天元は呪術界の要だ。不死の術式を持つが不老ではなく、進化して暴走することを防ぐために五百年に一度の周期で適合する人間と同化する。肉体の情報をリセットするための生贄。それが星漿体。
その星漿体の護衛に悟と傑だけではなく、世那が加わったのはある種当然とも言えた。護衛という任務において世那ほどの適任はいない。
懸賞金がかけられたことによって星漿体の天内理子を狙う輩が増えて捌くのも一苦労だったが特別強敵というわけでもなく、紆余曲折を経て高専に戻って来た。
「次はオマエか」
高専の結界をすり抜けてきた襲撃者。傑に理子を任せて二人で引き受けたが、その圧倒的な力に押されていた。
悟も無下限を張っていた。世那も防壁を重ねた。なのに破られた。
年明けに釘打ちの呪霊に防壁を破られてから、その強度を上げる訓練は怠らなかった。たしかに目の前の男のパワーはすさまじい。しかし防壁を破壊できるようには思えなかった。
(あの呪具か)
見るからに嫌な感じだ。
世那は防壁を自分の後ろに生成し背中を押すことで速度を補強する。相手に向かって防壁をぶつけてみるが、当たる前に呪具で切られた。点を指定して拡大するように生成される防壁は、決めた大きさになるまでのラグがある。しかしその時間は世那でさえ認識できないほど一瞬だ。なのにああも簡単に対応するか。
「五条以下だな」
いくら呪術を極めたとて、最後に勝敗を分けるのはシンプルな身体能力。
相手の土俵に持ち込まれた時点で世那の敗北は決定していた。
心臓を貫かれる間際、世那は己の体内に防壁結界を展開した。術式を解除する呪具の前では意味がないと思われたそれは、しかし致命傷を免れることに成功した。
結界術による術式の中和。それにより呪具の効果は低減し、防壁結界がわずかに軌道を逸らしたのだ。
満身創痍で起き上がった世那は、残穢を辿って盤星教の施設に辿り着く。後ろから追いついてきた傑が世那を支えた。
一般人が、笑顔で、拍手をして。
理子の死を祝福して。
「コイツら殺すか?」
「いい。意味がない」
(────あ)
頭の片隅に置いた一抹の不安が顔を出す。
「2018年。五条悟は、夏油傑に殺される」
震える手が口を押さえた。吐きそうだ。
悟は強くなった。が、だからと言って彼の根本が変わったわけではない。ただ災害が発生したことによって呪霊の数が増え、例年忙しい夏の繁忙期が更に忙しくなった。悟は己の成長を確かめるために嬉々として任務に向かい、顔を合わせる機会がぐっと減った。
「まったく今年は大変だね」
任務終わり、同行した酸葉がそうこぼした。
さっさと戻ろうと踵を返す彼の背に、世那は声をかける。
「で? アンタの目論見は成功ってワケかよ」
「……何の話だい?」
「しらばっくれンなよ。星漿体の任務も、今の状況も、アンタが仕組んだんだろ」
「私がそんなことできるわけないだろう? 言ったじゃないか、五条悟を守ろうって」
「いいや。そりゃアンタがウチを都合良く使うための誘い文句だ。違うか?」
傑は直情的で感覚派なくせして、無駄に社会性があるせいか理屈で思考をロックしてしまう癖がある。その最たるものがあの「呪術は非術師を守るためにある」とかいう戯言だ。しかも、呪術の理由と術師として生きる理由を重ねているのがいけない。
バカバカしい。世那は呪術は呪術に対抗するためにあると思っている。シン・陰流が良い例だ。
そんな傑があの星漿体の事件に直面すれば、その理屈が揺らぐのは目に見えている。
酸葉は世那に嘘を言っている。と言うより、正しいことを言っていない。
「悟と傑に殺し合ってもらいたい、ンで、あわよくば両方死んでほしいんだろ。だが正面から本気で殺し合ったら傑が死ぬだろうな。アンタは悟に傑を殺させて、ウチを唆して悟を守るという名目で隔離させたいワケだ。今日ウチと任務に来たのも様子を探るためだったんだろ?」
「……参ったな。君ってもっとバカだと思ってたんだけど、意外と論理派なんだね」
「よく言われる」
すかさず防壁結界を展開した。
「さすが。堅さにおいて君に勝る結界術の使い手は居ないだろう」
「そりゃどうもッ!」
「勘弁してくれ、戦うのは得意じゃないんだ」
「よく言うよ」
単純な殴り合いでこれだ。どう見ても戦い慣れている。世那は防壁の生成を挟むことで酸葉の動きを妨害しながら攻撃をしかける。
酸葉は後方に飛び退き、懐から取り出した呪符を投げた。式神が顕現する。
コウモリ型の式神が大量に襲いかかってくる。ひとつひとつはたいした脅威ではないが、数が多い。
「チッ、逃げるな!」
結界内ならば見えていなくてもおおよその場所は把握できる。防壁を押し出すようにして酸葉の身体に叩きつけた。
「君、これ天元の空性結界を参考にしてるだろ。それじゃいくら堅くたって意味ないね」
カシャン、と遠くで結界が割れた。
(増援!?)
式神で錯乱させ後退したのは時間稼ぎか。
「空性結界はセキュリティソフトを入れてないパソコンみたいなものだ。最低限の保証はされるが、強力な者は侵入してくる」
後ろから淡々とした女性の声が近付いて来た。世那は結界を補修して二人がいつ来ても対応できるよう低く構えた。ここ最近、どいつもこいつも防壁を破ってきて嫌になってくる。
「だからこうやって私に入られるわけだ」
酸葉の身体が崩れ落ちた。ぴくりとも動かない。対してやってきた女性は、非常に覚えのある言動でもって世那の前に相対する。痛々しい額の縫い目が目立つ。はらりと落ちた髪を耳にかけた。
「アンタ……本体か!」
「死屍操術。文字通り死体を操る術式だ。私の本来の術式とは似て非なるものだが、暗躍するにはもってこいでね」
(術式を複数持ってそうな口ぶりだな……)
「君、私の計画に邪魔なの。術式が便利だからって懐柔するほうに舵を切っちゃったのは我ながら悪手だったね」
「そのまま悪手選び続けて死にゃいい」
「言うね」
酸葉──この女性の名がそうかは怪しいが、他に呼びようがないためそう呼称する──は手の甲を合わせた。反叉合掌だ。
「させるか!」
「遅い」
領域展開。
「胎蔵遍野」
世那は領域展開の阻止に失敗した段階で次の手段を選び取った。
「へえ。簡易領域。使えるんだ」
この一年と少しで課題のひとつであった簡易領域は習得した。シン・陰流とはまた違うオリジナルのものだが、領域の対策にはなる。
「戦闘向きじゃないから呪力量も心許なくてね。あんまり長時間展開はできないんだが……」
(簡易領域が剥がされる……!)
領域展開を打ってくる敵というのもそうそう居らず、実戦での使用は初めてだ。その場しのぎにしかならないとは聞いていたが。それ以前に酸葉の領域の完成度が高すぎる。
「確実にここで始末する」
振りかぶった拳は抑えられ、身体が地面にめりこんだ。ダメ押しとばかりに呪具で心臓を貫かれる。以前のように結界でズラすことはできなかった。いや、結界自体は生成したが、それも呆気なく破られたのだ。
酸葉の領域が解かれる。
「獄門疆が見つからなかった時の代用にはなるか。サブプランのために身体は残しておかないとね」
足蹴にされた世那の身体が仰向けに転がった。
「頭も潰しておこう」
がし、と足を掴む。
以前から自分の頭が固いという自覚はあった。想像力が足りないのもそうだ。防壁で守るということにばかり気を取られていた。
刺された心臓の傷が治っていく。
死にかけるのはこれで二回目だ。一回目。高専に侵入した呪力のない男。あの時はあの時で、たしかになにかを掴んだ。だからこそ簡易領域を扱えるまでに至った。
「領、域、展開、」
軽く握った右手。中指の上に親指を乗せ、その上に人差し指を添える。金剛拳。両手で掌印を結ぶことが一種の縛りとして機能する領域展開の中で、難易度が高いとされる片手での掌印。
「「
「────そう来たか!」
死に際に触れた、呪力の核心。
「最近結界とか防御ばっかに気ィ取られてたけどさア、性に合わねえよな」
のそりと起き上がる。
────「オマエ、術式の割に脳筋だな……」
針状の防壁が酸葉の身体を貫いた。
「やっぱ相手ぶちのめすのが一番キモチイよなァ!!」
「まったく君って奴は、相当イカれてるね!」
原作と流れが変わらない部分をいちいち書くのも面倒なのでダイナミックスキップしました。
今後も改変のない部分は皆知ってるしもういいよねの気持ちで軽く飛ばしていく予定です。