呪術高専の運動場にて。
自主訓練中に世那が「集合ー!」と声を上げた。
「センセーも!」
同期の三人と、離れたところから見ていた担任の夜蛾が集まった。
「なんだ?」
「ちょっと試したくて。寄って寄って」
世那に促されるまま四人がなんとなく近付いた。
「防壁結界!」
世那を含めた五人か防壁結界の中に包まれる。
「んー、おっけーおっけー」
防壁が霧散する。
「えーと、こうして、こう、んで……防壁結界!」
今度は五人の横に防壁結界が展開される。
「何がしたいんだよ」
「悟ぅ、気が早い。ほれ、みんな入ってみて」
悟が結界をすり抜けて内部に入ったのを皮切りに、硝子、傑も入る。続けて夜蛾が入ろうとしたが、勢いよく頭をぶつけてよろめいた。
「よっしゃ、成功!」
「特定の人の侵入を防ぐ結界ってこと?」
「そう!」
「…………世那、そういうのは最初に言え……!!」
指導を下された頭部を撫でながら、世那は言った。
「結界内に入れるものを選別するってのは問題なくできるようになったんだけど、なーんか正直手詰まりっていうか」
「手詰まりィ?」
「ていうか、それができれば充分じゃん?」
「まさにそれなんだよ」
もちろん最終的には結界内の領域展開を崩せるようにはなりたい。しかし、結界内の領域展開を崩すというのは、領域そのものを中和するということ。要するに、必中効果を中和する簡易領域と、術式効果を中和する領域展延の二つを混ぜてぶつけるようなものだ。簡易領域はまだいいとして、領域展延は領域展開の派生技術。こればっかりは領域展開を習得しないことには始まらない。
というわけで、世那は結界内での領域展開の解体については一時保留としている。そのうち領域展開ができるようになればいいのだが。
「結界ってこれ以上なんかすることある? って話よ」
世那ができるのは結界内部に入るものの条件設定と、結界生成後の構成変更だ。後者はまだ難しく時間がかかるとはいえ、できないわけではない。
そこで夜蛾が腕を組んだまま口を開いた。
「意味があるのかは知らんが……結界内の環境を変えることができる、というのは聞いたことがある」
「……それってさっき言ったのと何が違うンだ?」
「たとえば、結界内部に家の内装を作ることができる」
「エ!?」
世那が思わず声を上げ、悟が手を掲げて背伸びした。
「ハイ先生!! それって結界内にテーマパークも作れるってこと!?」
「おそらく」
「ヤベエ! オイ、世那、今すぐやれ!」
「いや聞いたばっかでできるわけねーよ! なんだそれ、ほぼ生得領域みたいなもんじゃねーの!? どうやってやんだよ!」
「それができるようになれば、長期任務でもわざわざ宿を取る必要がないってことだろう? 習得する意味はあるね」
「山の中でもベッドで寝れるってことじゃん。すご」
「いや、聞いてみるモンだな……」
「世那は結界を通るとき、結界の構成がわかるんだろう?」
「まあ、ぼんやりとは。え? 普通わかんないの?」
夜蛾に問いかけられ頷くも、その発言に疑問を感じて他三人にも視線を向けてみる。
「目で見りゃなんとなくわかっちまうけど、見えてなくても、あ、いま結界通ったな、っつーのはわかる」
「私も通った時の感覚はあるよ。高専の結界は呪力を照合してるからか、ちょっと独特な感じがするよね」
「そうなの? 私はぜんぜんわかんない」
「俺もわからん」
「えー、そうなのか。へー……」
三者三様の反応に驚く。
「こればっかりは結界術の適性の問題だろう」
「ああ、先生帳でギリだもんね」
「そういえば私帳下ろせないや。才能ないのかー」
「話を戻すが、結界の環境構成について知りたいなら、高専内の天元様の結界をどれか通ってみればいいんじゃないか? どれかひとつが薨星宮に繋がる千以上の扉だが、アレはさっき言ったのと同じ原理でできているはずだ」
「あの結界って毎日全部結界の環境変更してんの? やべーな。てか行っていいんだ? なんかダメかと思ってた」
「まず薨星宮まで行けないだろうしな。内部には門番が居るが、まあ天元様もこちらの事情を把握しているだろう。万が一があっても悪いようにはならないと思うが。念のため高専関係者にはオマエがうろうろしていても気にするなと言っておこう」
何か意見が出るかと思ってダメ元で聞いてみたが、これほど有用な情報を得られるとは。さすが呪術高専の教員。
たしかに天元の結界は最高峰と言われるだけの代物だ。結界術を研究しはじめてから高専の結界を出入りするたび、その完成度の高さに感心している。
「今日の授業終わったら行ってみる」
世那がそう言うと、夜蛾が「そうするといい」と頷いた。
寮に戻ると、共用のスペースで悟が冷蔵庫を漁っていた。
「お。おかえり。例の結界とやら見てきたのか?」
「うん。流石にもう夜は寒いな」
「流れるように人の手で暖取るなよ」
そうは言いつつも冷蔵庫に入れていないほうの手は貸してくれている。最近では傑も硝子も世那の接触になんの反応も示さないどころか、彼ら自身も距離感が狂ってきている。悟もやや怪しいが、それでもまだ口では「離せよ」と言っていた。
冷蔵庫の中から名前の書かれたプリンが取り出される。共用の冷蔵庫なので、個人のものは名前を書く決まりだ。書かれていなければ勝手に使われる。なお、ものによっては名前を書いていてもたまに消えている。犯人はおもに悟だ。
すこし冷えた手を暖めたところで、世那も何かつまむかと冷蔵庫を覗いた。
「どうだった?」
椅子に腰を落ち着けた悟がプリンの蓋を開けながら聞いてきた。
「正直よくわかんねー」
「結界通ったらだいたいわかるっつってたじゃねえか」
卵と、パックの米。「あ、なんか作んなら俺も食いたい」「プリン食った後の口で?」「プリンは後にする」、冷蔵庫から追加で卵を取り出した。
「わかるっちゃわかるんだけど、理解できるかっつーと微妙というか。フリゲ落としてexeファイル開いてソースコード見ればそりゃ情報はわかるけど、プログラミング言語読めねーから見たとこでゲームの内容はわかんないのと一緒」
「ゲームの話されても知らねえよ。でもまあ言ってることはわかった。六眼で他人の術式見た時と似たようなモンだな」
「六眼の話されても知らねーよ」
「情報は見えるけど読み解けるかっていうとまた別ってこと」
「だいたい合ってる」
温めた米とケチャップを混ぜ、さっとフライパンで炒める。冷蔵庫の中身も寂しいし、小腹を満たすだけの夜食なので他の具材はない。なんとなく火が通ったら皿に移す。今度は混ぜた卵を投入する。フライパンに米の破片が散ったままだが気にしない。適当だ。
高専内にある目についた建物に入ってみたが、確かに扉を抜けた瞬間に結界を抜ける感覚があった。内部はただただのっぺりとした空間で、特に何がある訳でもなかった。なんとはなしに出入りを繰り返して色々探ってもみた。
結界はおそらく毎日自動でシャッフルするようプログラムが組まれているらしいことはわかった。結界の中に更に結界があって、しかもそれが気の遠くなるような数あるのだからすごい話だ。世那は防壁も結界も同時に二個までしか出せない。多すぎるとすべてに意識を割けなくなってしまうからだ。
しかしなんというか、求めていたものは得られなかったというか。無数にあるのだからまた明日見てみようとは思っている。
「てか悟ゲームしないの? 好きそうなのに」
「したことねえな」
「やべー。おい、これ食ったらウチの部屋来いよ。プレステもDSもパソコンもあっから」
「逆になんでそんな持ってんだよ」
「兄弟いる家庭はありがちだぞ。ポケモンをそれぞれバージョン違いで買える」
「兄弟いんの?」
「兄貴と弟が一人ずつ」
「へえ。だから口悪ィんだな」
「悟にだけは言われたくねー」
コトン、と完成したオムライスをテーブルに置く。
「ほら、適当オムライスできたぞ。見た目の文句は受け付けねーからな」
「マズくなきゃ気にしねえよ」
その後ゲームをしていたところ、途中で硝子がうるさいと乗り込んできて、最終的に三人で日付けが変わるまでゲームに明け暮れた。
翌日。再び目についた結界に入ってみると、そこは昨日見た何もない空間とは少し違っていた。
「……ベッド?」
中央にベッドが鎮座していたのである。
結界の構成を確認して、昨日と変わっているところを探ってみる。それがベッドの情報のはずだ。
「なんでベッド? 高専内の適当なオブジェクトをランダムで引っ張ってきたりしてんのかな……」
それにしては、この枕やシーツ、布団。どう見ても毎日お世話になっている世那のベッドであった。