今年も交流会に呼び出された。理由はもちろん防壁で周辺に余計な被害を生まないようにするため。去年も呼ばれたので、おそらくこれから先ずっと呼ばれ続けるような気がしている。
一人暮らしのための部屋も決まってついこの間業者がガスを開けるのに立ち会ったところだったので、寮の荷物を運ぶついでのようなものだ。
「今年も悪いな」
「いいですよ。見ていて楽しいので」
正式に学長に就任した夜蛾が声をかけてくる。世那はちょちょいと防壁結界を張った。
世那たちの代以降は呪術師の卵が不作で、交流会に参加できる二、三年は伊地知しか居ない。が、そもそも伊地知は非戦闘員なので活躍もあまり期待できない。そのため新一年と、特別に灰原が加勢することになった。京都校側も悟が居なくなった影響か人数が少ないので、バランスとしてはこれぐらいがトントンだろうという見立てだ。
一年時から四回出場することになった灰原は「いい経験になります!」と嬉しそうにしていた。それを後ろで聞いていた七海は理解できないと言いたげな顔をしていたが。
「あれ、世那じゃん」
「悟。奇遇だな」
何故居るのかと聞けば、来年から教師になるのだから当然交流会の様子は見たいでしょ、とのことだった。要するに賑やかしのために来たのだろう。
「部屋決まったんだって?」
「まだ何も置いてないがな」
「今度泊まりに行って良い?」
その言葉に、世那はポケットから鍵を取り出した。ぽかんと口を開けた悟が、それを手のひらで転がす。
「いつでも来い」
合鍵である。
「えっ。ええ〜? こんなのもらったら入り浸っちゃうよ。家に居たくなくてさあ。でも高専に居ると任務振られそうじゃん? だからどこで寝泊まりするか悩んでたんだよね」
「きみも家を借りればいいだろう」
「どうせ一年だけだからメンドくて」
「本当に入り浸るなら家賃払ってもらうぞ」
「いくら?」
「五万」
「やっっす」
「どうせ結界で広げるからな」
「あ、そっか」
そう話していると、先ほどからチラチラと世那たちの様子をうかがっていた雲母坂が声をかけてきた。
「あの……」
「うん?」
悟が目を向けると「ハアッ、生五条悟……!」と興奮した様子で高い声を上げた。
「あの、その、お二人は……付き合ってるんですか?」
世那と悟はぱちくりと目を合わせた。と思えば、悟が世那を背後から抱き締めて顔を寄せる。
「付き合ってるだって〜。どーお? 世那〜?」
「フフ、じゃあそういうことにしておくか?」
もう少しでキスできそうな、ただの同期と言うには近すぎる距離。しかしこれが彼らの通常運転であることは付き合いのある者たちならばよく知っている。
突然すこし離れたところから「五条!」と叫ぶような声が聞こえた。
「私とは遊びだったのか!?」
「いやっ、硝子、これは違うんだ、世那とはあくまでもいいお友達で……」
「なんだと? わたしのことは愛していなかったと?」
完全に茶番である。
「てか硝子来てたんだ? まあそりゃ来るか」
「私だって呼ばれなかったら来なかったさ。ほら、そろそろ時間だから控え室に行くぞ」
硝子に引っ張られて別室へ向かう三人。彼女らを見送りながら、雲母坂は「結局どっちなの……?」と確実な答えを得られなかったことに不満をこぼした。
「レベル低ぅ〜」
「というより、オマエたちがいた世代が特別強かっただけだ」
画面越しに交流会の様子を見ていた悟の文句を夜蛾がたしなめる。
東京校側の最高戦力は準一級の灰原だが、あくまで戦力のバランスを取るための埋め合わせとして呼ばれただけ。本人もそれを自覚しているのかあまり派手に前に出ようとはしない。夜蛾いわく、学生のレベルなど普通はこのくらいだということらしい。元より呪術師の中でも一級にまで上がれる人間などごく一握りなのである。
ちなみに。世那たちが三年生の時は当然東京校の圧勝だった。個人戦では領域展開を完璧に仕上げて来た悟が傑に二年目の時の雪辱を晴らす形で一位になり、世那は二位、傑は三位という結果になった。
「あー、やっぱ「防壁呪術」ってこんなモンだよね」
画面には雲母坂が呪霊と相対しているのが見える。少し攻撃されただけで簡単に壁を破られていた。
「脆いな」
「世那の出力がバカなんだって。「防壁呪術」なんて相手の攻撃にワンクッション挟むのが精々なの。普通はジリ貧になるだけ。だから入学した時弱い術式だなーって思ったんじゃん」
「そうなのか? それは知らなかった」
そもそも「茈」を防ぐレベルっておかしいからね、と悟が言った。
呪力出力というのはあればあるだけ攻撃の威力や術式の強度が高くなる。術式の開示や縛り、そのほか訓練次第で多少は出力を上げることはできるが、それだけ呪力の消費スピードも早くなる。一長一短だ。
同じ術式を持つ人間というのはそう珍しくない。相伝と呼ばれる術式が存在するくらいだし、むしろ記録にない真新しい術式のほうが珍しいのだ。悟の「無下限呪術」も現在何人かは所持しているらしい。とはいえ「無下限呪術」はそもそも六眼ありきなので完全な宝の持ち腐れ。いつか現れる次代の六眼保有者のために細々と術式を繋いでいくくらいしかない。
術式は術者の解釈や縛りによって運用は多岐に渡る。「防壁呪術」は単純に言えば呪力を固めて壁を作るもので、そこに結界術の要素を組み込んだのは解釈の結果だ。以前は生成してから防壁を移動させるのに苦心していたが、最近は開き直って「防壁は動かせない」ということにした。縛ってもデメリットはそこまでないので、当然メリットもさしたるものではなかったが。拳などに防壁を纏って殴る技法は生成後の移動には当たらない。あれはどちらかといえば身体から直接防壁を生やしているのに近いのだ。実は結構痛かったりする。
呪力ロスがほぼない悟、自身の呪力をほとんど使用しないがために運用効率の良い傑、出力は中の上だが総量が多く回復速度も早い硝子。彼らに囲まれているだけあって、世那は自身の呪力量と出力も並外れている部類であることに無自覚だった。反転術式の「砕槍」はその最たるもので、あれは解釈をこじつけた上に出力に物を言わせてギリギリ成り立っている荒技なのである。
団体戦は終了し、京都校側の勝利となった。雲母坂も伊地知も三級の呪霊が限界だ。むしろ途中まで勝敗がわからない状態が続いていただけ頑張ったほうだろう。
明日も個人戦があるので、今日は寮で一泊する予定だ。陽が落ちるまでまだ時間もある。補助監督にでも手伝ってもらって荷物を新居に運ぶべきか。
「加乃舌さん」
寮に向かおうとしたところで雲母坂が声をかけてきた。
「明日の個人戦に向けて、その。術式を見てもらいたくて」
グラウンドに出たところで無言を貫いていた雲母坂が口を開いた。
「加乃舌さんも転生者なんですよね」
投げかけられた問いがあまりに予想を超えていたので、世那は訝しげな顔をした。こちらが何かを言う前に彼女はさらに続ける。
「なんで灰原と夏油は救済したのにパパ黒は助けなかったんですか? さしす世代に生まれたなら助けられたはずですよね。ケツとタッパがデカいから虎杖狙いだと思ったのに、五条悟と付き合ってるし。「せ」担当になったからって愛され夢主にでもなったつもりですか」
何を言っているのかまったくわからない。「パパ黒」も「さしす」も「虎杖」も知らないし。世那は(言いがかりつけられてンのかな)と思いながら返す言葉を考える。
そういえば交流会前にも悟と付き合ってるのかと聞かれたのだった。仲が良いことをよく思っていないのだろう。
「……なに、きみは悟の夢女かなにかか?」
夢女、というのは二次元あるいは三次元の、自分とは到底接点のない人物に懸想し、自身とその人物との関係性を妄想して楽しむ人種である。おもに恋愛に近い感情を抱いていることが多いが、中には友情モノや家族モノを楽しむ人間もそこそこ居るし、その相手が「自分」ではなく「自分の考えたオリジナルキャラクター」であることも少なくない。
世那はネットサーフィンを趣味にしているくらいなので、そういったサブカル面にもそれなりに触れている。自身がどこかの界隈に属しているというわけではなく、こうしたものは時折掲示板で晒し者になったりするので、その際に目に触れるというだけであるが。今は個人サイトが活発だ。創作活動をするサブカルオタクならば自身の運営するホームページのひとつやふたつ持っている。
三次元のアイドルの「夢女」も居るというし。まさか悟にそういった感情を抱く人間が居るとは思わなかったが、遠くからその容姿を眺めているだけならそんな妄想をしてしまっても仕方ないのかもしれない。
世那の問いかけに、雲母坂は「やっぱりそうなんだ!」と鬼の首を取ったように叫んだ。
「さしすの「せ」は私のものだったのに!」
意味がわからない。
「というか、術式の訓練がしたかったんじゃないのか?」
団体戦を見ているだけでも彼女の術式の改善点はぽんぽん浮かんできたので、教えてほしいというなら教えようと思っていたのに。呼び出しはただの口実で、実際はこの意味不明な言いがかりをつけるのが目的だったのだろうか。
「五条悟の最初の教え子ポジになろうと思ってたのに、高専五年生ってなんなの。四年制なんじゃなかったの……」
なにやらポツポツ喋っている。世那と会話をするつもりはないらしい。
こちらがそれを理解していないことも知らないのか、難解な用語を使い、意思疎通を試みる気もない。世那の苦手なパターンである。言いたくないことは言わなくて結構。だが、こうして対話の場を持ち込んできたのなら話すべき最低ラインというものがあるはずだ。何を話したいのかはまったくわからないが。
雲母坂は意を決したように顔を上げると世那を睨みつけ、校舎のほうへ走って行った。
「……結局何がしたかったんだ」
去っていく彼女の背を眺めながら、世那は困ったように後頭部をポリポリ引っ掻いた。
夢文化を知っているが故の悲しいすれ違い。
雲母坂はお察しの通り転生者です。ミーハーにわかオタクな感じを想定しています。女キャラに興味ないし異物(オリ主)しか目に入っていないので、天内や硝子のことは頭からすっぽ抜けている。
オリ主はネットにかぶれてはいますが、何か特定のジャンルのオタクというわけではありません。「推し」とか「萌え」とかもあんまりよくわかってない。ゲームや漫画が好きでいっぱい摂取しているだけです。掲示板で他人のレスバを見て頭の中では色々考えるけど、特に発言とかはしない。ROM専。
私はフォレストよりナノ派でした。ナノのほうがフォレストより年齢層が高くて読みやすい小説が多かった気がします。エムペは性癖のエグい文豪が居るイメージがありました。