十分足らずで世那は目を覚まし、束の間の休息を終えて交流会のトーナメントが再開された。
「世那、いけそうか?」
「よゆーよゆー」
夜蛾に問われ、世那はグラウンドに防壁を展開しなおした。戦闘するには心許ない呪力でも、防壁ひとつ維持する程度ならなんとかなる。
トーナメントの最終決戦。ここで勝利した者が真の最強である。
五条悟、対、夏油傑。
それぞれ異なる形の最強の全力。存分に高みの見物と洒落込む所存だ。
「傑」
「なんだい?」
「勝てよ」
「世那〜? なに、傑の肩持つわけ? 俺の応援は?」
「あーハイハイがんばれがんばれ」
「夏油さん、ぜひ勝ってくだい」
「七海さっきからずっと私怨でウケる」
「ごめんなさい五条さん、僕も夏油さんを応援します!」
「硝子、硝子は俺のこと応援してくれるよな?」
「どうでもいい」
硝子がしっしっと手を振り払って二人を追い出す。すこし歩いたところで傑が笑いながら振り返った。
「みんなの期待に応えてみせるさ」
二人が防壁の中で相対する。
笛の音が鳴り、試合は開始した。
「悟。申し訳ないけど、私は世那のように遊んであげる余裕はないからね。最初から全力でいかせてもらう」
突き出した手から黒い渦が生まれる。
その存在を視認した瞬間、世那は慌てて掌印を組んで防壁を補強した。
「ッ……!」
七海が息を呑む。
「一応向こうの効果を遮断してる、大丈夫か?」
「え、え。問題ありません」
仮想怨霊「くねくね」。少し前に七海が呪われ、傑が取り込んだ呪霊だ。
それは見ただけで凄まじい情報量の入ってくる呪霊だ。こちら側には影響のないよう結界を調整したが、まだ呪力がカスカスの世那にはなかなか辛いものがある。
「うぐッ……!」
「やっぱりね。六眼にはよく効くと思ったんだ、これ」
世那や傑でさえ頭の痛くなるような思いをした呪霊だ。普段からサングラスをかけるほど視えすぎる目を持つ悟に、くねくねの存在はさぞ刺さるだろう。
怯んだところに傑が突っ込んでいく。ある程度まで近付いたところで、また新たな呪霊を呼び出す。
グラウンドに黒い球体が現れた。
「領域展開! すごい!」
「そりゃ領域展開できる呪霊は持ってるか」
「これでは中の様子がわかりませんね」
「一応ウチの防壁結界の中だから動きはわかる」
世那がそう言うと、七海がじとりとした目を向けた。また変態的なことを、と言い出しそうだ。
「また変態的なことを……」
言った。
「お。悟がなんかやってる。これ……簡易領域か? やっぱ使えるンだな」
中が見れない観客にかわって世那が様子を実況する。
実際悟が行ったのは簡易領域ではなく、御三家に伝わる領域展開対策、落花の情だ。触れたものを弾く呪力操作の自動プログラム。簡易領域のように一時的な完全無効化はできずとも、そのかわり剥がされたりすることもない。
領域の必中効果は落花の情である程度抑えられてしまっているが、この中でならば悟の無下限は無効化されている。それだけでも領域を維持しておく価値はあるだろう。
傑が前に出た。
呪霊操術は大きく見れば式神使いに分類される。しかし傑は格闘好きなのも相まって、術者である自らも積極的に飛び込んでいくスタイルだ。これがなかなかやりづらい。
「……!」
世那の口の端が上がる。
「黒閃……傑が黒閃を出した」
悟は最強になった。置いて行かれたと、もう敵わないのだと思ったことさえあった。
(なのに、なんでだろうな────)
傑は拳を握り、迷いなく顎を狙う。
黒い閃光が迸る。
黒閃。打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪みであり、その威力は平均で2.5乗になる。
数ある敗北の中でも死ぬような目に遭うことのなかった傑は、これまで呪力の核心に触れたことがなかった。
だが。迸る黒が。極度の緊張の中で発生したまぐれにも近いそれが。傑をその一端に触れさせた。
(────今なら追い越せそうだ)
ただでさえ元より洗練された体術とそれなりの呪力操作を持つのに、黒閃によるゾーン状態に入ったことでさらに調子を上げる。
傑にとって戦いは義務だった。強者が弱者を守るための義務。強くなるための義務。じゃれあいの喧嘩程度ならばともかく、本気の命のやり取りを前にして、楽しいとか、楽しくないとか、そんな感情は入り込まない。
そのはずだった。そのはずだったのに、今、傑はどうしようもなく楽しい気持ちでいっぱいだった。これでは悟や世那を笑えない。
呪霊の呪力切れにより領域が解除されるが、すぐさま次の呪霊を出して領域展開させた。
「……ありがとう、傑」
悟は流れる血を拭い、片手を持ち上げた。帝釈天印。
仮想怨霊「くねくね」はたしかに六眼を持つ悟に痛手を負わせた。しかし、膨大な情報量のそれを前に、悟は領域展開のきっかけを掴んでしまったのだ。
「領域展開……「無量空処」」
「くっ……!」
呪霊の呪力だけでは押し返される。すぐにそれを察し、傑は自身の呪力で補強した。
領域の押し合い。膠着状態に陥ったこの場を制したのは────……。
空気が変わった。見えていない周囲も何かが起こっていることを察しているようだ。
「悟が領域展開した」
「マジか、五条が?」
「今領域の押し合い中だ。うわ、ヤバ、スゴ……」
領域展開のイメージが湧かないと四苦八苦していた悟が、土壇場でこうして領域展開をしてみせたのだ。
傑の黒閃。悟の領域展開。事態は二転三転し、自身がその戦いの中に身を置いているわけでもないというのに世那は興奮しっぱなしだ。
「というか、呪霊操術が無法すぎる。普通領域展開なんてそう何度もできるモンじゃないのに、呪霊に領域展開させればノーリスクで使い放題。傑と領域勝負したくねー」
そう言うわりにはニコニコである。それに、領域の押し合いではまず負けないだろう、しかも領域の解体すらしてみせる世那がそれを言うか。周囲は「よく言う」と思った。
「領域展開できる呪霊を取り込む難易度を考えると、夏油さんも大概ですよね」
強い呪霊を取り込み、その呪霊を足がかりにさらに強い呪霊を取り込む。そうして傑の術式はエスカレーター式にぐんぐん伸びていくわけだ。もう何年かすれば、本当にとんでもないことになるのではないだろうか。
突如として領域が解除された。が、先程のように傑が再び領域展開することはなかった。既に勝敗が決していたからだ。
「……これが、反転術式か。なるほど、たしかに感覚としか言いようがない」
傑の負っていた傷が治っていく。黒閃によって呪力の核心に触れたことで、反転術式をも会得したらしい。
地面にうつぶせに倒れ込んだ悟が、ふらりと手をあげた。
「術式焼き切れて使えねえよ、降参」
領域展開の押し合いの最中、術者はよっぽど高度な使い手でない限りは掌印を維持する必要があるため動くことができない。
しかし傑の呪霊操術ならば、自身は領域の補強に専念し、出している呪霊を動かすことで相手の妨害が可能だ。まさしく呪霊操術の手数の勝利であった。
場は湧いた。防壁が解除され、東京校のメンバーが傑に駆け寄る。
「夏油さーん!」
「まさか本当に勝つとは思いませんでした」
「やるじゃん」
世那は三人の後ろを悠々と歩き、地面に座り直した悟の横に立った。
「どうだった?」
思い出すのはやはり、世那と二人で任務に行って喧嘩になった時のことだった。
────「悟は攻撃最強、傑は手数最強、硝子は回復力最強、ンでもってウチは防御最強だ」
────「こりゃ四人で永久機関ができちまうな。向かうトコ敵ナシ」
────「オマエらは……違うのか」
絶対的な強者。それ故の孤独。あなたに愛を教えるのは。
「最高」
混じり気のない純粋な笑顔でそう答えた悟に、世那も笑った。
京都姉妹校交流会は東京校の圧倒的な勝利。個人戦においても、上位三名は上から傑、悟、世那がその席に座っているのだ。
「個人戦は京都校側完全に空気だったしなー」
「オマエらの戦いが白熱しすぎたのが悪い」
世那と硝子がそう言っていると、いまだ納得していないらしい西院が「反転女ァ! ジブンはボクに負けとるやろがい!」と喚いていた。
「負けてやったんだよバァカ」
「負け惜しみ! 負け惜しみやろ!」
「でも実際家入さん適当でしたよね」
七海の言う通り、硝子はある程度組み手に付き合ったあと、「疲れたので降参しまーす」と言って退場したのである。誰がどう見ても適当だった。
「来年の交流会は東京校開催か。……オマエたち、よくやった」
夜蛾が生徒たちに視線を向けた。普段問題ばかり起こす生徒たちだが、それでも日々成長するさまを見ていると教育者として感慨深いものがあるのも確かだ。
「傑。強くなったな」
大人から子供に対して向けられるその目に、傑は気恥ずかしそうに口を尖らせたあと、はにかんで見せた。
「当然。私だって最強ですから」
世那と悟が両側から傑と肩を組んだ。呆れた目で見てきた硝子を、悟が無理矢理引っ張ってその輪に入れる。
「俺達最強だもんなー?」
「ウチら向かうトコ敵ナシだから」
「……まあ……最強なのは認めてやるよ」
仲が良いのはいいことだ。夜蛾はこっそり泣いた。
ここまでが夏油救済の話でした。
たぶん夏油は話し合って諭されただけで考えを変えるタイプではないし、五条に劣っていると思ったままではわだかまりは解消されないだろうと思ったので、色々経験させる方向に行きました。