距離感バグ女のせいでもれなく全員バグる話   作:とねうこ

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「あ゛ー……クソがよ……」

 ぺっと血を吐いて口を拭う。

 待っているはずの補助監督の車がない。やはり酸葉とグルだったか。死屍操術とやらで操っていたかはまでは知らないが。

 領域展開をしたはいいが、酸葉の分身──あの男の身体のほうだ──まで領域内に巻き込んでいた。死体には呪力がない。呪力のないものは結界の構成の対象外だ。

 酸葉はそれを逆手に取り、死屍操術が思考から消えていた世那に奇襲を仕掛けた。世那もそう長時間領域を展開できない。分身で時間を稼がれ逃げられてしまった。

 自らの足で高専に戻ると、廊下でばったり傑に出くわした。

「ああ、ちょうど良かった」

「世、那……?」

 疲労の蓄積した表情で、ただ呆然と世那を見つめる。

(悟の時もそうだったけど、案外わかるモンなんだな)

 世那が術師として一段上のステージへ至ったことが。

 傑は顔を歪めてかつかつと世那に寄ってきた。両手が襟を掴んで、ぐっと顔が近付く。

「どうして! 君まで! なんでっ……なんでそうやって私を置いて行くんだ! 私達はッ……私達は、みんなで「最強」じゃなかったのか!? そうやって勝手に一人で!!」

「……傑」

 目の下に隈なんてこさえて。今にも泣きそうな顔をしているくせに涙なんて流せなくて。

「ちょっと寝てろよ」

 だからこうやって殴られて強制シャットダウンさせられるのである。

 崩れ落ちる寸前でその身体を抱き留める。よっと持ち上げて横抱きにした。

「アンタほんと溜め込むよなー。あんま心配させんなよ」

(まあ……言えるようになったンなら、及第点か)

 道すがら医務室に寄って硝子が居るか確認する。

「お。いたいた。硝子ぉ、いま暇? 悟帰ってる?」

「おかえりー。ギリ暇だよ。五条ならさっき帰ってきてたけど、連勤だったからもう寝てると思う」

「叩き起こして来い。ンで、うちの部屋集合」

「なぁに、夏油爆発した?」

「した」

「ハハ、ウケる」

 硝子の指先が傑の目元を撫でた。

「痩せたってか、やつれてんね」

 そのまま手が一房垂れた前髪に伸びる。

「髪のツヤもないし」

「傑って結構こだわってたよな」

「私よりいいやつ使ってるよ」

 硝子が「片付けたらすぐ行く」と言うので、世那は一足先に自室に戻った。ベッドに傑を寝かせてやる。結んだ髪が邪魔そうだったのでするりとヘアゴムを引き抜く。

「わー、ほんとにパサパサになってる」

 前に触った時は美容院帰りみたいになめらかな手触りだったのに。

 

 四人でローテーブルを囲む。悟と傑、世那と硝子で向かい合う形だ。

「傑」

「ぐっ……う……その、だな…………」

 世那に急かされ、傑は言いづらそうにうつむいた。悟は寝入ったばかりのところを硝子に叩き起こされ引っ張られて来たので、まだ状況がよくわかっていない。ただ、久しぶりの「アレ」だなとは思った。

 揉めるたびに全員で膝を突き合わせて告白する「アレ」だ。最近はあまり言いすぎると呪いになるからと口に出す回数は減ったが、「思ってることはちゃんと言え」という世那の考えは変わっていない。

「悟も、世那も、一人で充分「最強」じゃないかと、思って。私は硝子のように反転術式も使えないし、皆より遅れていると……」

「何馬鹿なこと言ってんの、子供かよ」

 硝子がそう言って頬杖をつく。その視線が悟に向いた。

「五条はいまだに帳忘れるし、建物ブッ壊すし、コイツに任せられる任務なんか「強すぎて誰も祓えないので更地にしてもいいからやってください」みたいなレベルのばっか」

「あ゛?」

「その点夏油は優秀だよ。ほとんど被害出さないし、祓うだけじゃなくて捕獲とか封印の任務もそつなくこなす。五条とは違って繊細な任務もできるし。そりゃのんきに寝てるコイツに比べりゃ疲労も溜まるわなって感じ」

「おい……」

「つーかウチら強さの方向性違うし、相手の土俵で比べてもな。ほんとこう、決めたらそこしか見ねーよな。傑の強みは手数の多さだろ」

「五条も五条で反転覚えてやれること増えたから楽しいってのはわかるけど、周り見てなさすぎ。今の夏油見なよ、このまま死にそうでウケるだろ」

「オマエら人のこと好き勝手言いやがって……」

 悟は身体を前に倒して机に両肘を突いた。寝起きだったのでサングラスを忘れていて、蒼い瞳がよく見える。

「……傑は何をそんな気にしてんだよ。他にもなんかあんだろ」

 そう言って次の言葉を促す。すべてを見透かすようなその瞳の前で、嘘をつくのは憚られた。

「呪霊操術は手数が強みだって言うけどさ……クソ不味いんだよ、アレ」

「あ、やっぱ不味いんだ」

「え、不味いの?」

「私も加乃舌もなんとなく察してたよ」

 ここでまた悟の周囲を見る目のなさが露呈した。その目で呪力ばっか見てっからだよ、と世那は内心で毒を吐く。

 初めてそれを見た時、世那は聞いた。

 ────「呪霊玉デカくない? よく喉通るね」

 ────「そう? 大きさはあんまり気にしたことなかったな」

 それはつまり、大きさよりもっと別に気になることがあるからだ。複数体祓った日は一体だけ取り込んで残りは玉にしたままポケットに突っ込んでいる時もあったくらいだ。何か取り込むのに苦痛を伴うのだろうという想像はついた。

「非術師はカスばっかりだし。なんで私こんな猿共のためにクソ不味い呪霊玉飲んでるんだって思うと本当……もう……!」

「相当キてんね」

「まあ、夏油に回される任務って面倒なの多いもんな。そりゃあ嫌なところも見るか」

 思い出すだけで腹立たしいのか、傑はダンッと机を叩いて肩を怒らせた。

「オマエ「呪術は非術師を守るためにある」とか言ってたじゃねえかよ」

「理子ちゃんが死んで喜ぶような奴らなんて、守る価値もない」

「は……」

 そこでようやく悟も気付いた。傑の信念が揺らいだ最初のきっかけが、あの任務だったということに。

「別に守らなくてもいーだろ。ウチ前にも言ったぜ、「呪術は呪術に対抗するためにある」ってな」

「そもそも夏油って非術師を守るとかいうお綺麗な言葉が似合うタマじゃないだろ、クズのくせになに一丁前言ってんのって感じだし」

「呪術に他人乗っけんなって話だよ。オマエそんな弱くねえんだから、もっかい考え直した方がいいんじゃねえの?」

「五条と加乃舌見てみろよ。コイツら自分が気持ちよくなるためにしか呪術使ってないぞ。マジでド変態」

 数々の口撃に傑の身体がどんどん萎んでいく。

 ド変態と言われた悟と世那も心外だと言わんばかりに硝子を見ていた。

 確かに世那は毎日飽きもせず天元の結界を見ているし、一回目の死にかけたタイミングで呪力の一端に触れてからは寝てる間に生得領域に入って術式と延々と向き合っていたし、暇さえあれば結界の構築のことを考えているが、さすがに変態と言われるほどではない。はずだ。

「私は。……大事な皆を守れたら、それでいい。正直他の奴らとかどうでもいいよ。夏油は違う?」

 見ず知らずの一般人ではなく。大事な仲間のため。

「呪霊玉の味についてならウチに考えがある。また今度検証しよ」

「……傑、ごめん。俺オマエに甘えすぎてた。なんつーか、傑なら大丈夫って根拠もなく思ってたっていうか……」

「いや……私が君の期待に応えられなかったんだ」

「まーたバカなこと言ってるよ、ホントさ、アンタ自分のこと完璧超人だと思ってんの? ここに完璧な人間なんて一人もいねえよ。だから四人で居るんだろ」

「世那……」

 憑き物が落ちたような傑の顔を見て、もういいか、と世那は思い、「ンで、こっから本題な」と話を切り出した。

「ウチら狙われてンだよ」

 

「ハア!? じゃあ星漿体の任務の時から仕組まれてたってのかよ!」

「なんならずっと前からかもな」

「夏油がこうなってるのも向こうの作戦ってわけか」

「そ、れは……本当だとしたら、私はいいように踊らされてたということか?」

 酸葉の存在とその計画の一端。それらを包み隠さず伝えると、全員の表情が険しくなった。

 あの口ぶりからして、死屍操術以外にも死体を操作する術式を持っているのだろう。しかし領域展開で使ってきたのはおそらく重力操作系の術式。最低で三つも術式を持っていることになる。

「傑殺して、俺を世那に封印させる、ねえ」

「というより、ウチは「獄門疆」? とかいうヤツの代用品っぽい」

「ああ、獄門疆……」

「知ってるの? 五条」

「源信っつー結界術師の成れ果ての呪具だな。どっかに文献が残ってたはずだが、今は消息不明って聞いてる。代用ってこたぁあちらさんも見つけられてねえんだろうな」

 なるほど。だから源信の話をしていたのか。

 世那は酸葉との会話をひとつひとつ思い出す。彼は隠し事は多そうだが、人と会話をすることはそれなりに楽しむタイプに見えた。だからこそこうして少なくない情報を得られているわけだ。これらもすべてブラフと言われれば完敗というほかない。

「……私を殺してどうするつもりなんだ?」

「操るってことでしょ」

「硝子の言う通り。死体を操る系統の術式から言って、その可能性はかなり高いと思う。ウチが殺されかけた時は「サブプランのために身体は残す」つってたから、ウチの身体を使うのも視野に入れてたんじゃねーかな」

「なんだそれ、クソじゃねえか」

「何が目的かは知らねーけど」

「……これ、先生には言ったの?」

 傑が考え込むように眉間を押さえた。「いや、言うわけないだろ」と答える。

「先生は信用できるほうだけど、あの人も上には逆らえないしな」

「俺達の中で留めといたほうがいいか」

 夜蛾はあくまで中立の人間だ。信用していないわけではないが、話すのはリスクが大きすぎる。死屍操術のことを考えると、上層部が既に全部死体で酸葉の言いなりであるという可能性も否定できない。

「五条でもどうにもならない?」

「……俺上から目ェつけられてっしな。家も他の奴らは大したことねえし、こっちからは圧力かけらんねえよ。クソ……呪術ばっか強くても意味ねえな」

「とりあえず、私達は死なないようにするのが第一優先か。相手の情報を集めながらこっちも総監部に対抗できる権力を得られればいいんだけど……」

「酸葉の言葉を信じるなら、ことが動くのは2018年だ。それまでは向こうも暗躍に専念するだろ。ウチに計画の一部も割れてるわけだし、軌道修正含めて長い時間をかけて準備してくると思う」

 あくまでも希望的観測を多大に含んではいる。しかし計画がバレたからと早まった行動を起こしてくる相手ではないはずだ。戦った感じからして勝利への執着とかプライドが薄いというか。世那をサブプラン扱いするからには、他にも第二第三の案があるのだろう。

 周到に、狡猾に、失敗を犯せば即撤退し態勢を立て直す冷静さもある。目的のためなら恥も外聞も捨てられるタイプだろう。信じすぎるのはよくないが、あまり警戒しすぎてもいけない。

「つまり様子見ってわけかよ」

 吐き捨てるような悟の言葉に場が静まる。現状こちらから打てる手はない。つまり相手の出方を見て対応する必要がある。どうしても後手に回る。やり切れない微妙な空気感が漂った。

 

 





そういえば。硝子は歌姫のことを名前呼びしているのでオリ主のことも名前呼びさせようか悩んだのですが、名字のほうが硝子の悪ガキ感が出る気がして好きなので名字呼びにさせています。
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