一年ぶりの制服は、まるでコスプレをしているような気分だった。
もうだいぶ住み慣れた家を後にする。横を歩く悟は、いつかの宣言通り世那の家に入り浸っていた。おそらく4月まではずっとこの調子だろう。
「世那、アレちゃんと持ってきてる?」
「もちろん」
「よーし。楽しみになってきた。夜蛾先生……じゃなかった。学長泣くかなー」
「フ、泣くだろ。あの人けっこう涙もろいしな」
体育館には既に全員が揃っていた。
広い室内に椅子が四つ並び、後ろには在校生三人分の椅子。普通の学校のような来賓者は居ないため、椅子はこれですべてだ。
「今日ばかりは遅刻しなかったか」
「わたしのおかげですよ」
「なに、僕がいつも遅刻してるみたいに言っちゃって」
しているだろう、と夜蛾がじとりとした目で悟を見た。
教室に座る時と同じ順番に座る。硝子、世那、傑、悟の順番だ。
「卒業式とはいえ、一般の学校のようにそこまで形式ばったことはしないが……」
壇上に立った夜蛾が言う。
「よくぞここまで欠けることなく生き残ってきたな。全員が生きて卒業するということはよくあることではない。君たちは大変手のかかる問題児だったが……間違いなく、私の自慢の生徒でもある」
悟がちいさく「もう泣きそうじゃん」と面白そうに呟いた。
「家入硝子!」
「はーい」
硝子が壇上に登った。小中学時代の卒業式の形式が身体に染み付いているのか、両手で証書を受け取り、一歩下がり、左腕にそれを抱えた。
「これからも呪術高専には君が必要だ。しっかり大学で学んで戻ってくるように」
「言われなくても」
「加乃舌世那!」
「はい」
「好きなように生きろ。ただし、何事もほどほどにな」
「わかってますよ」
「夏油傑!」
「はい」
「若人の未来のためにともに頑張ろう。無理はするなよ」
「もちろんです」
「五条悟!」
「はいはーい」
「来月からは私が上司だ。わがままと遅刻はやめること。あと「はい」は一回だ」
「なんか僕だけ毛色違くない?」
皆同じように証書を抱えて席に着く。夜蛾が締めの挨拶をしようと口を開き────。
「はい! じゃあ準備! ピアノ出してー!」
パンパンと手を叩いて悟が立ち上がった。体育館脇の準備室から補助監督がグランドピアノを転がしながらやってくる。
「は……?」
混乱する夜蛾をよそに世那たちは四人は中央に集まった。補助監督が軽くピアノの音を鳴らしたあと、唐突に曲が始まる。
普通の卒業式っぽいことをしてみたい。そう言い出したのは悟だった。そのためにわざわざピアノ経験のある補助監督に伴奏をお願いし、たった四人しか居ないというのに卒業式定番の混成三部合唱の曲を歌うことになった。
なお、「初任務に行ったー、一年生!」「一年生!」「悟くんが校舎を壊して先生に怒られました!」というような小学校によくある語りを入れることも思い浮かんだが、あまりに嫌だったので一般家庭出身三人は黙って無かったことにした。おそらく悟がそういった文化の存在を知ればやりたがるに違いないので。
後ろで灰原たちは笑っていたが、前に立つ夜蛾は歌い始めからずっと目頭を押さえていた。サビに入るころには、学長に就任してから着用していたサングラスを外し、腕でぐしぐしと顔を拭う始末。
歌い終わると、世那は椅子の下に置いていた荷物を引っ張り出した。傑がピアノのあった準備室に走ってあるものを持ってくる。
「先生。五年間ありがとうございました」
硝子がそう言った。
「これはわたしたちからの贈り物です」
「あとこれ! 個人的に作った僕らの卒業アルバム! 学長にもあげるね」
「遅くなりましたが、学長就任おめでとうございます」
特注の万年筆。卒業アルバム。花束。それらを抱えた夜蛾がズズ、と鼻を鳴らした。
「オマエたち……」
後ろで見ていた灰原たちも動き出した。三脚とカメラまで用意して、世那たちを撮る。
「学長真ん中で! よーし、いきますよ! ハイ、チーズ!」
写真を確認し終えると三人が世那たちのもとへ駆け寄ってきた。
「実は僕たちからも先輩に贈呈品があります!」
「へっ?」
予定にない灰原の言葉に、悟が素っ頓狂な声を上げた。
「まあ……それなりにお世話になりましたから」
「せっかくの卒業式ですし、ね?」
全員に同じものが渡されたらしい。中身を見ると、そこには「加乃舌」と彫られた印鑑があった。
「卒業式で貰うものといえば、やっぱり印鑑じゃないですか?」
「絶対必要になるけど、めんどくて自分じゃなかなか買わないよな、こういうの……」
灰原の言葉に硝子がしみじみとした様子で呟いた。何気に一生の付き合いになる物品のような気がする。普通にありがたい。
中身を見た悟が「いいとこのやつじゃん」と言った。三人でお金を出し合ってくれたらしい。
「……夏油、泣いてる?」
「な、泣いてない」
「えっ、傑泣いてんじゃん!」
「泣いてない!」
抑え切れなかった涙が滲んでいるようだった。傑ってこういう場面で泣くタイプなんだ、と思う。
その後は在校生も含めた全員で写真を撮って、夜蛾の奢りで高級寿司を食べに行った。彼はいつになく上機嫌だったので、世那たちはサプライズ成功だと目配せをし合った。
2010年3月。東京都立呪術高等専門学校を卒業。世那は正式に東京校所属の一級術師となった。
そして、2018年。
長身の女は腰まで伸びる黒髪をたなびかせて歩いていた。ゆったりとした、しかし踏みしめるような足取りには強者の余裕がある。外套の内側から伸びた手がドアノブを掴んだ。
音を殺してはいないはずだが、室内に居た少年は女に気が付かなかった。映画に夢中になっているのだ。
「これ面白いよな。百合展開だったのに最後の最後で男と恋愛フラグ立つからモヤるけど」
「最悪のネタバレ!」
少年はそう叫んだ瞬間に吹っ飛ばされた。手の内にある呪骸のせいだろう。
「て、誰!?」
「やあ少年。元気そうでよろしい」
「あ、世那じゃん。やっほー」
殴られた頬を押さえる少年に女がくつくつ笑っていると、背後の扉から目隠しをした男が入ってきた。呪術界最強、五条悟その人である。
「先生、知り合い?」
「そ! 紹介するね。加乃舌世那、僕と同期の一級術師だよ」
「ウス! 虎杖悠仁です!」
悠仁は礼儀正しく立ち上がって名乗った。そして気が付く。目の前の女の目線が自分より高いのである。思わず頭の先から足の先まで眺める。外套の内側は動きやすいようにだろうか、身体のラインにぴったりと沿った黒いインナーを着用しているらしい。ズボンは悠仁の制服と同じように、やや裾の広がったワイドパンツである。
尻と身長のデカい女性が好みだと公言する悠仁にとって、まあまあタイプの女性である。もう少しえっちなお姉さん感があるほうがより好みだが、それでもまあまあタイプである。
とはいえ純粋で健全な青少年。あくまでもちょっとドキドキする大人のお姉さんといった感じである。
紹介された女────世那は、口の端をやわらかく持ち上げて「よろしく」と手を差し伸べた。
キリのいいところまで書けたのでここまで全て執筆済みのうえ予約投稿でやってきました。
今後はまたキリのいいところまで書けたら一気に放出していく感じになると思います。たぶん完結したらになりそうです。しばらくお待ちください。