距離感バグ女のせいでもれなく全員バグる話   作:とねうこ

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枸杞(くこ)(あきら)って言うんだ。……親友だった。ケンカして、それっきり」

 大したことじゃない。本当にくだらないことだった。何事もなく過ぎ去ってしまえば笑って許せるような。思春期の熱に浮かされた少年少女たちの輪は、それまでなんのやましさもなかった純粋な男女の友情も許してくれなかった。

 つまらない意地を張った。思ってもいないことを言った。謝罪しようと思った時には、もう遅かった。

 ギイ、とブランコの鎖が軋んだ。

「覚えてるよ。あの日もこんな日だった。こんな呪力だった」

 戻って来たんだ。熊が土に埋めて保存した獲物をまた食べに来るみたいに。

 傑はブランコの前に設置された柵に腰掛けて、脚を曲げたり伸ばしたりしてたわむれに揺れる世那を見た。

(彼女は、もう、置いていかれた側の人間なんだな)

 傑は、世那の過去を知らない。しかしぽつりと落とされた親友の枸杞晶の存在だけで、なんとなく察せられるものはあった。

「私達は、晶くんの代わりにはなれないよ」

「わかってる。そんなつもりもねーよ」

「ならいいんだ。私達には、私達にしかない「親友」の在り方がある。そうだろ?」

「……そうだな」

 カシャン、と音を立てて世那が傑の前にジャンプした。立ち上がると待ち構えていたように抱きしめられる。

「そうやって試さなくてもね、別に、私は君に恋愛も性欲も抱かないよ。異性に興味がないって言ったら嘘になるけどさ。そういう好奇心は君や硝子で消費するものじゃないから」

「え。なに、そんなふうに思われてた?」

「違うの?」

「えー……どうだろう。少なくとも、今は違うかな。そういう心配ぜんぜんしてないし。あったかくて安心するから、あー、みんな生きてンなーって思ってさ。ウチ、シンプルにくっつくの好きなんかも」

「ああ。確かに? そんな感じもするね」

 それならば、と傑は彼女の背中に腕を回す。すこし強めに、抱き寄せてみる。

 真夏で。暑苦しいと言って笑ってやるのは簡単だったけれど。なぜだか他人の体温は不思議と心地良い。身長がそう変わらないので収まりもよかった。

「これは……癖になるかも」

「悪くないっしょ。ハグってストレス解消効果あるらしいよ」

 どちらともなく身を離す。顔を上げた世那は、もう吹っ切れた人間の表情をしていた。

 

 

 

 夜。硝子の部屋に三人は集まっていた。ローテーブルに合わせた座布団は2枚までしか無く、結果、何故か硝子は傑を尻に敷いていた。

「硝子、ちょうどいいサイズ感でしょ」

「世那とはまた違うね」

「チビって言いたいわけ? これでも背高い方なんだけど」

「傑の顎置きがなんか言ってるよ」

(……夏油ってこんな距離近かったっけ)

 頭頂部に顎を置かれたうえで両手で両手を包まれているこの状態。硝子は少々違和感を覚えたが、同レベルの距離感バグ女世那に慣れきっていたため、(まあいいか)で流してしまった。慣れって怖い。

「で? 加乃舌の親友を殺した呪霊が今度はその母親に取り憑いたから助けたいと」

「そう。作戦会議」

「でも世那、本当に良かったのかい? 高専に戻ってきて。あまり余裕は無さそうだったけど」

「ことが起きるのはたぶん明後日。たぶん、ウチらはそこを叩くしかない」

 情報を整理しよう、と世那は机をコンコン叩いた。

「傑の見立てでは、枸杞さんは呪霊の支配下にある状態だったんだよな?」

「うん。洗脳されてるようなものだと思う。術式があるかはわからないけど言葉は理解してるっぽいし、二級以上はありそうだ」

「そう、言葉。アイツは「もうすぐなんだから邪魔するな」って言ってた。呪霊は負の感情を食うモンだろ? なら、確実に枸杞さんの負の感情が一番膨れ上がる日がある」

「……息子の命日、ってこと?」

「……なるほど。狡猾だね。その命日が明後日なんだろう? だとしたらますますその前に祓わなきゃマズくないか?」

「目的が祓うだけならウチもその方が絶対いいと思うよ。でもさァ、枸杞さん、アレから無理矢理引き剥がされて保ちそうに見えないから。呪霊と共生とか共依存みたいになっちゃってそうでさ」

「つまり。呪霊は枸杞さん? に取り憑いて亡くなった息子の幻を見せてる。けど共存関係になっちゃってるから無理に祓うと枸杞さんのダメージが大き過ぎて助けられないかもしれない。息子の命日に呪霊が洗脳を解いて枸杞さんを絶望に叩き落とすだろうから、呪霊が自主的に寄生をやめたその瞬間をブッ叩く。んで、私には弱った枸杞さんの治療をして欲しいと」

「百点満点」

 世那はそう言って指を立てた。

「……祓えるの?」

「私一人じゃ厳しいかもね。でも、君達がいる」

 回復と防御に特化した硝子と世那がいれば、継戦能力という点においては他の追随を許さないだろう。硝子は「だからって自損覚悟で突っ込むのだけはやめろよ」と傑の胸に強く後頭部を押しつけた。

 

 

 

 

 

「まあ、世那ちゃん。また来てくれたの?」

 二日後の朝。先日と同じようにインターホンを鳴らせば、枸杞が三人を出迎えた。その肩には今か今かと機会を狙うように呪霊がしがみついている。「うわぁ」と硝子が小さく嫌そうに声を上げた。

「世那、早く」

 傑に急かされ、世那は詠唱した。

「「闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え」!」

 枸杞家を包むように帳が降りる。帳には一般人の目から隠すだけでなく、擬似的に夜を再現することで呪霊を活性化させる効果もある。

 呪霊が枸杞から離れる。「あ」と声を上げた枸杞は、支配下から解かれたのか呆然とした顔で呪霊を見ていた。

 硝子が枸杞を玄関から庭に引きずり出す。

「枸杞さん、ごめんね」

 ガツ、と硝子に殴られた枸杞は意識を失って項垂れた。傑が呪霊を蹴り上げて自身も従える呪霊で空中に躍り出る。

「防壁結界!」

 個人指導の際、夜蛾から言われた。

 ─────「世那。オマエには結界術の才能があるな」

 防壁呪術はその名の通り壁を生成する術式だ。壁の形は自在で、初任務でヘドロ呪霊を相手にした時のように球体にすることもできる。

 呪術によって生成された堅牢な球体。これを「結界」と呼ばずしてなんと呼ぶ。

 枸杞家の上空に呪霊と傑を包む四角い防壁が生成された。これで戦闘に巻き込まれて家が破壊されることはない。

「硝子、枸杞さんは大丈夫そう?」

「だいぶ消耗してるけど、息はある。様子見ながらだからちょっと時間かかるよ」

「そか」

 それならば世那があとすべきは傑のサポートだ。屋根に飛び乗って様子を伺う。

 呪霊は相当すばっしっこく、縦横無尽に駆け巡って傑を翻弄している。もちろんそれに押される傑ではないが、相手が仕掛けてきたタイミングでカウンターを入れるしかなく自発的に動くのが難しい。

「……! 傑!」

「くっ、領域展開か!」

 呪霊の呪力が膨れ上がったかと思えば、防壁内に黒い球体が生まれた。傑の手持ちには簡易領域が使える呪霊がいたはず。しかし領域展開内での簡易領域はあくまでその場しのぎ。傑自身の呪力で補強してはいるようだが、このままでは突破される。

「くそ、後から結界の構成弄るのムズいンだよ!」

 世那は掌印を組んで必死に結界の構成変更を試みる。結界の内側で起きることは術者である世那に筒抜けだ。領域展開をすればその領域の情報も把握できる。だから、理論上では領域を崩すことも可能だ。

(……理論上はな!)

 ギリ、と歯を噛み締める。

 呪術高専に世那より結界術ができる人間はいない。強いて言えば高専の奥には天元という最高峰の結界術の使い手が居るものの、外界に干渉せず隠れている幻の存在だ。

 要するに、世那は書物を漁ったり術式と向き合ったりして手探りで修行している最中。単純な条件付けしかできない彼女に領域展開を崩すという高等技術が土壇場で使えるわけもなく。

(待て、落ち着け。結界にこだわるな。とりあえず傑を向こうの領域から脱出させりゃいいンだ)

 領域展開の対処法は大きく三つ。領域を壊すか、簡易領域で中和するか、こちらも領域展開をするか。領域の破壊は何も結界をこねくり回して干渉するだけしか手段がない訳ではない。

 領域展開は、外側からの攻撃には弱い。

「防壁!」

 世那の防壁は指定した点を中心として拡大するように生成される。領域の外殻のそばに発生点を指定すれば。

(生成された防壁は領域を突き破る!)

 細長い長方形に形成された防壁が領域の外殻を貫いた。手を引き、防壁を横に引き伸ばすことで領域を割り開く。

 あとから防壁の形を変えるのはできるにはできるのだが、ものすごく神経を使う。もちろん領域の外殻も外側からの攻撃に弱いと言っても簡単に壊せる強度ではない。世那は息を荒げながら生成した防壁を解除した。

「傑ッ!」

「大丈夫」

 言葉少なにそう言い、領域展開後で術式が焼き切れ明確な隙を晒した呪霊を、傑の呪霊が飲み込んだ。傑が術式を解除したのを見て、世那も防壁結界を消した。屋根にストンと着地する。

「よくやるね。おかげで助かったけど」

「そうするしかなかったから。てか、取り込まなくて良かった? 領域展開できる呪霊とか貴重なのに」

「……惜しくはあるけど。でも祓いたいだろ、やっぱり」

「なんで?」

「世那の親友の仇なんだから」

「…………そういうことかよ。……あー」

 世那は気恥ずかしげに視線を逸らし、また傑のほうへ戻した。

「……ありがとう」

「いいよ」

 帳を解除して硝子の元に合流する。

「治せるところは治した。でも反転術式も万能じゃないから。傷とか疲れ、呪いはどうにかなるけど、積み重なった生活習慣はね。普通に栄養足りてなさそうだし。こればっかりは病院に行かないと」

「じゅーぶん。ありがとう」

 枸杞を家の中で寝かせ、書き置きを残した。

 家の中も変わっていない。晶の部屋も、そのままだった。

「父親はいないんだね」

「……去年、自殺して」

「それは……」

「晶が亡くなってから、二人とも落ち込んでさ。もうずっと呪いを溜め込む環境だったんだろうな」

 別に悲劇の主人公を気取るつもりもないけれど。でも、もっと早く気付いていれば、母親が一人になることはなかったのだろうか。

「加乃舌が気にすることじゃないよ」

「理屈ではわかってンだけど、どうしてもな。ま、たらればを考えたってしゃーないか」

 もうこの家を呪うものはない。あとは残された母親次第だ。取り憑かれ疲弊した肉体はきっと相応に命を削っただろうが、それでも、残りの人生を前向きに生きていけたら。

 

 紫色の花つけた束が置かれる。

 線香をあげ、手を合わせた。

「どんな子だったの?」

 硝子の問いかけにすこし考える。

「負けず嫌いの意地っ張り。アイツほんとなんでもできてさ、運動も勉強もできんのにゲームもすげー上手くて。ムカついてめちゃくちゃ努力してウチが勝っても、次ン時にはまた負けんだよ。天才に努力されたら勝ち目ねーよな」

「はは、ムキになる世那、なんか想像できるな」

「晶くーん、加乃舌のことは私らに任せて寝てろよー」

「好き勝手言いやがって」

 一生忘れる日は来ないだろう。でもきっと、それを引き摺って足を止めることも、もう、ないだろう。

(晶。誰もアンタの代わりにはなれねーけどさ。悟も、傑も、硝子にも、代わりはいねーんだよな。もうちょっと、こいつらと親友やってくから)

 せいぜいあの世で待ってろ。

 世那は伸びをして、青空を見上げた。

 真夏の青さが澄み渡った、良い天気だ。

 

 




加乃舌
・君を忘れない/追憶

枸杞
・お互いに忘れましょう/過去を水に流す




子どもの頃は異性の友人もたくさん居たのに、思春期に入るとなんか周りの目とか色々恥ずかしくなって疎遠になって……ということ、よくありますよね。
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