プロット製作初期段階での拙作のコンセプトは前作同様、
『過去作主人公不在のリディー&スールのアトリエ』でした。
※今話後半について、読みにくいと感じた方は反転をご活用ください。
「───イルちゃん。わたしがアトリエを放って旅に出たこと……実は怒ってるんじゃないの?」
「怒ってないわよ?」
流れるような即答。
流れゆく沈黙。
「はやっ!? でも……ほら。自分勝手だなー、とか、アタシを置いていくなんてー、とか……思ってない?」
「だから思ってないってば。アタシはぜーんぜん気にしてないんだから」
所はメルヴェイユが通りの裏、イルメリアのアトリエ。
長く胸中に滞っていた負い目を吐き出すフィリスに、家主の返答は実にあっさりとしたもので。
「あなたは自由そのもの……ていうか、一箇所に留まってられないマグロみたいなものでしょ?」
「ま、マグロって……。一箇所にいられないのは否定しないけど……」
動きを止めれば窒息してしまう生物に例えられ、しかし強く反論もできずに閉口して。
そんな親友の姿にくすくすと、自称・超一流の大天才錬金術士は二心なく相好を崩した。
フィリス・ミストルート。
イルメリア・フォン・ラインウェバー。
かつて『公認錬金術士』という同じ目標を仰いだ旅路の中に出会い、道を共にし、時に競い合い支え合いながら錬金術士として歩んできた二人。
苦難艱難の果てに、二人揃って念願果たすに至った一年という月日は、今も互いの心の中に。
「それと昔からそうだけど……。一人で思い詰めるクセはいい加減やめた方がいいわよ。ホント、変なところだけ真面目なんだから。普段みたいに能天気でいなさいよね」
されど目指した肩書きは同じでも、その後に抱いていた『夢』までは揃わず。
共にアトリエを経営しようと誘ったイルメリアに一度は頷くも、その回遊魚に準えられた心根は当人の口より遥かに雄弁で。
結果、共同経営は長く続くことなく、再びの旅路へと繰り出していったフィリス。
「ただ、どこを旅してどんな場所に行ったとしても……最後はアタシのところに帰って来なさい。あなたとのアトリエ……アタシはまだ諦めたわけじゃないんだからね」
送り出したイルメリアにとっては、当然の帰結。
送り出されたフィリスにとっては、自身の我儘。
そんな僅かなすれ違いからくる罪悪感の吐露を、改めて笑い飛ばしたイルメリアに。
「そ……っか。わたし、またやっちゃったんだ……。ぐすっ……えへ、へ……!」
「……フィリス?」
フィリスの顔色は、変わった。
「あ……なん、でもな……っ! ごめ、ね、イルちゃ……っ」
「……あーもう、何やってんのよ。せめて泣くのか笑うのかどっちかに……!」
表情を隠すように俯いたフィリスに、呆れぎみに顔を覗き込んだイルメリアが動きを止める。
目元を覆う指の隙間、
「…………どう、したの? あなた、ひょっとして何か───」
「わかった、よ、イルちゃん」
「わたし……約束、する」
「いつか、きっと……ううん。絶対っ、イルちゃんのところに戻る、から!」
「だから……だから……っ、それまで待っててね、イルちゃん!!」
「……ええ。約束よ」
胸に湧いた疑問を、けれど泣き濡らされた瞳に閉じ込めて、イルメリアは頷く。
荒くなった息遣いのまま、もう一度だけ微笑みを作ろうとして、不格好に頬を歪めたフィリスにほんのりと眉を下げながら。
唇を噛み締め、何事かを喉元まで、しかし必死に自制する様子で口を閉ざす姿。
見つめているのが良くなさそうだと察した彼女は、小さな苦笑いと共に背を向けて。
背中越しに聞こえた、押し殺した嗚咽と、足音。
ゆっくりと、アトリエを去っていく『親友』の気配に、『イルメリア』は。
「…………バイバイ、フィリス」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「───お母さん、会いに来たよ。ちょっと間が空いちゃってごめんね」」
都の外れ、マール海を臨む丘の上。
潮風に包まれたヴェーニュ教会、その裏手に構えられた、共同墓地。
ありふれた墓石が一つ、刻まれた名は『オネット・マーレン』。
響く鐘の音の中、一輪の花を手向けた桜色の髪の少女が、
「最近あたし達、本当に色々あったんだ。……師匠ができて、錬金術も上手くなって、雷神だってぼっこぼこに……したと思ってたら、もうめっちゃくちゃでさぁ」
「あれから私達、また色々あったんだ。……絵の中で描いた世界で、やっとみんなの仇を取れたと思ってたら……その絵の世界も、放っておいたら危ないことが分かっちゃって」
「今まで居たのが絵の中の世界だったとか、あたしも絵の世界の人間だったとか……だけどまあ、なっちゃったものはしょうがないかなって。……初めは色々悩んだけどね」
「絵の世界のスーちゃんにも……もう、ずっと一緒には居られないんだって、教えられちゃった。本当なら、当たり前のことだったんだって気付いたんだけどね。……お母さんみたいに」
「……『家族みんなで国一番のアトリエになる』のは……もう難しいけど。守れなくなっちゃった約束の分まで、頑張るから」
「……お母さんとの約束は守れなくなっちゃったけど……成り行きででも、女王様になっちゃったからには、いっぱい頑張るから」
「「だから……
「───海を見ながらたたずむわたし……。ああ、芸術です……」
「…………なにしてんの、ルーシャ?」
「我ながら絵になるなぁと感動していたのですよ。待ってる間ちょっと暇だったもので」
「さいですか……」
いつ如何なる時にも我と我が道。平常運転な幼馴染に眺める遠景。
それで気を落ち着けてしまう自身にも微妙に複雑なものを抱きつつ、スールは彼女を倣うように眼下に寄せる波へと視線を落とす。
「まぁ、わたしの事はともかく。お墓参りは済みましたか?」
「……まあね。付き合ってくれてありがと、ルーシャ」
「お安いご用ですよ、このぐらい。……本来、わたし達も参られる側なんでしょうけど」
「あはは……そうだね」
透き通る晴天の下、日差しを浴びて白くきらめく水飛沫。
広大で、雄大で、どこまでも青く続いて見える水平線。
これが、
今に至っても不意に頭を過るその問いを、しかし彼女は和らいだ瞳の奥にしまい込んだ。
「もしかしたら
「…………いえ、それはあり得ませんね」
「へ?」
「このわたしが一緒くたに共同墓地に葬られる筈がありません! 見事な慰霊碑か、厳かな霊廟が急遽建造されて然るべきです! なにせ、このわたしの墓なのですから! おーっほっほっほ!」
「……うわぁ、流石はルーシャ。墓になってもうるさそう……」
事の次第を共有する人間以外が聞けば目を剥くか、意味不明としか思えないだろう話を、どこか冗談混じりに交わすルーシャにスール。
軽く言の端に上げたそれらが存外に
己が在る絵世界こそが、目の前にある
「おーっほっほっほ! ……さて、用が済んだならアトリエに戻りますよ。今日も今日とて予定はぎっちりですから、じゃんじゃんきりきり働いていただきませんとね」
「うぐ、まぁやるけどね。……見てろよー、壊れちゃったアトリエの立て直しが終わったら、すぐ独立して…………今度こそ『国一番のアトリエ』の座を奪い取ってやるんだからなー」
「ふふ……では、それまでしっかりと仕込んでさしあげようじゃありませんか。……真面目な話、あなたを一人暮らしさせるのは少々、かなり、非常に心配なんですよね……生活、できます?」
「な、なにおう!? あたしだって、リディーに何でも任せっきりだったわけじゃ……ないよ?」
「……語るに落ちてるんですよ。せめて料理を焦がさなくなってから言ってください。なんで常に強火で調理しようとするんですか、あなたは……」
「いやぁ……強火にした方が時間短縮になるかなって」
「なりません。……リディーが体調悪くて台所に立てない時とか、どうしてたんです?」
「それは、その……おかゆとかなら、なんとか…………調合で」
「……『できないわけじゃないけど片付けが苦手』……そう聞いていたんですけどねぇ。まさか、実態がそれとは……ええい、わかりました。わたくしが一から鍛えてあげますからそのつもりで」
「はぁ~い、ルーシャせんせー……」
───いつも、いつでも、二人一緒だった『リディーとスール』
この都で、父親と一緒に小さなアトリエを営んでいた、双子の錬金術士
現実と、絵の中
二つの世界に隔てられた二人は、それぞれの忙しい日々を、今日も精一杯に送っています
消えてしまった隣の姿を、少しだけ寂しく想いながら
果たせなくなった母との約束を、今でも胸に秘めながら
同じ色の空の下で
同じ形の雲を見上げて
隣り合う世界の対岸で、そうとは知らずに声を揃えて───
「さよなら、リディー」
「さよなら、スーちゃん」
キャンバスの中で世界は続く。
イーゼルの彼方を四方山話に。
原作真エンドにおいては永遠の存在(?)と化す故オネット母さん。
それを含む全てのエンドにおいて、必ず二人一緒なリディーとスール。
これらの対極に当たる終幕を目指して。
これが拙作の裏コンセプトでありました。これもまた一つの二次の形よ。
…………つまりフィリスちゃんは貰い事故です。ごめんねフィリスちゃん。
本作を切っ掛けにアトリエシリーズに興味を持った方が一人でも多く増えることを。
自分もアトリエで二次を書きたい、と思ってくださる方が一人でも多く現れることを。
そして今後、一読者として一つでも多くの新たなアトリエ二次と出会えることを。
また一プレイヤーとしてアトリエシリーズの益々の隆盛を願い、結びとさせていただきます。
それでは、またいつか。
本日夕方に活動報告を上げる予定になります(いつもの)。