京都姉妹校交流会二日目。トーナメント形式の個人戦は、京都校のグラウンドで行われていた。世那の防壁に囲まれたフィールドは存分に暴れても問題ない代物だ。
世那は当然のごとく順調に勝ち上がった。灰原と七海は経験の差が災いしてか、数試合目で敗退。硝子はまだ余力があったようだが、合間合間で反転術式を求められていたのでどほどのところで適当に逃げた。それに世那と硝子の間には例の「約束」もある。全力を出すのは今ここではない。
京都校側の生徒は決して弱くはないのだが、世那の絶対的な防御を前にして有効打を与えられる者は居なかった。
伏黒甚爾。衝撃蓄積の呪霊。酸葉。三者三様の手法で術式を破られ、その度に弱点を克服してきた。トライアンドエラーを繰り返し呪術の高みに昇っていく。楽しさこそあれど苦痛に感じたことはなにひとつなかった。
ただ、ここから更に上を目指すには、相手が不足していた。
いずれは。そう望んでいたのは己だけではないだろう。
「そういや、あん時の礼がまだだったな」
「フフ……悪ィ、なんの話?」
もちろんわかって言っている。
去年、入学してすぐの時に二人で任務に行った時だ。思えば彼とこうして距離が縮まったのも、あの出来事が大きなきっかけだったのかもしれない。
五条悟、対、加乃舌世那。
まさしく呪術界の矛と盾。
試合開始の笛が鳴った。
世那の防壁があるので、あの五条悟の術式を前に悠々と見学している生徒達。灰原は横に座る七海を覗き込むように問いかけた。
「どっちが勝つかな?」
「私は加乃舌さんを応援します」
「それは勝敗とはまた別の私怨だろ、七海」
「そう言う夏油はどう思うんだ?」
「………………正直、わからないな。どちらも秀でた部分はあるけど、だからこっちが勝つとは言えない」
返答までに要した長い熟考の時間が、傑の「わからない」という答えの信憑性を裏付けていた。
無下限呪術も防壁呪術も相手の攻撃を通さない。防壁呪術のほうが打開策が多いのは確かだが、防壁には防壁のアドバンテージというものがある。
「もし勝敗が決まるとするなら、それは……」
硝子が言いかけ、口を噤む。確信に近い予測だったが、今それを言うのは野暮というものだ。
笛の音が鳴る。
先に動きを見せたのは悟だった。
「オマエが「蒼」を防げるのは知ってる。だから、遠慮はナシだ」
身を低く屈める。手の内に向かってすさまじいエネルギーが集積されていく。
「”
「”石穿てど砕けず” ”刃振るえど通さず” ”此処に在りて侵させず”」
────虚式 「茈」。
目を開けていられないほどの光の奔流。
呪詞を唱える最中を妨害することだってできただろう。しかし世那は全力を以ってそれを受け止めた。
砂埃が舞う。二人の影が浮かぶ。
どちらも五体満足だ。そのことを観覧者が認識するより先に、今度は世那が動いた。
振りかぶった拳が悟の頬に当たった。衝撃を逃すように自ら後方に吹っ飛びながら、空中で体勢を整える。
「当たった! なんで?」
「まさか無下限を解いてるのか? いくら五条といえど、そんな酔狂なことをするか?」
「領域展延だな」
口を挟んだのは後ろで立って腕組みをしている夜蛾だ。
領域展延。領域を水のように自身に纏わせることで相手の術式を中和する高等技術。これならば悟の無下限を突破できる。体内で回すタイプの術式にはさして効かないが、外部に展開する術式には有効だ。もちろん世那の防壁にもあてはまる。
ただ、普通は相手の術式とそれを中和する領域展延は押し合いになるはず。領域展延は領域展開の発展型といえど、その効果は格段に落ちる。相手もより術式を強く維持しようとするので、本来ならばあのようにノータイムで殴り飛ばすことはできない。
非常に高度な結界術の完成度。世那のレベルならばそれを可能にする。
「え、それってつまり……」
領域展延について夜蛾から教えられた灰原は、顎に手を当てて試合中の彼らを見る。
「加乃舌さんって領域展開できるってこと?」
「……聞いたことないな」
「いや、……できてもおかしくはない。以前私と二人で任務に行った時、世那は呪霊の領域展開を解体したことがある」
「領域展開を解体? 領域展開して上書きするのではなく? そんなことができるんですか?」
「知らないよ、でも実際にやった。たぶん……領域展開の勝負ではまず世那が勝つんじゃないか」
悟は領域展開ができない。つまり、世那が領域勝負を持ち込めばまず負ける。
「できたとしても加乃舌は領域を使わないと思う」
「どうしてだい?」
「面白くないから」
「ああ……」
その場の全員から納得の声が上がった。
(それに……領域展開はそうポンとできるものじゃない。加乃舌も呪力消費は最低限に留めておきたいはずだ)
シン・陰流簡易領域など、他の領域展開対策も世にはある。あの悟が無抵抗でやられるはずもない。
話しているうちに二人の戦闘は激化していた。悟は極小の「蒼」と「赫」を織り交ぜ、世那は領域展延を使いつつも必要に応じて術式の使用に切り替えて対応する。どちらもテクニックが非常に姑息である。
「加乃舌さんも結構食らってますね」
「防壁呪術の発動は手動だからな。五条が敢えて発生点に割り込んで不発にさせてるっぽい」
「発生点?」
「本人から聞いた話だが、防壁は指定した一点から拡大するように生成されるらしい。だが、相手の体内に生成して内側から攻撃するようなことはできない」
「……五条さんはそれを逆手に取って、加乃舌さんの防壁の発生点に身体を捩じ込むことで不発になるようにしてるってことですか」
「そういうこと」
「変態技術すぎる」
わかっていてもできることではない。少しでもズレがあれば生成された防壁に押されるのだ。知ってはいたが悟もだいぶ肝が据わっている。
しかし、発生点を読まれていることに気が付いた世那が悟の裏をかき、それに気付いた悟がまたその裏をかく、というループが巻き起こりはじめていた。どいつもこいつも変態ばかりである。七海は引いた。
「反転使わなくていいのかよ」
「そりゃ俺のセリフだわ」
そんな余裕ねーよ! というのがお互いの心境である。ボロボロではあるが、完治させようと思うとそれなりの隙が生まれる。そんな暇は与えられないし、与えさせない。
自分はいま、間違いなく満たされている。悟は恍惚とした笑みを浮かべた。
地に咲いたひときわ大きな花弁がひとのかたちをかたどって、いつしか悟の前に立っていた。
「”
世那が天に向けた右手に、濃密な呪力のうねりが生まれた。
「────悟」
ちゃんと受け止めろよ。
「術式反転「
猛スピードで槍が飛んでいく。悟は両手を突き出して全力で無下限を維持した。避けることも、術式をぶつけて相殺することもできただろう。しかし世那が全力の「茈」を受け止めたように、悟も彼女の全力を受け止めるのが礼儀というものだ。
槍が無限に触れるそばからボロボロ崩れていく。それでも、ゆっくり、ゆっくりと矛先が距離を詰めてくる。
少しでも気を抜けば食らう。食らったら、死ぬ。
無限に阻まれて感じないはずの熱気。プレッシャー。悟はそれを知覚しながら、ただひたすらにそれがすべて消え去るのを待った。
音が消えた。
圧力が分散し、視界が晴れる。悟は息を荒げながら世那を見た。
「アハ……」
彼女は笑って、そして、ふらっと倒れた。呪力切れである。
世那を抱えた悟が、硝子の前に彼女を転がした。硝子は反転術式で世那を治療する。
「五条も」
「いいよ、自分でやるから」
そう言ったのに硝子は強引に反転術式をかけた。
「いくらロスが少ないからって無駄な呪力使ってられないでしょ。次が待ってるんだから」
悟は呪力の多さもさることながら、六眼による原子レベルの呪力操作によりロスはほとんどない。実際強がりでもなんでもなく呪力量は余裕なのだが、硝子なりの気遣いなのだろう。悟は黙ってそれを受け入れた。
「次、ねえ」
いまだ興奮冷めやらぬ蒼い瞳が、硝子の横に視線を滑らせた。
「負けたら「直前に世那と戦ったから」ってちゃんと言い訳するんだよ、悟」
「悪いけど俺いま絶好調なんだわ。瞬殺しちまうかもな」
試合開始を待たずに戦いが始まりそうな空気である。夜蛾が「昼休憩を挟むぞ」と言って二人を黙らせた。
「世那の術式なしにオマエらを戦わせられん」
グラウンドに展開されていた防壁は世那の気絶にともなって消滅している。先の戦闘でもあんなに激しくやり合っていたのに周辺の被害がゼロなのだ。在学中と言わず現役の間は毎年手を貸してほしいと思うくらいだ。
「家入さん、こうなることを予想していましたね」
七海に問われて硝子は頷く。
悟と世那では決着がつかないことは察しがついていた。となれば、最終的な勝敗は世那の呪力切れでしかありえない。悟に理論上呪力切れはないのだから。
転がされたままの世那の身体を寄せて、膝の上に頭を乗せた。
「オマエらほんと、どんどん化け物じみてくね」
それに追いつこうとするこっちの身にもなってほしいものだ。硝子は苦く笑って、世那の髪を撫でた。
現在のオリ主の防壁の性能まとめ
防壁呪術
・半透明の壁を張る能力
・防壁は指定した一点から拡大するように生成される
・他人の体内などには生成不可
・生成後に防壁を動かすのは困難
・生成可能範囲に際限はないが、目視できる範囲が実用的
・防壁の生成は手動であり、近接戦闘中は狙った場所への生成が難しい
・防壁への攻撃の挙動は現実の壁と同様(跳ね返り、衝突消滅など)
攻撃手法
・「纏」…防壁を身体に纏う
・「斬」…対象の真横に板状防壁を生成し擬似的な斬撃を再現する
・「貫」…針状防壁で対象を串刺しにする
・術式反転「砕槍」…触れたそばから崩壊しつつ貫いていく槍。ゴリ押し技