っていたのに、気が付けば週に1回程度の頻度に落ち着いていた。
別に行くのが嫌になったとかそういうものではないのだが、わざわざ高頻度ではなく週一程度でも気分的に大丈夫だと思えるようになったから頻度を減らしているところはある。
《明日は何時に家を出るつもりなんですか?》
「んー?8時40分くらいに出るつもりだよ」
明日の8時40分には家を出て、百合根駅9時発の新快速電車でミレニアムに向かう予定だ。モモイお姉ちゃんにも既にモモトークでその旨の連絡は済んでいるし、あとは明日を迎えるだけ。週一の頻度になったせいか、少しワクワク感が大きくなっているような気がする。
《では明日は7時に起こせばいいんですね?》
「えー……8時じゃだめ?」
《貴方が40分で全ての準備を済ませられるのならいいんですけど》
「……それは自信ないかなぁ」
《では7時で》
「……はぁい」
7時かぁ……学校のある日と大して変わらない時間じゃないか……
まあでも仕方がない。家を出る前に色々とやることもあるし、そう考えると1時間以上の余裕が欲しいのも事実だ。
それに早寝早起きは良いことだとケイも口酸っぱく言っているし、実際に惰眠を貪る時よりも気分が良いのは確かだからね。まあでも、のんびり寝ていたい気持ちは全然あるんだけれども。
《そうと決まれば、早く寝た方が良いのでは?もうすぐ21時、小学生は寝る時間ですよ?》
「はいはいそうだね……寝よっか」
僕はそう言うとテレビの電源を消して、リビングの電気も消した後に2階へと上がった。そして自室に戻って机の上にゲーム機を置いて充電ケーブルを差す。
《……また部屋が汚くなってきていませんかアオト?》
「ええ…?最近机の上とか掃除したじゃん……」
《机の上はまだ綺麗ですけど……床とかに物が散らばっているように見えますが》
そう言われて床を見ると、学校に持って行っていくカバンにリュックサック、そして軽いお出かけ用に使う小さなカバンなどが乱雑に置かれていた。それに床の埃も少し溜まっているように見える。
《明日、家を出る前に掃除機をかけてから行きましょうね?》
「うぅ……面倒くさい……」
《面倒くさくてもやってください。不清潔な部屋は身体を壊しますよ?》
「はいはい……」
僕は明日やらないといけない掃除機作業に頭を重くしながらベッドにダイブした。ボフッという音と共に、高反発なマットレスが僕をバウンドさせながら受け止める。
《全く……というか、どうして私が貴方の健康状態や環境について色々と気を遣わなければならないのですか?》
「ええぇぇぇええ???知らないよそんなの……」
僕は思わず勢いよく顔を上げて、机の方を見た。僕はちょくちょくケイに掃除しろだとか野菜も食えだとか早寝早起きしろだとか色々と言われることがあるが、別にそういうことを言ってくれなんて頼んだことは一度も無いのである。
最初にそういうことを言われたのはいつだったかな……確かケイと過ごし始めてちょうど1週間が経った時だっけ。
当時の自室は、机の上には漫画やらプリントやらが山積みされて散乱していて、その上にゲーム機を置いて充電していたのだが……ケイがいきなり《部屋が汚いので掃除してください》と言ってきたのが始まりだった気がする。
そこからちょくちょくこの部屋を掃除しろとか、トイレは掃除したのかとか自室だけじゃなくて他の部屋やプライベートスペース全てを掃除しろと言われていった。ケイは本当に汚い空間が嫌いなのだろう。ゲーム開発部の部室も《掃除させなさい》とか言っていたし。
まあ掃除しろだけじゃなくて、他にも色々な生活習慣に関することも口を出されることもあったのだが、自室を掃除しろと言われたあの日がターニングポイントなのは間違いないだろう。
でも急にケイが自分自身の行動に疑問を持たれてもこちらは反応に困るのだ。気を遣ってくれるのは嬉しいので別に嫌じゃないのだけれども……
《……まあいいです。寝ますよアオト》
「えぇ…?急にバッサリと話を終わらせるじゃん……」
《いいから。電気を消してください》
「はいはい」と言いながら僕は近くにある電源ボタンを押して部屋の電気を暗くした。明るく色づいていた世界が、色を失ったように見えなくなる。カーテンの隙間から漏れる月の光が、唯一部屋を照らす光となっていた。
「おやすみ、ケイ」
《はい。おやすみなさい、アオト》
おやすみと言い、布団をかぶる僕。部屋はクーラーが回っており、除湿モードにしているとはいえ冷風は吹いている。だから布団をかぶるとちょうどいい感じなのだ。
今日も色々と楽しかったなと頭の中で振り返る。散歩に行ってゲーセンで遊んで、帰ってゲームを楽しんで……ケイと他愛もない話をする。1人だけでは過ごすことのできない、普遍的で充実した毎日。
騒がしくないけど賑やかで、静かじゃないけど過ごしやすい。別に1人が嫌なわけではないけど、それでも誰かといるというのは心に安心感をもたらしてくれる。
お姉ちゃんたちが家を出てからずっと忘れていたこの感覚。1人では感じることが出来なかった、この温もり。
ああ本当に……
──こんな日がずっと続けばいいのになぁ……