幸せな絵画の王国   作:非単一三角形

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 癖を出してなんぼよ。



第24話 魔核

 

 

 剥がれていく。

 

 剥がれていく。

 

 古びた壁紙を、あるいは薄い殻を一枚、突き破ったかのように。

 

 

 七色の空は、陽光を忘れた『黒』の空に。

 七色の花園は、乾き崩れた『黒』の廃墟に。

 七色の雲海は、果てまで限りのない『黒』の地平に。

 

 

 望まれ、描かれ、歪み、壊れた。

 それは『不思議な絵』の行き着く先。叶えられた『奇跡』の末路。

 

 

 

 『黒の地平線』

 

 

 

 

 

 

「……これがルーシャの言ってた感覚なのかな。ほんと、背筋がぞわぞわしてしかたないよ」

 

 アトリエも、甘いホットケーキの香りも剥がれ落ち、視界の端を埋めるは真黒な遠景。

 かすかに硝煙立ち昇る銃を両手に、色味の薄い呟きを溢して、スールは顔を上げた。

 

 踏みしめた足から返る感覚は、さながら堆く誂えられた祭壇の上。

 花園はおろか草木の気配すら無機質に塗り替えられた『黒』の世界に、屹立する影が一つ。

 

 

 

『キュオオオオオオオオオ……ン』

 

 

 

「レンプライアの親玉、って感じかな? ……でっかいなぁ」

 

 生物の上半身を思わせる歪な造形はそのまま、大型個体から更に二回り、質量を増した巨体。

 凡そ生き物らしさの乏しい───息遣いを感じさせない総身から滲み出るは、遍く全てを汚し、侵し、塗り潰さんとする悍ましき『黒』の気配。

 

 ───『黒き絵画の魔核』。

 

 過去に付けられたその名など知る由もなく、されど『元凶』に程近い存在であることを本能的に察しながらも、その威容と相対するスールの口からは、どこか厭世じみた呟きが溢される。

 常の彼女からは想起できない程に冷えたその瞳が映すのは、凄然と佇む黒き巨体の胸元。

 

 

『キュオ(スー)()オオオオ(すー)オオオオ(ちゃ)……ン』

 

 

 虚ろな咆哮に紛れて耳朶を叩く、()()()()掠れ声。

 これ見よがしに巨体から生えた、()()()()()()、二つ分。

 

 この『世界』に、あの『花園』に何が起きたのか。その結果どうなったのか。

 否が応でも理解できてしまう、眼前に突き付けられた『手遅れ』のかたち。

 

 一発の銃弾が剥いだ、甘やかな幻想の真実。

 

 

「……だから、もういいってば。そういうの」

 

 

 それでも、彼女の心は静かだった。

 

 暖かな『幸福』を、見せかけの『奇跡』を、自らの手で撃ち抜いたその時から。

 

 

「わざわざあんなの見せて、何がしたかったのか知らないけどさ」

 

 それは、一種の防衛本能でもあったのだろう。

 

 信じていた『世界』が、己の記憶が、存在が、突如土台から揺らぎ引っ繰り返された経験。

 忘れることなどできない『一度目』に知らず支えられながら、両手の銃を強く握り締めて。

 

 

「お前が、絵の世界を食い尽くす『黒の絵の具』。その親玉だって言うなら───」

 

 抱くべきなのだろう怒りも、絶望も、頭の片隅では理解しながらに。

 一念一矢を貫いた姉の如く、やるべきことだけを冷たく見据えて、スールの身体は動き出す。

 

 

 

『キュオオ(スー)オオ(ぇて)オオ()オ……ン』

 

「───倒すよ。……あたしたちのメルヴェイユがなくなっちゃうなんて、絶対にイヤだから」

 

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「う、うおおおっ!? まだかっ、ルーシャぁ!!?」

「もう少しです! ……行きますよ、エクストラミックス! 【ルフトコンプレッサー】!」

 

 

『『『ギギュピイィ……ッ!!』』』

 

 

 投げ込まれた緑翠の爆弾。吹き荒れる暴風の殴打。

 千々に裂かれた『黒』の残骸が、朱く染まった()()()()()()()()に飛び散り舞い上がる。

 

 日暮れのリュンヌ通り。人集りを作っていた双子のアトリエ周辺。

 騎士達が警戒線を作っていたその場所は今、かつてない喧騒の只中にあった。

 

 

「ちくしょう、こいつらまた急に出てきやがって……! 市民の避難は済んだか!?」

「ええ、どうやら……如何に野次馬根性逞しい方であっても、これだけの()()()()()を目にしては大人しく逃げる以外の選択肢は無かったようですよ」

 

「そっか……それなりに騎士が残ってたのが良かったな。何か起きる様子もないし数人残して解散なんてことになってたらどうなってたか……」

「……そうですね」

 

 魔物の圧が薙ぎ払われた空隙を使い、束の間の息を吐くマティアス。

 その一方、周囲で戦う騎士達、および遠くなった避難誘導の声に意識を傾けていたルーシャは、手元で次なる爆弾の準備を進めつつ、暴れる魔物達の『出元』へと視線を向ける。

 

「しっかし何が起きたんだ? 扉から見えてた『花園』も、えらく()()()()()()()()()()し……」

「さて……飛び込んでいったスールが何かやってくれたと思いたいところですね。……無茶をしていないと良いんですが」

 

 誰にも触れられず、スールの手で開けられるまで窺い知ることの出来なかった扉の先。

 干渉できぬとあっても直ちに離れる気にはなれず、その身を案じ見守っていた矢先のこと。

 

 突如として色鮮やかな景色が消え、代わりに覗いたのは冷たく無機質な『黒』一色。

 暗闇を四角く切り取ったような『開口部』から、今なお断続的に吐き出される『黒の魔物』に、ルーシャは妹分への信頼を口にしつつも、滲む心労に少なからず眉根を寄せた。

 

 

「絵の世界を真っ黒に食らい尽くす魔物、レンプライア。……あの扉の向こうに見える景色こそ、彼らに食われ切った世界、なのでしょうか」

「……かもな。今まで見てきた不思議な絵の中で起きてた騒ぎも、放置してたら同じようなことになってたのかもしれねえぜ」

 

 溢れるような『黒の魔物』の襲来に、二人が脳裏に浮かべた光景は同じ。

 幽幻の森で、氷銀の洞窟で、第三者として介入した()()が眼前にあるのだと、揃えた認識を胸に再び迫る『黒』の波へと各々の武器を構え直して。

 

 

「…………案外、向こうでスーに大暴れされて、慌てて逃げ出してきてるんだったりしてな」

「なんですか、その楽観的過ぎる想像は。頭にプニナゴミでも咲いたんですか?」

 

「咲くか!? ……いいじゃねーか、どうせ───いや、悲観的になるよりはマシだろ?」

「それはまあ……そうですが」

 

 取るに足らない軽口を、されど何かを飲み込むように歪めた口でマティアスは嘯く。

 他方、彼が言い淀んだ言葉を遠からず察したルーシャは、様々浮かんだ言葉を飲み下した後で、微かな溜め息を吐いた。

 

 どうせ───()()()に立ち入れない自分達にできることは限られている。

 彼女達が帰る場所を守り、信じて待つだけしかできないならば、せめて───

 

 

「……無事に帰ってこなければ許しませんよ? わたしの大切な、妹達」

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ───形を得た災禍、という言葉が相応しかった。

 

 

 再度放たれた銃弾が、戦い、らしきものの火蓋を切って数分。

 厳かさすらあった祭壇状の舞台に踊るのは、狂える力のみを得た赤子の癇癪が如き、暴威の嵐。

 

 黒き両腕が動く毎に、空虚な咆哮が上げられるたびに。

 無慈悲に荒れ狂う炎の刃、氷の柱、落雷、毒風、そして───

 

 

『キュオオオオオオ(スー)オオ()……ン』

 

「……っ、こん、のぉ!!」

 

 

 破壊もたらす『黒』の弾丸。

 対するは、その尽くを撃ち落とす、一瞬の内に重ねられた6()()()()()

 

 腰だめに構えた一丁の銃より披露された、余人が見れば神業と呼ぶだろう神速の早撃ち。

 気迫一閃、猛威を退けて見せたスールは、しかし一層温度を失くした瞳で彼の者を射貫いた。

 

 淀みなく、くるりと回された片手が行うのは、撃ち切った銃弾の排出と再装填。

 吹き荒れる炎雷、氷風に紛れた巨体の()()に、彼女はぴたりと銃口を合わせる。

 

 

 異形の一部たる黒の人型───()()()()()()()()()に、桜色の唇を噛みしめながら。

 

 

「……お母さんは、さ。あたしの銃の師匠なんだよ。いつもはすっごく優しくて暖かいんだけど、銃の指導のときだけは本当にスパルタで……結局、早撃ちじゃ一回も勝てなかったっけなぁ」

 

 

 在りし日の、母の背中。

 

 過ぎ去りし日にもなお、追いかけ続けた面影。

 

 幻想の世界を食らい尽くすべく生じた『彼ら』は、果たして悪意の類いを抱くのか。

 誰にも分からぬ疑問を脳裏に過らせた彼女は、逆撫でされる心中を湧き上がる戦意に込め直す。

 

 

「……全然。全っ然だよ、形だけじゃん。ほんと、そういうのもう、いいからさぁ……!」

 

 それはきっと、イタズラ好きな明るい少女が初めて抱いた、冷たく凍てつく漆黒の怒り。

 軋む程に握り締められた二丁の銃身が、その想いを示すように火線を作り上げる。

 

 

 

『キュオオオオオオ(ス ー)オオオ……ン』

 

「っ……! ああ、もう!!」

 

 

 されども、暴威は止まらず。

 黒き気合を込められた弾丸も、爆弾も、彼の者を傷付けはすれど、命脈を断つには程遠く。

 

 

 ───彼女は知らない。

 

 絵世界に生じる『黒の絵の具』、レンプライアの核なる個体。

 過去に数多の戦士が、優秀な錬金術士達が立ち向かい、()()()()()()()()()化物に、ただ一人で挑むということがどれほど無謀な行いだったのかを。

 

 

「エクストラミックス……っ!? くっ、あ……っ」

 

 爆蹴球と存在未定結晶(アルケウス・アニマ)

 懐から取り出したそれらに一瞬、集中を割こうとした彼女を、忽ち五色の暴威が襲い掛かる。

 

 手段の不足を察したスールが手を伸ばさんとしたのは、彼女が辿り着いた前代未聞の即興錬金。

 数日、数時間の『調合』に迫る結果を僅か十数秒で手繰り寄せる『鬼札』は、それでも狂い迫る暴威に一人晒されながら切れる札ではなく。

 

 

 ───彼女が、一人でなかったなら。

 

 優秀、の域には収まらぬ錬金術士が唯一人でなければ、結果は覆ったかもしれない。

 

 

『キュオオオオオ(ス ー)オオオ()オ……ン』

 

「や、ば……っ! 足、動かな……っ!?」

 

 

 窮状を覆せねば畢竟、辿り着くのは()()()()()

 噛み付く牙すら手折られた彼女を、荒れ狂う暴威は過たず───

 

 

 

 

 

 

 

 

『【魔神大雷火】』

 

 

『キュオオオオオオ……ッ!?』

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 

 白雷。

 

 轟音。

 

 一瞬の空白を経て肌を撫ぜた雷熱に、スールは白く染まった思考で、()()を見上げた。

 

 

 輓馬の半身を思わせる四足の下半身に繋がった、甲冑に身を固めた騎士のような上半身。

 形状だけは蜥蜴のようで、丸太程に太く長い尾に、背には不釣り合いに小さな翼状の突起。

 手首があるべき場所から刀身のように鋭く伸びた、稲光を纏った左腕が指し示すは、()()()()

 

 

「…………ファル、ギオル? なんで……?」

 

 

 永遠に消え去った、今は亡き荒ぶる雷神。

 未だ記憶には鮮烈に残っていたその背中を、ただ呆然と。

 

 そんな彼女の耳朶を叩いたのは、何よりも()()()()()()()涼やかな声。

 

 

 

「【ゼーレキャンパス】───私の世界を見せてあげるよ、レンプライア」

 

 

 

 ひらとはためく左袖。

 洗練された装飾の眼帯に覆われた片瞼。

 ゆっくりと、祭壇を登るその手には、在りし日の雷神が描かれた一枚のキャンパス。

 

 

「リディー……!?」

 

 

 どこか見覚えのある薔薇の王冠を頭に揺らして。

 自身を呼ぶ声にぱちりと、目を瞬かせた彼女は。

 

 

 

「……なんでスーちゃんがここに?」

「……いやそれこっちの台詞ぅ!?」

 





※原作既プレイの方へ

 前作とは違って原作ラスボスに辿り着きました。
 でもファルギオルに比べると本当に印象薄いんですよね。
 鳴き声以外に台詞ないし。自我があるかも怪しいし。生物というより現象っぽい感じというか。

 なのでガッツリ味付け捏ね捏ね。これぞ二次創作よ。


・ゼーレキャンパスでファルギオル召喚

 『シャリー』のアーシャの必殺技『ハンドオブダスク』リスペクト。
 原作ではいわゆる画伯()なリディーちゃんですが拙作世界線では(ry

 やるかやらないかで言えば錬金術士はやる(個人の意見)。


※原作未プレイの方へ

 ・双子のお姉さんなルーシャ

 以前も触れましたが正確な血縁としては従姉妹関係にあたります。
 しかし原作でも、二人のお姉さんという意識を案外強く抱いている様子が伺えたり。尊い


 ・早撃ちスーちゃん。

 リボルバー式の拳銃で一瞬の内に6連射、という技を初期の頃から使用可能です。しゅごい。
 直後のリロードの仕草なども含め、随所にガチの拘りが垣間見える主人公が彼女になります。よっぽど好きな人が開発スタッフの中に居たんやろうなって。

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