距離感バグ女のせいでもれなく全員バグる話   作:とねうこ

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 2007年8月。

「あれ、傑? 任務じゃなかった?」

 三年になり、世那は一級呪術師に昇格。悟と傑も特級呪術師になり、硝子も二級になった。

 世那としては現在の硝子の実力は一級でも通用すると思うのだが、やはり反転術式のアウトプットという希少性ゆえか上層部は硝子を一級にすることに消極的だった。硝子自身も医務室での仕事と呪術師としての仕事のバランスは今がちょうどいいと言って、現状にさして不満がなさそうだというのもある。当初目論んでいた「呪術師として強くなることでよりハードな医務室での治療漬けから解放される」という目的はそれなりに達成されているので、世那としても特に口を出すことはない。

 自販機横の休憩所でぼーっとしているラフな格好の傑を見て、任務帰りの世那はその横に腰掛けた。

「うん、任務だよ」

「サボり?」

「失礼な。現在進行形で頑張ってるところさ」

 その瞳は正面を向いてはいるが、どこか別のところを見ているようにも思える。世那は「あ」と声を上げた。

「視覚共有?」

「そう。冥さんにコツを教えてもらってね。任務には呪霊を行かせてるんだ。視覚共有すれば報告書も問題なく書けるし。二級の任務に強めの一級呪霊を向かわせてるから、負ける心配はないと思うけど」

「へえ、そりゃすげーや」

 呪霊との視覚共有に傑が苦心していたことは知っている。去年の交流会の団体戦においても、何度も「視覚共有ができれば……」と嘆いていた。

 去年の夏に引き続き今年もかなりの忙しさだ。悟は相変わらず術式の向上に余念がないし、世那も領域展開の条件を弄り回すことに精を出している。最近ついに空性結界でテーマパークを再現し、東京校全員で遊び倒した。傑もこんな感じなので、忙しさのわりには平穏なものだ。

「これでうまく行けば、次は複数の任務を同時にこなせるようになりたいな」

「複数体同時に視覚共有するってこと? 頭割れそー」

「そこは反転術式でなんとかするよ。悟みたいに常時とはいかないけど、任務の間くらいはね」

 以前から呪霊操術の手数の強みというのは散々実感してきたが、それが顕著になってきた。複数の任務を同時にとなれば、それはもう誰にも真似できない領域だ。そもそも呪霊とこれだけ距離が離れていても視覚共有し命令を下せるという規模の大きさ。術式の格が高いだけある。

「あ!! 夏油さん!! 加乃舌さん!!」

「灰原」

「お疲れ様です!!」

「灰原もお疲れー」

 灰原は相変わらず元気である。

「何か飲むか?」

「えぇ!? 悪いですよ。コーラで!!!」

「フフッ……」

「傑ぅ、ウチこのカフェオレ飲みたい」

「あのなあ……」

 文句を言いながらも買ってくれるのである。世那はちいさいペットボトルのカフェオレを手に入れた。

「明日の任務結構遠出なんですよ」

「そうか。お土産頼むよ」

「了解です!! 甘いのとしょっぱいのどっちがいいですか?」

「ウチは甘塩っぱいのがいいな」

「おい、聞かれてるのは私だろ。……でもまあ、そうだね。甘いのにすると硝子がうるさいから」

 悟も随分忙しく飛び回っているが、ああ見えて忙しい中でもほどほどにサボって息抜きをしている。あえて任務にかかる予想時間を長めに申告し、空いた時間で自分が食べるご当地料理を吟味したりしているのだ。もちろんそれは世那や傑もほどほどにやっている。睡眠時間も削られるほど忙しいのだ。これくらいは大目に見てもらうべきだろう。

 それを考えれば、他三人に比べて高専内に拘束されがちな硝子の顔を立ててやるのは当然の流れだ。

「灰原、呪術師やっていけそうか? 辛くないか?」

「今年はま〜じで忙しいからな。アンタらもだいぶ引っ張りだこだろ?」

「そー……ですね」

 灰原は顎に手を当てて少し考え、言った。

「自分にできることを精一杯頑張るのは気持ちがいいです」

「アッハ、傑ぅ、これが「お綺麗な言葉が似合うタマ」のヤツだよ」

「世那」

「いってェやめろ髪引っ張るな」

「ハゲろ」

「ハゲねーよ!」

 忙しくて切る機会に恵まれず、後頭部で結ばれた髪を容赦なく引っ張られた。

「君が夏油君?」

 コツコツとヒールの音を鳴らしながら、長身の女性がやって来る。

「どんな女が好みかな?」

「自分は沢山食べる子が好きです!!」

「そこの君は? ああ、男でもいいよ。性別はなんでも。退屈な答えじゃなければね」

「……ウチを楽しませてくれるヤツ?」

「はは、イイね。悪くない」

「二人とも……」

「大丈夫ですよ、悪い人じゃないです。人を見る目には自身があります」

「へえ、傑の横に座っておいて?」

「? ……ハイ!!」

「世那」

「だっかっらァ、人の髪を引っ張ンな!」

「私は「良い人」だろう?」

「イイ性格はしてる」

「あっはっは、君達面白いね」

 任務の時間が近いのか、灰原は一足先に退出した。入れ替わるように女性が灰原の座っていた場所に腰を落ち着ける。

「で、夏油君は答えてくれないのかな?」

「まずはアナタが答えて下さいよ」

「特級術師九十九由基。って言えば分かるかな?」

 悟や傑が特級になるほんの少し前までは、唯一の特級術師として活動していた人物だ。世那も噂程度には聞いていたものの、当人は任務も受けずフラついているというものだから噂は噂のままだった。

 それを正直に言われ、九十九は「私高専って嫌ーい」と手足を投げ出した。

「冗談。でも高専と方針が合わないのは本当」

 九十九は対症療法ではなく原因療法がしたいのだと言った。

 呪霊は呪力の制御できない非術師から生まれる。呪霊が生まれないようにするには、全人類から呪力をなくすか、全人類に呪力のコントロールを可能にさせるか。現在の九十九としては、後者の実現を目指しているらしい。

「大雑把に言ってしまうと、全人類が術師になれば呪いは生まれない」

 しばし沈黙が走る。傑は膝の上で手を組んで口を開いた。

「術師だけの世界になったとしても、呪いの循環は無くならないでしょう」

「……どうして?」

「術師同士も呪い合っています。非術師の立場が、才能のない術師に置き換わるだけだ」

 実際にそういうケースは目にしてきた。その最たるものが傑と行った嵯峨山家での任務だろう。

 より強い力を得るために、術師が弱い術師を呪い、また新たな呪いを生み出した。

 非術師が存在する限り、彼らは無意識のうちに呪いを生み出すだろう。そして術師が存在する限り、呪いを利用し意図的に生み出す者は居なくならない。その「呪い」が呪霊になるか、呪詛師になるか、呪具になるか、はたまたもっと別の忌まわしい何かになるか。それだけの話だ。いつだって呪いを利用するのは術師側だ。

「うーん。それはどちらかといえば呪術界の在り方の話だからね。私の研究とはまた別の話になってくる」

「つーか対症療法もロクにできてねーんだから原因もクソもねーだろって話っスよ。夏休みの宿題なんも終わってねーのに最終日に宿題じゃなくて休み明けにあるテストの勉強してどうすンだよ。目の前の山片付けろって」

「手厳しいね。君達、上層部は嫌いかい?」

「まあ……」

「そりゃアな」

「呪術界の闇は私も知るところだ。けどまあ、私はそういうの向いてないからね。思うところがあるのなら、改革もアリなんじゃないか? そしたら私も少しはやりやすくなる。特級も三人になったわけだしね」

「結局他力本願ってワケね」

 世那は呆れた。自分にもそういう面がないとは言わないが、九十九は自己中心的な研究者気質のようだ。

 

 日本に帰ってきたばかりでやることがあるのだろう。九十九は悟にも会いたがっていたが、任務で不在のため挨拶も出来ずじまいとなった。

「あ、そうだ。最後に。星漿体のことは気にしなくていい」

 バイクに跨ってヘルメットとゴーグルを装着したところで、彼女は言った。

「あの時もう一人の星漿体がいたか、既に新しい星漿体が産まれたのか。どちらにせよ天元は安定しているよ」

 それだけ残して走り去ってしまった。

「……でしょうね」

 消えていく背中を見送ったところで、傑は世那に「戻ろう」と声をかけた。しかし世那は腕を組んだままじっと考え込んでいた。

「……世那?」

「傑。いまの話、本当だと思ったか?」

「うん? 星漿体のこと?」

「気付いてないのか?」

「え。なにが?」

 本当に気が付いていないらしい。

「天元の呪力。結界通る時に感じねえ? 変質してンだよ、あれほぼ呪霊だろ」

「……天元様がスカルグレイモンに……?」

「や、それは多分大丈夫。安定してるってのは本当だと思う。でもあの感じだと星漿体とは同化してねーよ。進化で暴走するってのがただの杞憂だったか、うまいこと誤魔化すかしてンだろうな」

 ある程度結界術もできるようになってきて、さすがに毎日のように天元の結界を見に行くことはなくなった。しかしそれでも定期的に訪れてはいる。最近はランダムにシャッフルされるという特性をもつ結界をなんとか真似ようとしているのだが、こちらはとんと成果がない。天元の結界は隠蔽特化。世那の防御特化の結界では才能の方面が違うのだ。おそらく天元の「現に干渉しない」というのが縛りとして機能しているのだろう。

 世那にとっては最早慣れ親しんだ天元の呪力。その異変を感知するのは容易いことだった。

「まあ……安定してるなら良い……のか?」

「あの時も結局お咎めナシだったしな。星漿体が居ないとマズいなら何か言ってくるだろうし。ウチらが聞いてないだけかもしんねーけど」

 実際に天元とやり取りをしていたのは夜蛾だ。何も言われていないのなら大丈夫ということなのだろう。

「それなら……星漿体の存在は、一体なんだったんだろうな」

 世那は肩を竦めた。生贄になるべく生まれ育った少女は、最後の最後に望んだ普通に生きたいという願いすら叶えられず、生贄としての役目も果たせぬまま死んだ。しかし天元は結局、おそらく星漿体を取り込んでいないだろう現在もうまくやって生きているらしい。

「改革……か。それも悪くないのかもな」

 傑はぽつりと呟いた。もう三年生になったのだ。五年目はモラトリアムとして一年間の自由が保証されるため、実質来年が最終学年。今後の身の振り方を考えるのも悪くないのだろう。

 

 

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