婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第10話 お嬢様……お顔、赤いですね

 

「やった……!」

 

俺は、王宮から届いた一通の書簡を胸に抱え、屋敷を駆け抜ける。

文字通り、喜びが体から噴き出すような感覚だった。

 

執務室のドアを開けると、ルイーゼがいつもの椅子に腰掛けて、紅茶を優雅に啜っている。

その姿を見た瞬間、自然と背筋が伸びた。

 

「ルイーゼ、新規事業――通った! 王宮から正式に認可が下りた!」

「……そう」

 

ルイーゼは、ちらりと俺に視線を向けただけで、特に驚いた様子も見せない。

まあ、想定内ってことか。こっちは内心、小躍りしたいくらいなのに。

 

「これで資金も動かせる。人材も調達できる。プロジェクト、ようやく本格的に立ち上げられるよ!」

 

俺がそう言っても、ルイーゼは「ふぅん」と素っ気なく返すだけ。

けど、それでいい。俺の目的は、ただの報告じゃない。

 

「なぁ、ルイーゼ。もしこの事業が成功したら……この屋敷、出ようと思ってる」

「出る?」

「今よりもっと広くて、日当たりのいい場所に引っ越すんだ。使用人も増やして、設備も整えて、立派な書斎や執務室もちゃんとつけて……ルイーゼ、お前には、もっといい暮らしをしてほしい」

「……は?」

 

ルイーゼが紅茶を置き、俺を真正面から見据えた。

その目に、わずかな揺れがあった気がした。

 

「犬には犬小屋……いいえ、豚には豚小屋がお似合いよ」

「……確かに、俺にはそうかもしれないけど。ルイーゼのことを考えると、そういうわけにはいかないんだろ?」

 

ルイーゼはわずかにまばたきをして、紅茶のカップを置いた。

 

「……ふん。言いたいことは、それで終わりかしら」

 

視線は俺の顔じゃなく、壁のどこかを見ていた。

頬のあたりが、わずかに赤い。

 

「そんなことを言って……自分が何様のつもりなのかしら。まるで……主の生活を整えるのが自分の義務みたいに――」

 

言葉が続かなくなったのか、ルイーゼは軽く咳払いをして椅子から立ち上がった。

 

「……っ、調子に乗るんじゃありませんわよ!」

 

バシィンッ!!

 

机の端に鞭が叩きつけられる音が部屋に響いた。

その音には、怒りよりも――焦りと照れが混じっている気がした。

 

「うわっ……な、なんだよ、びっくりした……!」

「黙りなさいっ! わたくしは、下僕の施しで喜ぶような女ではありませんの!」

 

顔が、ほんのり赤かった。

いや、たぶん――かなり赤かった。

 

(……え、ガチで照れてんの?)

 

言葉に出す勇気はなかった。

言ったらもう一本飛んできそうだったし。

 

リゼが、いつの間にかドアのそばに立っていた。

 

「お嬢様……お顔、赤いですね」

「赤くなんてありませんわ!」

 

即答だった。けど声が一段高くて、やっぱり赤かった。

 

俺はなんだかくすぐったいような、落ち着かないような気持ちで笑った。

 

「ま、犬でも豚でも、屋敷はちゃんとしたのがいいと思うぞ」

「黙りなさいと言ってますのに!」

「はいはい」

「聞いてませんわねっ!? 鞭、もう一発差し上げますわよ!?」

 

(ぶひ、が……こぼれそうだ)

 

けど、なんとか耐えた。俺はもう、“言えば勝ち”みたいな犬じゃない。

……たぶん。

 

ルイーゼは俺からぷいと顔を背けたまま、言う。

 

「……勝手に計画を進めて、わたくしの生活環境を勝手に決めて、勝手に……喜んで……」

「ルイーゼ」

「な、なによ」

「……ありがとうな」

「……っ、意味がわかりませんわよ!」

 

鞭がまた空を裂いたけど、

そのあとで、ほんの少しだけ――ルイーゼが微笑んだ気がした。

 

リゼが、書類を整えながらぽつりと言った。

 

「新邸は、豚小屋よりも防音を強化しておいたほうが良さそうですね」

「おま、何気にひどくね!?」

「私は事実を述べただけです。ぶひ、は漏れますので」

「漏らしてない!」

 

(ギリギリでこらえてる! 俺、今、犬の誇りを守ってる!!)

 

けど、次の鞭が飛んでくる気配に、またしても“ぶひ”が喉の奥を暴れだした。

 

――屋敷を出られる日は、まだ先になりそうだ。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

正直、社交界なんて俺には縁のない場所だと思っていた。

でも、新規事業の成功で立場が変わり始めた今、そうも言っていられない。

 

「ひとりで行くなど、言語道断ですわ」

 

ルイーゼが言ったその一言で、同行が決まった。

 

屋敷を出る前、ドレスに身を包んだ彼女を見て、思わず見惚れた。

他の誰よりも美しいと思った。けれど、その美しさが、彼女を孤独にしていた。

 

社交界の会場では、光が乱反射し、人々の視線が飛び交っている。

 

俺は、いくつもの視線を感じていた。

経済力目当ての令嬢たちが、入れ替わり立ち替わり声をかけてくる。

 

「エリオット様、踊ってくださる?」

「あなたの事業に、とても興味があって……」

「将来有望な方と、お近づきになれればと」

 

一方で、ルイーゼは――誰からも声をかけられない。

 

彼女がかつて侯爵令嬢だったことを知る者はいても、いまは家の名も地位もない。

見目麗しく、傲慢で、誇り高い“元・悪役令嬢”。

それだけだった。

 

それでも彼女は、誰にも媚びることなく、壁際で一人立ち、グラスを手に、背筋を伸ばしていた。

 

俺は思った。

だからこそ、俺が誘わなくてどうするって。

 

「ルイーゼ。踊ろう」

「……は?」

「ほら、俺、踊り方わからないから。教えてくれよ。こっそり、俺だけに」

 

彼女はほんの一瞬、目を見開いたけど、すぐにそっぽを向いて言った。

 

「……踊れもしないくせに、この私を誘ったの? まったく……言葉を失いますわ。仕方ありませんわね。見苦しくない程度には導いて差し上げます」

 

それが、俺たちのはじまりだった。

 

ステップはぎこちなく、手の位置も何度も間違えた。

でも、ルイーゼが小声で囁いてくれるたびに、俺の動きは少しずつ形になった。

 

「右足。そこは滑らせて」

「手のひらが硬すぎますわ。もっと、優しく」

「……顔。笑いなさいな。わたくしが隣にいるのよ?」

 

彼女は俺のメンツを守ってくれた。

完璧な仮面で、誰よりも高貴な表情で。

 

でも――その背筋は、ほんの少しだけ、俺に預けられていた。

 

 

……帰り道は、静かだった。

 

屋敷に戻った瞬間、沈黙が破られた。

 

「――っ、愚か者っ!」

 

ヒールの音と同時に、ルイーゼの鞭が空気を裂いた。

 

「な、なんで怒って……っ、びっくりしたっ!? ルイーゼ!?」

「貞操観念も礼節も、どこに置いてきたのですの!? 令嬢どもに鼻の下を伸ばして……っ! この、下劣な豚!!」

「お、おい! 鼻なんて伸ばしてないって……!」

「ええ、確かに外では上手く振る舞っていたわね。でもね、あなたの目は、“誰でもいい”って言ってましたのよ」

「そんなつもりは――」

「黙りなさい。黙って、這いつくばりなさい。今すぐ」

 

俺は、反射的に膝をついていた。

足元に、ルイーゼの黒いハイヒール。

その踵が、俺の手の甲に、無言で乗せられた。

 

「誰の犬ですの? 誰に鍵を預けていると思って?」

 

彼女は、胸元のペンダントを指先でなぞった。

 

あの中には、俺の貞操帯の鍵がある。

この瞬間だけで、ぶひが……こぼれそうになった。

 

「見せつけて歩きたかったの? 貞操帯つけたまま、令嬢と踊るつもりだったの? それとも、あの中から鍵を出して、他の女に献上するおつもりだったのかしら?」

「そ、そんなことするわけ……!」

「もう、“豚”じゃ足りませんわね。あなたには、鼻輪でも通して差し上げましょうか? 次の舞踏会には、それをつけて“だれのものか”をアピールしてもらいますわ」

 

バシィィィンッ!!!

 

鞭が、床を跳ねた。

目の前で、小さな破片が散った。

床……割れた?

 

「ぶ、ぶひ……」

 

喉の奥で、声がこぼれた。

 

あ……こぼれた。ついに、出ちゃった。

 

ルイーゼは、冷たく微笑んだ。

 

「ようやく素直になりましたわね。ええ、犬ではなく、豚。その自覚があるのなら結構。でも――わたくしが飼っているのですから、ちゃんと“上品な豚”になりなさい」

 

横で、リゼが紅茶を注ぎながら言った。

 

「お嬢様。ちなみに“上品な豚”とは、具体的にどのようなものを想定されてますか?」

「そうですわね……他人の膝に乗っても騒がず、鳴くときは控えめに、テーブルマナーも覚えるくらいの豚でしょうか」

「では、現状は“躾けの甘い家畜”ですね」

「ぶひぃっ……」

 

リゼは紅茶のカップをルイーゼに差し出しながら言った。

 

「次の舞踏会用に、“鼻輪・アクセサリー兼用型”のカタログを取り寄せておきました。こちら、“豚に真珠”モデルなど如何でしょう?」

「名前が酷すぎるだろ!!」

「ご安心を。真珠は人工ですので、コストも抑えられています」

「ちがっ……そうじゃない!」

「それとも、いっそ“スマート鼻輪”にします? GPS機能付きで、迷子防止にもなりますし」

「豚扱い+電子管理とかやめて!? 俺まだ人間だからな!?(たぶん)」

「“ぶひっ”と鳴いた直後にそのセリフを吐く時点で、説得力は皆無ですね。現実を受け入れてください」

 

横で、機嫌を直したルイーゼ様が耐えられず、くすりと笑った。

 

「ふふ……それ、良い案ですわね。迷子になるたび“ぶひ”と通知が来るなんて、可愛くて便利ですもの」

「通知来るたび俺の尊厳が死ぬ!!」

 

――屋敷の中に、再び鳴き声が響いた。

 

今夜はリゼに救われた。

 

俺の尊厳は救われなかったけど。

 

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