今回はFate/grandorderの特異点Fの話が出てきます。久しぶりに実況見ましたけど、いいですね!
マシュちゃんのサーヴァントの甲冑かっこいい!
本作品の話では特異点Fのタチエとマシュ、藤丸の初戦闘です。
楽しんで見ていただければ、幸いです。
それでは、どうぞ!
「タチエさん、ひさしぶりにあれを観ましょう!」
「わかったわかった……マシュは本当に好きだねぇ、『相棒』」
久しぶりにマシュとドラマを見ることになった。彼女は「相棒」のDVDを両手に抱えて、部屋で待っていた。ホームズシリーズに夢中なマシュにとって、杉下右京は“日本のホームズ”なのだという。
第一話からずっと観てきた彼女は、新作が出るたびに欠かさずチェックしているらしい。その熱意には感心するばかりだ。そんな彼女を見ていて、ふと気になったことがあった。
……ときどき、人差し指を押さえているのは、どうしてだろう?
「ねぇ、マシュ」
「はい? なんですか?」
「その……たまに人差し指、抑えてるよね。どうかしたの?」
マシュの笑顔が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「そ、それはですね……実は……」
口ごもりながらも、マシュはぽつぽつと語り始めた。私がカルデアの医療スタッフとして迎えられる前に起きた出来事。ある日、突然部屋にベリルさんが入ってきて、何の前触れもなく――人差し指を折られたのだという。
「……彼の中では、それが“愛情表現”だったらしくて……」
「えっ……ちょっと、待って……」
言葉が詰まる。怒りとか戸惑いとか、そんな生ぬるいものじゃなかった。胸の奥がきゅうっと冷たくなって、世界が一瞬色を失ったような感覚。
マシュは曖昧に微笑んだ。
「もう大丈夫です。治療も受けましたし、ロマニさんもすぐに助けてくれましたから……今では、笑い話なんです」
でも、その笑顔はいつものように柔らかくない。無理して笑っていることなんて、すぐにわかる。
「それ、本当に笑っていい話じゃないよ、マシュ」
私はそっと彼女の手を取った。もう腫れもひいているし、指の動きも問題なさそうだ。けれど、細く白いその指には、かすかに残る歪みがあった。
「ごめんなさい……心配させてしまって……」
「ううん、マシュが謝ることじゃないよ。私、知らなかったんだ。そんなことがあったなんて……」
視線を落とすと、DVDケースが目に入った。『相棒 Season1』の文字。冷静沈着な杉下右京の姿がパッケージに映っている。
「……それでも『相棒』を観たいって思えるの、すごいよ」
「……“相棒”って、正義を貫く物語じゃないですか。小さな不正も見逃さずに、ちゃんと自分の言葉で戦う。……私にとって、あれは“勇気の物語”なんです」
マシュの瞳が、静かに燃えていた。痛みや怖さを抱えても、自分の信じる正しさを手放さなかった。その強さに、胸が締めつけられる。
私は改めて、彼女の手を握り直した。
「そっか……じゃあ、今日も観よう。右京さんと、マシュと、私で。思いきり正義の話を、ね」
マシュはこくりとうなずいた。今度の笑顔は、少しだけ、ほんの少しだけど――本物だった。
――テレビがついて、懐かしいイントロが流れ始める。
「あのイントロ、やっぱりかっこいいですよね!」
「マシュ、セリフ先に言わないでね。初見のテンションで観たいから」
「ふふっ、気をつけますっ」
そうして、私たちは“いつも通り”の時間へと戻っていく。けれど、マシュの強さと、彼女が“好きでいよう”と願い続ける心を、私は決して忘れない。
そして、できることなら。
私も――
彼女にとっての、もう一人の“相棒”になれたらいいな、と思った。
◆◇◆
「マスター適正、77パーセント⸺」
数か月前の検診の結果が、ようやく届いた。
カルデアにいる限り、避けて通れない検査。結果を見た私は、思わず苦笑する。
「……微妙だな」
正直、喜んでいいのか、落ち込むべきなのか分からない。
“マスター”――それは、サーヴァントを召喚し、戦場に送り出す役目を持つ者。
その適正値が77パーセント。確かに高い方だが、決して“特別”ではない。
「ラッキーセブンが並んでるってんなら、宝くじでも買っとけよ」
後ろからベリルさんが茶化すように言ってきた。
冗談っぽい笑顔のくせに、どこか皮肉も混じっている。
――ちなみに、ここでは宝くじなんて売っていない。
そんなやり取りの中、ふと視界の隅に、沈んだような顔の所長――オルガマリー・アニムスフィアの姿が映った。
「……所長?」
「……タチエ?」
私に気づいて立ち止まった所長の顔には、うっすらと隈ができていた。
髪も少し乱れていて、どこかいつもと違う。
「その……体調、良くないんですか?」
気遣って尋ねると、所長は視線を逸らし、周囲を見回してから小さくため息をついた。
「……なんでもないわ」
「でも――」
「なんでもないって言ってるでしょ!……それ、あなた……!」
所長の視線が、私の手元を射抜くように見つめていた。
差し出していた検査結果用紙。そこに書かれた、77パーセントという数字。
「ああ、これですか? 私、マスター適正が77パーセントだったみたいで……なんとも言えないですけど……」
「……どうしてよ」
「え?」
「どうして……あなたにはあって、私にはないの……!」
所長の声が震えていた。怒りとも、泣き声とも違う、心の底から漏れ出すような声。
その言葉は、胸に刺さるほどの重さを持っていた。
「私は所長よ……! アニムスフィアの後継者として、ここに立ってるのに……! どうして……どうして、私には適正がないのよ……!」
拳を握りしめたまま、所長は叫ぶように言葉を重ねる。
背筋はいつも通りに真っ直ぐなのに、その内側が軋んで崩れているのが伝わってきた。
「努力して、勉強して、訓練だってした……それなのに……召喚さえできないなんて……っ」
「所長……」
言葉をかけようとした私の手を、彼女は鋭くはねのけた。
「……オルガマリーさん」
「あなたも、思ってるんでしょ? カルデアなんて、憎いって……私のことだって……!」
「それは違――」
「嘘よ!」
所長の瞳が私をまっすぐ射抜く。その奥には、いくつもの感情が渦巻いていた。
嫉妬。怒り。悲しみ。そして――
「あなたもマシュも……私を恨んでる。そうじゃなきゃ、おかしいでしょ……。お父様も、カルデアも……みんな、あなたたちに……っ!」
言いかけた言葉は、そこで途切れた。
唇が震えていた。まるで、その先を口にすれば、二度と戻れなくなるかのように。
“あなたたちに奪われた”――
ようやく理解したその言葉が、彼女の深い孤独と傷を教えてくれた。
「……所長、私は……」
伝えたい言葉が浮かばない。
その隙を縫うように、所長は私の肩を押しのけて走り去っていった。
その背中は、思ったよりも小さくて、どこか――ずっと寂しそうだった。
「所長……私は、あなたを憎んでなんかいません……。むしろ……感謝しているのに」
私の声は、誰に届くこともなく、静かな廊下に吸い込まれていった。
彼女は、ずっと一人で戦っていた。
継承者として、完璧でなければならない“器”として。
けれど本当は、誰かに「苦しい」と言いたかったはずなのに。
私の胸の奥が、じくじくと痛む。
あのとき、もっと寄り添えていたら――。
「私は……あなたに救われたのに」
目覚めたばかりの私に、カルデアという居場所をくれたのは、他でもない彼女だった。
その彼女が、いまも“自分には何もない”と、自分自身を責めている。
“マスター適正がない”――その事実が、彼女を縛っている。
でも、彼女の価値は、そんな数字だけで決まるものじゃない。
私は大きく深呼吸をした。落ち着け、タチエ。
いまの私にできることは、彼女の痛みを「否定」することじゃない。
受け止めた上で、私がここにいると伝えることだ。
「77パーセント、か……」
私は小さく笑った。
中途半端と笑われる数字が、今はなんだか少しだけ誇らしく思えた。
だってそれは――
「私はまだ、成長できる」という証だから。
「次は……ちゃんと、言葉にして伝えよう」
歩き出す。所長の姿は、もうどこにも見えない。
でも、またすれ違うそのときには。
あの涙が、決して無駄じゃなかったと、そう伝えられるように。
◆◇◆
それからまた、数カ月が過ぎた。
ついにカルデアの計画が動き出す。人理継続保障機関カルデアが掲げる「人類滅亡回避」のための特異点修正――2016年に起こる“終焉”を回避するための戦いが始まろうとしていた。
世界中から選ばれたマスター候補たちが、次々に集まってきている。
本来なら、私もその計画に医療スタッフとして配属される予定だったのだけれど――
「タチエ、お願いだから分かって。あなたはまだ病み上がりなの。そんな体で特異点Fに同行なんて、許可できないわ」
「でも……医療スタッフが必要でしょう?」
「平気よ。私が彼らの安全をするわ。あなたは、喉もまだガラガラじゃない。医務室で待機してて」
「……はい」
そうして私は“安全な場所”へと押し込められ、作戦から外されることになった。
……けれど。
「暇すぎる……よし!」
じっとなんてしていられなかった。結局一時間も経たないうちに医務室を抜け出し、とある部屋へ向かうことにした。
長い廊下を歩いて、深呼吸。目的の部屋の前で立ち止まる。スライド式のドアが開くと、目に飛び込んできたのは――
「ああ……やっぱりサボってる」
「タチエ……!」
ケーキ片手にベッドに腰かけていたのは、ロマニだった。私は軽く睨みを利かせたが、彼は気まずそうに笑っている。
「サボりですか、ロマニさん」
「いやいや、これは“気分転換”という名の……まあ、サボりだね。オルガマリー所長には“現場にいると緩む”って怒られたばかりだし」
「自覚あるなら仕事してください。……で、そちらは?」
隣に立っていた少年に視線を向けると、彼は少し緊張したような笑顔で名乗った。
「あ、俺、藤丸立香って言います。一応……マスター候補らしいです」
少し戸惑いながらも、素直な笑顔が浮かんでいた。けれど、その目の奥には不安が見え隠れしていた。
話を聞けば、彼は献血に訪れたところをカルデアに転送され、気がついたらマスターに任命されていたという。
「……いや、待って。それ、ほぼ誘拐じゃないですか!!」
思わず叫んでしまった。どうしてそんな非人道的なことがまかり通るのか。魔術師の倫理観どうなってるんですか。
「タチエ……」
「はい、ロマニさん」
「「すいませんでした!!」」
「えっ!? いやいや、謝らなくていいですから!」
突然頭を下げた私たちに、藤丸くんはきょとんとした顔で首を振った。
「タチエさんもロマニさんも悪くないですよ。たぶん、そういう仕組みなんだろうなって……」
そう言って笑う彼に、少しだけ救われた気がした。
「そう言ってもらえると、助かるよ、ほんと」
ロマニが胸をなで下ろしながら、ケーキのフォークを口元に運ぶ。
「でもまあ、よくあるんだよ。マスター候補のスカウトってさ。あんまり表立ってできないから、強制的に呼ぶのも手段の一つで……」
「いやいや、“手段”で片付けないでくださいよ。順序ってものがあるでしょ、同意とか、説明とか!」
思わず身を乗り出してツッコミを入れた。近代社会の倫理観、魔術協会にどこまで通じているのか心底不安になる。
「ほんと、タチエは真面目だね……ケーキ食べる?」
「いりません」
即答すると、ロマニは肩をすくめた。でもそのやりとりを見て、藤丸くんが少しだけ笑った。
「……なんか、ちょっと安心しました」
「え?」
「こっちに来てから、全部が現実味なさすぎて。知らない場所、知らない人、知らない運命……。でも、こうやってツッコミ入れてくれる人がいると、なんか“普通”を感じられるんです」
その言葉に、私ははっとする。
彼は、突然“戦う側”に立たされて、それでも前を見ようとしている。ちゃんと受け止めようとしてるんだ。
「……そっか。じゃあ少しは、私も役に立ててるってことかな」
「うん。タチエさんって、“妹”って感じしますね」
「まあ、年下なのは事実ですし……」
「彼女、これでも十三歳だよ」
ロマニの補足に、藤丸くんが素っ頓狂な声を上げた。
「えっ!?この見た目で!?」
「……なにか?」
低めの声で問いかけると、彼は肩をビクッとさせた。
「いや、その……しっかりしてるなって思ってて……」
しどろもどろな藤丸くんに、思わず私はくすりと笑った。
「いいですよ。慣れてますから」
「……でも、俺ほんとに悪気なくて……」
「わかってます、大丈夫です。からかってるわけじゃないって、ちゃんと伝わってますから」
私は笑ってそう言った。けれど、心の奥では――ふと、ひっかかりを感じていた。
(……どうして、私は成長しないんだろう)
身長はずっと低いまま。鏡に映る姿も、どこか“止まっている”。理由はわかってる。デザイナーベビーとしての素体、魔術的な制限、成長しない設計――
それでも、棚の上の薬瓶に手が届かないとき、踏み台に乗るたび、少しだけ悔しくなる。
(……それって、やっぱり“小さな敗北”なんだよな)
「タチエさん、どうかしました?」
「……いえ。ちょっと考えごとです」
心配そうに覗き込む藤丸くんに、私は慌てて微笑んで見せた。
「ただの……成長痛。いや、成長“願望”ですね」
「成長願望?」
「棚の上の瓶に、手が届くくらいにはなりたいなって」
「……そしたら、届かないときは俺が取りますよ」
「えっ」
「だって、今のタチエさんも十分頼りになるって思ってますし。俺の方が身長高いなら、そのくらい協力できます」
まっすぐにそう言って笑う彼に、私はしばらく目を逸らせなかった。
「……ありがとう。じゃあ今度、棚の上に隠してあるお菓子も取ってくれます?」
「え、それは……隠してるってことでは?」
「ふふっ。ナイショです」
少しだけ気持ちが軽くなった。
この何気ない会話が、これから待ち受ける運命の重さをほんの少しでも忘れさせてくれるなら――
それだけで、きっと救いになる。
「ところで、その……肩の上の生き物は?」
ふと視線を向けて問いかけると、藤丸くんが少し嬉しそうに答えた。
「あ、この子? “フォウくん”って言うらしいよ。マシュのペットなんだって」
「ペット……? そんな話、聞いてないけど?」
珍しい。あのマシュが隠し事をするなんて。ちょっと意外。
するとそのフォウくんとやらが、ぴょんっと私の肩に飛び乗った。ふわっとした体重。スンスンと鼻を鳴らして、私の匂いを嗅いでいる。
「マシュから話は聞いてたけど……本当にいたんだねぇ。よし、ちょっと手懐けてみようかな」
ロマニさんはフォウくんの前に手を差し出してみる。
「はい、お手。上手にできたら、お菓子をあげようね」
「……フウ」
フォウくんはじっと私を見つめたあと、ちらりとロマニを見やり、まるで“憐れむような目”を向けた。
そして――完全にスルー。
「……ロマニさん、どんまいです」
ポンッとロマニさんの肩を叩いた。その瞬間⸺
「……明かりが、消えた?」
ふいに足元が揺れる。ドンッ、と重い衝撃音が静寂を破った。直後、けたたましいサイレンが響き渡り、部屋の照明が真っ赤に染まる。
『緊急事態発生。中央発電所および中央管制室にて火災を確認。中央区の隔壁は九十秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートへ避難してください』
「爆発音……今のか!? 一体何が……!」
「ロマニさん!」
「わかってる! モニター、管制室を映して!」
操作パネルを叩くロマニさんの指が震える。その先に映し出されたのは⸺炎に包まれた管制室だった。
「……ひどい……」
「藤丸、すぐに避難してくれ。僕は管制室へ行く。隔壁が閉まる前に、キミだけでも外へ出すんだ!」
「わかった、フォウくん!マシュを助けに行こう!」
「フォウ!」
「藤丸くん!?」
彼はすでに駆け出していた。私はその背中を追いかける。
「私も行きます!」
「君たちは……! もう……! 仕方ない! 手が足りないのは事実だ! 一緒に来てくれ!」
私たちは燃えさかる管制室へと走った。
到着した管制室は、炎と瓦礫の地獄と化していた。視界を覆う煙と、焦げた金属の臭いが鼻を突く。
「これは……まさか、人為的な犯行……?」
「その可能性が高い」
ロマニさんは冷静に、しかし硬い声で答えた。
「僕は地下の発電所へ向かう。カルデアの機能が止まれば、人類史を守る戦いも終わる。……君たちは元いたルートから脱出しろ。急げば、まだ間に合うはずだ。いいね? 寄り道はなしだ」
「…………。」
「藤丸……?」
そのとき、アナウンスが無機質に響いた。
『システム、レイシフト最終段階に移行します。座標、西暦2004年1月30日、日本・冬木。ラプラスによる転移保護、成立。特異点因子、追加枠を確保。アンサモンプログラム、セット。マスターは最終調整に入ってください』
藤丸くんが走り出す。私はその後ろを追った。
瓦礫の山の中──マシュさんがいた。
「……あ……」
「大丈夫、今助ける!」
だが、その体は、胸から下を瓦礫に押し潰されていた。──手遅れ。誰が見てもわかるほどの重症。
それでも。
「マシュさん! 今すぐ治療します、動かないで!」
「……大丈夫、です。……もう、助かりません。……それより、早く、逃げてください……」
カルデアスが赤く輝き始めた。まるで警告のように。
「……これは……!」
次の瞬間、警告アナウンスが流れる。
『観測スタッフに通達。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。近未来百年の地球上において、人類の痕跡は 発見 できません。人類の生存は 確認 できません。人類の未来は 保証 できません』
「……嘘、でしょ……?」
唇が震える。赤く染まった球体は、人類の死を物語っていた。
『中央隔壁が閉鎖されます。館内洗浄開始まで、あと百八十秒です』
「隔壁が……」
マシュさんがつぶやいた。
「もう、外へは……」
「なんとかなるさ」
静かに、しかし確信を込めた声で藤丸くんが言う。
『コフィン内のマスター、バイタル基準値に達していません。レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中……発見。適応番号48、藤丸立香をマスターとして再設定。アンサモンプログラム起動。霊子変換を開始します』
マシュさんがか細く口を開いた。
「あの……せんぱい……タチエさん……」
「……?」
「手を、握ってもらって、いいですか?」
藤丸くんと私は目を合わせ、そっとマシュさんの手を握った。
その手は冷たく、けれど確かに⸺私たちの希望だった。
◆◇◆
「んん……」
ゆっくりと視界が開いていく。ぼやけた光の中に、二つの顔が浮かんでいた。
「タチエさん……!」
「よかった、目を覚ましたんだね」
藤丸さんとマシュさん――二人の安堵した表情がすぐ近くにあった。私は重たいまぶたをこすりながら、上半身を起こす。
……その瞬間、目に飛び込んできたのは、燃え上がる街の光景だった。
「……っ!」
辺りは赤く染まり、瓦礫と煙が立ち込める。焦げた匂いが鼻をつく。どこかで建物が崩れ落ちる音がした。呼吸が止まりそうになる。
「ここは……どこ……?」
「冬木市の一角です。特異点F。異常な魔力の反応が観測された場所です」
マシュさんが冷静に答える。その声にはどこか哀しみのようなものも滲んでいた。
「特異点F……これが……」
視線の先には、かつて人々が暮らしていたであろう街の名残が、黒く、赤く、無残に横たわっている。
そのときだった。煙の向こうから、ボロボロの外套をまとった人影がふらつくように現れた。
「誰……?」
だが、その問いが終わる前に、彼は顔をこちらに向けた。
青い瞳――だがその輝きは、獣のそれだった。
「Gi──GAAAAAAA!!」
耳をつんざくような咆哮。言葉ではない。意思ではなく、本能がこちらを狙っている。
「言語による意思の疎通は不可能。敵対存在と判断します」
マシュの声が鋭く切り替わる。
「マスター、指示を! タチエさんも、一緒に切り抜けましょう!」
藤丸さんがすぐに立ち上がる。私は震える指先をぐっと握りしめた。
「……怪我したら、すぐ言ってください! すぐに手当てしますから!」
仲間の命を守る。それが私の役割だ。
立ち上がった私は、目の前の“現実”を、真正面から見据えた。
「来ます! 構えてください!」
マシュの声が響いた次の瞬間、獣のような男が猛然と突っ込んできた。足音を感じる間もなく、炎の向こうから跳ねるようにして襲いかかってくる。
「藤丸さん、下がって!」
私は藤丸さんに声をかける。マシュが盾を構え、間一髪で藤丸さんの前に立つ。衝撃。重い打撃音と共に、魔力の盾がギリギリで攻撃を受け止めた。
私はとっさに、腰のポーチから小瓶を取り出す。淡く光る青い液体――応急魔力強化薬。
「マシュさん、これを!」
「ありがとうございます!」
マシュは受け取るなり、一瞬で内容を理解して口に含む。その瞬間、彼女の体がわずかに光を帯び、再び構え直す。
「タチエさん、後方の支援をお願いします!」
「任せてください!」
私は後方に位置取りながら、ポーチの中からいくつかの薬を確認する。傷を癒す回復薬、魔力を補う強化薬、そして、簡易的な防御魔術の触媒。
(大丈夫。ここで慌てるわけにはいかない)
目の前で、マシュと藤丸さんが呼吸を合わせて戦っている。私はその後ろで、彼らを支えることが仕事だ。
そのとき、敵の動きがふっと変わった。
「来る……!」
野生の勘。いや、それ以上に、何か魔術的な気配を感じ取った。
男が飛び上がる。その手には、まるで炎そのもののような赤い武器が握られていた。
「っ……魔力の塊!? まずい、上から!」
私はすぐに結界符を取り出して、地面に叩きつけた。
瞬時に展開される光の膜。それが上空からの一撃を弾き、爆風が周囲を巻き込んで地面をえぐった。
「助かった……!」
「まだ終わってません!」
私はすぐに、マシュと藤丸さんの元へ駆け寄る。焦げた煙の中、敵はまだ立っていた。その体は、まるで魔力で無理やり動かされているかのように不自然で、痛々しいほどだった。
(これは……まるで人形みたい)
人間だった“何か”が、今はただの兵器として動いている。
「……これが、特異点の異常性……!」
私の胸に冷たいものが走る。でも、それでも――
「藤丸さん、マシュさん……私も、戦います!」
ポーチの底から取り出したのは、宝石魔術を施したナイフ。護身用として所持していた、ほんの小さな武器。でも、私の意志を刻んだ“証”だ。
「マシュ、行こう。タチエさんが支えてくれてる!」
「了解です、先輩!」
三人の呼吸が、初めてぴたりと重なった。
街が燃えている。命が散っている。それでも、ここに確かに“人理”を守ろうとする意思がある。
私は自分の鼓動を確かめるように、小さく息を吐いた。
(私は、医療スタッフで……魔術師で……そして、彼らの仲間だ)
「さあ、来なさい。今度は私たちが、押し返す番です!」
そして、戦いが再び始まった。
崩れたビルの影から再び現れた敵は、こちらを睨みつけたまま大きく咆哮した。
「Gi──GAaaaAAAA!!」
地面を蹴った瞬間、破裂音と共に煙が巻き上がる。一直線にマシュへと向かって飛びかかってきた。
「来ます! マスター、後方に!」
「マシュ、下がらなくていい!」
藤丸さんの声が鋭く響く。その意図をすぐに理解した私は、瞬時に動いた。
私は手にした宝石を砕き、空間に結界の一枚を展開する。透明な魔力の膜がマシュの盾を包むように重なった。
その瞬間――
「――はあぁっ!」
マシュが受け止めた。相手の斧のような炎の一撃が盾に激突し、空気が裂ける音と衝撃が周囲に炸裂する。
だが、今回は違った。盾は砕けず、マシュの体も押し返されない。
「っ、今です!」
マシュが叫ぶ。敵が体勢を崩す、その一瞬。
藤丸さんが、すかさず号令を放つ。
「タチエさん、援護お願い! マシュ、突撃!」
「はい!」
私は魔術用のナイフに、自らの魔力を込めた。宝石魔術の触媒として使っていた赤い石が、刃に沿って淡く光る。
敵の脚を狙ってナイフを投げつける。赤い閃光が走り、敵の動きが鈍る。
「っ、マシュ!」
マシュが魔力を込めた盾を構えたまま、地面を蹴って突進する。
敵が振り上げた武器よりも早く、マシュの盾がその胸元に叩き込まれた。
「────ッ!!」
爆風。魔力の衝撃波が四方に散り、瓦礫が跳ね上がる。マシュの盾と敵の体がぶつかる鈍い音が響き、次の瞬間――
ドサッ、と。倒れるやいなや金色の粒子としなって消えていった。
「やった……」
藤丸さんの声に、思わず皆で顔を見合わせる。
「無事に──やり遂げたんですね」
マシュの瞳に、安堵の涙が滲んでいた。私は静かにうなずきながら、傷の確認を始めた。
「マシュさん、擦過傷が多いけど大丈夫。藤丸さんも外傷はなし……あとは火傷の手当てを」
私は二人に包帯と薬を手渡しながら、小さく息をついた。
焼け焦げた空気。まだ煙が上がっている街の中で、私たちはほんの一瞬、静かにその勝利を噛みしめていた。
(これが、初めての戦い……)
私は胸の奥で小さく呟いた。
(だけど、これが“最初”ということは──)
きっと、この先も続いていく。
戦いが。運命が。そして──この三人で進む物語が。