距離感バグ女のせいでもれなく全員バグる話   作:とねうこ

13 / 28
12

 

 小綺麗な建物を見上げる。白を基調とした清潔な印象を受ける。まさしく「施設」のような建物だ。これが仮にもそれなりの歴史がある術師家系の本家だとは思うまい。

「ここを調査するのか……パッと見おかしなところはなさそうだけど」

 横に立つ傑の言葉に頷いた。

 今回の任務は少し特殊で、嵯峨山という小規模な術師家系の調査だった。嵯峨山家は大した術師も輩出しておらず、相伝の生得術式もない。そこで十数年ほど前から後進育成にスッパリ切り替え、呪術の才能はあるが親に恵まれない子どもを保護している。

 問題はここからだ。呪術師を志す者は御三家に連なる者を除いて、呪術高専への入学が義務付けられている。にもかかわらず、嵯峨山家の庇護下の子どもが呪術高専へ入学した前例がないのである。才能があり身寄りのない子どもならばぜひ家に欲しいと禪院の分家の者が伺ったところ、すげなく断られたそうだ。その者は「なーんか隠しとるっぽいんよなあ」と所感を語った。

「べつについて来なくてもよかったんだぞ?」

「いい加減動かないと鈍っちゃいそうでね」

 世那は肩を竦めて首を振った。

 傑の調子も良くなってきたし、この繁忙の中傑なしで任務を回すのにも限界が来ていた。そろそろ潮時なのだろう。正直彼のことはもうそこまで心配していない。ただ、休めるうちにしっかり休めばいいのにとは思う。なんだかんだ休みのうちもずっと結界の縮小訓練などに精を出していたから。

 

「ノックしてもしもお〜〜し」

 施設の呼び鈴を鳴らす。

「ウルジャンに移行してから読まなくなっちゃったなあ」

「わかる、単行本は買ってんだけどな」

「よく集められるよね。いま何巻まで出てるんだっけ」

「80は超えてる」

 たわいもない話をしていると、ようやく家の人間らしき者が出てきた。傑が自然に一歩前へ出る。

「はじめまして。呪術高専二年の夏油です。こちらは同級生の加乃舌。今日はよろしくお願いします」

「ああ、高専の。話は聞いてるよ」

 さすが第一印象の良さにだけは定評のある男である。世那はペコリと頭を下げた。

 嵯峨山家には交流の一環として見学をということで話を通している。さすがにこの誘いを断るのは外聞がまずい。たとえ後ろ暗いことがあったとしても受けざるを得なかっただろう。

 二人は嵯峨山に連れられ施設の中を歩く。本当に子どもを保護するための施設と言った感じだ。家の人間は上の階で生活しているらしい。

 

「おいちゃん! おいちゃんだー」

「遊んで遊んでー」

「はいはい、今行くからねえ」

 庭で子どもたちに引っ張られていく嵯峨山を見る。ずいぶん人気だ。

「ねー、あのひとだれー?」

「お客さんだよ」

 子どもがこちらに駆け寄ってくる。

「こんにちは!」

「こんにちは。元気だね。そこのおじさんとはよく遊んでるの?」

 傑に問いかけられた女の子は、にこにこ笑いながら頷いた。

「ゆな、おいちゃんだいすきー。優しくて、いっぱい遊んでくれるの」

 嘘を言っているわけではなさそうだ。今のところ怪しい部分はない。二人は子どもたちが満足するまで遊びに付き合うことになった。

 

 驚くほど何もない。子どもたちはみなどこからどう見ても不自由なく愛されて育ったように見える。不審なところも見当たらない。

「そういえばここの子ども達って呪霊見えるんだっけ」

「ああ、そいやそうだな」

 ゆなと名乗った女の子を呼ぶ。初対面から人懐っこかったが、この数時間ですっかり気を許されていた。

「ゆなは呪霊って見えるか? キモくて怖いやつ」

「おばけのこと? 見えるよ!」

 もう少し踏み込んでみるか。世那はそう思い、詳しく聞くことにした。

「ここにはゆなより年上の子はいない?」

 一般的な児童養護施設は18歳までの入所が基本だ。ゆなはパッと見で高く見積もっても小学校高学年ほど。この施設の年数を考えれば、もっと年上の子どもがいてもおかしくはないはず。

「ゆなが一番お姉さんだよ! もうすぐお別れの会やるもん!」

「お別れの会?」

「うん! 楽しみなんだぁ」

「それって────」

 さらに掘り下げようとした傑を、「二人とも」と嵯峨山の声が遮った。

「そろそろ暗くなってきましたから、今日はこのあたりで……」

「旦那様」

「ああ、うん……そうか。そうだね。部屋を用意させるから、折角だし泊まっていく?」

 家の人間らしき人物となにやらコソコソ会話している。世那と傑は顔を合わせ、嵯峨山の提案に乗った。虎穴に入らずんば虎子を得ず、である。

 

「なんっかきな臭いンだよなー」

「逆に不自然なんだよね」

 一人一部屋与えられたが、孤立するのは良くないと考え二人で同室に滞在していた。

 呪術の才能がある子どもを保護していながら、呪術高専への入学歴がない。子どもたちの年齢層は低く、中学生、ましてや高校生ほどの子も居ない。子どもに虐待などしている様子も見受けられず、特に不自然な点はない。

 そう。逆に不自然なのだ。どこか違和感があるというか。

 一個一個要素を洗い出しながら、世那はソファに寝転がって天井を仰いだ。腹の上に、床に座った傑の頭が乗る。入った時に盗聴器の類がないことは確認済みだ。

「傑って生まれつき呪霊見えてた?」

「……物心ついた時にはすでに当たり前に居るものだと認識してたから、そうだね」

「ウチも。まあ術式もあるなら普通そうだよな」

「それがどうかした?」

 促され、世那はなんとなく己の偏見を口にした。

「呪霊見えてるとさァ、もっとこう、……ひねくれるだろ、人間性が」

「自己紹介?」

「殴るぞ」

「一理あるな。呪霊は負の感情から生まれるもの。ここは呪霊被害に遭ったり周囲から孤立してしまった子を保護する場所なんだろう? 心に傷を負って疑心暗鬼になっている子が居てもおかしくない」

「自分から煽っといて無視すんなよ」

 はあ、とため息を吐く。

 だが傑の言った通りだ。一般家庭の出身で呪霊が見えるならば、呪霊のおぞましさとか、見えない人間との軋轢とかで、嫌気がさしてひねくれる者が多い。彼女たちは純粋すぎるのだ。

 最近できた後輩の灰原という男もなかなか純粋だが、あれはあれで覚悟が突き抜けすぎていて一周回ってイカれているのである。施設の子どもたちはそういうのとはまた別だ。

「急に引き留めてきた感じからして、今日あたり何かしら起きそうだけど……」

 傑はそう言って扉の先に視線を向ける。

「……探索する?」

「そうこなくっちゃね」

 提案すると、傑は待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。

 

 

 

 ゆなは優しいおじさんのことが大好きだ。怖い幽霊から助けてくれて、施設の中で友達もたくさんできた。今の幸せな生活はすべておじさんのおかげだ。

「私もゆなのことが大好きだよ」

「えへへ、嬉しい! ずーっと一緒だよ!」

「ああ、ずっとだ。死んでも一緒に居よう」

 おじさんのあたたかい手。

 その手が、たとえ刃物を持ってゆなの心臓を貫いても。ゆなはおじさんが大好きなのだ。

 だってずっと一緒だと約束したから。

 

 

 

 激しい呪力のうねりに二人は即座に反応し、目的の場所へ走った。

「呪霊操術。良い術式だよ。私もこれをはじめてから何度呪霊操術があればと思ったことか」

 床には血溜まりができている。子どもたちの死体が重なって山を作っていた。

「だが、呪霊操術がなくても呪霊を従える方法はある。徹底的に主従関係を教え込ませれば良い」

 嵯峨山のそばに、付き従うように五体の呪霊が控えていた。

「知っているかな? 呪術師を殺す時は必ず呪力を込めた攻撃でなければならない。そうでないと呪霊になる可能性がある。呪術師が呪霊に転化した場合……その強さは、非術師とは比べ物にならないんだ」

「アンタ……まさか!!」

「ゆな、行け」

 大柄な異形の怪物が襲いかかってくる。

「傑!」

「主従関係を結んでる呪霊は主人が死なないと取り込めない!」

 傑が即座に呪霊を呼び出してそれぞれに対応させた。

 嵯峨山の行為は明らかな呪術規定違反だ。なんにせよ呪詛師として殺すしかない。

 世那は帳の機能を入れた防壁結界を展開した。結界そのものは普通呪力のない建造物を無視できる。しかし防壁呪術は建造物にも干渉するため、勘でこれを展開すると目算を誤って建物を破壊してしまう可能性があるが……この事態だ。多少は見逃してほしい。

 結界の範囲内にいくつも反応がある。他の嵯峨山家の人間だろう。目の前の男を殺しても、事情を聞ける相手は居るわけだ。

「防壁「(かん)」」

 鋭く尖った防壁が嵯峨山を貫いた。彼自身の実力は大したことはない。数は少ないが人殺しの経験はある。だが何回やっても弱い者を一方的に蹂躙するのは良い気分じゃない、と、世那は微妙に失礼なことを考えた。

 問題は呪霊のほうだ。

「お、い、ちゃァァん……! ゆる、さない!」

 嵯峨山を殺害されたことにより主従関係からは解放されたが、怒りの声をあげ興奮しだした。

 呪霊の手が掌印を結ぶ。

「領域展開ィぃぃ!」

「向こうの領域を解体する! 傑、今のうちにやれ!」

 世那は領域展開を覚えたことにより、かねてからの目標であった結界内の他者の領域の解体ができるようになった。解体しきるまで三十秒以上はかかるが、その間相手の領域は押し合う時のように必中が消える。当然世那も無防備になってしまうものの、今は傑が居る。

 領域の解体ができることを初めて知った傑は驚いたようだったが、今はそれどころではないと掌印を結び続ける呪霊への対応へ向かう。

 花のように開いた口を持つ傑の呪霊が、相手にバクンと噛みついた。

 領域の外殻が崩れていく。呪霊が黒い玉に変化し、室内は静寂で包まれた。

「ゆなちゃん、みんな、ごめん。無駄にはしない」

 世那は黙って傑の手に収まった呪霊玉を結界で覆った。それを五つ、順番に飲み下すのを見届けた。

 

 

 

 優しく、真綿で包むよう丁寧に育てる。純粋に、人を疑うことを知らぬように、主人となる己へ強く執着するように。そうしてあまく呪いを囁くのだ。「ずっと一緒」「死んでも私と居てね」と。

 捕らえた嵯峨山家の者達から聞いた、強力な呪霊を生み出す方法。上層部は重く受け止めたのか、一族郎党秘匿死刑が下されることになった。あの所業を見て生かしたいとも思わないので、世那もそれに異は唱えなかった。

「呪術師が呪術師を虐げるのか」

「マ、よくある話っちゃよくある話だけどよ」

「そうなの?」

 傑の問いに世那は眉を顰めてぱかと口を開ける。同じ一般家庭出身のはずなのに、傑の呪術界への認識は妙な偏り方をしている。なんとなく酸葉のせいだろうな、と思う。

「傑はそこらの家から声かけられたりしねーの?」

 デスクトップのPCでフリーゲームをしながら聞いてみる。図書室の鍵を使って扉を開けると、巨大な青い人型の何かが画面の端に映った。

「婿に来て欲しいとかは何回か。でも全部無視してる。それ聞くってことは世那もあるの?」

「あるよ。だいたいはウチと顔合わせると逃げるけどな」

「性格のせいじゃない?」

「アンタが言うか」

 イベントなのか、アイテムを拾うと鬼が追いかけてきた。適当に逃げていると、エリア移動したところで不穏なBGMが消えた。逃げ切れたのだろう。

 あまり当人のいないところで言うべきでもないだろうとは思いつつ、世那は言う。

「硝子とかもっとひでーよ。最初のころは孕み腹にするってどいつもこいつもうるさかったらしい」

 ガタン、と物が落ちる音がした。傑の携帯だ。スライド式のけっこういいやつなのに。

「え、は? はあ?」

「反転術式のアウトプットが貴重すぎるから、勝手に牽制しあってるうちに高専が後ろ盾になって落ち着いたけどな。言い方は悪ィが共有財産だな」

「ねえ、聞いてないんだけどそんなこと」

「禪院と関わりがある奴から見合いの話もらったんだけどよ、ウチのこと見て「ジブンより背ェ高い女はお断りやわ」とか言われたぜ。クソワロタ。禪院の家訓知ってっか? 「呪術師に非ずんば人に非ず」だ。そりゃあの伏黒……? だっけ? もああなるわな」

「聞いてないんだけど……」

「まあウチらも悟に比べりゃマシだよな、アイツ名前も聞いたことない自称婚約者が十人は居るらしいぜ。おもしれーよな」

「聞いてないんだけど!」

 ゆっさゆっさと肩を揺さぶられる。ゲームオーバー画面が表示された。行き止まりの場所に逃げ込んだのがよくなかった。

「うう、世那ぁ……」

「ンだよぉ、呪術師がゴミカスなのは今に始まった話じゃないだろ。一年の初めのときの話だぞコレ、今じゃそんなことねーから心配すんなよ」

 後ろからがっつり抱きしめられているせいでマウスもキーボードも操作できない。

「自分の不甲斐なさが情けない……」

「夏油何やってんの、ウケんね」

「硝子〜」

「ええ……? ねえ加乃舌、コイツどうしたの?」

 硝子がひょっこり現れ、傑はひっつく対象を硝子に変えた。

「どうやったらみんなを守れるんだ……」

「ねえ、なんの話?」

 傑はその後しばらく硝子のひっつき虫になっていた。面白かったので写真を撮って悟に送った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告