婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第1話 さっそく、躾け直す必要がありそうですわね

 

あれは、なかなかに愉快な茶番だった。

 

白亜の大広間、王宮主催の舞踏会。貴族たちがワイン片手に社交に勤しむ中、空気がぴしりと凍りついた。

 

「――この婚約は、破棄させていただく」

 

高らかに宣言したのは、第三王子レオンハルト殿下。

その真正面、まるで見世物のように立たされていたのが、侯爵令嬢ルイーゼ・ロザリンド。

 

……ああ、知ってる。

社交界では有名な“高飛車悪役令嬢”ってやつだ。

 

「……冗談、でして?」

「君の高慢な態度には、もはや耐えられない。今後はこのアメリア嬢と、正式に婚約を結ぶ」

 

殿下の隣に寄り添っていたのは、平民上がりの清楚系子爵令嬢。

はいはい、わかりやすい構図。

 

周囲の貴族たちは見て見ぬふりを決め込み、何人かはくすくすと笑っていた。

“ついに転落したな、ルイーゼ様”とでも言いたげに。

 

それでも、彼女は笑った。

 

「……あらあら、殿下。これで三人目の婚約破棄でございますわよ。次のお相手は、ちゃんと“飼い慣らせる”といいですわね?」

 

静まり返った空間に、毒のような声が響いた。

そして彼女はくるりと踵を返し、誰の助けも借りず、大広間をあとにした。

 

いや、正直ちょっと感心した。

あの捨てゼリフ、俺好みのブラックユーモアだった。

 

……で、だ。

 

その時、ふと思ったわけよ。

 

――これ、拾って育て直したら、俺、勝ち組になれるんじゃね?

 

ほら、よく言うじゃん。悪役令嬢って、実はすごく性格良くて、有能だって。

本当は事情があって意地悪な態度を取ってただけで、実際は努力家で、繊細で、ちょっと寂しがり屋で――みたいな。

 

俺もそれなりに読み物は嗜むし、最近じゃそういう話、めちゃくちゃ流行ってる。

だったら、目の前の転がり落ちた令嬢様も、実は“拾い物”かもしれないって思うだろ?

 

上手く懐柔できれば、貴族社会での足がかりになるし、なにより――俺が成り上がるための、最短ルートになるかもしれない。

 

なんて都合のいい妄想を、真顔で抱いてたんだよね。

この俺、エリオット・ハドー。

爵位を金で買ったしがない下級貴族で、できるかぎり努力はしたくないが、でものし上がりたい系男子です。

 

――まさか、拾った相手がマジで性悪だったとは、夢にも思わずに。

 

 

「……この部屋、まさか、わたくしに用意したとでも?」

 

ルイーゼ・ロザリンド嬢が、部屋の隅を鼻で笑った。

その目線の先には、下級貴族の屋敷にしては頑張って整えた四畳半――俺の元・寝室である。

 

「下級貴族の寝床などに、わたくしを寝かせるとは。ずいぶん、いい度胸ですこと」

「いや、ちょっと待って? 今の立場、むしろ俺のほうが“拾った側”なんだけど!?」

「拾って“いただいた”などとは、一言も申し上げていませんわ?」

 

そして、彼女は取り出した。

何故かしっかりと荷物に入っていた、黒革の乗馬鞭を。

 

しなやかに、艶やかな指で柄を撫でる彼女の仕草は、妙に熟れていて、見ているだけで喉が鳴る。

 

「さっそく、躾け直す必要がありそうですわね? そこの、“使えない飼い犬”さん」

 

ぴしっ――

空気が裂ける音がして、鞭の先が俺の足元をかすめた。

身体がびくん、と跳ねた。

 

「うわっ……ちょ、なにす――」

「おや。まだ一度も叩いてすらいないのに、もう震えていらして? まるで、躾けを待ちわびる仔犬のようですわね」

 

背筋に電流が走る。

笑顔は冷たいのに、声が妙に甘くて、脳が混乱する。

 

「い、いやいやいや、俺はあなたの保護者で、スポンサーで、えーと、同居人的な……!」

「そのわりに、目が蕩けておりますわね。もしかして、“叱られるのが好き”なのですか?」

「ちが――……っありがとうございます!!」

 

俺の脳が先に反応した。

なにこの感覚。

なぜか褒められた気がして、心臓が跳ねた。

 

「ふふっ……安心なさい。あなたのような駄犬、わたくしが一から教育して差し上げますわ」

 

――その瞬間、俺は気づいた。

 

この女に逆らっても無駄。

それどころか、“飼い慣らされる”という未来のほうが、なぜか輝いて見えた。

 

俺は今、人生でいちばん前向き。

理由はあまり大きな声では言えないけど。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

翌朝。俺の人生が、音を立てて変わった。

 

「……どういう風の吹き回しですの?」

 

ルイーゼ・ロザリンド嬢が、サロンのドアを開けてすぐに言った。

 

朝の光を背に立つ彼女の姿は、いまさらながらに圧巻だった。

ウェーブのかかった金の髪、白磁のような肌。そして、切れ長の目元に浮かぶ艶めいた――泣きぼくろ。

 

俺が昨日拾った女は、噂通りの悪役令嬢であり、同時にため息が出るほど美しいドS女王様でもあった。

 

そのルイーゼの視線が、掃除された床、整えられたテーブル、そして朝食に向けられる。

 

「部屋も掃除済み、銀食器も磨かれている……あなたが、これを?」

「はい! エリオット・ハドー、本日より“叱られたい覚悟”でございますッ!」

「……まあ、努力は褒めてあげますわ」

 

彼女は微笑むと、すっと椅子に腰を下ろし、カップを持ち上げる。

 

「紅茶はまあまあ。パンは……合格。ですが――」

 

ぴしっ。

 

乗馬鞭が宙を裂いた。

その風圧が、俺の足元をかすめた瞬間、全身がびくっと跳ねる。

 

「ミルクの温度が……ぬるいですわね?」

 

その声は、甘やかでいて、氷のように冷たい。

ぞくり、と背筋を走る悪寒と快感が、思わずクセになりそうだった。

 

「申し訳ございませんでしたあああッ!! ただちに沸かし直してまいりますぅぅッ!!」

 

キッチンへ猛ダッシュしながら、俺は自分の中で何かが変わっているのを感じていた。

 

なにこれ、怒られてるのに――心がめちゃくちゃ満たされてる……!

 

 

「……合格。今度はちょうどよい温度ですわ」

 

ミルクを一口含んだルイーゼは、音もなく微笑む。

その瞳が細められ、まるで猫が獲物をからかうような光を宿した。

 

「ふふ。あなた、まるで“褒められるためだけ”に生きてるみたいね」

「……はいッ!!」

「ふふ……自覚しているのね?」

 

ルイーゼはそっと身を乗り出し、泣きぼくろのある目元で俺を見上げる。

その視線だけで、背筋がゾクリと震えた。

 

「叱られて喜び、命令に従い、ミルクの温度ひとつで全力を出す……あなた、ほんとうに下等で、かわいらしい生き物ですわね」

 

その一言で、何かが決壊した。

 

「あ、ありがとうございますッ……ッ!!」

「よしよし。では次は、お尻にリボンでも付けて、朝食を運んでくださる?」

「よろこんでッ! あ、いや違っ……そ、それはちょっと……ッ」

「ふふっ。可愛い。まるで、叱られたい子犬みたいですわね?」

 

目の前の女は、元婚約者に見捨てられ、実家からも勘当され、いまは俺のもとに転がり込んでいる立場のはずだ。

 

――なのに。

なぜ俺が下僕のように扱われて、しかも喜んでるんだ?

 

しかも、それをちょっと誇らしく思ってる自分がいる。

 

……やばい。

この人生、案外悪くないかもしれない。

 

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