2009年3月。
形ばかりの終業式を終え、世那たちは呪術高専の5年生になった。
来年には各々の道を進み、勉学の必要がなくなるかわりに更に任務量が増える。在学時から任務をこなしてきた生徒を労わる目的もあり、5年目はまるまる一年間フリーなのだ。特級術師二人が抜けるのは呪術界的には相当痛手のはずだが、そこは夜蛾がなんとか九十九と交渉し、この一年は日本で任務漬けの日々が決定した。彼女は最後まで駄々をこねていたらしい。
とはいえ、万が一の非常事態には容赦なく呼ばれるだろうことは想像に難くない。
キャリーケースを引っ提げて駅のホームを歩いていく。人はそれなりに多く、全体的に浮かれた空気感が漂っている。向かう先を思えば当然だ。
「来年からは四年制になるらしいけどねー」
「そうなのかい?」
「一年自由期間があるのは変わらないよ。ただ5年生って学年がなくなるだけ」
「まあ意味ないしな。あってもなくても……」
「そういうこと」
三人の会話を聞きながら世那はおおきくあくびをした。朝早く起きたので睡眠時間が足りていないのだ。うとうとしながら硝子によりかかると、自然な動作で頭を撫でられた。後頭部で結ばれた髪に人差し指をくるりと巻きつけられた。
「髪伸びたね」
「んー」
「夏油くらい長くても似合うんじゃない?」
「それはめんどくさい……」
傑は更に髪が伸びて、最近はお団子からハーフアップになった。上で一つにまとめていると頭が重いらしい。切ればいいのにと思う。
「電車来たよ」
そう促され、開いたドアから乗り込んだ。
目的地は夢の国。卒業旅行である。
卒業旅行で夢の国となれば、もちろん制服がマスト。世那たちは脱げば次は卒業式まで着る機会のないその服を着て、有名な城を模した建物を背景に写真を撮った。
「やっぱ生の遊園地は違ぇな!」
「世那の結界も良かったけど、熱気がなかったからね」
「結界に人間まで再現できるわけないだろう」
興奮して乱れた口調で悟がはしゃいでいた。この四年間で散々遊びに出かけはしたが、任務があるせいで長期間の旅行だったり遠出だったりはできなかった。悟と硝子は夏ごろから教師と医大生という進路のために研修や勉強で少し忙しくなるらしいので、それまでの数ヶ月は全国を遊び倒すと決めているのである。しばらくはなんちゃって根無草生活だ。
時期が春休みと被っているのもあってか、人の数はそこそこ。ただ、四月から新しいアトラクションができるためそれを待っている人も多いのか、例年ほどではないらしい。自分たちと同じように制服を着た少年少女の姿もあった。こうしていると自分たちもただのよくいる学生だ。
「え、あれいいなー。僕も食べたい」
「見つけたらね」
道行く人の手にあるスイーツを見た悟の目が輝いた。物珍しいのだろう。パーク内に入ってからずっとこんな調子で、周囲をキョロキョロ見渡してはあっちこっちに意識が引っ張られている。世那たち一般家庭出身の三人はそれぞれ中学時代の修学旅行で一度は訪れたことがあるので、なんとなくの雰囲気は理解しているのだ。
「片っ端から乗ってこ」
硝子がそう言って先導した。一般の学校ならばクラスに一人はいるであろう、やけにパーク慣れしている玄人。彼女はまさにそれだった。なんだかんだ一番はしゃいでいるかもしれない。
「やっぱカチューシャは外せないだろ。ほら、オマエら選べ」
「傑、スタッズのレザー似合うな」
「そう? 世那もこれとか良いんじゃない?」
「ふわもこは悟に着けさせよう」
「五条もこのサングラス掛けな」
「これ色薄くない? 目疲れないかなー。まあいいけどさ」
「浮かれポンチ集団の出来上がりだ。はいピースピース」
「これ美味い。甘塩っぱくて」
「チキンにシロップって合うの?」
「わたしは好き。食べるか?」
「食べる」
「あ、世那。ダメだよ悟にひと口あげたら。全部持ってかれ……遅かった」
「忘れてた……」
「ほんとだ。うま」
「こんな場所でも蝿頭は居るものだね。あ、ゴミ出たなら貰うよ」
「ありがと。……ま、こんな場所だからこそだろ。待ち時間長いし、意見の相違でかえって不仲になったりするしな」
「僕らファストパス取れたの運良かったよねー。ユニバみたいにお金で解決できたらいいのに」
「……今なんて言った?」
「え? なに? どうしたの世那。だから、
「そういえば五条って京都出身だったな。標準語だから忘れてた」
「悟って関西弁話すの? 私聞いたことないけどな」
「いや? 家の奴らも標準語だったし全然……。てかみんなさっきからなに? 僕なんか変なこと言った?」
「君が関西生まれであることを初めて実感しただけだよ」
「身長制限!? マジで!?」
「高すぎて乗れないってことあるんだ。ウケる」
「考えたこともなかった」
「195cmまでだって。ギリ大丈夫なんじゃないかい?」
「やべー。あぶねー。靴が厚底だったら終わってた」
「いつも任務でもっとすごい動きしてるはずなのに、なんでアトラクションってこうも楽しいんだろうね」
「任務は遊びじゃないからなー」
「まだ心臓バクバク言ってる。わたしアレもう一回乗りたい」
「僕ちょっとヒュンてなった」
「タマが?」
「そう」
「こら。悟そんなこと言わない。硝子も乗らない」
「タマはないけどちょっとわかる。でもそれが癖になるというか、スリルがたまらないというか」
「世那まで」
「なんだよ、傑はタマヒュンしなかったって?」
「………………」
「したってさ、五条」
「私は何も言ってないけど?」
「パレードって何が楽しいの?」
「うっわ。オマエそれ人類の半分を敵に回す発言だぞ」
「映画とかちゃんと観てたら結構楽しめるよ。今度みんなで鑑賞会でもしようか」
「思えばわたしたちってクソ映画しか観てないな」
「デビルマン面白かったよね」
「一周回ってな」
「CGのクオリティは高かったんだがなあ」
そんなこんなで遊び倒し、たどり着いたホテルのベッドにダイブした。一泊何十万もする誰もが憧れるパーク内のホテルである。呪術師として散々任務をこなしてきたのだ。この程度の値段は痛くも痒くもない。窓の外からパラパラと花火が輝いて散っていくのが見えた。
「誰から風呂行く?」
「悟が先行きなよ。君が一番時間かからないだろ」
「はーい」
寝転がったら途端に眠気がやってきた。もともと朝から眠くはあったのだ。日中ははしゃいでいたから元気だっただけで。世那は荷物を開けて着替えを準備する気力もなく、意味のない声をあげて寝返りを打った。
「風呂上がったら教えてくれ……」
そう言って返事も聞かずすうと寝息を立て始める。
「世那って意外とよく寝るよね。規則正しいし」
「私らの中では一番早寝だもんな」
「でも寝過ぎるってわけでもないよね」
「きっかり8時間。健康なのはいいことだ。そう言う夏油はもっと寝ろよ」
「考え事してるとつい眠れなくなっちゃって」
「なんだ。悩みでもあるのか?」
「いや全然。悟って鼻毛まで白いのかなとか考えてる」
「グッ……、…………ッ……」
「お風呂上がったよー……って、なに笑ってんの?」
「な……、なんでもない。夏油行け」
「クク、はいはい。お先に失礼するよ」
名前を呼ばれる。肩をゆすられて世那は薄く目を開けた。硝子がまだ濡れたままの髪で、肩にタオルを引っ提げていた。
「起きた? 早くお風呂行きなよ」
「もうそんな時間か……」
ずるりと身体を滑らせるようにベッドから降りて、スタスタ風呂場へ向かう。
「アイツ、また着替え持っていくの忘れてる」
「世那のこれ何回言っても直らないよねー」
いつも着替えを脱衣所に持っていくのを忘れるので、結果として裸で部屋を歩き回る羽目になるのである。
「え、五条悟が一年の担任なんじゃないですか?」
「なんだ……一般家庭の奴にももうその噂回ってんのか。灰原にでも聞いたか?」
呪術高専にて新たに一年の担任となった一級術師、日下部篤也が来月から入学の女子生徒を案内していた。彼女はまだ春休みの期間だが、早く入寮して早く任務に行ってもらえるならその方が良い。なんせこれから一年間は呪術界の最高戦力である五年生四人が居ないのだ。猫の手も借りたいとはまさにこのこと。
「五条は来年から一年の担任だ」
かわりに日下部はスライド式に二年の担任になる。つまり、この女子生徒とはこれから二年間の付き合いになるということだ。
悟は性格に難があるものの、根っこは善良だ。呪術師とはこういうものという洗礼を浴びさせるにはちょうどいい。目がいいのもあって、術式のことや基本的な呪力操作も的確に指導ができるだろう。
「灰原……」
「なんだ、違ったのか。そういうのペラペラ喋りそうなのは灰原ぐらいだと思ってたが」
「あ、ああ、いえ……黒髪の、明るい方ですよね」
「呪術師には珍しい根明だよ、アイツは」
女子寮に案内し、日下部は「ここがオマエの部屋」と扉を指差した。
「横は加乃舌の部屋だ。五年だからほぼ居ないと思うけどな」
「加乃舌……?」
「加乃舌世那。五条と同期の一級術師だ。まあ……悪い奴じゃない。俺は苦手だけど」
そう言えば、と思い出したように呟く。
「オマエも「防壁呪術」だったな」
部屋に荷物を運び込んで、女子生徒は一人になる。
扉が閉まって日下部ゆったりとした足音が聞こえなくなって、彼女は眉を寄せて言った。
「……どういうこと?」