カシュ、とプルタブを開ける。掲げた缶はぶつかって小気味のいい音を立てた。
「かんぱ〜い!」
12月末。世那も悟も誕生日を過ぎ、世間も年末ムードであるこのごろ。世那の家にて酒盛りパーティーである。
初めての飲酒である世那と悟はほぼジュースのような缶チューハイを飲んだ。
「マジでジュースじゃん」
「これアルコールである意味なくないか?」
「へっ、お子ちゃまにはそれで充分だろ」
そう言う硝子はいかつい瓶の焼酎をロックで飲んでいる。スルメイカを齧っている動作は実に堂に入っていた。世那の横に座る傑もしれっとその焼酎をグラスに注いで水割りで飲んでいた。悟が「コイツら飲み慣れてやがる……」と呟いた。
家の中には結界が展開されておりかなりの広さがある。年末に集まって食事となればやはりコタツ。というわけで、中央に設置されたコタツに四人で入り込んでいた。テーブルの上には先述のスルメイカをはじめとし、甘いものからしょっぱいものまでつまみが並んでいる。
「そういやさあ、七海呪術師辞めるって」
「ああ、私も電話で報告されたよ」
「オマエらも? 私にも来た。アイツホント真面目だなー」
「だから辞めるんだろう」
「いや……どうかな。僕は戻ってくるに一票」
「七海はお人よしだからね。こっちの世界を知っちゃったらそれを見捨てるなんてことはできないさ」
「ましてアイツが灰原を置いていくなんて無理だろ。私も戻ってくるほうに賭ける」
「それじゃあ賭けにならないな」
「あ、これ美味い」
「オマエ……よく甘いもので酒が飲めるな」
「傑。わたしは二本目を開けたい。どれが良い?」
「早いね。チューハイどうだった?」
「もっと酒っぽい感じのやつがいい」
「ビール飲む?」
「じゃあそれで」
「五条は……全然減ってないな。食べすぎだろ」
「そういう硝子は食べなさすぎ〜」
「酒飲んでる時ってご飯食べる気になれないんだよな」
「完全に酒飲みの思想だね」
傑に勧められるまま手に取ったビールを一口飲んだ。苦い。顔を顰めた世那を見て、硝子がくく、と喉を鳴らした。
「ガキ」
「……こんな味なのに「とりあえず生で」とか言う奴が居るのか? 本当に?」
「はは。慣れだよ、慣れ。世那もそのうちわかるさ」
「なんで未成年がわかったような面してるんだか……」
開けてしまったものは仕方ないのでちびちび飲む。向かいに座る悟が缶を奪ってひと口だけ飲み、嫌そうな顔をして突き返してきた。彼は甘党ではあるが、かと言って苦いものや辛いものが嫌いというわけではない。つまりは慣れていない人間には相当な代物であるということである。
「そうだ。カルーア持ってきたんだ、五条好きそうだと思って」
「なにそれ」
「まあ見てなって」
氷の入ったグラスにカルーアを少し注ぎ、牛乳で割る。軽く混ぜて悟の前に置かれたそれは、パッと見ではカフェオレにしか見えない。
「うま!」
「やっぱりな」
世那もひと口もらった。甘いコーヒー牛乳。後味にちょっとだけアルコールの風味。飲みやすい。たしかに悟が好きそうな味だ。
「結構度数高いから気を付けろよ」
甘くて飲みやすいわりに度数が高く、女殺しなどと呼ばれることもあるそうだ。チューハイを半分とカルーアミルクを数口の段階で、悟は既にだいぶ出来上がっていた。
「五条、オマエさては下戸だな?」
「えー? そんなことないよ?」
そういう割に顔は真っ赤っかである。ぐらぐら揺れる身体は横に居た硝子のほうにのしかかった。
「重い」
「んふふ」
「うーん、これは酔ってるな」
「意外な弱点だ」
「そう言う世那は結構イケる口だね」
「酔うという感覚が知りたい。次はこれ飲むか」
レモンサワーを引っ張り出す。ビールに比べると断然飲みやすい。アルコールの独特な風味にも少し慣れてきたような気がする。
悟は面倒な酔い方はしていないようだが、普段より十割増しでぽやぽやしている。赤くなってへにゃりとした笑みを浮かべ、その巨体にじゃれつかれる硝子はすこし鬱陶しそうだ。
「傑も酒強いな。何杯ぐらい飲めるんだ?」
「えー。数えたことないなあ。でも四杯も飲めば酔うよ。いまもけっこう良い感じ」
そうだろうかと傑の顔を見る。ほんの少し血色は良くなっているか。言われてみれば、気分が良いのかやや饒舌で笑顔が多い気がする。
「硝子は全然酔わないよね」
「顔に出ないだけだ」
「そう言ってるけどね、世那、硝子は信じられないぐらい飲むから。私勝てたことないし」
「すごく想像できる」
普段からあれだけタバコをスパスパ吸っているのだ。食の好みといい、中身が中年男性すぎる。
悟がぼーっとしてうんともすんとも言わなくなったので、世那は放置されたままのチューハイを奪って飲んだ。まだ酔いは来ない。どうやら自分はそこそこ酒に強いらしい。
「トイレ……」
ぼけっとしていた下戸一名がのそりと立ち上がる。硝子が「ちゃんとトイレできるのか?」と馬鹿にしたように笑ったが、あまりに足取りが怪しいので残された三人は真顔になった。
「傑! 介護しろ!」
「悟〜。立ってしたら駄目だよ、絶対外すから」
傑があわてて悟の後を追った。トイレの床がびちゃびちゃになるのは勘弁だ。
「悟、ズボン脱げてない。まだ座らない。寝ない。ちゃんと持って! 悟寝ない!」
「クッソウケる」
「本当に大丈夫かアイツ」
不安でトイレのある方向をつい見てしまう。無事に仕事を終えた傑はしっかりと手を洗ってから、ぐでんと溶けている悟を背負って帰ってきた。
電話が鳴る。テーブルの上に置かれた悟の携帯だ。悟はぼんやりしたまま、なんとなく気になったから手に取ったというような感じで電話に出た。
「至急応援を! 一級案件なのですが年末で人手が足りなくて……!」
「どこ?」
電話口から伝えられる状況と場所。ここからなら労せず向かえる距離ではある。
通話を終えた悟が「行ってくる」と言い出すので、全力で止めた。
「私が代わりに呪霊出して行かせるから!」
「え〜、大丈夫ダイジョーブ。僕最強だもん」
「そういう問題じゃなくて……ああもう! せめて連れてってくれ!」
面白そうなので世那と硝子も野次馬根性で同伴することにした。
「術式順転────」
「待て悟! デカすぎる! 更地にする気か君は!」
「はー? んー、じゃあ、このぐらい?」
「ちっっっさ」
「勘弁してくれ。1か100かしかないのか?」
「きみそれどこに撃つんだ」
「うるさいなあもう、祓えたらいいんだから文句言わないでよ」
「世那! 防壁! 防壁出して!」
「わかってる!」
「虚式「茈」」
「悟!!!!」
「夏油声デカ。ウケる」
「悟〜。やりすぎだろ。わたしの防壁無かったら東京消し飛んでるからなこれ」
翌日。ばっちり記憶が残っていた悟の起床後の一言目は「もうお酒飲みません」だった。
まだ休暇中。しかも年末年始だというのに、なぜ気乗りしない内容で高専に呼ばれなくてはいけないのか。
昼ごろに七海から電話があった。「いい加減なんとかしてください」、と。
なんとか、というのは一年の雲母坂のことだ。どうやら彼女はいまだにことあるごとに世那に睨みつけられたとか、街で知らない男性と歩いていたとか、あることないこと喋っているらしい。人を疑うことを知らない灰原はなんとも思っていないようだが、七海は彼女の思惑におおよそ勘付いており、ほとほと呆れ果てていた。面倒だからさっさと話し合って和解してくれ、ということだ。
和解もなにも、向こうが勝手につっかかってくるだけなのだが。たしかに世那は腹を割った話し合いを好む。しかしそれはあくまでも身内に限った話で、誰彼構わずというわけではないのだ。そうまでして仲良くなりたい相手でもない。ハッキリ言わない奴が苦手ではあるものの、そもそも雲母坂とは言うほど会ってもいない。単純に世那の沸点をまだ越えていないというのもあった。
起きたら四人でマリオパーティ8をする予定だったのに。家に三人を残して出かける羽目になってしまった。悟がこれ見よがしにポケパークを起動していたのが恨めしい。12月頭に発売されてから世那はもう何周もしているほどお気に入りの作品だ。
「どうやったらリーフィアに勝てる?」というメールに「先にストーリー進めろ」と返事をして、高専の敷地を跨いだ。
一年の教室に行くと雲母坂が座って待っていた。当然教室には椅子と机は一つずつしかないため、世那は彼女の前に立った。
「これからの話をしませんか」
「はあ」
「同じ転生者同士。私たちの目的は一致しているはずです」
「……その「転生者」というのもよく分からないんだが」
輪廻転生。あり得ない────と断言するには、この不思議とも言える世界を知りすぎてしまっていた。しかし、目の前の少女がそうかと言われると、すこし首を傾げたくなるものがある。
雲母坂は聞いているのかいないのか、それを無視して話を続ける。
「最大の敵……メロンパンを倒すことです」
「メロ……は?」
「「名前を呼んではいけないあの人」みたいな感じなので、便宜上そう呼びます」
この与太話長くなるかな。世那はそう思いながら上着のポケットに両手を突っ込んだ。
「メロンパンの目的は夏油先輩を乗っ取って五条先輩を封印すること。それは加乃舌さんも────」
「おい」
ガタン、と物音がした。世那が机を蹴飛ばしたからだ。
彼女はポケットに手を入れたまま、器用に足で雲母坂を地面に貼り付けた。
「アンタ……酸葉の手先か?」
「えっ?」
雲母坂はただ、アプローチの方法を変えようとしただけだった。表向きでも世那と仲良くしていれば、必然的に悟たちにも近付くことができる。そのための交渉材料を持ってきたつもりだった。
事情を知っているから助けるために協力しよう。そう言って雲母坂と同じような語り口でこちらを陥れようとした者が居たことを、彼女は知らない。
「知っていることをすべて吐け」
「あ……がっ……」
上背をかがめて雲母坂を覗き込む。肩に付く黒髪が光を遮って、顔に影を落とす。瞳はただただ冷たく雲母坂を射抜いていた。
(殺される。なんで。なにか言わなきゃ)
ガラリと教室のドアが開いた。
「すごい音したけど……て、どうしたんですか?」
「チッ」
「はっ、はァッ、灰原っ、先輩……!」
雲母坂は這う這うの体で灰原に縋りついた。
「喧嘩はほどほどにしなきゃダメですよ」
「悪かった」
軽い注意。悟や傑の馬鹿みたいな規模の喧嘩ばかり目にしている灰原には、「その程度」のものだった。しかし雲母坂は裏切られたような気分だった。
世那は悪びれもせず教室を抜け出した。廊下を歩きながら、携帯を出して電話をかける。
「傑? 雲母坂なんだが、どうやら酸葉と繋がっているらしい。監視用に呪霊を憑けておいてくれないか。……ああ、よろしく頼む」
逃げ出すように降りた街の中。雲母坂は泣きながら考えていた。どうしてこんなことになったのか。そればかりを。
「お嬢さん、綺麗な顔が台無しですよ」
うつむいた視界にはまずハンカチが目に入った。
「あ、あり、がとう────」
そうして顔を上げる。垂れ目がちなボブヘアの女性。額の傷跡。
「ひっ……け、羂索……」
「ふうん……やはり私のことを知っているんだね」
女性は雲母坂の手を引いて、人目のつかない場所まで誘導した。大人しそうな女性と泣いている女子高生の二人組を見て、泣いている女子高生に心配の目は向けることはあっても、まさか誘拐などと考える人間は居なかった。
「最近私のまわりを嗅ぎ回っていたのは君だろう? 加乃舌世那からなにか言われたのかな」
「やめて。やめて……」
「どこから情報が漏れたのか……まあいい。ここで君を消してしまえば話は早いからね」
パリン、と防壁が割れた。雲母坂の抵抗もむなしく、その肉体は地面に押し潰されていた。
「困るんだよね、横槍を入れられるの。彼女たちにはこのまま「狙われているのは自分たちだ」って警戒していてもらわないと」
女性はするりと雑踏の中に紛れ込んで、そのまま姿を消した。
雲母坂は、良くも悪くも「普通」の範疇を超えなかった。特別な力と、前世の記憶を持って生まれ、自分を特別な存在だと勘違いした。思春期の少年少女によくあることだ。彼女はどこまで行っても狂えなかった。
それだけの話だ。
家に戻ると、悟がゲームしているのを見ながら、傑と硝子が昨日の余った酒を飲んでいた。昼間から。
「世那。雲母坂さんのことだけど」
「うん?」
「登録してる呪霊を高専に送ったんだけど、ちょうど出かけたみたいでね。見つからなかったんだ」
「……あの話のあとだからな。酸葉と接触でもしたのか……?」
「とりあえず呪霊は高専に待機させておくよ。戻ってきたら憑けておくから」
なお、その後、雲母坂が高専に戻ってくることはついぞ無かった。
オリキャラがいっぱい出てきて本筋に絡んで話がよくわかんなくなるのが苦手なので、ついついポッと出即退場のオリキャラばかり出してしまいますが、そうなると今度は話がペラくなるというジレンマを抱えています。
雲母坂の防壁呪術はオリ主より出力が低く防御性能には欠けましたが、そのかわり複雑な形を作ったり移動させたりするのは得意でした。オリ主は単純な図形状の防壁しか出せないし、生成後の移動もろくにできません。なので生成範囲を絞ったり縛りをうまく活用すればそこそこのレベルにはいけたと思います。