幸せな絵画の王国   作:非単一三角形

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 ロスタイム開始。



第21話 描かれた世界の歪み

 

 

「───『黒の絵の具』? それが、あの『黒い魔物』の正体なのですか?」

「うん。ネージュから教えてもらったんだ。ここも絵の中の世界なんだし、あたし達も無関係じゃいられないだろうからって」

 

 

 描かれた世界の店舗、アトリエ・ヴォルテール。

 現実と同じ青空を窓の向こうに、穏やかな時間を過ごすは二つの世界の『英雄』達。

 

 空の向こう、そこにあるのだろうキャンパスの彼方には、再興の只中にある同じ都があるのだと知ってはいるが、それはそれ。

 雷禍の一切を今も知らないままの『王国』は、されどそれこそ『作者』が望んだ幸福の国で。

 

 

「『黒の絵の具』、またの名を『レンプライア』。一応魔物の形を取ってはいるけど、その本質は絵の世界に生じた歪みそのもの……だったかな?」

「歪み、ですか。ただの魔物とは異なる存在だとは感じていましたが……」

 

「一度生まれたら少しずつ増殖していって、やがて絵の世界を真っ黒に食らい尽くす。そうなった世界は二度と元には戻らない……あと、絵の世界にレンプライアが増えると元の絵にも黒い汚れが広がっていく。それが絵の具みたいに見えるから『黒の絵の具』───なんだってさ」

「……なるほど。いずれは絵の世界を滅ぼす存在、ということですか」

 

 開祖から伝えられた『不思議な絵』が共通して抱える懸念点。

 世界創造の代償とも呼ぶべきそれをスールの口から聞いたルーシャは、記憶を思い起こすように視線を宙に巡らせ、辿り着いた解釈を呟いた。

 

 

「あれを放置してはならないという感覚が強かったのは、わたし達もまた絵の世界の存在だから、そういった危険性を何となく感じていた、ということになるのでしょうかねぇ」

「あたしはあんまり分かんなかったけどね、そういうの……っと、そろそろ良いかな?」

 

「ふむ……ええ、上々です。あとはそちらの薬品を入れれば暫く一息つけますよ」

「おっけー。よいしょっと……よーし、休憩休憩ーっ」

 

 掻き混ぜていた錬金釜に、指示された通りの薬品を垂らしてひと煮込み。

 想定通りの反応に満足気に頷いたスールは、傍らに用意された高級な椅子へと腰掛ける。

 

「…………」

「……あれ、どうかしたの、ルーシャ?」

 

「いえ、何と言いますか……」

 

 錬金術士としての一仕事をこなし、だらりと寛ぐその様子。

 そんな彼女を暫し無言で眺めていたルーシャは、意外なものを見たとばかりに頬に手を当てて。

 

 

「たしかにうちに居座るなら調合の一つも手伝え、と言ったのはわたしですけど、本当に大人しく手伝ってくれるとは思ってませんでしたよ?」

 

 

「…………えー、ひどくない?」

「日頃の行いを思い出してから言って欲しいですねー」

 

 軽く煽りを込めて返された一言に「むぅ」と唸ったスールから、しかし二の句が返る事はなく。

 そのまま拗ねたように顔を背ける彼女に一度笑みを向けた後で、次にルーシャが口にしたのは、気遣わしげな声音の問い掛けだった。

 

 

「まぁ、それはともかくとして…………本当にこのまま、()()()()()()()()と距離を取るつもりでいるんですか?」

「……もうちょっとだけね。一応、一回話し合って整理はつけたし、()()()()()()()()とも色々と相談したんだけど……しっかり顔合わせるのはまだちょっと、さ」

 

 蟀谷に指を当て、視線を下げたスールから漏れる、籠った声の返答。

 誰の目にも明らかな煮え切らない想いの存在に、ルーシャもまた思案顔を作り、重く頷く。

 

 

 現実の世界で『この絵』を描いた双子の姉、リディー。

 『双子の姉』として『この絵』に生まれた絵世界の住人、『リディー』。

 

 前者は現実と絵世界という隔たりによって、後者とはある程度自主的に、幼少の頃より四六時中貼り付くように傍に居た距離感から脱すること暫し。

 少しずつ顔付きの変化にも現れたそれが、スールにとって良い変化なのか否か、傍から見ていたルーシャにとっても未だ明確な答えには至らず。

 

「……分かりました。こればっかりはわたしには何とも言えませんし、考えに浸れる場所ぐらいは黙って提供するとしましょう。……いつか納得できる答えが見つかると良いですね、スー」

「うん。……ありがとう、ルーシャ」

 

 結果、ほんの少し年上の『お姉さん』を自認するルーシャは、今少し静かに見守ることを選ぶ。

 照れたように頬を掻き掻き、謝意を囁くスールに、彼女は穏やかな道行きを祈るのだった。

 

 

 

「───おーい、ルーシャ。頼まれたこと調べてきたぞー……っと、スーも来てんのか」

 

「あ、マティアス」

「おや、マティアスさん。早かったですね」

 

 変わらぬ人気を保つアトリエの戸の向こう、耳に慣れたマティアスの声に振り向いた二人。

 これまた慣れた様子で敷居を跨いだ彼は、仲良く並んだ二人の顔に少々驚きつつも、にこやかに手を上げる。

 

 その一瞬の表情を切り取ったならば、まさしく爽やか美丈夫王子の甘い微笑み。

 本人が特に意識しなかった影響もあるだろう火力を正面から受けた少女達は、しかし驚くほどに冷めた眼を見合わせた。

 

「うーん……そういう仕草だけなら、ちょっとイケメンに見えたりするのが不思議ですねぇ」

「うん、実際顔は良いんだよね。顔は。なんてったって王子様だし?」

「……これオレ褒められてるのか? それとも遠回しに貶されてる……?」

 

「はは……そんなことよりルーシャ。今回は何を調べてもらってたの?」

「ああ、()()()()()について、ですよ」

 

「国の……外?」

「ええ。リディーが描いた『絵画の王国』アダレットの外。要は()()()()()()()()()()()()()()を調べてもらっていたんです。……それで、どうでしたか?」

 

 少女達の軽口に少々思い悩むマティアスを尻目に、得られた答えを鸚鵡返しに尋ね直すスール。

 そんな彼女への説明を兼ねるように、ルーシャがどこか疲れを見せる彼へと催促を口にする。

 

 

「あー……結論から先に言うとだな。…………()()()()

 

 

「「えっ」……どういうことです?」

 

 果たしてマティアスの口から返されたのは、実に簡潔ながらも衝撃的な一言。

 驚愕の声を揃える二人に、彼は口元に手を当て、思い起こすように遠くへと視線を飛ばした。

 

「大体国境の辺りまで行くと『世界の端』、とでも言えそうなとこに辿り着くんだ。そっから先は何も見えねぇし、進めなかったんだよ」

「……『不思議な絵』の交渉については他国とも行っていたはずですよね? その辺りはこれまでどうなっていたんですか?」

 

 

「……絵と同じさ。()()()()()()()()()()()()。流石にちょっと不気味に思っちまったな」

 

「…………それは、また。随分と強引に絵の世界として成立させていたんですねぇ……」

「まぁ、あたしもリディーも生まれた時からずっとこの街で暮らしてたし、他の国に旅行したことなんてなかったもんなぁ……」

 

 ある意味、不自然極まる『絵世界』の真実に顔を引きつらせるルーシャの隣で、()()ならざるを得なかった背景を想い、頬を掻きつつ少しばかり黄昏を背負うスール。

 

 

「あ、あー……でもな! ちょっとずつ『端』が動いてたっつうか……()()()()()()()()ってのも確認できたんだぜ?」

 

「「…………は?」」

 

 そんな反応から何を思ったか、焦った様子のマティアスから飛び出したのは更なる()()

 おそらく意図した以上の衝撃に硬直する二人を余所に、彼は瞑目したまま自論を溢した。

 

 

「……多分、作者(リディー)一人の意志や記憶だけで形作られてるわけじゃないんじゃないと思うんだよな、この世界。この都一つとっても、リディーが入ったこと無さそうな場所なんか幾らでもあるしよ」

「それは……確かに?」

 

「だから、まあ……やり取りしてたことになってる周りの国も、そのうち出てきたりするんじゃ、なんてオレは思ってるぜ? ……世界丸ごと『描き』写すとか本当に無茶苦茶だよな、錬金術!」

「せ、世界……流石にそこまでは……どうなのかなぁ」

 

 吹っ切れたように笑うマティアスに、ちらつく可能性を否定し損ねて唸るスール。

 前提知識の有無により分かれた反応のどちらが正鵠に迫っているか、答えられる者はおらず。

 

「あとは……ああ、そうだ。よく絵の中に出てきた『黒い魔物』なんだが、その『端』の近くでもうろうろしてんの見掛けたな」

「っ、『レンプライア』が……そっか。やっぱり……」

 

「れんぷ……何だって?」

「ああ、一応マティアスにも説明しとこっか。えっとね───」

 

 

 

「絵の世界に生じた、()()……」

 

 首を傾げたマティアスに、開祖(ネージュ)からの情報を伝えるスールを視界に入れながら。

 ルーシャは一人、どこかざわつく想いを繕うように物思いに沈む。

 

 スールとマティアス。二人から得た情報を咀嚼した彼女が辿り着いたのは、一つの懸念。

 その脳裏に過るのは、『前』、と認識していた記憶から異様な変化を遂げていた二つの絵世界。

 

 

「(この絵は『他の絵と繋がっている絵』として描かれている……あの二つの絵世界に起きていた変化が、その影響だったとしたら……?)」

 

 陽気な筈のお化け達が、近寄りがたい狂気を宿していた『ざわめきの森』。

 元から気性の荒かった竜が、それでも異常な荒れ狂い様を見せていた『氷晶の輝窟』。

 どちらの絵にも共通する、自身の知る光景と比較するなら大量発生と呼ぶべき様相を呈していた()()の化身『黒の絵の具(レンプライア)』。

 

 

「(現実を模した絵の世界……繋げて、広げて……そんな無茶の『代償』の可能性は───?)」

 

 それは、超常をただ超常として受け止めるに至ったマティアスとの違い。

 道理を押し退け、夢想を実現する。そんな術の末端を扱ってきた錬金術士としての感覚。

 

 単なる仮定である。根拠も無い。

 確かめる手段とて、少なくともすぐには思いつかない。

 

 そもそも、()()であったとして───自分達に何ができる?

 

 

「───そんな奴らだったのかよ、あの黒い魔物……なんかこう、上手いこと全滅させる手段とか聞いてないのか?」

「それが、あいつらを駆逐する方法はネージュにも分かんないみたいなんだよね……。取り敢えず増え過ぎないように時々倒して回るしかないんじゃないかなぁ」

 

「うへえ、マジかよ面倒くせぇ……」

 

 

「…………泣き言を溢していても仕方ありません。とにかく、いただいた忠告を無駄にしないよう心掛けるとしましょう。……放置していて大事になる方が、よっぽど恐ろしいですからね」

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「───あれ?」

 

 リュンヌ通りの小さなアトリエ。

 巨大な釜を満たした彩色豊かな水面に、大きく波紋が広がる様を、『彼女』は見た。

 

 

「今の……地下室から? 何の音だろう……?」

 

 零れんばかりに釜を揺らした振動に、全身を通り抜けた重低音。

 足先にそれらを感じた『リディー』は、小首を傾げて調合の手を止めた。

 

 そうして見遣るのは、()()へと続く下り階段。

 その先にある部屋を、そこに居るだろう人物を頭に浮かべ、眉をしかめて。

 

 

「……またお父さんが何かやらかしたのかな? 思いつきで変なことするのやめてって───」

 

 

 

『……あ、……と……なぁ。……しら』

 

 

 

「……え?」

 

 いつも通りに口から零されかけた苦言が、はたと止まった。

 二度、三度、目を瞬かせた『彼女』は、揺れも収まり静まり返るアトリエに息を潜める。

 

「今、何か『聴』こえたような……? 気のせい、かな」

 

 小さくそう呟きつつも、どこか期待を込めるように『彼女』は耳をそばだてる。

 時間にして数秒、待つというほどもない空白を経て、()()は再び耳朶を叩いた。

 

 

『……し……り……なぁ。……けど、……ねぇ』

 

 

「っ! やっぱり何か『聴』こえた……でも、誰の声……? 地下に、誰か居るの……?」

 

 発した言葉を聞き取れないほど不明瞭な、それでいて父親のものではあり得ない掠れ声。

 抱いた確信と新たな疑問に導かれるように、『リディー』は地下への階段に足を踏み入れる。

 

 

「……ねぇ、お父さん? 誰か来てるの? ここ、開けてもい───」

 

 軋む階段を踏み締め、降りた先に待つのは飾り気のない扉が一つ。

 部屋の中へと呼び掛けながら、『彼女』は扉に手をかけて。

 

 

 

 

 

 

 

キュオオオオオオ……ン( リ ディ  スー  ル  )

 

 

 

 

 

 

 

 『黒』が。

 

 目を見開く『リディー』を、呑み込んだ。

 





※原作既プレイの方へ

 ソフィー2:エルデ=ヴィーゲ周りの設定から着想。
 グロールとレンプライアって多分意図的に似せられてますよね。

 キャンバスの中に世界を作り出す『リディー&スール』の後で、『ソフィー2』のストーリーをぶつけてくるあたり、『不思議な絵』って公式世界観的にも割とマズイ代物説あると思うですよ。


 原作では物語後半まで引っ張った『黒の絵の具』関連の情報を一挙開示するネージュちゃん。
 拙作のスール達にとってはダイレクトに死活問題ですので、即助言も然もありなむ。
 また原作と比べて、リディーとの付き合いが深く長いので少なからず影響を受けている、という裏設定もあったりします。


※原作未プレイの方へ

 『黒の絵の具』ことレンプライアの説明は原作通り、というか語り手の違いによる端々の変化を除けば殆ど原文ママ。ただしそれに対するルーシャの解釈は捏造。
 ちなみに拙作第4話の描写は、原作最初期のとあるイベントに改変を混ぜたものとなります。

 すなわち『絵』の存在については原作通りです。

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