婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
「ねぇ、ルイーゼ……。あの、さ」
夕暮れ時の執務室。
俺は書類の山に囲まれながら、何度も言いかけて、やっぱり言えなかった。
彼女は、向かいのソファで紅茶を啜っている。
美しい。完璧。高貴。
……なのに、なぜだ。
俺の視線は、彼女の指先にある乗馬鞭にしかいかない。
その一撃を――俺は、ご褒美だと思ってる。
「なにかしら? さっきから、妙にそわそわしているようだけれど」
「え、いや、別に……」
「はぁ。貞操帯の締め付けで脳がやられてるのかしら。それとも……今日も“ご褒美”が欲しいのかしら?」
ぶひっ……あぶない。
喉奥まできた。
でも、こらえた。人としての尊厳が、ギリギリ止めた。
ルイーゼはひとつ小さくため息をついて、手にしていたカップを、そっとテーブルに置いた。
「ご褒美を与えるには、少々準備が要りますわね」
ルイーゼが立ち上がり、ゆるりと声をかける。
「リゼ。お願いできるかしら?」
呼ばれた名前に、静かな足音が応じる。
執務室の扉が開き、濃紺の髪のメイド――リゼが入ってきた。
彼女は何も言わずに、扉を静かに閉め、カチャリと鍵をかけた。
そしてその場でくるりと向き直り、無言のまま扉の前に立ち尽くす。
見張り役の完成。
誰にも見られず、誰にも逃がさない。
羞恥と快感の密室構築が、今、完了した。
ルイーゼは小さく笑った。
「防音は万全ですわ。――続けましょう?」
俺は震えた。
体じゃない、精神が。
「……欲しいのなら、その口で願いなさい」
空気が凍る。
「……っ、いや、でも、そんな……」
「なにかしら? “お願いします、鞭で叩いてください、ルイーゼ様”って、言えませんの?」
「い、いや、それはちょっと……」
「言えないなら、あげませんわ。言葉にしない願いなど、民草の陳情にも劣りますもの」
民草扱いされた。
ていうか、陳情って。
「……し、したいです、ご褒美……」
「聞こえませんわ。もっと、はっきりと」
「……ご褒美が、欲しいです。鞭で、叩いてほしい……です……」
「誰に?」
「ルイーゼに……っ、じゃなくて……ルイーゼ“様”に……お願い、します」
沈黙。
そして――微笑み。
「ふふ……よく言えましたわね」
彼女は、わずかに顔を傾けて――静かに言った。
「でも、ひとつだけ勘違いしないでくださいまし。
これは“ご褒美”ではありませんの。わたくしにとっては、あくまで“罰”。
それを勝手に悦んで、“ご褒美”と思い込むのは、飼い犬の勝手な自己解釈ですわ」
ぞくりとした。
言葉そのものが、既に鞭だった。
「では――罰を差し上げます」
バシィン!!
床が跳ねる音が響いた。
「――事業拡大の気鋭の経営者のくせに、その本性がこれとは。民草に申し訳ないと思わないの?」
「うぐっ……っ!」
快感が背筋を走る。恥と悦びが混ざり合い、内臓が震えた。
「なにが“注目の若き事業家”ですの。貞操帯の鍵を他人に預けて悦ぶような変態豚が、国の未来ですって? 冗談もほどほどにしなさいな」
バシィン!
扉の前で沈黙していたリゼが、淡々と声を落とす。
「……本気で国の未来を案じるなら、まずはその下半身を国庫に納めてください」
「うっ……! ぐ、胃が……胃が悦んでる……!」
「ていうか、鍵を渡すって、経営者として意思決定を丸投げしてるってことですよ?
それ、もう実質“飼育型フランチャイズ”です」
「くっ……例えが的確すぎて……悦びの震えが止まらない……!」
快感と羞恥が、論理の装いをまとって押し寄せる。
脳が追いつかない。でも、心は大満足だった。
「あなたは誰に飼われているのか、ちゃんと自覚しなさい。“ご主人様”の許可なく悦ぶことなど、許しませんわよ?」
「は、はい……っ、ルイーゼ様……!」
「では、今日も躾けて差し上げましょう。“豚”が豚らしく振る舞えるように、ね」
「ぶ、ぶひぃっ……!」
「もう鳴いてますの? わたくし、まだ本気を出していませんのに」
ルイーゼが、足を組み直し、俺の顎を軽く持ち上げる。
「その目。期待に潤んでいますわ。ああ、哀れなこと。豚のくせに、そんな目をして」
バシィン!!
鞭が、さらに深く――俺の羞恥心を打ち抜いた。
「今夜はこのまま、“懇願の練習”をしましょうか。あなたの本性が、民草すべてに知れ渡るその日まで――わたくしが、ちゃんと調教して差し上げますわ」
その横で、リゼがぼそりと漏らす。
「……では、私は“民草代表”として静観しておきます。無理やり見せられる側の人権もありますから」
俺は、鞭に打たれながら、喜びに震えていた。
そして、思った。
――ご褒美って、尊い。
★★★★★
それは、夕方の屋敷だった。
リゼが手早く執務報告を終えたあと、扉がノックされる。
「ごきげんよう。お邪魔してもいいかしら?」
その声を聞いた瞬間、俺の背筋に走るものがあった。
そして扉が開いた――
ミレーヌがいた。
清楚なドレスに、柔らかな栗色の髪。
笑顔は穏やか。でも……その瞳は、やけに据わっていた。
「久しぶり、エリオット。最近“しつけ”が順調そうね?」
「み、ミレーヌ……! いや、それは……っ」
「ええ、聞いたわ。新規事業、大成功。でも、それ以上に――あなたが“いい子”になったって話の方が、興味あるわね」
「いや、ちょっと待っ――」
ブンッ!
俺の言葉を遮るように、ルイーゼの乗馬鞭が空気を裂く。
「ごきげんよう、ミレーヌ様。この子は“いい子”ではなく、“躾け甲斐のある豚”ですわ。お間違えなく」
「ふふ……ルイーゼ様、相変わらずですわね。でも、あなたもよく躾けたわ。まるで、別人みたい」
俺は逃げ道を探そうとしたが、無駄だった。
両脇をドS×2の令嬢に挟まれた逃亡者に、未来などない。
その展開に、本能が震え始めていた。
「ねぇ、エリオット」
ミレーヌが俺の耳元に、ふわりと囁く。
「今日、私に……優しくされたい?」
「な、なに言って……っ!」
「ふふ、顔が真っ赤よ。そんなに嬉しいの? 怖いの? ねぇ、頭を撫でられるだけじゃ足りない? じゃあ……今度こそ、どこを撫でてほしいのか、ちゃんと言って? 前回聞こえなかったから」
あ、ダメだこれ。
声に出そうだった。ぶひっが。
……だがそのとき――空気が変わった。
「……あなた、興奮してるの?」
ルイーゼの声が低く響いた。
俺に向けてかと思ったが、違う。
彼女の視線は、はっきりと――ミレーヌを捉えていた。
「その顔。紅潮してますわよ。声のトーンも上がってるし……目が潤んでる。ふぅん……“見せつける趣味”でも、おありで?」
ミレーヌが硬直する。
「ち、違います! わたくしはただ……!」
「“ただ”の幼馴染が、そんな顔で躾けるものかしら。幼馴染って、そういう関係だったのね……この国の未来は暗いわ」
「ち、違っ――」
ミレーヌが、言葉を詰まらせる。
否定の声は、途中で消え、沈黙が落ちた。
顔が、耳まで真っ赤だった。
そして……ルイーゼは確信したように微笑む。
「――バレましたわね」
「そんな、私は……!」
「ミレーヌ様。わたくしに対抗して“躾け”に来たつもりかしら? ええ、構いませんわ。あなたの“やり方”とやら、見せていただきましょう」
ルイーゼが一歩引き、手を広げる。
「どうぞ。この豚に、あなたの“愛の罵倒”とやらを……もしあなたにそんなものがあるのなら、ですが」
「…………」
ミレーヌは静かに歩み寄り、俺の前に立った。
そして、笑顔で言った。
「エリオット。あなた、今日もよく頑張ったわね」
「えっ……?」
「でも、ちょっと調子に乗ってた。よく分かるの。ほら、その目。“褒めてほしい”って目してる」
「ち、ちが……!」
「じゃあ、こう言ってごらんなさい。“もっと、言葉で叱ってください”って」
「そ、それは……!」
「ふふ……いい子ね。言えるまで、待っててさしあげますわ。あなたが“ちゃんとした豚”になれるまで、ずっと」
ぶ、ぶひぃぃ――!!
寸前。寸止め。ギリギリ。
ルイーゼの鞭が、スパンと鳴った。
「ふぅん。案外やるじゃないですか、ミレーヌ様。まるで、母豚が甘やかすような調教でしたわ。でも、少しは感心しましたわ。あなたの中にも、“女王の素質”があるのね。それとも……わたくしとこの豚を“奪い合いたい”のかしら?」
ミレーヌは、何も言わなかった。
けれど――その沈黙が、何より雄弁だった。
俺は両脇を挟まれたまま、頭を抱える。
ぶひ……出る前に、逃げなきゃ。
でも、足が動かない。
だって……この地獄、心地よすぎるんだ。