距離感バグ女のせいでもれなく全員バグる話   作:とねうこ

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「君、結界術が得意なんだって?」

 車の中で横に居る男性がそう聞いてきた。

 高専所属の二級術師で、酸葉(すいば)と名乗った。野球でもやっていそうな好青年っぽい見た目でありながら、物腰は妙にやわらかい。今回の任務に世那と同行してくれる術師だ。三級術師の世那は必然的に二級以上の術師と任務に行くことになる。しかし高専生以外とは初めてだった。

 とはいえ、年明けのタイミングで昇格査定の予定が入っている。そうなれば世那も単独任務デビューだ。人手不足が災いして実質単独任務だったことも何回かあるが、それはそれとして。

 術式の開示を必要としない場面ではあまり能力についてむやみに語らないほうがいい。しかし、これから任務をともにする相手だ。連携のために最低限は教えるべきか。

「術式に結界術の要素が組み込まれてるンすよ」

「便利だね。結界術って最初に土台を作るのが一番気を遣うから、そこが楽できちゃうのは強いよ。源信みたいだ」

「源信?」

「あれ。まだ習ってないか」

 そのうち高専でも習うはず、と前置きしつつ酸葉は教えてくれた。

 平安時代の呪術師で、結界術そのものが生得術式だったらしい。天元の「隠す」結界や世那の「守る」結界とは違い、「封印」に特化したものだったという。

「封印術か。最近はそれもちょっと勉強してる」

「似て非なるものだけど密接な関係であることに違いないね」

 結界の環境設定についてはある程度はつかめてきた。とは言っても、まだ自室の再現しかできていない。毎日コツコツ天元の結界を見に行っている。

 天元の結界は最初はベッドだけだったのが、世那が結界内にベッドを出せるようになると次の日には机が増えていて、机が出せるようになると椅子が増えて、という調子だ。さすがに世那も気が付いた。これは高専内のオブジェクトを適当に引っ張ってきているのではなく、世那のためにわざわざ手本を見せてくれているらしいと。

 なんの気まぐれか知らないが盗めるものは盗めるだけ持っていこう、という気持ちでありがたく享受している。

「でもさー、そういうのってできる人ぜんぜん居なくないすか?」

 深刻な指導者不足。

 これは実に死活問題で、天元の結界も見て盗んではいるが、やはり学びにおいて理論に勝るものはない。十年単位の修行が必要と言われていた目で見て盗む職人技が、手取り足取り教えれば一年足らずで習得できた、なんてことは昨今しばしば聞く話だ。

「最近じゃ生得術式頼りで結界術、封印術、式神術、符術といったシンプルな技術は蔑ろにされがちだ。まったく嘆かわしい」

 そこまで言うということは彼はそれらの技術を扱えるのだろうか。

 世那の訝しげな視線に気付いてか、酸葉は乾いた笑みを浮かべた。

「私は術式が使えないからね。それ以外のことならなんでもやったさ」

「酸葉さんは帳も上手なんですよ。補助監督の出る幕なくなっちゃいますね」

 運転していた補助監督が口を挟んだ。

 車が減速し、「ここです」と停車した。扉を開けて降り立つ。と、酸葉が何かにつまづいたかのように体勢を崩しかけた。

「大丈夫すか?」

「いやあ、よそ見はいけないね」

 

 下された帳を通り抜ける。思わず一歩下がって脱し、また入り直した。

「どうしたの?」

「帳が上手だと言われるだけはあるなと」

「へえ。そういうのわかるんだ」

 外からの侵入を防ぎ内部の視認ができないようにする。それが帳の基本的な効力だ。ただこの帳はそもそもの強度が高い。世那が術式を織り交ぜて生成した結界といい勝負だろう。

「生得術式を使わずに結界術を使うことはできるの?」

「できるけど、しない」

「なんで?」

「……なぜなぜ期のガキかよ」

「ああ、ごめんごめん。興味があることは解明しないと気が済まなくてさ。それに折角結界術の才能がある後輩が来てくれたんだから、先輩として教えてあげたいと思うのは当然だろう?」

 まあ、知られて困ることではない。世那は少し考えて口を開く。

「術式使わずに結界術使うと、なんか思ってたのと若干違うのができるンすよね」

「ふーん……?」

「ウチもよく分かってないから聞かれても答えらんねーぞ」

 歩く道が険しくなってきた。木で組まれた簡易的な階段もなくなっている。

 今回の任務は山の頂上。小さな祠に封印された呪物の再封印だ。強力な呪物は魔除けとしてこういった場所に設置されることがある。ただ、封印が解ければ魔除けどころか呪霊ホイホイと化す。

「天元の空性結界はもう見た?」

「空性結界?」

「薨星宮の途中にある結界さ。環境の設定をしていない空白の結界、要するにまっさらなキャンバスみたいなものだね。君くらい結界術ができるなら、外側から勝手に弄って色々できると思うよ」

「え、あれ弄れるんだ」

 というか空性結界と言うのか。

 ノウハウがないのに妙に素質だけあるせいで、世那の結界術の知識はちぐはぐだ。なんだか重要な見落としをしていそうで怖くなる。

「また機会があれば結界術について教えてあげるよ。それが五条悟を守ることにも繋がる」

「……悟を?」

 酸葉は世那のほうを見た。山登りで火照った身体は、立ち止まると木の葉を揺らす風で冷えていく。

「2018年。五条悟は、夏油傑に殺される」

 歯車が、動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 ペラ、とページをめくる。

「珍しい。小説とか読むんだ」

「全然読まない。自分から買って読むの初めてかも」

 ゲーム機器がひと通り揃っているため、暇な同期は基本的に世那の部屋に来る。今日は硝子一人だ。

「呪術は想像力が大事なんだと」

「それで小説?」

「そゆこと」

「加乃舌って感覚派みたいな顔してけっこー理屈っぽいもんね」

「否定はしねーけどムカつく言い草だな」

 これでも世那はゲームを買ったら説明書をちゃんと読むタイプだ。習うより慣れろという慣用句にはおおむね同意するが、それはあくまで基本的な知識を持っていることが前提で、そこから上達するためには理屈一本では不可能である、というふうに解釈している。事実、世那は毎日のように見に行っていた天元の結界を「空性結界」と呼ぶことも、それに第三者が干渉できることも知らなかった。根本が抜け落ちていては元も子もない。

「この前五条が「アイツと口喧嘩したくない」って言ってたよ」

「負けるからだろ」

「言えてる」

 そういう意味では悟は完全に感覚派だ。その場の気分でしか物事を考えていないし、この前自分で言ったことと矛盾している、と指摘すると途端に不機嫌になる。口喧嘩において世那との相性は最悪だ。

 文字を追うのも疲れてきた。パタンと本を閉じて机に置く。

「硝子ぉ」

「なにー?」

「初対面の人間にさア、「自分は未来を知ってて、あなたの大事な人が死にます」って言われたらどう思う?」

「頭おかしいんじゃね?」

「だよな」

 任務自体は単純で、多少呪霊も湧いていたが強くもなかった。

 酸葉は術式が使えない、と言った。しかしそれは術式を持っていないというわけではない。コントロールが効かず燃費も悪いのだそうだ。

 それが、未来視。情報は断片的で、時期もわかったりわからなかったり。

 彼が言うには、在学中の何らかの任務の失敗が原因で二人は仲違いし、傑は呪詛師になり、将来的には悟を殺すらしい。

「守ることに関して君の右に出る者は居ない。一緒に五条悟を助けるんだ。呪術界最大の戦力である彼を失うわけにはいかない」

 と、言うのが酸葉の主張だった。

 正直、あまり信じていない。それくらい悟が殺されるイメージもなければ、傑が悟を殺害するイメージもなかった。

 色々教えてもらったし、これからもその機会はあるだろう。教えは成長のためにありがたく頂戴するとして、未来うんぬんについては話半分で聞き流せばいい。

 世那はそう判断して気にしないことにした。

 一抹の不安を片隅に残したまま。

 

 

 

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