本作を投稿する際、作者は前作と同様に「アンチ・ヘイト」をタグに含めました。
原作への愛も尊敬も人後に落ちない程度には抱いているつもりですが、それはそれとして拙作はアンチ要素を多分に含むことになるだろうなという認識があったからです。
「おかえり、スーちゃん」
「おかえりなさい、スール」
「………………ただい、ま……?」
目の前の光景に、スールは呆然と目を見開いた。
見慣れた家の中。
聞き慣れた声。
嗅ぎ慣れた匂い。
ついさっき、今の今まで、駆け抜けていた
「ふふっ……ほら、スーちゃん。びっくりしてないでこっちこっち」
「え、あ……リディー? なんで……」
呆けるスールの手を引き、
まるで悪戯でも───妹のお株を奪い───成功させたかのように微笑む顔に幸せを滲ませて。
「ひょっとして夢だと思ってる? 夢なんかじゃないよ、スーちゃん。分かるでしょ?」
「ん……」
憂うべき何事も此処には無かった。
そう言わんばかりの双子の姉、そしてアトリエを視界に、彼女はされるがまま
佇むのはスールを迎えた、もう一つの声の主。
彼女の脳裏を甘く擽る、懐かしくも遠い、思い出の音。
「…………
「また会えて嬉しいわ。……わたしの、大事な宝物たち」
───オネット・マーレン。
三年前に病死した、双子の母親。
二人の髪色の由来だろう、腰まで流れる桜色の長髪。
二人のそれと同じ輝きを湛える、暖かな紅色の瞳。
柔らかく包み込むような匂いまで、彼女の記憶そのままの姿で。
「……夢じゃなくて、奇跡。とってもとっても素敵な奇跡だよ。ね、スーちゃん」
「ふふっ、そうね。二度と会えないと思っていたあなたたちに、また会えた。これを奇跡と呼ばずして、なんと呼ぶのかしら?」
「……おかあ、さん」
耳に入った、震える己の声に。
記憶に色濃く残るそれと同じ、歪んだ視界に、スールは。
「今、あなた達の大好きなホットケーキを焼いてるところなの。たくさん食べて、いっぱいお話を聞かせてちょうだいね。リディー、スール」
自身が今、どんな顔をしているのか、分からなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『───ギュピッ……!』
『───ギュアァッ……!』
『───ギュッ……!』
「黒の魔物……レンプライアだらけだね。あの時と同じ……」
リュンヌ通り、双子のアトリエの扉から繋がっていた、只人の侵入拒む幻想の花園。
どこかくすんだ七色の空の下、諸手に握る二丁拳銃から硝煙燻らせ、スールは静かに呟いた。
見上げた視界は、斑に『黒』く染まった虹色の空。
見渡す景色は、時折色を剥がしたような『黒』咲き誇る花園。
行く手を塞ぐようにと、沸き出でる『黒』の魔物を捌きながら、彼女は進み続ける。
それは幾つもの絵世界の『調査』を、多種多様な魔物蔓延る採取地の活動を重ね、数々の環境を越えてきた経験、錬金術士として積んできた場数の為せるもの。
かつては逃げ回るしかなかったそれらを、様々強化を施してきた得物にて撃ち払い、追い立て、追いすがる個体を躱しながらも、前へ、前へと。
「……リディーっ!! 聞こえてたら返事してーっ!!」
その止まらぬ歩みに込めた想いは奇しくも、俄かに記憶に戻った『前回』と同じ。
声に集まる『黒』をも意識の端に、スールは見つからない背中を夢景色に探し続けた。
───現実の世界で、自身を含む『幸せな過去』を描き上げたリディー。
絵画の世界で、何も知らない当たり前の日々を共に過ごした『リディー』。
そのどちらもが大切な
そう心の奥深くで叫ぶ己の声を、スールは今も聞いている。
けれどもその上で、やや消極的ながらも双方の『姉』との距離感を計ろうとしていたのもまた、間違いなく彼女自身の意思によるもので。
(……ごめんね、ルーシャ。あたし、上手く説明できなくって……)
そんな自身の迷いを、黙って見届けようとしてくれた
現実と絵世界という、物理的な世界の隔たり。
後者を肌に感じた上で、絵世界の姉と過ごす座りの悪さ───理由の一端を言語化するならば、そのような言葉が当て嵌まるのかもしれない。
(あたし達は……あたしとリディーは、もう……)
そうして『ひとり』の時間を作る中で、次第に彼女は気付きつつあった。
心の内に無意識に引かれた一本の線。戸板一枚隔てたような体温の差異。
暴威に断ち切られ、望むべくもない『奇跡』に繋ぎ直された、無二の絆に残る違和感に。
(…………けど、だからって……!)
そこまで考えて。
胸の内に言葉として抱いて。
だからこそと、彼女は瞳に力を宿らせ、前を見据える。
「……あーもう、邪魔だっての! 【一球入魂メテオボール】! 行っけぇ!!」
『『『ギュピギュアァ……ッ!!?』』』
先送りになった
どこぞの『
迫る『黒』の雲霞に気合一蹴り叩き込むは、培ってきた錬金術の粋を固めた爆蹴球。
湛えた鬱憤諸共吹き飛ばし、一筋生まれた空白を、スールは想いを定めて駆け抜け続けた。
「───はぁ、はぁ……ここで、最後かな……?」
描いた作者の心象によるものか、『花園』は無限に広がる地平を持つ世界ではない。
あたかも雲海に浮かぶ島───天つ国の庭園を描いたが如き『閉じた世界』がその形。
故にこそ、限りある『調査』範囲を塗り潰すように、必然として彼女は
「はぁ……この先……前は
脳裏に残る記憶の中で足を踏み外し、『真っ黒』な奈落へと落ちた丘の上。
そのまま『目を覚ました』ことで、一度は夢だと断じた終着点。
「……行こう」
それでも足を止める理由にはならないと、誰に届けるでもない頷きと共に、スールは歩き出す。
警戒を顕に一歩、また一歩と、頭上に広がる雲海を睨みつけながら。
そうしてゆっくりと、上り詰めた丘の上。
記憶のままならば『大穴』が口を開けていた筈の、その場所で。
「おかえり、スーちゃん」
「おかえりなさい、スール」
「………………ただい、ま……?」
二つの声が、彼女を迎えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───でね、お母さん! ルーちゃんったら、最後、転んじゃったんだよ!」
「ふふっ、そうなのね。ルーシャちゃんも元気そうで安心したわ」
「そうだよ、ルーちゃんも……ふふっ」
「あら、どうしたの、リディー? 思い出し笑い?」
「えへへ……その時のルーちゃんの顔がね、プニがフラムを食らったみたいな顔で……あはは!」
「まあ……うふふっ」
ずっしりと重ねられた、ふわふわのホットケーキ。
たっぷりの蜂蜜と共に、鼻の奥をくすぐる紅茶の芳香。
あたたかな食卓を囲んで、他愛無い笑い話に花を咲かせる母と姉。
「…………」
自分の眼前にも鎮座する、記憶のままのホットケーキ。
見ているだけでも口に唾の溢れるそれを前に、スールは一度、目を閉じた。
好物だった。
何度も、作ってもらうようにおねだりした。
幼い頃は母に。……その後は、姉に。
何度作っても、どれだけ作り方を真似ても、同じ味が出せないと嘆く姿を、思い起こして。
「それにしても……本当に美味しいや。作り方は、私のとそんなに変わらないのに……」
「ふふーん、そりゃなんて言ったって、隠し味をたーっぷり入れてるからね!」
「隠し味!? ……まさか、『愛情』とか?」
「……ぁ」
「……図星なんだね、お母さん」
「ち、違うもの! 愛情以外にも色々入れてるもの! あれやこれや、沢山入れてるものー!」
閉じた瞼の向こうに響く、二人の声。
甘やかな幸福の匂い。
叶った『奇跡』。
ふと、目を開いたスールは、両手に銃を握って。
撃鉄を起こし。
「もういいよ、レンプライア」
引金を引いた。
※原作既プレイの方へ
この辺りを作品として描くべきか否か、実は非常に迷っておりました。
第20話を最終話に据えていれば、表に出ることはなかっただろう裏コンセプト。
それでも一度始めたならばと最後まで描く覚悟を決めた次第です。
この場で一つ、念押ししておきますが。
作者は原作の やさしいせかい が大好きです。
※原作未プレイの方へ
ゲーム開始時点で故人であるオネットお母さんの絵世界登場は原作通り。
またハチャメチャに子煩悩で親馬鹿で愉快なママさんだったりもします。気になった方は(ry