幸せな絵画の王国   作:非単一三角形

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 不思議シリーズのキャラではイルメリアが一番好きな作者です。

 特に前作「フィリスのアトリエ」の彼女の個別イベント終盤でフィリスとの才能の差に苦悩し、一度仲違いしかけた二人が再び友情を築くという流れを経て習得するスキルが、フィリスが序盤に習得するスキルの下位互換なあたりの残酷さが狂おしく好きなのです。

 後者の性能が『道具威力増加+行動後待機時間減少』。対する前者は『道具威力増加』のみ。
 それでも増加倍率は同値というところに、才能に喰らいついていく努力の表現を感じるのです。



第5話 超一流の錬金術

 

 

「───来たわね。考えは変わらなかったってことでいいのかしら?」

 

 

 某日、明朝。リュンヌ通りに新たに構えられたアトリエ内部。

 積み上げた書類に囲まれたまま訪問者へと振り向いた錬金術士イルメリアは、そこに並び立った少女達へと静かに問い掛けた。

 

 

「はい! やっぱり私たち、イル師匠に錬金術を教わりたいって思ってます」

「だから、改めてお願いします! 師匠、あたしたちに錬金術を教えてください!」

 

 それに朗々と答えたのは、過日の宣言通りにアトリエを訪れた双子の姉妹。

 そっくり同じ輝き宿す二対の瞳を期待と決意に漲らせ、変わらぬ意志を口にして。

 

「わかった。思いっきり厳しく行くから、覚悟しなさいよね!」

「「はい!」」

 

「うん、いい返事。じゃ、早速授業開始と行こうかしら」

 

 

 斯くして、長らくほぼ独学の錬金術にて糊口を凌いできた双子が願い望んだ、一流の先達からの師事を受けられる日々と。

 幼少より錬金術士の大家ラインウェバーの名を背負い育ったイルメリアの、密かな夢としていた指導者としての一歩目が、こうして始まったのであった。

 

 

 

 

「え? 錬金術って、材料を釜で混ぜたら物ができる……ってだけじゃないんですか?」

「まぁ、ものすごく大ざっぱに言えばそうなんだけど。正確には違っててね?」

 

 ───そもそも『錬金術』とは何であるか?

 

 イルメリアが師として放った最初の問い掛けに、きょとんとした顔で答えたスール。

 その回答通りの『調合』を行ってきたのだろう弟子に目を細めつつ、新米師匠は疑問に答える。

 

 錬金術とは、材料の声を聴き、そこに自然の力を加えることで物体を変質させる術である、と。

 

 

「材料の声……? 材料がしゃべったりするってことですか?」

「ええ。一部の優秀な錬金術士は、実際に声を聴くこともあるみたい。ただ、ほとんどは……」

 

 抽象的にも思える表現に首を傾げた弟子達へ、イルメリアは語った。

 

 錬金術士の望む結果(かたち)と、使われる材料の望む用途(かたち)

 それらを一致させるべく励むことこそ、より良い道具を作り上げる最大の近道。

 

 当然、そこには材料や調合の方式に関する幅広い知識や技量も求められる。

 一言に調合と言っても、ただ釜を混ぜればいいというものではなく、その温度や材料の入れ方等々、何れにも基準(セオリー)となるものが存在し───

 

 

「……むにゃ。それ……パンじゃなくて……フライパン……」

「へ……? あ、ああああ!! す、スーちゃん、起きて!!」

 

 連綿と続いたイルメリアの言葉を遮ったのは、何やらふにゃふにゃとした呟き。

 その価値を認める者にとっては金の粒にも等しい講義の最中、耳に入ってきたありえない声(寝息と寝言)に、リディーの顔が一瞬遅れて蒼白に染まった。

 

 横っ面を引っぱたく勢いで妹を揺さぶり起こしながら、彼女は思う。

 前々から読書をはじめ、頭を使う作業の殆どを───金勘定を除いて───嫌う妹ではあったがまさかここまでだったかと。

 そちらの方面は姉に任せる、が口癖ではあったが、よもやこんな時まで適用させるつもりかと。

 

 

「んあ……? あー、ごめん。長いお話聞いてると、すぐ眠くなっちゃって……」

「眠くなっちゃってじゃないよ、スーちゃんったら……! ご、ごめんなさい、師匠……」

「ふふっ。スーには座学は退屈だったかしら。まぁいいわ」

 

 恐る恐る、青から白に変わりそうな頭を下げたリディーに師匠から返ったのは、小さな微笑み。

 驚き目を見張る姉に、起こされぼんやり眼の妹に、指揮棒の如く人差し指を立てたイルメリアはしみじみと続けた。

 

 

「座学だけじゃ錬金術は上達しないもの。数年の座学を、一年の経験が上回ることがある。それが錬金術ってものなのよ」

 

 

 瞼の裏に、双子の知らない()()の姿を描きながら。

 こちらこそが本領、本番と誰にも分かる自信を伴って。

 

 

「さあ二人とも、釜の近くまで来てちょうだい。超一流の調合───教えてあげる」

 

 

 

 

 

 

「スーちゃん、これ……!」

「うん……。出来栄えが全然違う……!」

 

 指導の開始から数時間。

 呆然と呟く双子の手の中にあったのは、先日も作ったばかりの初歩に当たる傷薬。

 

 されどたった今その手で調合し、釜から取り上げたそれを眺める二人の眼は、信じられないものでも見たかのように丸く見開かれていた。

 

 

「……ふふ、なかなか筋がいいじゃない。まぁ、これが調合の基本よ。覚えておいてね」

「「は、はい!」」

 

 そんな二人に微笑ましげな眼差しを送りながら、イルメリアは念を押すようにそう告げる。

 

 彼女が行ったことは単純明快。

 自身が調合する際になぞる基本手順を口頭で伝えながら双子に調合させた。ただそれだけの事。

 

 使わせた材料も凡庸なら、発展的技術の類いもまだ伝えてはいない。

 それでも劇的な違いを目の当たりにしたらしい弟子達に、彼女は再び満足気に頷く。

 

 

「……くふふ。この調子で調合を練習すれば、すぐに『国一番のアトリエ』に……!」

「なれないわね。錬金術は調合がすべてじゃないもの」

 

「え」

 

 何やら早くも調子に乗り始めたらしい弟子(スール)の空想をバッサリ切り捨て、彼女は続けた。

 錬金術士にとって重要なのは、なにも調合の腕前だけではない、と。

 

 錬金術とは物を作り出す術。

 そこで調合と並び重要となるのが、作りたい物へと繋がるレシピを生み出す発想力である。

 

 しかし、これについては一概に教えられるものでもなければ、教わってどうなるものでもない。

 柔軟な思考や日常にはない経験を基に、自分ながらの閃きを得ることこそが、一流の錬金術士を志す上で避けては通れない道である、と結んで。

 

 

「───というわけで。課題よ、二人とも。今から新しいレシピをいくつか考えてきなさい」

 

「…………ええっ!? 急すぎませんか!?」

「新しいレシピを考えてくるなんて、そんなの……!」

 

 懇切丁寧な指導から、突如投げつけられた課題に悲鳴をあげるリディーとスール。

 それもそのはず。今までの二人にとって錬金術のレシピとは、参考書に載っているそれを忠実になぞることで目的の道具を作り出せる代物(公式)、という認識だったのだ。

 

 それがここにきて、しかも基本技術を教わった次の段階が新たなレシピ(公式)の考案。

 流石に急が過ぎないか、仔を突き落とす獅子のごとき要求(ハードル)ではと、双子は揃って泡を食う。

 

「大丈夫よ。アタシの友達なんて、一晩にふたつもみっつもレシピを作ってたんだから。とにかくいろいろやってみなさい! わかったらほら、行った行った!」

 

「「は、はーいっ!」」

 

 そんな弟子達の声なき抗議を笑顔で黙殺、最初の講義は終わりとばかりに追い立てる師匠。

 あるいは丁寧な指導を心掛けたが為に、当初の想定以上に所用が迫っていたのかもしれない。

 

 先日アトリエを訪れた時との差異───空間を侵略しつつあった書類の山から、師の繁忙振りに薄々気付いていた二人は、様々想いは抱きつつも大人しくアトリエを後にするのだった。

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「はぁはぁ、追い出された……。イル師匠って、実は結構スパルタ……?」

「あはは、かもしれないね。でも、説明はすっごいわかりやすかった」

 

 

 アトリエから駆け出した先は、中天の陽に照らされたリュンヌ通り。

 上気した頬で息をつく双子の顔にはしかし、単なる疲れとは異なる興奮が浮かんでいた。

 

 先の展望が見えなかった閉塞感を吹き飛ばす、険しかれども確かな習熟を実感できる道行き。

 その一歩目を確かに踏み出せたという確信を胸に、瞳に宿った熱を確認し合う姉妹。

 

「せ、説明は半分くらい寝てたけど……。確かに、教え方はすごく上手な気がする!」

「ふふっ。師匠について行けば、きっと立派な錬金術士になれるはず。頑張って課題を───」

 

 

 

「あらー? リディーにスーじゃありませんかー」

 

 

 

「あ、ルーちゃん」

「げっ、めんどくさいのに見つかった……」

 

 そんな姿を遠目に見たのか、通りを行き交う人混みの中から双子にとって馴染み深い声が響く。

 振り向いた視界に入る燃えるような赤毛に、リディーからは微笑みが、スールからは正直過ぎる一言が、それぞれ手を振り歩み寄る……途中で駆け足になった幼馴染(ルーシャ)を迎えた。

 

「めんどくさいとはなんですか、めんどくさいとは! ……それでどうです? その後の進捗は」

「へ? ……進捗?」

 

「試験ですよ! アトリエランク制度の参加試験! まさかとは思いますが、諦めてしまったとは言いませんよね? ……流石に、ちょっと、難しくし過ぎたかなー、なんて……

 

 不思議そうに首を傾げたスールに、何やら焦り気味に問いかけるルーシャ。

 その時点では彼女の意図を掴み切れなかった双子だったが……続いて漏れ出たらしい小声に相も変わらず素直ではない幼馴染の本音を悟る。

 

「あはは……私達のこと心配してくれてたんだね、ルーちゃん。でも大丈夫だよ」

「そうそう。あたし達にも頼りになる師匠ができたからね! ルーシャの作った試験課題なんて、すぐに……は無理でも、何日もしないうちに突破してやるんだから!」

 

 

「そうですか、無事に……こほん! ええ、ええ。それでは二人がわたしの試験を越えてくる日を楽しみにさせてもらうとしましょう。おーっほっほっほ!」

 

「むぅ、嫌味っぽい言い方しちゃってぇ……見てろよ、今に吠え面かかせてやる……!」

「ふふっ……あれ? そういえば、ルーちゃんは何しにこっちの通りまで来てたの?」

 

 憂い顔から一転、聞き慣れた高笑いを添え、いつも通りのやり取りを始めるルーシャとスール。

 そんな様子を微笑ましげに眺めていたリディーは、ふと思いついたように疑問を口にした。

 

「ああ、買い出しですよ」

「あー。……え、でも……」

 

 彼女のアトリエ・ヴォルテールが居を構える都の広場からは幾分か離れたリュンヌ通り。

 そこで偶然の遭遇───おそらく今日は本当に───となった理由を聞けば、返ってきたのはあっさりとした答えで。

 

 特に仔細なく成程と頷こうとした双子は、しかしそこで揃って首を傾げることになる。

 

 

「買い出しって……ルーシャ、手ぶらじゃん」

「ええ。今日は()()()()の方に……ふむ、これは丁度良いかもしれませんね」

 

「丁度良い?」

「ええ。そのうち顔合わせを、と思っていたんです。……というわけで、出てきて良いですよー」

 

 

 

「───ああ、良かった。忘れられてたわけじゃなかったんだな……」

 

 

 振り返ったルーシャの呼び掛けに、物影から一人の男性が苦笑いを浮かべつつ姿を見せた。

 

 金髪長身、筋骨隆々……とまではいかないまでも、力仕事への慣れをうかがわせる体付き。

 美男子、に分類されるだろう顔に爽やかさ……を意識したようなキラキラとした笑みを乗せて。

 

 双子の顔に浮かんでいる少なくない戸惑いを余所に、颯爽と手を差し出す……途中でルーシャに持たされたらしい荷物で塞がった手に気付いて急遽姿勢を変えながら、彼は得意気に口を開いた。

 

 

「オレの名はマティアスだ! これからよろしくな、リディー、スー!」

 





※原作既プレイの方へ

 アトリエ世界って『スパルタ』あったんだなあ(スールの原作台詞より)。

 しかしさんざん頼み込んで弟子入りさせてもらっといて、最初の指導で寝るってお前さん……
 リディーちゃんの胃が心配&イルちゃん菩薩かよ、と思った初プレイ時でした。
 こんな優しい&実力の伴った師匠、シリーズ全体で見ても滅多におらんのやぞ、スーちゃんや。


 ……ソフィー先生?
 ひと月前までド素人だった+この一年で国家試験的なものに受からないと人生お先真っ暗確定な初弟子(フィリス)を旅路に放り出す時点で、スパルタという域を超えた何かだと思うですよ。


※原作未プレイの方へ

 錬金術チュートリアル回。指導の流れは大体原作通り。
 材料の声云々は作中世界の一般論ではおそらく比喩表現。素材の特性を知れ的なアレでしょう。

 ただし、ごく一部の連中(主人公勢)はマジで薬草や鉱石等と会話し始めます。傍から見たらヤベェ奴ら。
 実際、作中にはそういうギャグイベントもあります。本人達は至って真面目という罠よ。

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