おかしい……どうしてこんなに文字数が多くなった……??
「モーモーイィィィィィッッ!!!」
「ギャーッッ!!ごめんってばユウカぁぁ!!!」
「なんで私も巻き込むのお姉ちゃぁぁぁんッッ!!!!」
ドタドタドタと前から煙を巻き上げてこちらに向かってくる3つの影。前を走る2人は半泣きの様相で、それを追いかける人は鬼の形相だ。少し狭い廊下のせいか、3人の叫び声と足音がこれでもかと響き渡っている。
離れているようにみえた距離も、気が付けば目の前にまで迫ろうとする勢いで近づいていた。
「あっ、アオト!!ごめん、また後でねっ!!!」
「部室にユズちゃんとアリスちゃんが待ってるからねー!!」
まるでスーパーカーが通過するように過ぎ去っていくモモイお姉ちゃんとミドリお姉ちゃん。過ぎ去った後の風圧が、僕の髪の毛を靡かせた。
「あっ、アオトくん!!久しぶりね元気してたかしら相変わらず可愛いわね元気貰えるわそれじゃあね待ちなさぁぁぁぁぁいっっ!!!!!!」
そして一瞬だけビタッと止まって僕に挨拶をしたあと、放たれた弾丸のような速さでお姉ちゃんたちを追いかけるユウカさん。その風圧で、廊下の埃が巻き上げられる。
3人が走り去った方に振り返ると、既にその姿はなかった。残っているのは、快速電車が駅を通過した瞬間に響く、音が遠ざかっていくような余韻のみだ。
ポカーンという呆気にとられるような効果音が消えてきそうなこの空間。すれちがった人に急に殴られてそのまま姿を眩ませられたような、何が起きたのか把握するのに時間が掛かるような、そんな感覚に襲われる。
《……相も変わらず騒がしいですね彼女たちは》
「………うん、そうだね」
完全に呆れているケイの声に、僕の意識も現実に戻された。何が何だか分からない、そんな日常が頻繁に起きるのもこのミレニアムの特徴か。
そんなことを思っていると、頭に少し違和感。手で少し触ってみると、髪の毛が少しだけ乱れていた。風圧で髪が靡くことはあったけれど、それだけでは済まないような乱れ方をしている。
そういえば、ユウカさんとすれ違った時に一瞬だけ頭を触れられた感覚があったような……?ユウカさんはここ最近、すれ違うたびに頭を撫でられているのだけれども……もしかしてこの一瞬で辻斬りのように僕の頭を……?
《アオト……アオト…??》
「…っと、どうしたのケイ?」
《どうしたのではないですよ。ボーッとしてないで早く部室に向かったらどうですか?》
「ああ、うん。そうだね」
まあ、別にそんなことを考えていても仕方がない。僕はケイに促されるまま、ゲーム開発部の部室に向かった。
そして遥か後方から、「ギャアアアアッッ!!!」という聞きなじみのある声から発せられた悲鳴。さらに後から聞こえる、叩いているのかこねくり回しているのかよく分からない、判別不明な音。
あーあ、捕まっちゃったかー……なんて思いながら、僕は振り返らずに歩いていった。
――――――――――――――――――――――
ゲーム開発部。そう書かれたプラカードがぶら下げられている扉の前で、僕はノックを3回叩く。
──コンコンコン……
「アオトです~こんにちは~」
お姉ちゃんたちはただいま追いかけっこの真っ最中なので、部室にはいない。だから部室にいるのはユズさんとアリスさんの2人だけだ。
普段なら「お姉ちゃーん、きたよー」くらいの雰囲気でドアをノックするのだが、流石にユズさんとアリスさんにそのフランクさでノック出来る自信がない。
そんなことを考えていると、扉の向こうからドタドタという音が聞こえてくる。その音が徐々に近づいていき、一瞬止まる。そしてドアが開かれて──
「アオト!!」
突如、視界いっぱいに迫りくる制服。何か来た、そう頭が理解し始めたころには既に迫りくる制服に体が包まれて、視界が暗く染まっていた。
ボフッという音と共に軽く体に衝撃が走り、体が後ろに倒れそうになる。しかしその体は後ろに回された腕によって固定され、倒れることなく支えられている。
体中に包まれる、温かくて柔らかな感触。そして鼻腔をくすぐる、女の子特有の良い匂い。
何が起きたのか分からなかったがそれも一瞬の出来事。僕は誰かに抱きしめられていた。
扉が開かれたときに聞こえた声、パワーはあるけれど抑えて程よいパワーで包まれているこの感覚、そして姉以外に抱きしめられているという事実と、今現在部室にいるであろう人物。
これらから導き出される、いま僕を抱きしめている人物とは……
「久しぶりですアオト!会いたかったです!!」
「あ、ああ、あああアリスさん!?!?」
《王女!?!?》
ゲーム開発部の太陽的存在、アリスさんであった。
「えへへ……久しぶりのアオト、温かいです」
「あば、あばばばばば……アリスさん近い、近いですすすす……」
《………アオト??》
アリスさんに抱きしめられているという事実に、頭がボーッとするような感覚に襲われる。自分でも分かるほど鼓動が激しくなり、顔に熱が集まっていく。
それでもアリスさんはお構いなしに僕の身体を包み込んでおり、そんな僕にケイが圧を感じる声音で話しかけていた。
「あ、アリスさん……離して……」
「いやです!最近は全然ギューッとさせてくれなかったので……もっとギューってさせてください!ギュー!」
「あわわわわわわわ………」
《アオト……??なに王女に鼻の下を伸ばしているのですか???》
別に鼻の下を伸ばしている訳じゃないんだけど!?
そんなことを思いながら僕はバタバタと腕を動かして抵抗を試みるが、アリスさんからすれば僕の力なんて赤子同然。抱擁を解くことなど出来ず、ただされるがままになってしまっている。
《本当に……貴方は何回王女に鼻の下を伸ばすつもりですか……?不埒ですよ本当に》
だから鼻の下伸ばしているつもりもないし、そもそもこの状況も不可抗力でしょ!?
最近のアリスさんはスキンシップが激しくなっている。僕たち姉弟はなんやかんやスキンシップが激しかったから、前々から羨ましそうにアリスさんが僕たちのことを見ていたことは知っていた。でも僕としては、アリスさんのスキンシップに僕の心が耐えられる自信がなかったから基本的に受け流していたのだ。
だがいつの日だったか、一度アリスさんにスキンシップを許した日があった。あまりにも寂しそうな目で僕のことを見ていたから、一回だけなら耐えてみせようと思ってアリスさんの抱擁を受け止めたのだが……そこがターニングポイントになってしまったのだろう。以降、僕に抱きつくことが多くなっていったのだ。
「あ、アリスちゃん……アオトくん困ってるからそろそろ離してあげて……?」
僕がジタバタと抵抗していると、部屋の奥から声が聞こえてくる。柔らかく、どこかビクビクした様子を感じるような声。
顔を何とか動かしてアリスさんの肩越しに見ると、そこにはユズさんがひょっこりと顔を出していた。
「ユズ……でも……」
「大丈夫だよ、アオトくんは逃げないから……ね?」
「は、はい……今来たばかりですし、逃げませんよ……」
「……わかりました。アオト成分補給クエスト完了です!」
ユズさんの助けもあってか、アリスさんは腕を離してくれた。鼻が塞がれて薄くなっていた酸素を求めて、僕は大きく息を吸った。その吸い込んだ時にアリスさんのお花のような残り香が鼻腔をくすぐり、止まらぬ鼓動に拍車をかけた。
「ふへぇ……もう、どうしてそんな僕に抱きついてくるんですかアリスさん…?」
「それは…アオトを抱きしめるとぽかぽかするからです」
「ぽかぽか……?」
「はい!皆さんや先生に抱きついても温かいですけれど、アオトには特別な温かさがあります。アオトだけが持っている特殊成分みたいですね!まるで強力なバフアイテムです!」
バフアイテムって……特殊成分って……なんだか僕が普通の人間じゃないみたいな……おかしいな、僕は正真正銘の一般的な人間のはずなんだけどな……
稀血みたいなものも持っていなかったはずなのだけれど、一体僕から何が漏れ出ているというのだろうか。
《全く、ようやく離れましたか。王女も、アオトに抱きつくなんてはしたないというのに……》
ケイは今の光景に唇を尖らせたような口調で文句を呟いていた。だから今の抱擁は不可抗力だというのに、まるで僕が悪いみたいな言い方して……どうあがいてもあの飛びつきは回避不能だったのに……
「ほらアオトくん、部室入っていいよ?廊下に立っていても暑いでしょ?」
「はい!いらっしゃいませアオト!」
「あ、はい。じゃあお邪魔します」
ケイの文句に心の中でツッコミを入れていると、ユズさんとアリスさんから部室に入るよう促された。確かにこの廊下は割と暑い。窓がないから直射日光が当たっているわけではないのだが、外の空気を吸い込んだようなこの空間は、建物独特の蒸し暑さに覆われていた。
部室の中はクーラーが回っているはずだろう。早く涼しいところに行きたいと思った僕は促されるがままゲーム開発部の部室に入った。
入った瞬間、廊下の蒸し暑い空間とは違い、湿度を感じないサラッとした冷たい空気を感じた。クーラーの効いた涼しい部屋だ。
僕は部室にある洗面台を借りて手洗いうがいをしてから、ごみとゲームソフトが散らばった床を踏まないように進みながらテーブルの近くまで進んで床に腰かける。
「そういえば、さっきお姉ちゃんたちがユウカさんに追いかけられているところとすれ違ったんですけど……何があったんですか?」
アリスさんが持ってきてくれたコーラを「いただきます」と言って口に含み、2人にお姉ちゃんたちのことを尋ねた。
鬼のような形相のユウカさんに追われる姉の姿。余程のことをしたのだろうと察するのだが、一体何をしたのだろうか。
「あ、モモイとミドリとすれ違ったんだね。ちょっと色々あったんだけど……」
「アリスたちは新しいゲームを作っていたんです!」
何が起きたのか、ユズさんがそのことについて話してくれた。
「新しいゲームのコンセプトがシューティングゲームだったんだけど……モモイが敵キャラクターのモデルを全部ユウカ先輩にしようって言ってね?」
「私とミドリは一回反対したんだけど、ミドリに一回モデルを描いてみてって促したから、仕方が無いなってミドリがユウカをベースとた敵キャラクターを何体も描いて……」
「そうしたらミドリが楽しくなっちゃったみたいでね?10体くらいの敵キャラを描いちゃったの。モモイもそれが気に入っちゃったみたいで、これをゲームに組み込もうとしたんだけれど……」
「どうやらユウカにバレてしまったみたいなんです」
アリスさんが重ねるように話す。
「そして先ほど、ユウカが部室を訪れて……あれは鬼のようでした。まさに鬼の王、ラスボスの姿そのものでした……」
「それでモモイがミドリを連れて逃げ始めて、ユウカが2人を追いかけ始めて……今に繋がるって感じかな?」
「………」
なにやってんのさお姉ちゃんたちは……
僕は両手で顔を覆いながら俯いた。
ユウカさんのイメージした敵キャラを本人の許可を得ずにデザインしちゃったら。そりゃあ怒っちゃうってものだよ。せめて許可を得るとかすればダメージも少なかったと思うし。
だいたい、なんで敵キャラを全部ユウカさんでイメージさせて作ろうという発想に至ったのだろうか。確かに廃部一歩手前まで追いつめられたとか、それ以外の日頃の恨みもあるのだろうけれど、それにしてもやりすぎのような気がする。
というか日頃の恨みって言ったって、ユウカさんってそんなにゲーム開発部に酷いことをしているだろうか。僕はユウカさんが怒っている姿をあまり見たことが無いのだけれども、普段はもっと怒っていたりするの?
《……本当にバカなんですね貴方の姉たちは》
ケイも呆れたような口調だ。弟の僕はそれに対して反論するべきなのだろうけれど、僕もそう思うとしか言うことが出来ない。悲しいかな。
「なんか、うちのお姉ちゃんたちがごめんなさい……」
「へっ?謝らないでアオトくん……」
「アリスたちは気にしていませんから!」
僕が力なく頭を下げると、ユズさんとアリスさんの気にしないでという声をかけてくれた。いや本当に、色々お騒がせしちゃって申し訳ないです。
「そ、そうだアオトくん!せっかく来てくれたから何かしよう……と言いたいんだけれど………」
「……?ユズさん?」
何か提案してくれそうだったユズさんが、申し訳なさそうな雰囲気で言葉が止まった。
「ごめんねアオトくん。わたし、ちょっと今やらなきゃいけないことがあって……」
「やらなきゃいけないこと……ですか?」
「うん。さっき話したゲームのプログラミングを少しでも進めておかなくちゃいけなくて……あまり余裕がないの」
「あー……」
なるほど、ゲーム作りが滞っているから余裕が無いという感じか。ゲーム作りには時間が掛かるのは察しが付くし、仕方がないことだろう。そう考えると、よくミレニアムプライスの時は5日で作り上げたよなとも思う。
「モモイとミドリはまだ余裕ありそうだから遊んであげられそうだけど……今はああいう状況だし……」
《余裕があるからサボるのではないですか?》
ケイ、正論を言ってはいけないよ。
でもモモイお姉ちゃんとミドリお姉ちゃんは多少の余裕があって、ユズさんはあまり余裕が無いっていうのはプログラミングがいかに大変なのかというのを示しているのだろうか。
そもそもゲーム作りの知識はユズさんが一番多いだろうし、そういう要素もユズさんが忙しくなっている一員なのかもしれない。
「気にしないでくださいユズさん。むしろ僕が勝手に押しかけているんですからボーッと部室にいるだけでも十分ですよ」
「うぅ……ごめんねアオトくん……でもボーッとするだけだとつまらないと思うし何かゲームでも……」
ユズさんが気を遣って、棚にあるゲーム機を取ろうとしてくれた。しかし……
「ではアリスと冒険に出かけましょう!」
横からアリスさんが新たな提案をしてきた。
「アリスさん……?冒険って、いつものやつですか?」
「はい!これも最近は出来ていませんでしたから、久しぶりに行きませんか?」
アリスさんは花が咲いたような笑顔で、冒険と言うものに僕を誘う。
冒険。この言葉を聞くとRPGのファンタジーを思い浮かべるだろうが、アリスさんの言う『冒険』というのは少し違った意味を持つ。
それは所謂、ミレニアムサイエンススクール校内および近隣地域のお散歩である。敷地内を散歩し、色々なものを見て感じる。その体験がまるでRPGのようだということで、アリスさんは『冒険』と言っているのだ。
これだけ聞くと、冒険と言うワードを使っている割には規模が小さく聞こえるかもしれないが、そんなことはない。ミレニアムという学校の規模は大きく、敷地面積は地区1個分と言ってもいい。さらに言えば、僕の住んでいる百合根地区よりも大きい可能性がある。
そもそもこの学校には、敷地内を移動するためのモノレールが整備されているほどだ。そのことを考えると、このミレニアムサイエンススクールが1つの地域と言っても過言でもない規模と言っていいのだ。
その規模の学校と、近隣地域の散策。思っていた以上の大規模な散策は、出会いや新たな発見もあって楽しかったりする。
アリスさんはそれを頻繁に行っており、僕もミレニアムに遊びに来た時に何回か付き合っている。
「分かりました。じゃあ行きましょうアリスさん」
「……!ぱんぱかぱーん!アオトがパーティに加わりました!」
アリスさんは両手を花が咲くように上げて、嬉しそうに笑った。そんなアリスさんの姿を見て、僕も心がぽかぽかしてくる。
アリスさんの笑顔は、周りの人たちをも嬉しくさせる不思議な力があるように思える。
「そうと決まれば、早速行きましょうアオト!」
「はい……ってわわっ!手を引っ張らないでくださいアリスさん……ではユズさん、行ってきますねー!」
「うん、いってらっしゃい2人とも」
アリスさんに手を握られ、わんぱくな子犬を相手にするように引っ張られる。進む力が強く、止まることなく前に進む。とても強引で、制御不能なこの状況。
でも不思議と嫌な気分はなく、むしろアリスさんと2人で始める冒険に心が躍るようにワクワクしていた。
――――――――――――――――――――――
「むむむむ……なかなかイベントにエンカウントしません。レベルが足りないのでしょうか?」
「まだ始まったばかりですよ、アリスさん」
僕たちは、ミレニアムの中央広場に来ていた。広場の中央にある噴水が清涼感をもたらし、それを求めて学生の皆さんが集っている。ザーッという水が噴き出す自然の音に、学生の話声を含んだ人の声が調和して爽やかな騒がしさを生み出していた。
その中で僕とアリスさんは、日差しの暑さから逃れるために草木が生える場所の木陰で涼んでいた。冒険を初めて十数分、エンカウントもなくただ暑い空間に身を置いているだけなので一度体を涼ませようと木陰に逃げていたのだ。
《王女……水分補給は大丈夫でしょうか……?》
「……アリスさん、お水飲みますか?」
「お水……ありがとうございますアオト、いただきます」
今日もまた一段と暑い日だ。流石は夏真っ盛りと言える季節、歩くだけでも簡単に汗が流れる。
アリスさんの身体は不思議なところが多い。身体は人間ではないというのが確かなのだが、構造やシステムはほぼ人間と言ってもいい。
ご飯は食べるし夜は眠る。免疫機能もついているらしいので、病気になる時もあるそうだ。身体はもちろん温かいし、女の子特有の良い匂いだってする。身体が傷つけば血も流れるし、治癒機能はあるみたいだが痛いものは痛いらしい。
本当に身体の機能は人間と大差がない。故に身体が熱くなれば汗もかくし、暑くなりすぎれば熱中症になってしまう。
だからケイが心配しているように、アリスさんも水分補給は欠かすことが出来ないのだ。
僕は持っていた500mlの水をアリスさんに渡した。それをアリスさんは飲み、中身が三分の一ほど減る。
「……ふぅ、水分補給によって体力が回復しました!」
水を飲んだ後のアリスさんは、少し体に元気が戻ったような雰囲気を纏わせた。
《もう……熱中症で倒れないでもらいたいのですが……アオトもちゃんと水分補強をしてくださいね?》
「分かってるよー」
「……?なにが分かったのですかアオト?」
「へっ!?ああいや、なんでもないですよアリスさん!」
「……?」
危ない危ない、アリスさんの目の前でケイの言葉に反応してしまった。アリスさんはケイのことを知らないし、ケイのことは皆には内緒にしているから下手な行動をすると怪しまれてしまう。
《なにやってるんですか……》とケイにも呆れられたところで、僕は話題を何とか戻すことを試みる。
「と、ところでアリスさん!イベントを起こすためのレベル上げはどうしますか?」
「レベル上げ……そうですね、冒険を重ねれば重ねるほどレベルは上がっていくのですが、今すぐにレベルを上げる方法はありません……」
「そう……ですか。じゃあ何とか今のレベルでエンカウントが出来るまで粘るしかないですね……」
《知り合いと出会わないのはこの暑さのせいでは……?》
まあケイの言う通り、エンカウントがない理由はこの暑さも一端を担っているような気もするけれど。そんなことを思っていると「しかし」とアリスさんの声。
「装備を整えれば、レベルは上がらなくても強くなります。そうすれば何かしらのイベントが起こるかもしれません!たとえば……」
そう言うとアリスさんは木の根元まで行き、一本の細長い木の棒を持ってきた。
「ぱんぱかぱーん!アリスは騎士の剣を手に入れました!」
アリスさんは持ってきたいい感じの木の棒を天に掲げて、新しい武器を手に入れたような雰囲気で声を張り上げた。
太さはそれほど太くはないが、長さはそれなりにある良い感じの木の棒。確かにこれはステータスがある程度は上がりそうな武器だ。
「ふふん、どうですかアオト!この武器があればどんなイベントが起きても対処することが出来ます!」
《王女…それはただの木の棒では……》
ドヤッと聞こえるような顔で木の棒を見せつけるアリスさん。なるほど、確かに落ちている木の棒の中では上澄みに近いものだろう。しかし……
《そんなもの持っていても危ないですし手も汚れますから早く手放して……アオト?》
「……甘いですよアリスさん」
僕はここから少し離れた木の根元に向かう。
《アオト、何をして……ってもしかして貴方まで……!?ちょっと、やめてくださいアオト……!?》
ケイの制止の言葉を無視し、目的のものがある場所まで進む。
アリスさんと休んでいた場所から数メートルほど離れた木の根元。アリスさんと冒険をしている時には通らなかった場所であり、本来なら目にすら映らない場所ではあるが、そこに落ちていたものは僕の眼から逃れることが出来なかったようだ。
僕はその根本に落ちていた、太く大きく長い木の棒を持ってアリスさんの場所に戻る。
「あ、アオト……それはもしかして……!?」
「ふふふふふ…………そう、これはこの世界に存在している伝説の武器が1つ……!」
僕は持っている凄く良い感じの木の棒を天に掲げた。
「王の剣……『キングスソード』です!!」
「キングス……ソード……!!!!」
《アオト………………………貴方まで………………》
僕のこの凄く良い感じの木の棒こと『キングスソード』は、まさに伝説の剣と言われても相応しいスペックを誇っている。
まずはこの太さ。よくスーパーに売られているような太巻き、あれと同じくらいの太さを誇っている。そして長さも申し分なく、ざっと見た感じは1m定規よりも少しだけ長く見える。重さもそれなりに重く、攻撃力も申し分ない。
まさに全てにおいて高水準の性能を備えている王の剣に相応しい一振りだ。
「ここまでの武器を装備しているなんて……もしかしてアオトはあの伝説の勇者なのですか!?」
「……あれ?勇者はアリスさんじゃなかったんですか?でもこの武器を持っている僕の方が勇者に相応しいかもしれませんよ?」
「……!まさかアオトはアリスの勇者の座を狙って……!?」
「ふふふ……ようやく気が付いたか愚かな勇者よ……」
《………あの、さっきから何をしているんですかアオトは?》
僕はキングスソードを構えて、アリスさんと向き合う。そしてアリスさんを睨みつけるように、切っ先をアリスさんに向けた。
「時は来た……今日こそ勇者の座、このアオトが貰い受ける!」
《いや、どんな世界観ですかそれは……いいから危ないのでその棒を置いて……》
「奪わせません……!アリスの勇者の座は、絶対に護ります!」
《いや、乗らないでください王女!》
「ふははは!その強がりがどこまで持つかな!?」
「強がりではありません、覚悟です!」
《だから、乗らないでくださいって言ってるでしょう!?アオトも変なことして王女に悪影響を与えないでください!!危ないでしょうが!!》
アリスさんも、騎士の剣を構えた。互いに構えて向き合い、睨み合う。一瞬の隙が命取りとなる、強者の間合い。張り詰められた糸のような空気がまとわり、その糸が千切れた瞬間に勝負は決まる。
刹那の一瞬、達人の間合い。僕とアリスさんの勇者の座を賭けた死合い。
「覚悟は良いか?旧き勇者よ」
《だから何なんですかこれは!?誰なんですかその口調は!?!?》
「今も勇者です……そして、これからも!!」
《王女もやめてください!!危ないですからその棒を置いてください!!》
互いの闘気が最高潮に達する。高まる鼓動と、熱くなる体に滴る汗。戦いの火蓋が今、降ろされる。
「その意気や由」
「覚悟はいいですか?」
「「いざ尋常に……勝負──」」
《いい加減にしてくださいっっ!!!》
かつてないほどの爆音が僕の鼓膜を震わせる。あまりの振動に剣を構えた僕はバランスを崩して地面に倒れた。手から離れたキングスソードが、コロコロと草木を転がっていく。
「へっ!?アオト!?」
《危ないから何度も何度も何度もやめろと言っているのに……!!!怪我したらどうするんですか!!ただの棒でも危ないんですよ!?!?!?》
「うわああああああ!!!ごめん!!ごめんってばぁぁぁ!!!」
「えっ…えっ???どこからか音が……?そもそもアオトは誰と話しているのですか?お助けキャラですか??」
イヤホンを着けている耳の根元がビリビリと震え、今まで感じたことのない不快感と爆音による衝撃が身体を襲った。
《王女まで悪ノリして……これで王女が今後も棒を振り回す癖が出来たらどうするつもりなんですか!?!?貴方のそういう行動が王女に悪影響を与えているんですよ!?!?》
《それにもしあのまま打ち合いなんかしたら、パワーで大いに劣る貴方は大怪我していたのかもしれないのも分かっているのですか!?!?》
《怪我をして悲しむのは貴方だけではないんですから、自分の身は大切にしてください!!!》
ケイの怒声が耳に響き続ける。僕のこの行動がアリスさんに悪影響を与えていると。
考えてみれば確かにそうだ。アリスさんが目覚めたのは1カ月前、まだ1カ月しか経っていないのだ。ある意味、生まれて間もない赤子同然、色々な影響を受けてしまうのは当然だろう。事実、お姉ちゃんたちがゲームを教えた影響が今のアリスさんの性格に出ているのだ。
今のアリスさんは所謂スポンジ、良いことも悪いこともなんでも吸収してしまうだろう。本来はこの木の棒を振り回す行為と言うのは良くない行為だ。でもまだ色々なことを吸収しているアリスさんに木の棒でチャンバラすることを良しとしてしまえば、アリスさんにとって悪影響になってしまうだろう。
だから僕の行動が怒られるのは当たり前のことだった。
「うぅ……ごめんなさい………」
《はぁっ…はぁっ………全く貴方は………反省してください》
「………うん、もうしない」
《なら……いいです。もう変なことはしないように。次やったら正座1時間ですからね?》
「うん……わかった」
流石にやりすぎた。ちゃんと反省しよう……うん。
僕は倒れた体勢から起き上がって、そのままその場に座った。先ほど倒れた衝撃のせいか、持っていた凄く良い感じの木の棒は地面に転がっていた。
「あの……アオト、大丈夫ですか……?」
「アリスさん……大丈夫です」
いつの間にか目の前にアリスさんがいて、顔を覗き込んでいた。その顔は大怪我をした友達を心配しているような雰囲気で、少し涙目になっていた。
まあ、急に倒れて悶え始めたら心配するよね……
「ほ、本当に大丈夫なんですか……??回復アイテムが必要なのでは……」
「あはは……そうはみえないですよね………でも本当に大丈夫ですよ?」
アリスさんの心配している表情に心が痛むけれど、本当に大丈夫だからそう言うしかない。
「それなら……いいんですけれど……その……」
「アリスさん……?」
僕が大丈夫だと分かった途端、今度は困惑しているような表情をしていた。そして聞いても良いのか大丈夫なのかと思っているような雰囲気を纏わせた。そして……
「あの……先ほどは誰と話していたのでしょうか……?お助けキャラ……だとしたらどこから話しかけていたのでしょうか?」
「………………」
あーまあ……そうだよねぇ………気になるよねそこはね。
普通にアリスさんが目の前にいるのにケイの説教を喰らっていたから、傍から見たら1人でブツブツと謎の独り言を話している怪しい人ということになる。
そんな怪しい行動をしていたら、アリスさんが気になってしまうのも無理はない。だがケイのことを秘密にしている以上、アリスさんにケイのことを話すわけにはいかない。
つまり、僕は何とかしてケイのことを誤魔化さなければならないのだが……
「アリスさん、実は……」
「実は……?」
アリスさんを欺くための方法。僕は意を決して口を開いた。
「実は……もう一人の僕と話していたんです」
「………もう一人の、僕?」
ポカーンと、口を開けて僕を見るアリスさん。おそらく理解しきれていないその雰囲気に追い打ちをかけるよう僕は話す。
「はい。実は僕の中にもう一人のアオトがいて、よく僕に説教とかしてくるんですよ。さっきは木の棒を振り回したら危ないだろって怒られちゃって……」
「えっ……と?」
「つまりですね………僕は二重人格なんですよ!」
「二重………人格??」
どうだ…?誤魔化せそうか……??
僕はドキドキしながらアリスさんの表情を見る。その表情はまるで情報を処理しようとしているロボットのような雰囲気であった。
もちろん、二重人格というのは嘘である。これは所謂、純粋なアリスさんを誤魔化すための作戦の一つだ。まだ目覚めて1カ月程度しか経っていないからこそ誤魔化せるかもしれないという僕の企みから生まれたこの作戦。アリスさんの純粋さを利用した作戦なので正直心が凄く痛むが、ケイの秘密を明かすわけにもいかない。
ただ、本当に信じてくれるかどうかはアリスさん次第ではある。だからアリスさんがどう反応してくれるのか、僕はそれが気になって仕方がないのだが……
「………!!凄いです!アオトは2人いたんですね!!」
しばらくの沈黙の後、アリスは頭に大きな「!」マークを浮かべると僕に顔を近づけて顔を綻ばせた。情報を整理した結果、アリスさんは僕の言うことを信じてくれたようだ。
──よし、勝った
僕は近づいたアリスさんの顔に鼓動を速めつつも、心の中でガッツポーズを取る。
「は、はい!そうなんです!だから驚かせちゃってごめんなさいアリスさん」
「いえ、気にしないでくださいアオト!むしろアオトの秘密を知れてアリスは嬉しいです!これで親愛度レベルも上がりましたね!」
ニコニコと僕の手を取り、ブンブンと振り回すアリスさん。至近距離の笑顔と、騙してしまっている罪悪感でぐちゃぐちゃになりそうな感情を何とか抑えて、僕も何とか笑顔を作る。
……大丈夫だよね?上手く笑えているよね??
「そうでしたらアオト!アリスはもう一人のアオトも見たいです!紹介してくれませんか?」
「へっ!?紹介ですか!?」
紹介してほしい。まさかもう一人の僕を出してほしいとまで言われるとは。いや、むしろ当たり前のことか。もう一人の僕がいるというのなら見たいとなるのも当然の心理と言えるだろう。
だがもう一人の僕なんているわけがないので、なんとか誤魔化さなければならず……
「い、いやーごめんなさいアリスさん……もう一人の僕は怒りっぽいくせに恥ずかしがり屋さんなので……出てきてくれないんですよ」
「そうなのですか?なら仕方がないですね……遭遇イベント失敗です……」
アリスさんがしょぼんとしてしまう。まるで枯れた花のように下を向くのでグサリと心にナイフが刺さるような感覚に陥るが、これも仕方がないことだ。何とか耐えるしかない。
「ごめんなさいアリスさん……それとあともう一つだけ、このことは僕とアリスさんだけの秘密ですからね?お姉ちゃんたちやユズさんにも絶対に言わないでください」
「え……教えてはダメなのでしょうか……?」
「はい。みんなに秘密にしていることなので……約束ですよ?」
「約束……はい!アリスとアオトの約束です!」
僕はアリスさんと小指を結んで約束する。これで何とかこのことを2人だけの約束として終わらせることが出来た。自分が二重人格だということを他の人にバラしたら絶対に嘘だとバレてしまうからね。特にお姉ちゃんたちにバレてしまったら笑われてしまう。
ましてやモモイお姉ちゃんにバレでもしたら……
『ええ??アオトが二重人格ぅ??あははっ!!もう一人の僕って……そんなのいるわけないじゃんアハハハハハッ!!!中二病にはまだ4年くらい早いんじゃないアオトwwwwwww m9(^Д^)プギャー』
……って言われること間違いなしだろう。それは絶対に避けなければならないことだ。モモイお姉ちゃんの顔面を潰してしまわないようにするためにも。
「ふふっ……」
そんなことを想像していると、小指を離したアリスさんは気が付けば隣に座っていた。そして優しい笑みを浮かべている。
「……?どうしたんですかアリスさん?」
「いえ、何だか楽しいなって思っただけです」
アリスさんは僕の隣で微笑みながら空を見上げていた。僕もつられるように見ると、木陰から差し込む木漏れ日が優しく僕の眼に映りこむ。
「アリスはよく冒険をしていますが、今日みたいにイベントが起こらない時間もたくさんありました。イベントはランダム要素ですので、出ないときは出ません。でも……」
「イベントが発生しない冒険が楽しくないというわけではないのですが……何と言えばいいのでしょう……『寂しさ』と言うのでしょうか……胸の中にある嬉しいものが少しだけ減っていくような感覚があったんです」
「そうなんですか…?」
僕はアリスさんの言葉に耳を傾ける。
「はい……もちろん、アリスのレベルが下がってしまうほどのダメージはありません。それでも確かに、寂しいような感覚はどこかにあったんです。でも……」
「アオトと一緒に冒険をしていると、ずっと楽しいんです。たとえイベントが何も起きなくても、バッドイベントが起きてしまっても、嬉しいものが減っていく感覚がないんです。むしろアオトと一緒だったら、ずっと増えていきます」
……なんだか、とても照れるようなことを言われている気がする。顔に熱が集まって、涼しいはずの木陰が暑くなっているように感じた。
「……ごめんなさいアオト、変なことを言ってしまいましたね。でも、本当のことなので………ではアオト!冒険の続きに行きましょう!旅はまだ始まったばかりです!」
そう言うとアリスさんは立ち上がって走り出した。木漏れ日の境界を抜け、日が差す世界へ足を踏み入れるアリスさん。それまでのアリスさんの表情はよく見えなかったけれど、口角は上がっていたはずだ。
「あ、ちょっと待ってくださいアリスさん!」
急に不意を突かれた僕は、慌てて立ち上がりアリスさんの後を追おうとする。
《はぁ……全く、誰が怒りっぽくて恥ずかしがり屋ですか》
「あ、ケイ」
足を前に出す前に、ケイの声が聞こえてきたので僕は一度足を止めた。そのまま僕は周りに聞こえないような小さな声でケイと話し始める。
《というか、良いんですか二重人格などという設定を勝手に増やしても》
「ええ……仕方がないじゃんケイのこと言えなかったんだから」
良いんですかじゃないよ。これでも何とか誤魔化すことが出来たんだから感謝してほしいものだ。
《まあ、貴方が良いのであれば別に構わないんですけれども》
「言っておくけど、ケイが正体明かしても良いって言ったらこんなことにはなってないんだからね?」
僕が二重人格設定を背負う必要が出来たのも、ケイが自分のことを秘密にしてほしいと言ったからだ。もしケイが話しても良いということになれば、二重人格設定も使わなくて良くなるのだが……
「………ねぇ、ケイ」
《なんでしょうか》
「ケイのこと、アリスさんに明かさなくても良いの?今なら別に明かしても良いんじゃないの?」
ケイは、明かすつもりはないのだろうか。今のケイなら、明かしても皆と仲良くなることが出来ると思う。
ケイは優しい。口調は厳しいけれど、僕のことを心配してくれているのはちゃんと伝わっているし、口うるさくても僕の身体や習慣を想ってのことを言っているのは分かっている。
それにアリスさんのことを誰よりも気にかけていることも知っている。気にかけているその姿はまるで妹を心配する姉のようで、2人が出会えば姉妹のように仲良くなってお似合いコンビと言われるくらいにもなるだろう。
ケイには役目があるというのも忘れてはいないが、それでも今のケイが僕だけの狭い世界に留まっているのは、もったいないような気がする。
「今のケイならアリスさんとも仲良くなれるよ?だから……」
《……いえ、明かしません》
だが聞こえてきたのは拒絶の声。
《私は王女の、いわば従者のような存在。従者は陰で見守るくらいがちょうどいいでしょう》
「え……いやでも………」
《いいんです、それで》
ケイは、分かりやすい。今どんな感情なのか、声だけでも大体わかるほどには分かりやすいのだ。
けれど、今のケイがどんな感情で話しているのかは、僕には分からなかった。
木陰から飛び出したアリスさんは、知り合いを見つけたのか楽しそうに会話をしている。明るく元気に笑って楽しそうに話しているアリスさんは、照らされている太陽に負けないほど眩しかった。
最近、ちょっと自分の小説を自分で読んでみたんですけど……思ってたよりポリューミーになっててビックリしました