車内は静まり返っていて、車が風を切る外の音だけが聞こえている。後部座席に座る世那は、腕を組んで黙りこくっていた。
「世那。気に病むな、オマエは悪くない」
助手席に座る夜蛾がそう声をかけた。補助監督は空気に徹している。
「……別にどうともねーよ。ただ……」
ハア、と息を吐く。
「…………人殺してもショックを受けなかった自分にショックを受けてるっつーか……」
今日、世那ははじめて人を殺した。
元より呪詛師を相手取る可能性のある任務だった。対呪霊はともかく、対人経験のない世那に、担任であり一級呪術師である夜蛾は様々な面のサポートを担うために同行した。
案の定会敵した呪詛師は暴れ、やむを得ず殺害することになった。生きて捕えるより殺すほうが簡単だというのを身をもって知った。
感想としては、まあ、こんなもんか、という感じだった。物語では人殺しというのは生々しく表現され、なんともじっとりとした不快感を湧き上がらせるものだったが、実際のところはあっさりしたものだった。
いや、それはちょっと人間としてヤバくね?
と、後になって我に返ったのである。
世那は高専入学前から個人的に呪霊を祓っていて、血生臭いこともそれなりに経験してきた。しかしなんの変哲もない一般家庭の出であることは忘れてはいけない。悟のように幼いころからそうなるものとして育てられてきたわけではないのだ。
別にそこまで落ち込んでいるわけでもないのだが、なんだかな、と釈然としない気持ちがあるのである。
「……気負わずにいられるなら、そのほうが良い」
だが、と言葉を続ける。
「いけないことであるという感覚だけはそのままにしておけ」
いくら呪術師がイカれてなければ続けられない職業だとはいえ、鈍麻して壊れて何も感じなくなる、というのは健全なことではない。そうした者の行く末は想像に難くないだろう。
殺人を悪いことだと理解したうえで、それでも無闇に心をすり減らすことなく、職務に徹することができる。これが一番理想的なのだ。そして一番難しいことでもある。長年一級術師として生きてきた夜蛾でさえ、人の命に手をかける瞬間は気分の良いものではないからだ。
「はぁい」
そう返事した世那の表情は普段と何も変わらない。本当になんとも思っていないらしい。
「……オマエは呪術師に向いてるよ」
「そりゃどーも」
教師としての心配は杞憂だったらしい。夜蛾の受け持つクラスにおいて、世那と硝子の二人は精神面においてもかなり安定している。これで男子二人と一緒になって問題さえ起こさなければ優等生なのだが。
それも青春か。と、夜蛾は諦めにも似た気持ちで窓の外をぼんやり眺めた。