幸せな絵画の王国   作:非単一三角形

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 年明け一発目更新。なかなか構想が形にならず四苦八苦しておりました。
 ……リアルについては考えないことにするのです(約三年ぶり二度目)。

 見返すと原作においてスールが「スール」と呼ばれる機会って案外少ないですね。
 身内は元より「隣のおばさん」や「近所のお兄さん」といった都のモブ達からも「スー」または「スーちゃん」と呼ばれていますし。



第22話 黒溢

 

 

「───何やら急に外が騒がしくなった気がしませんか?」

 

 調合を続けていたルーシャの手が、はたと止められた。

 

 

 窓より差し込む陽光は茜色。その先に映る都の景色は黄昏時。

 問い掛けを受けて暫し、そばだてた耳が拾った喧騒にスールもまた首を捻って。

 

「え? ……あ、言われてみれば。今日、なんかあったっけ?」

「ふむ……何かしらの催しなら大体は店先の広場か、でなければ教会になりますからねぇ」

 

 興業の舞台にも使われる王城前広場へ、ひいては王都の中心地へと目を向け手は頬に。

 やや思い耽るように瞼を閉じたルーシャは、暫しの沈黙を経て首を振る。

 

「後者はともかく、前者なら事前にわたしの耳に入らないとは考えにくいですよ」

「うはぁ、流石の一等地……」

 

 物理的にも人流的にも都の心臓部に店舗を構える『アトリエ・ヴォルテール』の主ならでは。

 閑古鳥と仲良しのアトリエ在住な身からは決して出ない発言に、スールが遠い目でぼやいた。

 

「……でもそれなら尚更何の騒ぎなんだろ? ちょっと見に行ってみる?」

「そうですね。適当に人をやって調べてきてもらいましょう。───ちょっと良いかしら?」

 

 

「「「はい、店長(ルーシャちゃん)!」」」

 

 

「おおー、部下を顎で使う上司って感じ。ふむふむ、やっぱり大きな店は違いますなぁ」

「……絶妙に人聞きの悪い言い方をしないでください。これぐらいは普通ですよ」

 

 片や一見に如かずと腰を上げかけ、此方手慣れた素振りで人員派遣の意を示す。

 心得たと表に出ていく人影を見送る傍ら、訳知り顔で頷いたスールへと、ルーシャからは心外と言いたげな反論が飛んだ。

 

「むしろ錬金術士……に限らず技術者当人が雑務まで担う方が非合理というものです。あなた達のアトリエだって雷神討伐の折から人気は鰻登りなのですし、ぼちぼち人を雇うことも───」

 

 

 

「ルーシャちゃん、大変だ!! 双子ちゃん達のアトリエが───って、スーちゃん!?」

 

 

 

「えっ」「へっ?」

 

 突如響いた叫び声。蹴破る勢いで開かれた店の扉。

 先の面々と入れ替わるように現れた男性の姿に、雑談に入りかけていた少女達が硬直する。

 

 されど予想外とばかりに目を剥いたのは、勢いのまま飛び込んできた声の主もまた同じく。

 驚く二人に一瞬遅れて気を取り直した彼は、それならばとばかりに店内へと目線を巡らせた。

 

「っ、ということはリディーちゃん……! は、居ないのか? 片方だけなんて珍しいなぁ」

「あー、まぁ、たまにはそんな日もあるっていうか……そ、それよりも! あたし達のアトリエに何かあったんですか?」

 

 男性が咄嗟に探したのは、常日頃ぴたりと寄り添うように在った『もう一人』の姿。

 尋ねるまでもなくそれを察したスールが、微妙に後ろめたさを滲ませつつ先の叫びの故を促す。

 

 

「それがな……双子ちゃんのアトリエの中から、()()()()が出てきたんだよ」

「…………っ!」

 

 

 果たして男性の口から続いた一言は、苦笑気味だった彼女の顔から色を奪い取った。

 

 

「そいつらは偶然近くにいた騎士さん達がすぐ対処してくれたんだが、それからアトリエの様子もなんだかおかしくて───」

「それは……あっ、待ってください、スー!?」

 

 今度こそ、一瞬の逡巡を経たルーシャの声より早く、スールの身体は走り出す。

 僅かに遅れてついてくる幼馴染を背後に、俄かに人混みを作る広場を真っ直ぐに。

 

 

 昨日、今日、容易には拭えぬ想いを胸に背を向けた、リュンヌ通りへと。

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「───下がって! 住民の皆は下がってくれ! また魔物が出るかもしれねぇ!」

 

 

「……マティアス!」

「うぉっ!? ……スーか!」

 

 野次馬ざわつく通りの向こう、避難誘導に声を張り上げ居並ぶ騎士達。

 そこに見慣れた顔を見つけたスールから吶喊される形となったマティアスは、焦燥浮かんでいた顔に驚きを、そして俄かに喜色を滲ませ応を返した。

 

「それにルーシャも……そっか、まだヴォルテールの方に居たんだな。オレはてっきり、あの中に居るんじゃないかと思って……良かったぜ」

「ぜぇぜぇ……ええ、わたしのアトリエで、騒ぎを、聞きつけて……げほっ」

「そんなことよりこっちはどうなってるの!? リディーは!? アトリエは!?」

 

「あぁ、それなんだけどな…………落ち着いて聞いてくれよ?」

 

 息急き切り、追い付いてきたルーシャの姿に頷き一つ。

 一方、その有様を背には感じつつも、それどころではと気炎を上げたスールが彼に迫る。

 

 薄情という勿れ、大切な『姉』が居ただろう自宅から魔物が現れたと聞けばこうもなろう。

 マティアスもまた特段考えるまでもなくそれを察し、されどもどこか言葉選びに迷った様子で、彼女の疑問に答えんと切り出した。

 

 そうして惑う彼から語られた言葉は、この火急の事態でなくとも理解に苦しむ類いのもので。

 

 

()()()()()()()()()()()んだ。もっと言えば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………はぁ?」

「……詳しくお願いできますか?」

「あぁ、勿論だ。……悪い、ちょっとここ頼むぜ!」

 

 

 

 ───同じく近くに居合わせたのだろう傍らの同僚(騎士)に持ち場を任せたマティアスに曰く。

 

 特に予兆となるものすらなく、アトリエの扉から現れた大型の『黒の魔物』、その数三体。

 それらは暴れ回ると表現されるような勢いこそなかったものの、その体躯から少なくない物損を引き起こし、騒ぎを聞きつけた巡回中の騎士達が急行、討伐の流れに至る。

 

 その後、付近の目撃情報から魔物の出現地点とされたアトリエの扉に近付こうとするも、何故か誰一人として開きかけのそれに触れることもできず。

 場所柄からして何らかの錬金術によるものか、だとすれば今すぐ錬金術士を呼ぶべきか───

 

 

「……とまあ、そんなとこに駆け込んできたのがお前らってわけだ。これは一応、丁度良かったと言うべきなんだろうかね」

 

「……そっか。でも、何が起きてるんだろう……?」

「触れることも……? それは一体……まさか……」

 

 そう長くない経緯をマティアスから聞かされつつ、二人の錬金術士はアトリエ前へと辿り着く。

 眼前に在る件の扉───開いた隙間から淡い光の漏れるアトリエの入口に、スールは今一度首を大きく傾げ、ルーシャは口元に指を当てた姿勢で口籠った。

 

「……ともかく、錬金術でこんなことをする方法も理由もわかりませんよ。わたしのアトリエでも防犯機能の一つや二つは備えてますけど、誤作動したからってこうはなりませんし」

「え、防犯?」

 

「え」

「えっ?」

 

「……まぁ、その辺の話は後でやってくれ。でも確かにそうだよな。扉はともかく魔物が出てくるなんて錬金術にしてもおかしな話か」

 

 方や目を見開いて、此方不思議げに。見つめ合う錬金術士達を余所にマティアスは独り言ちる。

 彼の物憂げな視線の先には、大型の魔物が出口に使ったにしては僅かな、加えて内部を窺うには足りない空間を残して佇む、年季の入ったアトリエの扉。

 

 調査の段階で幾度も繰り返しただろう、扉を開けようと伸ばした彼の手が、寸前で止まった。

 傍目には自らの意思で止めたとしか映らないそれは、侵入を阻む謎の術理が其処に在る証。

 

 それを傍らの二人に見せるようにと肩に力を入れ───やがて溜め息と共に彼は振り返る。

 

「これはあくまでオレの印象なんだけどな。以前ルーシャに言われて調べに行った『世界の端』と雰囲気が似てる気がするんだ。……この都のド真ん中にそんなわけ、って思うんだけどよ」

 

「話を聞いていてまさかとは思いましたが、やはりですか。しかし何故二人のアトリエに……?」

「あー……今朝言ってた『絵の世界』の端っこの話? そっか、これが───」

 

 目の当たりにして漸く、理解は及んだが謎も増えたとルーシャが天を仰ぐ。

 その横で持ち前の気質故か、その不条理を自身でも味わってみようとスールは手を伸ばして。

 

 

 彼女の手は、取っ手を掴んだ。

 

 

「「…………え」」

「あれ……?」

 

 驚愕。呆然。

 思考に渦巻く戸惑いをそのまま、腕に染みついた習慣は謎に満ちた隙間を広げていく。

 

 この世に彼女が生を受けて十四年。当たり前に在り続けたアトリエの景色。

 開いた()()にも当然あるはずだった、その場所に。

 

 

 

 ()()が、在った。

 

 

 

「…………『不思議な絵』」

「……っ、()()が、か!? なんで……!?」

 

「わかりませんよ!? ですが……っ、スー! あなた、もしかして()()()()が……?」

 

 

 

「………………うん」

 

 

 忘れていた。

 

 否、奥底に()()()()()()()()、記憶。

 

 かつての『現実』で、今の『絵画(現実)』で。

 それぞれ一度だけ、足を踏み入れた幻想の世界。

 

 否定され、それでも瞼に焼き付いていた虹色の景色をスールは今、確かに思い出していた。

 

 

「…………やっぱり『不思議な絵』だったんだ、地下室のあの絵。あたしだけ……いや、あの絵に入ったのは、あたしとリディーだけだから」

 

「っ! なる、ほど……わたしやマティアスさんが『生前』に入ったことがない絵、ですか。故にこの先に行けるのはスーと、あとはリディーのみ、と」

 

「なん……っ!? いや、それは、分かった。いや何で此処にとか分かってねぇけど置いとくぜ。それで、その…………()()()()()()?」

 

 

 触れられずの扉が開いたことで広がった景色を視界に、マティアスは頭を抱えつつ尋ねる。

 ……尤も、疑問を呈する前から彼にも答えは半ば以上分かっていた。

 

 これまで旅してきた『不思議の絵』の中で目にしてきた()()

 ついさっき、おそらく眼前の『花園』から漏れ出してきたのだろう『絵世界の脅威(レンプライア)』。

 

 根本的な対処法は未だ不明。現状採り得る策は地道な対処療法(わき潰し)一択。

 ならば今やるべき事、やれる事は今まで通りの───絵世界の調査。

 

 

「まさか、一人で……いや、それしかねぇのは分かってんだ! 分かってんだけどな……!」

「……マティアス」

 

「分かっているならぐだぐだ言わないでください。それでも男ですか、まったく」

「ふふっ……」

 

 送り出すことしかできない現実を前に、マティアスの懊悩をルーシャが一刀に切り伏せる。

 普段通りのやり取りに小さく笑ったスールは、そのまま『花園』へと一歩、足を踏み出した。

 

「あぁ……って、おい!? なにも今すぐじゃなくても……!?」

「何を言ってるんですか。……無茶だけはしないでくださいよ、スー」

 

「うん。ありがと、ルーシャ。……行ってくる」

 

 

 往生際悪く、と表すには酷な心労を顕にするマティアスを、やはりルーシャが一言で窘める。

 彼とて忘れているわけではないのだろうが、幻想の入り口と化した此処はアトリエの出入口で、『花園』に染められた其処は双子のアトリエなのだ。

 

 故にこそ。スールが見据える目的は、一つ。

 

 

 

 

「今行くよ、リディー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは、わたしの好きな人が描いてくれた絵。

 わたしのことを想って作ってくれた、大切な場所

 

 

 浮かぶ雲も、風にそよぐ花限りのない黒。

 何もかもが美しく、何もかもが塗りつぶされた世界の嘆き愛おしい

 

 こんなに素敵な世界にいても怨嗟の声を

 わたしの心にはやがては潰え

 

 

 わたしは今日も、この花畑をすべての想いは

 あの子たちに再び会えるという『奇跡』を虚無の中へと沈みゆく

 

 

 雲上に咲く楽園の花畑歪み壊れた奇跡の地。

 

 

 

 リディー、スール。あなたたちは

 お願いだから、無理はしないで

 

 

 

 

 『天海の花園黒の地平線』

 

 

 





※原作既プレイの方へ

 『不思議な絵』の内部に『不思議な絵』が存在し、内側の絵にてレンプライアが氾濫した場合、外側の絵にまで『彼ら』が溢れ出てくることになる。……はい、原作の第11話冒頭準拠ですね。

 地下の絵から大型レンプライアがぞろぞろ出てくる演出が強く印象に残っていた作者です。
 なのに花園側のアトリエを訪問しても特に変わった様子がなくて肩透かし食らった記憶。

 状況からしてオネットさんが文句言いつつ蹴散らしちゃったということですかね。
 流石はスーちゃんの銃の師匠よ。


※原作未プレイの方へ

 今更ですが、不思議な絵のモノローグについてはゲーム原作にてそれぞれの絵に初めて入る際に挿入されるそれをアレンジして作っています。
 入れ替えたり端折ったり伏字にしたりフォントを弄ったりetc. 原文が気になった方は原作を(ry

 ただし拙作のタイトルを冠したアレだけは前半がゲーム冒頭のモノローグ、後半はオリジナル。
 それっぽい雰囲気が出せていたならお慰み、なのです。

・ヴォルテールの防犯機能(?)

 遠隔操作で扉の鍵を閉めることができる(原作ルーシャ談)。
 実際フレーバーテキスト準拠とはいえ錬金術士のアトリエには国や世界がヤバイ系のアイテムがごろごろしてるのでガチガチの防犯機能が必要なのは残念でもなく当然。

・ヴォルテールの店員(?)

 ゲーム中には一人だけ登場。名前表記は「ルーシャの弟子」。外見はモブ少女。
 時間帯を問わずヴォルテール内に立っており、やたら高性能な素材を売ってくれる。やや割高。

 ルーシャの口から言及される機会は全く無く、何らかのイベント中に台詞が出ることもない。
 売買の為に話しかけると『あとりえ・ぷちてーる』という店舗名が表示されるため、実のところヴォルテールの関係者なのかどうかも不明。なおルーシャの事は「ルーシャちゃん」と呼ぶ。

 単に弟子を自称して店内に居座ってるだけの一般通過少女という可能性もあるのかもしれない。

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