婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
リゼは、静かに机の引き出しから取り出した。
「開発しました。ぶひ対策デバイス、プロトタイプ01号です」
俺は目を丸くする。
そこには、シンプルな革製の口枷――まさに、“豚鳴き封じ”の象徴があった。
「ちょ、まじで作ったのかよ!? 冗談だと思ってたのに……!」
「“ぶひ”がこぼれすぎたので。屋敷の防音問題も深刻ですから」
ルイーゼが、それを受け取りながら、嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ……この見た目、まるでエリオットのために作られたようなデザインですわね。似合うと思いますわ。次の新製品としていかがかしら?」
「や、やめろって……それはちょっと、な、なんか屈辱的っていうか――」
「では、つけなさい」
「えっ」
「命令です。つけなさい……ほら、手を動かして」
俺は、おそるおそる手に取り、躊躇いながら装着する。
革の感触が、肌にぴったりと吸い付いた。
カチッと音はしなかった。
そう、これは――鍵付きではない。
自由に外せる。構造的には。
「……ふふ。気づきましたか?」
ルイーゼが近づいて、俺の耳元で囁いた。
「外したいなら、外せばいいのですわよ?」
「……っ」
「でも。外せないですわよね?」
喉の奥が、かすかに鳴る。
鳴き声ではない。
ただ、羞恥と屈辱と、謎の昂ぶりが入り混じった、呻きだった。
「ほら、あなたの手は動く。鍵もない。誰にも縛られていない。それでも、あなたは……自分で自分に“豚の証”をはめ続けているのですわ」
ルイーゼは、俺の顎を軽く持ち上げた。
「……気に入りましたわ。この仕様。わたくしが命じなくても、勝手に“飼われてくれる”なんて――なんて便利な豚かしら」
「んんーっ!!(うわああああああああ)」
喋れない。
そして、外せない。
羞恥が頭のてっぺんから足のつま先まで突き抜けた。
リゼが腕を組んで、静かに分析する。
「心理的服従の可視化に成功した瞬間ですね。鍵のない拘束具ほど、効果的な支配はありません」
「ふふ……まるで、家畜が自ら首輪をつけて喜んでいるみたいですわね。ねえ? エリオット。あなたは、そういう“豚”なのですわ」
「んんんーっ……(ぶひいいいいいいい!!)」
こぼれそう。声にならない悲鳴。
でも――脳が、喜んでいた。
「せっかくだから、このまま屋敷の外、歩いてみる?」
「~~~~っ!!???」
「だって、外せるのに、外していないのですもの。それって、“わたくしに飼われていることを見せびらかしたい”ってことですわよね?」
ルイーゼの鞭が、ポン、と手のひらに乗せられる。
「さ、歩きなさい。首を上げて。誇らしげに、自分が“誰のものか”を証明するのですわ」
俺は、這いながら玄関へと導かれる。
リゼは無言で、扉の鍵を開ける。
ああああ、ちがう、ちがうちがう、これはちがう、でも、ちがうって言えない……ッ!!
「ふふ。顔が真っ赤ですわよ? あら、口がきけないから反論もできませんのね。まさに、わたくしの“しつけ”が完了した証拠ですわね」
俺は、ぶるぶる震えながら、手で口枷に触れた。
ゆるく装着されたその帯は、力を入れれば簡単に外せる。
……でも。
(……外せない)
身体じゃない。心が、外すことを拒んでいた。
だって、もしこれを外してしまったら――
俺は、“自分が誰のものか”すら、分からなくなる気がした。
「……ふぅん。じゃあ、こうしましょう」
ルイーゼは、口枷の説明書らしき紙を丸めて、
自分のペンダントケースに、くしゃっと突っ込んだ。
「鍵がないなら、“意思”で管理すればいいのですわ。つまり、これはもう、わたくしの所有物ですの。あなたごと、ね」
リゼが最後にひとこと添えた。
「名実ともに、“飼われ豚”の完成ですね……おめでとうございます」
俺は、床に這いつくばったまま、
誰にも見られないように、そっと涙をこぼした。
ぶひ、なんて言わない。
言わないけど――
この世界で一番幸せな、豚でした。
★★★★★
「じゃ、そろそろ出発だな……」
玄関の大鏡の前で、俺はスーツの襟を直しながら独り言をつぶやいた。
今日は、新規事業の要である工場の初視察日。
経営者としても、ここからが本当の勝負だ。
だけど――
「……ルイーゼ、来ないのか?」
朝からずっと、自室にこもったままのルイーゼ。
昨日のうちに同行を頼んだが、「くだらない」と一蹴されていた。
そして今日になっても、彼女は一向に姿を見せない。
すると――
「……何をボサッとしているのかしら?」
ヒールの音。
振り向くと、ルイーゼが優雅に階段を下りてきた。
……いや、優雅なのは見た目だけで、顔は明らかに不機嫌そうだった。
「行かないって言ったんじゃ……?」
「行かないとは言いましたわ。ええ、確かに。でも、あなたの“身なり”を見たら、見過ごすわけにはいかなくなりましたの」
「えっ、そんなに変か?」
「変ではありません。ひどいだけですわ」
ぴしゃりと一言。
ルイーゼはそのまま俺の前に立つと、唇をほんのりとつり上げ、言い放った。
「では、十数えると同時に、罵倒して差し上げますわ。その間に、誰に飼われているのか、よく思い出しなさいな」
「なっ……」
「いーち」
「その無様な立ち姿、民草が見たら国が滅びますわ」
「にー」
「ネクタイの結び目、幼稚園児の方が上手ですわね」
「さーん」
「視線が定まらない。まるで、牝犬の足元を見てるみたい」
「しー」
「顎、引きなさい。出てますわよ。知性まで逃げてます」
「ご、ご――」
「カウントに口を挟まない。黙って罵倒を浴びなさい」
「ろーく」
「歩き方がふらついてる……まさか、“装着中”なのかしら?」
「ぶ、ぶひぃ……っ!」
「しーち」
「……“ぶひ”は反応ではなく、鳴き声。訓練が必要ですわね」
「はーち」
「表情が緩んできましたわね。脳が蒸発してきた証拠ですわ」
「きゅー」
「わたくしの“躾け”がなければ、あなたはただの“野良”ですもの」
「じゅう」
「つまり、あなたの自主性も尊厳も、ここで終了ですわ」
俺は、床に膝をついていた。
いつの間にか、自然に、流れるように。
まるで、呼吸と同じレベルで、跪いていた。
ルイーゼが、ふう、とひと息吐いた。
「まったく……十数えるなんて、朝から骨が折れましたわ」
「す、すみません……」
「罰として、今日一日、わたくしの指示なしに喋らないこと。いいえ、それよりも――」
ルイーゼは俺が立ち上がった瞬間に、言葉を重ねた。
「立ちなさいとは言ってませんわ」
「……はい。跪きます」
「いいわ。そのままで。目線を下げて、そう……その高さでちょうどいい」
彼女は、ほんの少しだけ背伸びをして、俺の胸元に手を伸ばした。
顔が近づくと同時に、細い指先が、ネクタイの結び目をそっと整える。
「……ネクタイが、曲がっていますわよ」
その声は、罵倒というにはあまりに、優しかった。
ネクタイを結び終えたルイーゼは、静かに言う。
「……仕方ありませんわね。一緒に行ってあげますわ。わたくしの“豚”を野放しにするわけにはいきませんもの」
俺は思った。
ギャップ萌え半端ねぇ!!!