魔女は今世でも彼女と一緒にいたい!!仲良くなりたい!!守りたい!! 作:猫とふりかけ
騒がしい朝の大広間。私はいつもの時間に起床し、身支度を済ませると、さっさと朝食というエネルギーを摂るために大広間へ向かった。そこには、スクランブルエッグ、目玉焼き、ソーセージ、ベイクドビーンズなど、イギリスの典型的な朝食が並んでいる。
私は皿に定番料理を盛っていく。ソーセージ、ベイクドビーンズ、スクランブルエッグ、マッシュルーム、焼きトマト。そして、焼きたてのトーストにバターを塗る。トロリと溶けたバターが表面を滑り、そこにはちみつをかけて完成。私はそのハニーバタートーストに齧りついた。
サクッ、と心地よい音が口の中で弾けた。
カリッと焼けたパンの香ばしさ、とろけたバターのコク、そしてはちみつの優しい甘さが混ざり合い、一気に眠気が吹き飛ぶ。まさに朝食の理想形だ。
「……やっぱり、これが一番落ち着く」
ソーセージをナイフで切り分け、口に運ぶと、じゅわっと肉汁が弾ける。ベイクドビーンズの豆はホクホクで、舌で潰せるほど柔らかい。スクランブルエッグは絶妙な半熟加減で、ふわりと舌の上でとろけていく。
そのときだった。
食堂の隅から椅子を引く音と共に、大きなくしゃみが響いた。
「へくしっ!」
顔を上げると、寝癖そのままの誰かが、ふらふらと席に着くところだった。夜更かしでもしたのか、眠たげな様子。
「危なっかしい……朝食をぶちまけなきゃいいけど」
私は小さくつぶやきながら、スクランブルエッグをもう一口すくう。フォークの先でふるふると震えるそれは、まるで芸術作品のようだった。
焼きトマトにナイフを入れると、表面の皮がぷつりと破け、甘酸っぱい香りが湯気とともに立ち上る。それをそっと口に運べば、温かくて瑞々しく、トーストの甘さとは違う爽やかさが、口の中をさっぱりと洗い流してくれた。
「やっぱり、朝はこうでなくっちゃ」
私はまるで儀式のように、一つ一つの料理を丁寧に味わっていく。騒がしい音も、隣の席の会話も、遠くで誰かが牛乳をこぼす声さえも、すべて朝食の一部として自然と溶け込んでいった。
最後に、残しておいたハニーバタートーストをゆっくり齧る。冷めてもなお美味しいその味は、静かな朝の至福を締めくくるにふさわしい、優しい甘さを残してくれた。
ふと窓の外を見ると、曇った空の隙間から、一筋の朝日が差し込んでいた。うん、今日も良い一日になりそうだ。
「朝からご機嫌ね」
ハーマイオニーが、イチゴジャムのトーストを齧りながら言った。
「なんか……イギリスの朝食があまりにも美味しくて」
「わかるわ。ここの朝食は絶品ね」
「相変わらずよく食うな」
「竹谷、おはよう」
「やっと気づいたか……」
ため息まじりの竹谷の皿には、山盛りの朝食が。やはり、朝からよく食べる。さすがは食べ盛りの男子。ふと見ると、ハリーとロンも大量の朝食を盛っている。なかでも山盛りのベーコンが目立っていた。
最後の一欠片のトーストをかじり終え、紅茶を一口。そして砂糖を――
「おいおいおい! 待て待て待て!」
竹谷が慌てて止めに入った。
「どうしたの?」
私は首を傾げた。
「お前、砂糖入れすぎ!どんだけ甘くするんだよ」
「え? 入れすぎかな?」
「入れすぎよ。糖尿病になるわ。没収」
ハーマイオニーは砂糖瓶を私の手から奪い、遠くへやる。ああ、貴重な栄養が……
「ああ、我の砂糖……」
「まだ言うか」
「で、何の用? ここに来たってことは話があるんだろ?」
「まぁね」
私は一息つき、彼が聞きたがっていた情報を口にした。
「木下鉄丸先生は元気だよ」
「え!? 木下先生、マホウトコロにいるのか!?」
「そうだよ」
「そっか……木下先生、元気なのか……」
「馬鹿力も健在です」
八左ヱ門はぽかんとした顔をしたあと、ふっと笑った。
「変わんねぇな、あの人も」
「うん。前に小屋を作ろうとして壊してた」
「えぇ……相変わらず力加減を知らねぇ……」
呆れ顔の竹谷に、ハーマイオニーが首を傾げて尋ねた。
「その“木下先生”って、すごく……怪力の先生なの?」
「うん。壁なら壊せるよ」
「それもう、魔法生物じゃない……?」
とハーマイオニーが小声で呟き、ロンが「オーガの親戚か何か?」と笑う。
竹谷も笑いながら、ふと真面目な顔になった。
「でさ……他の奴らも元気か?」
「戸部先生、野村先生、日向先生、影堂先生、その他諸々元気だよ。あ、私の担任は土井先生で、副担任は山田先生」
「そっか……」
ぽつりと呟く竹谷の横顔は、どこか寂しげだった。
私は少し迷ってから、紅茶を一口すすり、話題を変える。
「ねえ、竹谷。こっちの生活、慣れた?」
「あー……まぁ、なんとか。授業も魔法も、こっちの寮も面白ぇし。でもたまに、うまい梅干しが恋しくなる」
「持ってきてあげようか?」
「まじ?」
「そのうち、トランクに冷蔵庫もつける予定だから。機会があったら和食も作ってあげる」
「マジで!? 神か、お前は……!」
竹谷が身を乗り出して、まるで宝を見つけたかのような顔をする。
「大げさだよ」
私はくすっと笑いながら、紅茶をもう一口すする。少し冷めてしまっていたけれど、ほんのり甘さが残っていて、まだ飲める。
「いやいや、大げさじゃねぇって。こっちの飯、嫌いじゃねぇけど……たまにガツンとした味が恋しくなんだよな。梅干し、味噌汁、焼き魚……ああ、白ご飯……!」
「そこまで言われたら、頑張って用意するしかないね」
「期待してるぜ、銀灰シェフ」
「シェフって……。でも、料理は好きだから」
そう言いながら、私は少し得意げに胸を張った。一人暮らしをしてきた私には和食なんて、朝飯前である。いつかはおにぎりを作って皆にふるまいたい。美味しい緑茶をお供に。
◆♢◆
ホグワーツの生活はマホウトコロとは違う刺激で満ち溢れていた。
動く絵画に階段、扉、当たり前のように徘徊するゴースト。しかし、慣れるにはなかなか苦労するものだ。くすぐらないと開かない扉、扉に見せかけた壁、1段消える階段、などまるでからくり屋敷のような学校にマホウトコロとは違い、最初は楽しいが、次第に面倒くさくなる。
授業も杖を振るうよりも座学が多い。特に魔法史や闇の魔術に対する防衛術は基本的に座学なので、生徒は退屈そうにしていた。いや、魔法史に関してはほとんどの生徒が寝ている。魔法史担当のビンズ先生は注意もしないので、生徒達は夢の中へ旅立っていた。闇の魔術に対する防衛術はクィリナス先生はいつもビクビクしていて、頼りにならない。授業は面白いが、教室がにんにく臭いのが傷である。そして、現在、杖を振るう授業に出る為に早めに寮から出たのはいいが……。
『どうしたんでちゅか〜?悔しくて涙も出ないんでちゅか〜?』
目の前にいるポルターガイストのピーブスが行く手を阻んでいた。立ち往生した状態で、授業に出ることができない。届かない場所でふよふよ飛んでいるのか、態度がデカかった。早めに出たのにこれでは授業に遅れてしまう。
授業に行こうと廊下を歩いている私にピーブスが絡んできたが、無視したのが気に入らないのか、ゴミを降らしたりして、ちょっかいをかけている。困っていると聞き慣れた声が聞こえた。
「ピーブス!また新入生をいじめているのか!」
ゴワゴワじゃない癖毛に青い瞳。
豆腐が大好きで、いつも作っている。レイブンクローの久々知兵助が曲がり角から現れた。豆腐……じゃなくて、教科書を手にこちらへ近づいてくる。
本当に急がないと間に合わない。私は懐からある物を取り出した。そして、それを手の指にはめ込んだ。久々知が口を開こうとした瞬間、跳躍して壁を蹴り上げる。そして、間抜け面のピーブスの顔面を容赦なく叩き込んだ。ゴム毬のように跳ねるピーブス。
私は何ごともないかのように綺麗に着地した。呆然と立っている久々知。私は彼に近づいて、話しかける
「すまない、大丈夫だ。」
「もしかして、柘榴?」
「ああ」
「その手に嵌めてるのって……」
「メリケンサック」
「なんで女の子がそんな物を持ってるの!?」
「護身用」
「護身用ぅ!?」
そんなギャグみたいなやりとりをしていると久々知はやっと落ち着いたのか、にこやかに笑いかける。
久々知の懐かしい笑顔は今も健在だ。
「そういえば、演奏良かったよ。」
「そっか、ありがとう。それじゃ、行くね。また会えたら」
「ああ、また会おう」
私は駆け足で変身術の教室を目指している。走っていると見慣れた二人に鉢合わせた。赤毛と眼鏡。ハリーとロンだ。お互いに並んで息を切らして、歩幅を合わせた。
「ハリー、ロン!早くしないと授業に間に合わないぞ!」
「わかってるよ!」
ハリーは苛立ちながら、駆けている。ロンは必死に足を動かしていた。走る、走る、俺達。流れる汗をそのままに。ランナーの曲が頭の中でかかる。今まさに、この場にピッタリな曲。もうすぐ目の前にはゴールが見えてきた。
ドアを勢いよく開けるとは組を含めた生徒達がこちらを一斉に見ていた。見られる恥ずかしさを覚えながら、それぞれ空いた席へ座った。私は席を探しているとおっとりした間のある声が聞こえる。
「先輩。こっちです」
ナメクジ大好き、山村喜三太だ。
壺を抱えた少年はこちらへと手招きしている。私は息を整えながら、喜三太の隣に席に着いた。
……相変わらずの壺に身構える。喜三太、ナメクジ脱走させるなよ。させるなよ。させるなよ。絶対にさせるなよ。とどこぞのダチョウ倶楽部ばりに心の中で唱える。
「先輩が遅いなんて珍しいですね」
「ピーブスに絡まれたからしばいたのだよ」
「……しばいた?」
「こう、ね」
私は拳をブンッと軽く振ってみせた。喜三太は一瞬きょとんとした後、困ったような笑顔を浮かべた。しばらくして、マクゴナガル先生が入ってきた。相変わらずの生真面目で厳格な印象がある。教室を見渡してから、先生は厳しい口調で言う。
「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法のなかで最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける者は出ていってもらいますし、二度と入れません。初めから警告しておきます」
生徒達は真剣にマクゴナガル先生の話を聞いていた。変身術はマホウトコロでもやったことがある。
自信なら少々ある方だ。
マクゴナガル先生は教卓に向かって杖を振る。教卓は大きな豚に変わった。豚は鼻を鳴らし、周囲を嗅ぎ始める。これには喜三太も驚いていた。そして、豚をまじまじと見つめている。私はトンカツが食べたくなってきた。衣がサクッと揚げたて、ジューシーなトンカツ。いかん、今は授業なのだ。集中しなければ。
豚が移動する前にまた杖を振るって教卓に戻した。それから、複雑な理論をノートに書かされ、いよいよ、本番の変身術の体験ができる。マクゴナガル先生は一人、一本のマッチ棒を配り始めた。今回の内容はマッチ棒を針に変身させることだった。クラスの全員が呪文を唱え始める。
だが、なかなか上手くできないようだ。ハーマイオニーは少しずつだが、針に変わり始めている。さて、私も始めるとしようか。マッチ棒を手のひらに乗せ、深く息を吸い込む。杖は魔力を扱う為の媒介である。魔法とは過程を短縮する技法。ようは過程を飛ばして結果だけを出せばいいのだ。
「チェングニード」と小さく、しかしはっきりと唱える。
マッチ棒の表面が一瞬、銀色にきらめいた。けれどすぐに戻ってしまう。……うーん、集中力が足りなかったか。さっきのトンカツのことがまだ頭に残っている。
隣では喜三太が何やら苦戦していた。彼のマッチ棒は焦げて煙を出している。
「うぐっ、炭になっちゃった……」
「喜三太、それは焼く授業じゃないよ」私は苦笑して、もう一度マッチ棒に意識を集中させた。
ゆっくりと呪文を唱え、頭の中に"針"の形状を思い浮かべる。細く、鋭く、金属の質感をできるだけ鮮明に――
すると、マッチ棒の木の部分が徐々に細く延び、光沢を帯び始めた。頭の赤い部分が小さくなって、銀色に変わる。
「……できた」私は息をのんだ。完璧とは言えないが、針にかなり近い。
「お見事です、ミス・ギンバイ」マクゴナガル先生が背後から声をかけた。
私はびくっとして振り返る。「あっ……ありがとうございます」
「基礎がしっかりしているようですね。マホウトコロでの訓練が役立っているようです」
マクゴナガル先生の目は厳しいながらも、どこか誇らしげだった。
喜三太がこっそりこちらを覗き込む。「先輩、すっごいなあ……僕、もう一本ちょうだいって言ったら怒られた」
「今度は焦がさないようにね」私は笑って、彼の肩を軽くたたいた。
ハーマイオニーが針にしたマッチ棒をじっと見つめながら、ちらりとこちらを見る。
目が合うと、彼女はうなずいた――仲間として、ライバルとして、静かな敬意を感じるような仕草だった。
私は自分の針をそっと机に置いた。
これがホグワーツの授業……面白くなってきた。
――次は何に変身させられるのだろう。
◆♢◆
金曜日の朝。私は朝食を摂るため、大広間へと足を運んだ。グリフィンドールのテーブルでは、ロンとハリーが何やら真剣な表情で手紙を見て話している。英文は得意なので、横から覗けばすぐに内容が頭に入ってきた。差出人はハグリッド。お茶会のお誘いらしい。
ふたりはまだ私に気づいていない。せっかくなので、くノ一の技を使ってそっと背後に回り——
「おはよう、ふたりとも」
「うわっ!なんだ、ザクロか……!」
「ザクロ、驚かさないでよ……」
「ごめんごめん」
ふたりが飛び上がったように驚いたのを見て、私は小さく笑った。忍び足で近づくのは朝飯前……いや、デザート前、かもしれない。手紙に視線を戻しながら、話の輪に加わる。
「ハグリッドさんからの手紙なんだ?」
「うん、お茶会に来ませんかって書いてあったんだ」とハリー。
「へえ……いいな。ねえ、それ、私も行っていい?」
「ザクロも?もちろんいいよ!」とハリーが笑顔で言った。
「一緒に行こうぜ!」とロンも賛成してくれる。
私はにっこりと頷いた。
「ありがとう。ちょうどハグリッドさんの家にも興味があったの」
ドラコ・マルフォイが「掘っ立て小屋」と言っていたのが気になっていたが、私はむしろ、自然と調和した家が好きだ。木の匂いのするような、森の中に溶け込んだ場所に心惹かれる。
ふと、ハリーが私に問いかけた。
「ねえ、次の授業って何だったっけ?」
「えーと……たしか、魔法薬学だったと思う」
その瞬間、ロンの顔が青汁を飲んだような顔をした。
「どうしたの?そんなに嫌?」
「だって、スネイプ先生だぜ? 誰だって嫌になるさ……」
私が首をかしげると、ハリーが気まずそうに苦笑いを浮かべた。どうやらスネイプ先生はスリザリンには甘く、グリフィンドールにはやたらと厳しいらしい。
「なんで?」
「僕に聞かないで……」と、ハリーが肩をすくめる。
なるほど。次の魔法薬学の授業で、スネイプ先生がどれだけスリザリンに甘く、グリフィンドールに厳しいのか、自分の目で確かめてみよう。
そう思いながら私はティーカップを手に取り、紅茶を静かに注いだ。ほのかに立ちのぼる香りとともに、ほんの少し、次の授業が楽しみになってきた。
◆♢◆
それから、目的の魔法薬学の授業は地下室で行われた。
どこか動物のホルマリン漬けでも飾っていそうな、おどろおどろしい雰囲気がある。いや、もっと正確に言えば、陰気で重たい空気がただよっていて、気分まで暗くなってくるようだった。
しかも今回は、スリザリンとの合同授業という“おまけ”つきだ。教室に着いた時には、すでにスリザリンとグリフィンドールの生徒たちが見事に左右に分かれていた。やはり、彼らの仲の悪さは噂だけではないらしい。
スリザリンの前を通ると、彼らは冷笑を浮かべてこちらを見る。まるで、小馬鹿にしているような目つきだ。私はそっと視線を巡らせ、マルフォイを探す。……いた。彼は無表情で座っていた。
どこか感情を押し殺しているように見える。彼が何を考えているのか、私にはわからなかった。
まもなく、スネイプ先生が黒いマントをひるがえして入ってきた。そして、冷たい声で出席を取りはじめる。
ハリーの番になると、彼は皮肉げに口元を歪めて言った。
「ハリー・ポッター。我らが新しい――スターの登場だね」
その瞬間、マルフォイの取り巻きたちがクスクスと笑い出した。
出席が終わり、生徒たちを見渡したスネイプ先生の目は、やはり冷たく暗かった。視線がほんの一瞬こちらをかすめたとき、背筋にぞわりと寒気が走った。
「このクラスでは、魔法薬学調剤と、厳密な芸術を学ぶ」
スネイプ先生は、呟くように語り出す。だがその声は教室中を支配する力があった。マクゴナガル先生にも通じる、言葉に魔力を宿すような話しぶりだ。私は思わず背筋を正し、耳を傾けた。
「このクラスでは杖を振り回す馬鹿げたことはやらん。ふつふつと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る陽気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
まるで呪文のようだった。けれど、彼の言葉の一つ一つが教室の空気を変えていくのを、私は感じていた。
「我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、死にさえ蓋をする方法である――ただし、諸君がこれまでのウスノロどもよりはマシであれば、の話だが」
私は思った。――この人、やっぱり語彙力モンスターだ。
そうこうしているうちに、スネイプ先生はハリーを見て、いきなり叫んだ。
「ポッター!」
ハリーがびくっと肩を震わせる。
「アスフォルデの球根の粉末に、ニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」
いや、ちょっと待って。それ、初回の授業で出す問題?もはやクイズ王決定戦。教科書を丸暗記してなきゃ無理なやつだ。
私はそっと隣の庄左衛門を見る。彼は苦い顔をして、首を横に振った。
「ダメだ……知らない。聞いたことある気がするけど……」
彼ほどの知識量でもお手上げなら、普通の一年生に答えられるわけがない。
ハリーも困ったように俯き、「わかりません」と言った。
スネイプ先生は鼻で笑った。
「チッ、チッ、チッ、有名なだけではどうにもならんらしい」
……あ、ハーマイオニーが東京タワーよりも高く手を挙げている。けれど、スネイプ先生は完全に無視。シカトもここまでくると芸術の域である。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベアゾールの石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね」
またしても笑い声が起きた。マルフォイ君の取り巻きたちが身を捩って、ハーマイオニーはもはや富士山に匹敵する高さで手を挙げている。だが、彼女はやはり無視された。
「わかりません」
「授業にくる前に教科書を開いてみようと思わなかった、わけだな、ポッター。え?」
姑の小言である。いや、もうネチネチといじめの領域。
マルフォイはといえば、笑ってもいなければ怒ってもいない。淡々とハリーを見つめている。その視線に、わずかに同情の色が混ざっているように見えたのは――私の気のせいだろうか。
スネイプ先生はさらに言う。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」
ハーマイオニー、とうとう立ち上がった。が、やっぱりスネイプ先生はガン無視。あの人、ある意味鋼の意思だ。
ハリーは落ち着いた口調で言った。
「ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
グリフィンドール席から笑い声が漏れた。スネイプ先生の眉間がピクリと動き、ハーマイオニーに鋭く言い放つ。
「座りなさい」
そして、今度は私に視線が突き刺さった。
「なら、もう一人のスターに聞いてみるとしよう。……ギンバイザクロ」
え? 今なんて? スター? ……わ、私が?
庄左衛門がこちらをちらりと見て、まるでテレビの応援席のようにこっそりと小さく言った。
「頑張ってください」
何の応援なんだこれは。だが、舞台に上がってしまったからには、やるしかない。
「アスフォルデの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?――さあ、見せてくれたまえ、スターの実力を」
……語尾が優しいのに、声は全然優しくないんですよスネイプ先生。
私は静かに立ち上がり、呼吸を整えた。
「『生ける屍の水薬』になります。強力な睡眠薬で、使い方を誤ると危険です」
スネイプ先生は目を細めた。
「他の材料は?」
「催眠豆の汁、ナマケモノの脳みそなどが使われます」
「ベアゾールの石はどこにある?」
「ヤギの胃の中です」
「語源は?」
「ペルシャ語で、“解毒”を意味します」
「モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」
「ありません。どちらも別名アコナイト、つまりトリカブトで、毒性が非常に高い魔法薬材料です」
スネイプ先生はしばし沈黙した。そして、ひときわ渋い表情で口を開く。
「……正解だ」
庄左衛門が小さくガッツポーズをしていた。マルフォイも、ほんの少しだけ目を見開いたように見えた。
スネイプ先生は教卓へと向き直りながら、重く言った。
「だが――答えられたからといって、調子に乗るな」
その声は、いつになく低く静かだった。
「アコナイトの毒性は、ほんの一滴で命を奪う。知識は力になるが、油断すれば命取りになる。……忘れるな」
その言葉には、嫌味ではない、むしろ教師としての“忠告”が込められているように思えた。
私は静かにうなずいた。
スネイプ先生の背中は、教卓の前で静かに揺れている。
その影が、ほんの少し――寂しそうに見えた。
◆♢◆
「ネビル、ストップストップ」
「え?」
私はネビルの腕をガシリと掴んだ。あ、危ない……。危うくネビルがおできまみれになるところだった。ネビルはキョトンとしている。彼の手にはヤマアラシの針が握られていた。しかも、火から下ろさずにそのまま入れようとしている。これでは鍋が爆破してもおかしくない。
「ザクロ?どうしたの?」
「ネビル、ヤマアラシの針は鍋を火から下ろして入れないと爆発するよ」
「え!?わ、わかった……」
ネビルは慌てて鍋を火から下ろした。そして、ヤマアラシを入れる。シェーマスはそれ見て、ホッと安堵した。
「ありがとう、ザクロ。危うく僕まで巻き込まれるとこだったよ」
「ご、ごめんね。シェーマス」
私はネビルの肩をポンと軽く叩いた。
「大丈夫だよ、ネビル。ささっ、おできを治す薬を作るよ」
「う、うん!」
「ポッター」
すると、ハリーの後ろにいつの間にかスネイプ先生が立っていた。ついさっきまで、マルフォイの角ナメクジの茹で加減を褒めていたのに。スネイプ先生はハリーにある種の執着心を感じるようにも見えた。なぜかそんな気がする。彼は粘り気がある口調でハリーを責めた。
「ポッター、なぜ君が言わなかったのかね?ロングボトムが間違いをすれば自身が良く見えると考えたな。グリフィンドールにマイナス一点」
ハリーは言い返そうと口を開きかけたが、ロンに小突かれて、口を閉じた。……なんというか、あまりにもハリーにとって理不尽この上ない。姑先生はネチネチとグリフィンドールに文句を言うことが仕事みたいだ。
ニヤニヤとスリザリンの生徒はグリフィンドール生徒を見物している。スネイプ先生の真っ黒な瞳は私をまっすぐに見据えた。視線が鋭く、まるで、ナイフのようだった。それから、スネイプこと姑先生は少しだけは無表情で言い放った。
「ギンバイザクロ。君はなぜ止めた?」
その言葉は淡々としていたけれど、教室の空気を一瞬で冷やすには十分だった。私の名前を呼ぶときの「ギンバイ」の部分に、わずかに棘があるのを感じたのは、気のせいじゃないと思う。
一斉にクラスメイトの視線が私に集まる。ネビルはうつむき、シェーマスが小声で「気にすんなよ」とつぶやいた。私は深呼吸をしてから、できるだけ落ち着いた声で答えた。
「教科書に、火を止めてからヤマアラシの針を入れないと、薬が爆発するって書いてありました。ネビルがそのまま入れようとしていたので、止めました」
スネイプ先生はぴくりとも動かずに、私をじっと見ていた。その瞳の奥に、何かを探るような意図がある。表情は読み取れない。まるで黒い鏡のようだった。
「ほう。よく読んでいるな。だが……」
スネイプ先生は少し顎を引いて言葉を続ける。
「なぜ、ポッターが指摘しなかったか、という問題は別だ。ロングボトムが鍋を吹き飛ばせば、被害を受けるのは彼だけではない。君も含まれるのだ、ギンバイ」
ああ、なるほど。これはもう、ただの教育じゃない。
これは――責め立てだ。
「……ハリーは止めようとしていました。でも、私が先に動いただけです」
その一言で、スネイプ先生の目がわずかに細くなった。気のせいでなければ、ほんの少しだけ、眉が動いた気がした。
「ふん……」
短く鼻を鳴らしただけで、彼は言葉を閉ざす。そして、板書の魔法薬材料リストに指先を向けた。
「それ以上、口を動かす暇があれば、次の手順を急ぎたまえ。ロングボトム、銀灰、針を入れたらすぐにカエルの胆嚢を加える。失敗すれば――またグリフィンドールが減点されるだけの話だ」
そう言って、スネイプ先生は静かに背を向けた。
その背中を見ながら、私は――なんとなく、自分の背中にも熱い視線を感じていた。振り返ると、マルフォイがこちらを見ていた。無表情。だけど、その無表情は――ほんの少しだけ、複雑なものに見えた。
「ザクロ……ありがとう」
小さくネビルが言った。
「うん、大丈夫。次は、一緒に上手くやろう」
私は優しく笑って、もう一度、鍋の中を見つめた。
たとえどんなに理不尽な言葉が飛んできたとしても、誰かが無事でいることには、意味があると信じているから。