幸せな絵画の王国   作:非単一三角形

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 改変要素さんがアップを始めました。



第4話 花園に、ひとり

 

 

 ───見上げた視界は、虹色の空。

 

 見渡す景色は、花咲き誇る庭園。

 

 脚を降ろせば、微かに波打つ柔らかな草原。

 

 

 

「…………なに、ここ……?」

 

 

 

 頭の上から足の下まで、現実とは思えない()()を眼前に。

 暖かにそよぐ風の中、立ち尽くす少女は呆然と呟く。

 

 

「……夢? いや、にしてはさっきの絵に似てる……というか、うっすらだけど絵に吸い込まれたみたいな覚えもあるし……」

 

 

 絵の中に広がる世界。

 頭に浮かんだ御伽噺のようなその結論を、どこか否定する気分にもなれないまま。

 

 

「……あ、よく見たらこの辺り、錬金術に使ったら凄いことになりそうな材料がたくさん……いやそんなことよりも……」

 

 

 感動を誘う色鮮やかな世界を今一度、錬金術士の瞳を通せば見えてくるのはまた別の価値。

 普段、材料の調達に赴く都の周辺では見掛けない高品質の、あるいは希少な素材の数々。

 

 常ならばすぐさま手を伸ばしただろうそれらを、しかし振り払うように視線を切って。

 

 

 

「……()()()()()()()()()()っ!? 聞こえてたら返事してーっ!!」

 

 

 

 天の国と見紛うばかりの夢景色に、ひとり。

 いつもいつでも傍にあった双子の姉(リディー)を探し、園を駆けるスールの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 ───()()、二発。

 

 無骨な火薬音が、七色の花園に鳴り響く。

 

 

『ギュピ、イィィ……!』

 

 

 続けて上がったのは、どこか生物らしさの薄い奇怪な呻き声。

 苦悶には分類されるのだろうそれと共に、形を崩していく()()()()

 

 

「……魔物(こいつら)いるんだ、この世界……」

 

 

 筒口から硝煙燻る拳銃を、手の中でくるくると踊らせて。

 塵のように消えていく黒い魔物に、スールは驚きと緊張の混じった眼差しを向けた。

 

 

 虹の地平をひとり、姉の姿を探して彷徨っていた彼女の前に現れたのは、膝丈ほどの体躯を持つ黒い粘体のような小さな魔物。

 景観にそぐわないその存在に驚きつつも、向けられる害意に気付いたスールの手は半ば反射的に馴染みの二丁拳銃を抜き放っていた。

 

 そうして繰り出したは母親譲りの射撃術。……銃弾が家計に優しくないのはご愛敬。

 大物を仕留めるには少々頼りないそれで事足りたことに内心で安堵を抱きながら、彼女は自然な動きで背後の空間へと振り返り。

 

「実は絵の中って、どれもこんな世界が広がってるのかな、リディ───あっ」

 

 冗談混じりに弾ませた声を、ぷつりと途切れさせて。

 瞳に映る()()()()()()()に硬直した彼女は、やがて溜息と共に手元の銃を腰に収めるのだった。

 

 

「…………どうしよう」

 

 柔らかな薫風すらも寒気とばかりの沈黙が、立ち尽くす彼女の身を包む。

 眉根を寄せ、今一度周囲を見回したスールから、思わずといった調子の呟きがこぼされた。

 

 

「魔物は出るし、リディーはいないし……よく考えたら帰り道もわかんないし……うー……」

 

 

 もしこの場に双子達と縁の深くない、それでいて普段から都で彼女を見掛けているような人物が居合わせたなら、その不安げな姿と声に目と耳を疑ったことだろう。

 控えめで穏やかな『良い』性格をした姉の隣で、如才のない『イイ』性格をしている妹。それが多くの都民にとってのスール・マーレンという少女だからだ。

 

 けれど勝気でお転婆、イタズラ盛りな常の姿は、姉に甘える心の裏返し。

 いつでも姉の背に隠れていた頃の、内気で人見知りだった幼い彼女を覚えている者は多くない。

 

 

 繰り出す冒険心も、未知への感動も、姉妹揃っていればこそ。

 まったく予想外に『ひとり』になってしまった彼女は、華やかな世界に心細く身を竦ませる。

 

 

「……い、いやいや! こういうときは考えるより、まず足を動かさなきゃ! お母さんとの約束その5! 『悩むよりも前に行動すべし!』」

 

 そんな憂いを振り払うように、スールが掲げたのは亡き母との約束、その一つ。

 母が人生の標語としていたらしいそれに己への鼓舞を込め、彼女は天を指すように指を立てる。

 

 

 ───二人一緒に絵に吸い込まれた感覚は確かにあった。

 あちこち広がってる世界でもないし、先に進めばきっとリディーも見つかる。間違いない。

 

 ───入ってこれたからには出口だって絶対あるはず。リディーと合流したら二人で探そう。

 でも、さっきみたいに魔物と出くわすと面倒だよね。なるべく避けて───

 

 

「…………あれ、ちょっと待って? 魔物も出るとこにリディーひとりって、マズくない……?」

 

 決意新たに、指針を定めようとしていたスールの思考が、はたと止まった。

 その脳裏を過るのは、予てより最弱の魔物(青ぷに)にも一撃ノックアウトされかねない非力貧弱脆弱さを誇っていた(?)リディーの姿。

 

 

 ───毎日少しずつ鍛えるったって、一日に腹筋5回、腕立て3回は鍛えるうちに入らないよ?

 

 7回と5回に増やす……ま、いいか。やる気があるのはいいことだもんね───

 

 

 続いて浮かぶのは、自作の筋トレ()メニューに挑まんとする姉に、過日の自分が掛けた言葉。

 ついさっきまでとは違った趣きの不安を胸に噴き出させ、俄かに顔色を変えていくスール。

 

 

「……やばい。こんなことになるなら、もうちょっと口出ししとけば……いや、そんなん言ってる場合じゃない! 待ってて、リディー! 今、助けに行くからぁー!!」

 

 

 

 

 

 

 ───走る。

 

 ───走る。

 

 小川を越え、庭園を越え、花咲く草原を掻き分けて。

 

 

「……景色は何度見ても夢みたいだけど……やっぱり絶対夢なんかじゃないよね、これ」

 

 一度の遭遇を経て、()()()()()で目を凝らせば、視えるものは自ずと変わる。

 草原に、木の陰に、見え隠れする魔物達を避けつつ足を進めながら、スールは小さく呟く。

 

 

 都の付近の街道周辺でも、あるいは少々山林に分け入れば、嫌でも見掛けることになる魔物達。

 強さ獰猛さはそれぞれでも、人間の姿を見るなり敵意を向けてくるのは極一部を除き皆同じ。

 

 幻想のようなこの地においても、変わりのなかったその共通項。

 しかし駆け抜ける彼女の目は、少しずつそれらと異なる事項を捉えつつあった。

 

 

「……何だろう。なんか黒いヤツばっかりになってきたっていうか……なんか、イヤな感じ」

 

 

 ───手に抱えられる程度の、粘体状の黒い魔物。

 

 ───人と同等の体躯の、鋭い鎌のような腕部をもつ黒い魔物。

 

 ───大型の獣の上半身を思わせる、這いずるように蠢く巨大な黒い魔物。

 

 

 比較的小さな個体ならば、数発の銃弾で退けることはできる。

 大型の個体はその限りではないが見た目通りの鈍重さ故に───それ以前に下半身が無いように見えるが、あれが基本の姿なのか───見つかってから距離を取るも、脇をすり抜けるも容易。

 

 そうして潜り抜けつつも彼女は思う───あの黒い魔物達だけが妙に()()()()()、と。

 

 ただでさえ素晴らしい景観を損なうそれらが大小様々な同種で集まっている場所など、そこだけ淀みが浮かんで見えるかのようで。

 寄ってきた小型の幾らかを撃ち倒してみても、どことなく次々と沸き出ているようにも思えて。

 

 

 それはまるで、キャンパスの上に跳ねて飛んだ『汚れ』のようで───

 

 

「あっ…………リディー!?」

 

 

 石造りの階段の先。小高く立った丘の上。非常に見慣れた自身と同じ桜色の髪。

 蔓延る異形の影とは異なる、この世界で初めて目にした()()に、スールが声を張り上げた。

 

 一方、当の人影が声に気付いた様子はなく───彼女から見えたのも後ろ姿で───あちら側に窪地でもあるのか、その姿はゆっくりと丘の向こうに沈んでいく。

 

 

「え、ちょ……っと、待ってよ! リディーってば!」

 

 遠ざかる影に慌てたスールは、丘に続く石段へと一直線に駆け出した。

 にじり寄る黒の魔物を振り払い、撃ち抜き、幾つもの影に背を追われながら。

 

 

「あーもぅ、魔物が邪魔でなかなか追いつけない……こうなったら全力ダッシュ、で……?」

 

 目的を前に鬱憤を溜め始めていた彼女が、前進に専念すべきか思案したところで、ふと気付く。

 背中に感じる視線、圧力───それらに類する気配が、酷く重複していることに。

 

 

「あー……えっと? 皆さん、いつの間にこんなにお集まりに……」

 

 

 おそるおそる、振り返った彼女の視界に入ったのは、花園を埋め尽くさんばかりの『黒』。

 少なくとも同種間で争う生態はもたないらしい()()は一様に、一点を注目していた。

 

 無機質な瞳、に相当するだろう器官の視線を一身に浴びたスールは、びくりと身体を震わせて。

 

 

 

「…………逃げろーっ!!」

 

 

『『『キュピィィィ!!』』』

『『『キュアァァァ!!』』』

『『『キュオォォォ!!』』』

 

 

 結果的には直前の宣言通りに、一心不乱に石段を駆け上がり始めたスール。

 その背にぶつけられる無数の鳴き声が、彼女の足を否応なく限界まで急き立てた。

 

 

 視界の端を、虹の雲海が飛び抜ける。

 

 駆ける足先が、鮮やかな草花を蹴り飛ばす。

 

 吐き出される息は、早鐘となって甘やかな芳香を掻き消した。

 

 

「(……なんなの、この世界……? 出口は……リディーは、どこ、に……?)」

 

 

 脚が訴え始めた痛みを覚えながら、スールの思考は虚勢を張る余裕もなく空転する。

 帰り道と、リディー。ただその二つだけを胸に、昇る丘の先に探しモノがあることを祈って。

 

 数分。数十秒。時間にして決して長くはかからず。

 真っ直ぐに向かった彼女の足は、やがて丘の頂上を───()()()()()

 

 

「…………へっ?」

 

 

 瞬間、スールの身を襲ったのは()()()

 火照る頬に当たった風が、自身が()()()であることを彼女に教えた。

 

 丘の上は、『窪地』などではなかった。

 そこにあったのは、ひたすらに深く、深い、真っ黒な『大穴』で。

 

 

 

『キュオオオオオオ……ン』

 

 

 

 穴の底。黒の中の『黒』。

 落ちゆく彼女を見上げたのは

 

 

 

 

 

 

『───来ちゃダメ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、起きた? スーちゃん」

「ふぇ……? あ、リディー…………!?」

 

 

「スーちゃんったら、よっぽど疲れてたんだね。調合の途中で寝ちゃうだなんて……」

「……調合の、途中? あ、ここ、アトリエ……」

 

 

「どうかしたの? ひょっとして……怖い夢でも見てたとか?」

「……えっと、リディー? あたし達、地下室に行ったよね? そこにあった絵の中に……」

 

 

 

 

「地下室? 絵の中? ……なんだかすごい夢見てたんだね、スーちゃん」

 

「……………………うん」

 





※原作既プレイの方へ

 喧嘩してる真っ最中ですら、同じ空間から離れようとはしない二人。
 とりわけスールはリディーに対して相当甘えているのが伝わってきますよね。姉妹愛てぇてぇ。

 ……にしてもスールの弾代はどこから捻出してたんだ極貧マーレン一家よ。
 銃弾が駄菓子並みに安価な国という可能性? それはそれでイヤだよそんなアトリエ世界。


※原作未プレイの方へ

 ゲームにおけるスールの武器は二丁拳銃(リボルバー式)。リディーはシリーズお馴染みの杖。
 杖以外を使うアトリエ主人公も何人かは居ます。母数を考えるとまだまだ珍しい側ですが。

 不思議な絵の世界、と称された数々の美麗なフィールドを鑑賞できるのも原作の魅力の一つ。
 時に立ち止まって背景を堪能するのも良い、リディスーはそんなゲームでございます。気に(ry

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