狩人の冒険者カードに異変が発生してからしばらく。
機材の交換や原因究明の為の検査が行われたりしたが、一旦そのままで。という事になった。
それでいいのかお役所仕事という気持ちもあるが、特にカードの異変に不利益を感じていない狩人はそれを糾弾するつもりはなかった。
「……失礼しました。何分初めての事例ですので、また何か不具合ありましたらお声がけくださいね。では次に職業の選択をお願いします」
申し訳なさそうに苦笑を浮かべる職員から職業のリストを渡される。
戦士や盗賊、ウィザードにプリーストとより取り見取りな表を眺めていると、隅の方に『冒険者』と書かれているのを見つけた。
職業にも冒険者があるのはどういうことなのだろうか。
尋ねる狩人に職員は少し声のトーンを落とし、気まずそうな顔で説明をする。
「冒険者はですね、全ての職業のスキルを習得できる特異な職業です。代わりに必要なスキルポイントは多く、本家職のような補正も無いので威力も精度も低く……ありていに言えば器用貧乏と言った感じです」
血の遺志の割り振り次第で全ての装備や秘儀を扱える狩人にとってはなんだか親近感の湧く職業だ。
真剣に冒険者に就く事を検討していると職員が慌ててリストを指さす。
「多彩なスキルが使いたいなら、多種多様な魔法の使えるアークウィザードや、近接魔法共に補正がありオールレンジなエレメンタルナイトをお勧めしますが……」
少し勘違いされているようだが、狩人はこれまで培ってきた戦闘スタイルを変える気はさらさら無い。
つまり新しい技も補正も必要としておらず、自分が使って楽しいものを必要としていた。
むしろ使い勝手の悪い、宴会芸やおもちゃと揶揄されるようなものを求めているのだ。
そんな狩人にとって、全てのネタスキルを習得できる冒険者という職業はまさに天職とも呼べるものであった。
狩人の意志が揺らがない事を悟り、職員は諦めたように言う。
「分かりました、では冒険者で登録しておきますね」
その言葉と同時に、狩人が持つカードの空白だった職業欄に『冒険者』と刻まれた。
これで晴れて終身名誉器用貧乏となった訳だ。
浮足立つ狩人に、職員が恨めしそうに言う。
「転職もできるので、気が変わったらまたお越しくださいね」
実に諦めの悪い職員である。
ロマンやネタを豊富に詰め込んだ職業を代わりに提示されない限りは転職のつもりはない。
尤もそんな職業があったとしても職業としての冒険者と同じく産廃扱いされていそうではあるが。
「登録お疲れさまでした。……では改めて、冒険者ギルドへようこそ。貴方の冒険者としての今後の活躍を期待しています」
営業スマイルに戻った職員に頭を下げ、狩人は早速依頼の貼られた掲示板へと歩みを進めた。
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暫くして。
街を出た場所に位置する広大な草原地帯に狩人は立っていた。
狩人に対峙するのは優に体高3メートルはあるであろう巨大なカエルの魔物、ジャイアントトード。
人間を2、3人は丸呑みにできそうな巨大なカエルと、軽装にも見える出で立ちの狩人。
一見して捕食者と被食者の組み合わせに見える構図である。
だが狩人の目には一片の怯えもなく、殺意だけが瞳に鈍く宿っていた。
狩人が右手の獲物を握りしめると同時に、ジャイアントトードが目にもとまらぬ速さで舌を伸ばす。
鈍重そうな見た目からは想像もつかない速度の攻撃。
ジャイアントトードはこれで数多くの動物や人間を捕食している。
丸々と肥えた体躯は伊達ではないのだ。
しかしそんな必殺の一撃を狩人は軽く体を捻り回避し、そのまま愛用のノコギリ鉈で人間の足ほどはあろうかという太さの舌を切り飛ばす。
前方へステップを踏み距離を詰める狩人を見たジャイアントトードは、幾分か短くなった自らの舌を引き戻しながら前方へ大きく跳躍した。
狩人の体を影が覆い、直後に地響きを伴ってジャイアントトードが落下する。
確実に回避は間に合わないタイミング。
だがボディプレスが直撃する直前、狩人の姿が掻き消えた。
きょろきょろと眼だけで辺りを見渡すカエルの背中を衝撃が襲う。
それをいつの間にか背後に回り込んだ狩人による攻撃だと理解するには、この憐れなカエルの脳は小さすぎた。
深く背中を切り裂かれ、大きく体勢を崩したジャイアントトードの裂傷に狩人は躊躇いなく腕を深々と突き刺し、そのままかき回す。
重要な器官を破壊し終え適当な内臓を引き抜くと、ジャイアントトードはそのまま地に伏し、動かなくなった。
獲物が起き上がってこないことを確認した狩人は息を吐き、左手に握った骨片を懐へ仕舞った。
加速の業を宿したその小さな遺骨は今まで幾度となく狩人の命を救い、同時に効果時間の短さで幾度となく狩人の命を奪った代物だ。
効果切れに気が付かずに舐めた回避をして血の海に沈んだ過去を想起しながら、カエル肉を解体する。
狩人が最初に受注した依頼は『ジャイアントトードの討伐』。
家畜を食べてしまうこの害獣を駆除しろとの話だったのだが、依頼の紙をカウンターへ持って行った際に職員から肉をギルドで換金出来ると教わり、狩人は黙々と肉を分割して仕舞うを繰り返していた。
ふと解体の手を止め、手に乗った肉を眺める。
淡いピンク色のそれは、てかてかと輝いている。
カエル肉は唐揚げなどに調理しギルド併設の酒場にて提供されるとの事だったが、カエルを食べるというのはあまり馴染みのない話だ。
鶏肉に似た淡白な味をしていると聞いたことがあるが、はてさて。
しばらく考えた後、狩人は手の上のそれを口に放り込んだ。
狩人は啓蒙を1得た。
狩人は、野生動物の肉を生で食べることの愚かさを知った。