ご安心ください。
こちらは『第15話 雷神の伝承』の次話に間違いありません。
「やった……倒した……! ファルギオルを倒せたんだよ、あたし達!」
「うん! やったー! やったよ、スーちゃーん!!」
雨上がりの晴天の下に、双子の上げた歓喜の声が、遠く、高く、響き渡った。
そこは街近辺の山岳地帯『ブライズヴェスト』。
永き封印から解き放たれ、驟雨を纏いて都へと侵攻していた雷神ファルギオルとの決戦場。
「……よくやったわね、二人とも。アタシも師匠として鼻が高いわ」
「あっ、イル師匠! へへーん、あたし達にかかればファルギオルだってこんなもんですよ!」
「えへへ。私達がここまで強くなれたのも師匠のおかげです。本当にありがとうございます!」
「ふふっ……でも驚いたわ。ちょっとぐらい
喜色満面の双子に、ややおどけて肩を竦めて見せるイルメリア。
そんな彼女の背後には少々所在を失くした様子で、しかし確かな喜びを滲ませる幾人もの騎士が整列していた。
───第一王女ミレイユが急場において立案した対雷神迎撃作戦。
それは、錬金術士と騎士団からそれぞれ選出した戦力を二つの班に分け、先に接敵する第一班が足止めと雷神の消耗を、その間に討伐の手配を整えた第二班が弱った相手のとどめを担当する……という、一種の波状攻撃を目的とした代物であった。
現在のアダレットが有する最高の錬金術士たるイルメリアが精鋭の騎士を率いて後者の役目を。
その弟子を含む三人の錬金術士、及び彼女達との連携に一日の長を持つマティアス率いる部隊が前者の役目を担うべく出撃───というところまではミレイユの描いた通りだったのだが。
「いやあ、このスーちゃん達に対してファルギオルが弱すぎましたねー! 残念残念!」
「こら、調子に乗り過ぎだよ、スーちゃん。……でも、本当にあっさり倒せちゃったんですよね。師匠も色々準備してたし、騎士さん達もこんなに来てたのに……なんか、すみません?」
「いや別に謝ることはないわよ。備えなんて無駄になってくれれば重畳。無事に倒せたならそれがなによりなんだから、ねえ?」
功績が功績なだけに自惚れとも言えない自賛に満ちるスール。困ったように笑うリディー。
そんな双子に苦笑するイルメリアの目配せを受け、騎士達は微かに鎧兜のかち合う音を立てつつ一斉に首肯した。
「さあ、落ち着いたならそろそろ都に帰りましょう? 英雄達の凱旋を盛大に祝わなきゃね」
「……えっ、英雄!? 私達がですか!?」
「そりゃあそうよ。ふふ、当分は下にも置かない扱いになるでしょうね。覚悟しなさいよー」
「わ、わぁ……楽しみなような、ちょっと怖いような……ほ、本当に私達で良いんですか?」
「何言ってんのさ。凄い事をやって、皆が認めてくれるんだから素直に受け取れば良いんだよ」
「まぁ、これに関してはスーの言う通りね。評価は正当。堂々としてなさい、リディー」
「……それもそうですね。よし、スーちゃん、そろそろ……!」
「うん、リディー! 帰ろう!」
「「……
「…………あっさり、勝っちまったな」
「……ええ」
「なんか、うん。嬉しいんだが……現実感がねぇな。本当に勝ったのか、オレ達……?」
「…………」
「オレも『前』よりは真面目に鍛えたし、強くなってたとは思うんだが……にしてもあいつ……」
「マティアスさん」
「……お、おぅ!? なんだ、ルーシャ?」
「ひとつ、王城に戻ったら確認してみて欲しいことがありましてね」
「確認? ……何をすりゃ良いんだ?」
「ええ。ちょっとお耳を拝借───こしょこしょこしょ」
「…………なんだそりゃ? 今更それに何の意味があるんだ?」
「ですから確認ですよ、念のための。……まぁ、わたしの見立てでは間違いないと思いますがね」
「どうやら、この世界は───」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はー……。楽しかったねぇ」
「うん……。すっごい幸せだぁ……」
数日後。メルヴェイユ正門前広場、『メルク庭園』。
憩いの場として愛される薔薇園に設けられたベンチで、双子はぼんやりと青空を見上げていた。
「そうだねぇ……。ちゃんとファルギオルを倒せて、本当によかったぁ……」
「……うん。メルヴェイユを守れてよかったよ。やっぱり、ずっと暮らしてきた場所だし……」
「何を揃いも揃ってしみじみとしてるんですか。老夫婦じゃあるまいし」
「……あ、ルーちゃん」
「んぁ? ルーシャ……あー、なんか久し振りな気がする……」
「まぁ、あれから話をする時間がなかったですからね。二人とも、ずっと人に囲まれてましたし」
そんな二人の耳を叩いたのは、慣れ親しんだ声に呆れの混じった幼馴染の呼び掛け。
そのまま双子達へと歩み寄ったルーシャは、返ってきた二人分の寝ぼけ眼に薄く笑った。
「む、誰かさんがさっさと自分のアトリエに引っ込んじゃったからじゃん。その分まであたし達の方に来ちゃって大変だったんだからなー」
「あはは……顔と台詞が合ってないよ、スーちゃん。……でも良かったの? ルーちゃんだって、雷神討伐の英雄には違いない筈なのに……」
「良いんですよ。わたしはお二人と違って人に囲まれるのは慣れてますし? 折角ですから機会を譲ってあげたというわけですよ。おーっほっほっほ!」
「相変わらず一言多い……でも怒る気にはなんないや。これが大人の余裕ってやつかなぁ……」
「あははは……そうかもねぇ」
今日も今日とて平常運転な幼馴染に、ぼんやりおっとりの継続を決め込む双子。
そんな二人の姿に「はぁ……」と態とらしく溜息を吐いたルーシャは、さも仕方ないとばかりに独り言を始めた。
「うーん、こんな調子の二人を連れて行っても物の役には立ちませんかね。では、
「…………えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ、ルーシャ!!」
「不思議な絵!? 次の絵が来たの!?」
聞き捨てならない単語に慌てて飛び起きる双子。おっとりと小首を傾げて微笑むルーシャ。
つい先刻までの気怠げな空気はどこへやら、きらきらと二対の瞳を輝かせる二人に、彼女もまた満足気に頷いて。
「ええ。新しい絵が届いたそうです。尤も、最大の目的であった雷神の討伐は済んでますし、もうそれほど急ぐ理由もないとはミレイユさんも言っていましたがね」
「そっか……でもまた新しい世界を探検出来るんだよね? 今度の絵は暑そう? 寒そう?」
「さて……絵を見ただけではちょっと判断が付きませんでしたね。まぁ、きつそうだったなら一度出直せば良いんですよ。絵の中の世界はいつでも、出たいと思えば出られる、のですから」
「……? うん、そうだね」
一瞬、ルーシャの言葉から含むものを感じたスールが首を傾げ、しかしすぐに頷きを返す。
その様子にちらりと目を向けた彼女は、一呼吸空けて、話を続けた。
「……そうそう、どうも今回『修復』は不要のようです。あなた達さえ良ければ、このまま一緒に王城に向かいませんか? どうせ暇してたみたいですし」
「うん、良いんじゃないかな。……ふふ。どんな世界か、楽しみだね、スーちゃん」
「だね! よーし、それじゃ王城まで競争スタートっ!」
「えっ!? ちょっと!? 待ってよ、スーちゃーん!」
「……やれやれ」
言うが早いか、駆け出していったスールの背中を慌てて追いかけ、走り出すリディー。
置いて行かれる形になったルーシャは一人、遠ざかる双子の背中を穏やかに見つめて。
「どうかお願いしますよ、リディー、スー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───俄かには、信じがたいわね」
眼前に飾られた一枚の絵画を見上げて、第一王女ミレイユはそう呟いた。
アダレット王城、地下画廊。
現在、都合三枚の不思議な絵が収められたその場所で、常に纏う温和な気配に鳴りを潜めさせた彼女は、同じく険しく愁眉を寄せた弟の視線を背中に受けたまま立ち尽くしていた。
「オレもそうさ、姉貴。信じがたいっつーか、信じたくねぇ。ルーシャに言われて確認してなきゃ疑問にすら思わなかっただろうし……けどな」
「ええ、ええ……分かってるわ。私も、もう分かってるの……どうしても、受け入れにくいだけ」
「だよなぁ……」
言い聞かせるように自答を繰り返すミレイユに、マティアスもまた苦く呻きつつ口を閉ざす。
そんな姉弟を見下ろすかのように唯々そこに佇むは、この世で最も古き『不思議な絵』。
───『凍てし時の宮殿』。
晩年、人里離れた小屋でひっそりと息を引き取ったとされる不思議な絵の開祖ネージュが、その最期の時まで手元に残していたと言われる、哀しくも偉大なる一作。
絵画から滲む数百年の風格に晒されながら一度、強く目を閉じたミレイユは長い息を吐きながら答えを待つマティアスへと振り返り、目を開けた。
「……今日が、その最終確認になるのね?」
「ああ、ルーシャが言うにはな」
「そう、ルーシャちゃんが……アンタ自身としてはどうなの?」
「どうなんだろうな。半信半疑というか……こればっかりはルーシャも確信は無いらしいし……」
「……はぁ。アンタねぇ……」
「し、仕方ないだろ!? それに……姉貴に話すのだって、めちゃくちゃ勇気が要ったしよぉ」
「っ、それは……」
しょんもりと、形だけ見ればいつも通りな弟の独白に、姉は息を詰まらせる。
そうして暫し、硬直していた彼女は、自身の顔の前へと持ち上げた両の掌をゆっくりと開いた。
それはまるで───
「あ。ミレイユさーん! お、マティアスもいる。へぇ、準備万端じゃーん」
「はぁはぁ、お腹痛い……あ、ミレイユさんも
「あ……あら、いらっしゃい、双子ちゃん」
「よっ、リディーにスー。今日も元気で何よりだぜ」
時間にして数分。
重く会話の途切れた空間を、されどそうとは知る筈もなく駆け込んできた双子が豪快に破る。
ミレイユの口からどこかぎこちない挨拶が漏れるも、しかし新たな世界に胸を弾ませる二人には気付く由すらなかったらしく。
また相槌を引き継いだマティアスによって、それは何気ない日常として流されていった。
「おおー、これが新しい不思議な絵ですね! なんだか……凄く高級な感じがする!」
「あはは……今までにも増して額縁の様式が古い物ですね。もしかしてこれが、前に話に出てきた一番最初の不思議な絵、なんですか?」
「……ええ。世界最古の不思議な絵、『凍てし時の宮殿』よ。……早速入ってみる?」
「はいはーい! 早速行ってみよう、リディー!」
「そうはいきません。……置いてきちゃったルーちゃんを待たなきゃだよ。折角一緒に行こうって誘ってくれたんだから」
「えー、ちょっとぐらい良いじゃん。リディーだって早く新しい世界を見てみたいでしょ? ほらちょっと入って戻ってくるだけ、ねっ!」
「そ、それはまあ……う、うぅーん……」
「…………良いんじゃねぇか? ルーシャが来たらオレも一緒に行くからよ」
「わーい! さすが話が分かるねぇ、マティアス!」
「う、ううー……仕方ないなぁ、スーちゃんは、もぉ……」
妹の我儘に内心では同調しつつも、姉の面目で堪えていたところに降り注いだ提案。
そうなれば彼女も誘惑に抗い続ける理由もなく、口では葛藤を嘯きつつ絵の前に並んだ。
いつも通り、祈るように両手を合わせて瞼を落とし。
時には気分で唱えることもある、お決まりの言葉に声を揃えて。
「「いざ、新しい絵の世界へ───」」
「…………これは、どういうことです?」
「……おい、ルーシャ。話が違うぜ?」
「あ、あれ……? どうして……?」
「どうして、
樹氷に抱かれた白の森。
この森にそびえるのは、すべてが凍り付いた巨大な宮殿
床も、壁も、時さえも。
あらゆる物は薄氷に包まれ、ただそこにあるだけ
この宮殿には、一人の少女が暮らして
ここはアダレット王国の首都メルヴェイユ。
民と共に長い歴史を歩む、国一番の華やかな都
「…………えっ」
広大なマール海に面し、潮の香りに包まれるこの都に、
双子の錬金術士が暮らしていました
姉のリディー・マーレン。
そして妹のスール・マーレン
いつも二人一緒の『リディーとスー』。
彼女たちはこの都で、錬金術士の父親と一緒に小さなアトリエを営んでいます
そんな二人に訪れた転機は、都に出された一つのおふれでした
「なっ、え……?」
順風満帆とはいかなかった二人の錬金術にも、頼りになる師匠が現れて、
目に見えた目標と指針を得られた二人は、めきめきと腕を上達させていきます
そんな二人が次に出会ったのは、国が集める不思議な絵画。
絵の中に広がる夢のような世界を、明るく楽しく駆け抜けて
怖いお化けも、暴れる竜も、国を襲った荒ぶる雷神だってなんのその。
数多の絵画の世界を渡る、無敵で素敵な双子に守られた、ああ此処は幸せの国───
「…………リディー?」
『幸せな絵画の王国』
「おかえり、スーちゃん」
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