婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
「……ルイーゼが、実家に!?」
「ええ。本日朝方、急ぎの使者が来て。“今すぐ戻ってくるように”とのことでした」
リゼは、いつものように無表情のまま、淡々とティーカップを磨いていた。
ここは応接室。ルイーゼの姿がない――というだけで、屋敷全体が広く感じる。
「なにか、あったのか?」
「“母親からの呼び出し”だそうです。口調は柔らかく、内容は重く……貴族社会では、よくあることですね」
「……戻って来ないのかな……」
「その可能性も、あります」
「……!」
「そもそも、お嬢様とエリオット様は形式上の婚約関係でしょう?」
俺は手にしていたカップを、そっとテーブルに置いた。
「そうだけど……やっぱり、ルイーゼって、本当は……」
「お嬢様が第三王子に婚約破棄されたのは、“性格が悪いから”ではありません」
リゼが、静かに言葉を挟んだ。
「……え?」
「もちろん、“性格が悪い”のは事実です」
「おい」
「ですが――それが原因ではありません」
俺は息を呑む。
「……じゃあ、なにが原因だったんだ」
「“強すぎた”から、です」
リゼは、さらりと、とんでもないことを言った。
「第三王子との件は、政略結婚の一環として婚約が整えられましたが――お嬢様の“強気な言動”と“有能さ”に、次第に王子は“怯え”、そして“屈辱”を感じていったそうです」
「……」
「そしてある日、彼女は正式に婚約破棄を告げられました。“夫婦関係を築くには、慎ましさと従順さが足りない”――それが、王家の公式な説明でした」
俺の手が、カップの取っ手から滑り落ちた。
王子。この国の中枢に立つ者が、彼女の“強さ”を拒んだ。
「……それで、勘当されたのか」
「ええ。“王子に牙を剥いた不出来な令嬢”として、実家の名誉を損なったとされ――事実上の追放となりました」
「……理不尽すぎるだろ、それ」
「理不尽なのは、お嬢様も分かっていたと思います」
「じゃあ、なんで……!」
「彼女は、誇り高く在ろうとしたのです」
リゼは、拭き終わったティーカップを丁寧に伏せ、言った。
「この国の貴族社会では――女性には慎ましさと従順さが求められます。公の場では笑って、控えめに話し、男の意見を否定しない。意志を持たぬ“花”であることが、理想とされるのです」
「……」
「でも、お嬢様は違いました。――“花”であろうとはせず、“炎”として生きようとした。正義感が強く、聡明で、遠慮もなく、そして……傲慢で、有能だった」
俺は、返す言葉が見つからなかった。
ルイーゼのあの強さ――あれは、偶然の気性なんかじゃない。
あの人は、敢えてあああろうとしたんだ。
「……リゼ。それでも、やっぱり……あいつ、帰ってこないかもしれないよな」
「ええ。王宮との関係が修復されれば、家の名誉も回復します。再婚の話もあるでしょう。生活も、立場も、以前より安定するはずです」
「……」
「けれど、わたしは、戻ってくると思いますよ」
「……なんで?」
「理由は簡単です」
リゼが初めて、少しだけ口元を緩めた。
「“名誉より、豚の方が面白い”と、あの方は思っていらっしゃいますから」
「……っ」
「おめでとうございます、エリオット様。あなたは、“花”では満たされなかった炎女王様の豚。しっかり火を通していただいて、チャーシューとなってくださいませ」
「チャーシューって……」
そのとき――玄関の扉が、静かに開いた。
俺が振り返るより早く、高貴なヒール音が石畳を刻み、ルイーゼが、何事もなかったかのように立っていた。
その口元には、冷たい嘲笑。
「――何をしているの? 出迎えもせずに。犬でも、それくらいはできますわよ」
突き刺さる一言。思わず、頭を垂れた。
「……ああ、あなたはもう犬ですらなかったんでしたわね。豚。わたくし、豚より犬の方が好きなのに」
鞭が、彼女の指先でひと回しされる。俺はその場で、声にならない“ぶひ”を噛み殺す。
返すべき言葉は――もう決まっていた。
「……ワン」
ルイーゼは一瞬、目を瞬かせた。
そして、ふっと笑った。
「ふふ……いい子ですね。首輪を買い直してあげようかしら」
そう言って、彼女は鞄を置き、優雅に踵を返した。
そして――振り返ることもなく、こう告げる。
「勘違いなさらないで。わたくしが戻ったのは、あなたを躾け切っていないからですわ」
そう言って、わずかに頬をそらした。
「……それに、あの屋敷、空調が最悪でしたの。わたくし、もう快適な床以外では眠れませんのよ」
乗馬鞭を小さく回し、鞄の上に軽く打ちつける。
「さ、出張の準備があるのでしょう? わたくしの指示がないと、準備もできないんでしょうから。しっかり、甘えなさいな」
俺は全力でぶひを堪えながら、頭を垂れた。
ルイーゼは、強く、美しく、そして――この上なく、不器用な人だった。
でも俺は、きっと彼女のすべてを、これからもずっと、見ていたいと思った。