「えー、では第一回、呪霊玉の不味さを解消する会〜」
「おー……?」
パチパチと拍手しながら棒読みで言う世那に、よろよろ腕を上げて応える傑。
ここ数日、お疲れの傑の任務を悟と世那、できるものは硝子も肩代わりして無理矢理休息を取らせていた。おかげで落ち着いて考える時間ができたからか、顔色はずいぶんマシだ。術師として生きる理由にはまだ迷いがあるようだが、それも時間が解決してくれるだろう。
「というか、ここどうなってるの? 私世那の部屋に入ったはずだよね?」
「最近やっと結界内を自由にできるようになった。この中なら呪霊が出てもアラートが鳴らないと思う。テーマパークができる日も近いぞ、期待しろ」
「そんなこともできるのか……」
自室内に結界を展開し、盛大に暴れても問題ない空間を作った。真っ白な空間だと作るのは簡単でも滞在するのは気が狂いそうなので、なんとなく体育館っぽい内装にしている。休めるよう端っこのほうにソファとテーブルを設置した。
「で、呪霊はとっ捕まえてきた?」
「うん」
床にあぐらをかいて座り、ボロボロ呪霊玉を置く。外に出ることがあれば低級でいいから呪霊を集めておいてくれとは言ったものの、その数は十に満たない程度ある。聞くと、任務に行く日は一日でこれくらい取り込んでいると返ってきた。どうやら等級も気にせず呪霊は見つけ次第すべて降伏させているらしい。
「弱くても私の呪力で補強すれば使い捨ての弾にはなる」
「…………そういうことやってっから……まァいいや、こんだけありゃ試し放題だな」
黒く濁った球体を手に取ってみる。
「ちょっと気になるな。舐めてみてもいい?」
「術者じゃない人間には毒だと思うけど……」
死にはしないだろうと判断して、チロッと舐めてみる。
「……! …………!! …………、」
「……大丈夫?」
「ゲロ不味ィ!!!!」
「知ってる」
胃の底から上がってくるような気持ちの悪い酸っぱさに、体臭が染み付いたうえ生乾きになった衣服みたいな、とにかく口に入れていいものではない味がした。これを毎日この量取り込んでいるのだから精神も磨耗するはずである。
「すげー不味いことはわかった。で、試しにこれを……」
むっと力を入れる。呪霊玉を覆うように結界が展開された。防壁呪術を介していないので少しやりづらい。
「なるほど、結界で遮断するのか」
「結界は呪力にまつわるものなら条件に入れられる。呪霊玉の味もまあ対象だろ。いっぺん取り込んでみてくれ。飲み込めたら解除するから」
傑は世那の手から呪霊玉を受け取り、そのまま口の中に入れた。喉が大きく上下する。口を右手で押さえたまま、左手の人差し指と親指が丸を作った。
うまくいってないのだろうか。不安になりながら結界を解除すると、傑は手を離して息を吐いた。両手ががしっと世那の肩を掴む。
「すごいよ、世那! 全然味がしない!」
「あ、そう? にしては妙に苦しそうだったけど」
「取り込む時の感覚が違うのが少し気持ち悪くて。慣れれば気にならないと思う」
呪霊玉を飲み込むと、そのまますとんと腹に落ちて溶けていくような感覚があるらしい。結界で覆っていると溶けずに滞留するので、それに違和感があったようだ。おそらく他人の呪力で覆われているせいもあるのだろう。
「一個不安なんだけど、これって別に「縛り」じゃねーよな?」
「不味い代わりに何かが強くなってるってこと? 呪霊も呪物も負の感情を溜め込んだ毒物みたいなものだから、味は縛りとかじゃなくて「そういうもの」なんだと思う」
傑は「呪霊出しても大丈夫なんだっけ?」と言って立ち上がった。
「たぶんな。鳴ったらすまん」
「その時は世那のせいにするよ」
呪霊が呼び出される。アラートは鳴っていない。クラゲ型の呪霊が四方八方にみょんみょん動いている。
「何かが変わったような感じはしないな。大丈夫じゃない?」
「なんかあったら教えてくれよ」
ある程度呪霊を動かしたところで満足したのか床に座り直した。
「世那が居ない時も自分でできるようにならなきゃいけないな」
「傑は帳張れるんだろ? 高専の結界も感知できるし、練習したらいけると思う」
「というか帳しか張れない。結界の構築があんまりわかってなくて」
結界に必要なのは術式を流し詠唱を唱えることだ。高度な術師は詠唱を無視できるが、術式の構築は外せない。この術式というのはどんな結界を張るのかという設計図で、身体に刻まれた生得術式とよく似ている。
たとえば悟は六眼で相手の術式を見ることができる。とはいえ、見えたからと言ってそれがどういった術式なのかまでわかるわけではない。呪霊操術の術式と傀儡操術の術式を見れば、設計図の共通する部分が「操術」を示すということが学習できる。だから次に新しく赤血操術の術式を見れば、「こいつは何かを操る術式を持っている」と判断できるようになるのだ。悟の詳細なまでの術式看破能力はそうした過去の学習の上で成り立っている。
結界の組み立てに関しても同じだ。世那は結界に触れて情報……構築された術式を探り、それがどういったものなのかをこれまでの経験からある程度判別できる。自分で結界を展開する時もその情報を参考に組み立てるのだ。
「で、今回呪霊玉を包んだ結界の術式はだいたいこんな感じ。呪霊玉サイズに縮めるのだけは難易度高いかな。悟に見てもらったらもっと正確な図面が描けると思うけど」
「……世那って見かけによらず論理的だよね」
「……なんかそれすげー言われンだよな、みんなウチのこと何だと思ってんだ?」
紙とペンを出して大雑把に描いた幾何学模様を見せた。世那は結界の感知能力が高いが、あくまでも「なんかこんな感じな気がする」程度だ。おそらく悟に見られたら「全然違えよ」と言われるに違いない。
「でも、普段帳を下ろす時ここまで考えてないよ?」
「それこそ一種の「縛り」だな。よくわかってねー部分を呪力で補う代わりに結界を成り立たせてんだろ。結界には天元の補助もあるしな。結界の術式パターンがわかって自分で自由に組み立てられるようになりゃ、呪力効率めちゃくちゃ上がるぞ」
「……世那。天元「様」だ。何度も言わせるなよ」
そういえば星漿体の任務の時にも口調を矯正しろと注意されたんだった。世那は肩を竦め、「はァい」と気のない返事をした。
なお、傑は結界の展開自体はできたが、呪霊玉サイズに縮めるまではできなかった。要練習である。
勉強会を終えて共用スペースで夕飯を食べていると、頭にこぶを携えた悟と疲れ切った顔の硝子が帰ってきた。
「おかえり。二人で任務だった?」
「傑ー!!」
「えっ? な、なに?」
悟が突撃するように座っている傑の腹に縋り付いた。背中側から硝子がのしかかる。
助けを求める傑の視線に、世那は笑いながら携帯で写真を撮ることで応えた。
「任務失敗した……」
「失敗? 悟が?」
どうやら対象の呪霊はその地域で神として祀られているらしく、討伐に行ったつもりが現地で急遽封印任務に変更となった。しかし現地人が無理矢理付いて来て後ろから細かくあれやこれや注文をつけられ、呪霊自体も攻撃のたびに分裂を繰り返し被害を出しまくっていたため穏便に封印とはいかず。結果として勢いあまって祀られていた祠ごと消し飛ばしてしまったのである。
もちろん現地からは大ブーイング。高専に戻って「祓ってやったんだからそれでよくねえ?」と言ったら、夜蛾からゲンコツを頂戴したらしい。報酬を受け取るどころか、祠の建設代金をこちらが支払うことになったのだという。
「……等級はどのくらいだったんだ?」
「準一級ってトコだな」
傑が怪訝な顔をした。
「今の話で失敗する要素がどこにあった?」
そう真面目くさった顔で言うので、世那はブハッと吹き出して机に撃沈した。傑は「悟にできない任務なんてない」と当然のように思っているのである。しかもそれが「自分なら絶対にできる任務」ならば尚更。
「くっ、フフ、傑ぅ、悟が現地の人と真っ当に交流して穏便に済ませられるわけないだろ? ンでもって、手加減してほどほどに、なんて真似、こいつができるわけねーって」
「できるわ! 舐めんな!」
「できてたら失敗してねーだろ」
「傑〜世那が虐める〜俺にはもうオマエしか居ねえよ〜」
「キショい泣き真似やめろ、五条」
ぽかんとしていた傑は、ぱちぱち目を瞬かせて間抜けな顔で悟を見た。鱗が落ちるさまが見える。そして手を口元に添えてくつくつ肩を揺らして笑った。涙の滲んだ目尻を拭いながら、乱れた呼吸を整えるように大きく息を吐く。
「まったくもう。私が居ないとダメダメじゃないか」
腰に抱きついたままの悟の頭を雑に撫でて、傑は晴れやかに笑った。忙しくて心身をすり減らしていた時には気が付かなかったことだ。この世に完璧な人間なんて存在しなくて、その穴を埋める存在に自分がなれるだなんてこと。