婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第14話 “ご褒美”、欲しいかしら?

 

「この施設……冗談ではありませんわね」

 

ルイーゼの声が、静かに響いた。

工場の喧騒の中、その言葉だけがやけに透き通っていた。

 

俺は慌てて彼女の隣に立ったけれど、目の前の光景に言葉を失う。

床は油で滑りそうだし、空気は重くて息苦しい。

作業員たちは皆、覇気がない顔で黙々と作業をしていた。

 

「……ひどい環境だな。これじゃ、従業員の健康にも……」

 

そう口にした俺に、ルイーゼは視線をよこし、言った。

 

「それだけではありません。労働時間、衛生、設備――どれを取っても最低水準以下ですわ。このような工場が“事業の柱”になるなど、到底容認できません」

 

その目は静かに怒っていた。

俺は言葉に詰まりつつ、ふと胸の中の本音がこぼれる。

 

「でも……環境改善となると、かなりコストがかかるかもしれない。利益も落ちるだろうし、大きな屋敷も買えなくなるかも……」

 

現実的な話だと思っていた。

だけど、ルイーゼは、真っすぐ俺を見て、はっきりと言い放った。

 

「人の命がかかっていますのよ? 従業員を大切にしない事業に、将来はありませんわ」

 

その言葉が、胸に刺さった。

 

彼女はドSで、俺を豚呼ばわりすることに余念がない。

でも、こうして“誰かの未来”を守ろうとする気高さがあるから――俺は、共にいたいと思ってしまうのだ。

 

「改善命令、出しましょう。エリオット、あなたが責任者として立案を」

「……はいっ」

 

ビシッと敬礼したくなるくらい、その言葉は重く響いた。

いつもの“豚”呼ばわりより、数倍怖い。けど、それ以上に――誇らしかった。

 

「民草あっての貴族社会。働く人間の尊厳を踏みにじるような経営など――わたくしは断固として許しません」

 

その瞬間、彼女の横顔は、まるで正義を掲げる騎士みたいだった。

 

 

夕方になり、俺たちは宿へと戻った。

旅人向けの広めの部屋に通されて、ようやく緊張の糸が切れた。

 

「ふぅ……やっと落ち着けるな」

 

そう言いながら、椅子に腰を――

 

「……あなた。何を勘違いしているのかしら?」

 

背中に突き刺さる冷気。あ、やばい。

 

振り返る前に、鞭の気配がした。

 

「あなたの今日の態度、民草に対して申し訳ないと思わなかったの?」

「え、ええっ……? お、俺……その……」

「歩き方がふらふら、説明は噛み噛み、視線も定まらない。まるで“躾けられた犬”が人前に出たみたいでしたわ」

「ち、違っ……あれは緊張してて……」

「民草はあなたの言動で“上”を見るのよ。そんな“豚”のような態度では――社会が腐りますわ!」

 

バシィッ!!

 

壁際に乗馬鞭が叩きつけられた音で、俺の魂が一回天井を突き抜けた。

 

「し、しかし、ルイーゼ……人前では、あんなに優雅に……」

「外では“優雅な令嬢”、内では“容赦なき躾け”――これが“上”のあるべき姿ですわ!」

「ぶ、ぶひぃっ……!」

 

完全に条件反射だった。

口からこぼれ落ちた音に、自分でも絶望する。

 

「その鳴き声、恥ずかしいと思いなさいな。あなたはまだ“犬”にすら戻れてない。躾け直す必要がありますわね」

「ひっ……」

 

もはや俺の心は正座待機モード。

逃げることもできず、ただただ彼女の言葉に従うしかない。

 

「まずは正座。そして、目を閉じて、反省のポーズ。いいえ、それは“媚びた顔”ね。もっと誠意を込めなさい」

 

俺は床に座り、正座しながら、己の存在意義を見つめなおした。

ああ、なぜ俺はここにいるのか……なぜ生まれたのか……

って考えてたら――

 

「ふふ……その顔、ようやく“しつけ甲斐”がありますわ。今夜はたっぷり――お仕置きですわよ」

 

部屋の隅で控えていたリゼが、ぽつりとつぶやいた。

 

「……ここ、防音、大丈夫かしら」

 

扉がぴたりと閉じられた音が、やけに大きく響いた。

 

ああ――

“お仕置き”の始まりだった。

 

 

★★★★★

 

 

朝、静かな空気が流れていた。

 

昨夜の“お仕置き”は凄まじかった。背筋にまだ鞭の風圧が残っている気がする。

俺は朝食のテーブルに座りながら、昨晩の記憶を思い出すたびに膝を閉じてしまう。

 

そんな俺の前に、ルイーゼが座った。

 

「……どうしたのかしら? 今朝はやけに静かですわね」

「い、いえ……別に……」

「あらそう。では、質問を変えましょう」

 

ルイーゼは紅茶のカップを手に取り、ほんのり微笑んだ。

 

「“ご褒美”、欲しいかしら?」

 

一瞬、脳がバグった。

 

「え……?」

「あなた、最近よく頑張ってるでしょう? 改善案もちゃんと出して、労働環境の視察もこなして、民草の前ではぎこちないながらも言葉を尽くした……豚にしては、上出来ですわ」

「そ、それは……あの……ありがとうございます……?」

「ええ。だから、欲しいのなら――言ってみなさい。“ご褒美が欲しい”って、自分の口で」

 

吐きそうになった。嬉しさと羞恥で。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、それは……」

「ふふ。あら、言えないのかしら? いいのよ、私は優しいから。何も言わずに、ただ膝をついて、こちらを見上げるだけでも構いませんわ。それだけで、“どれほど欲しいのか”分かりますもの」

 

や、やばい。なんだこのルイーゼ。やたら余裕のあるお姉さんムーブが……刺さる。

 

「顔が赤いわよ、エリオット……そんなに、撫でてほしいの?」

「な……っ」

「じゃあ、ぶひ、って鳴いて。鳴いたら、頭を撫でてあげる。ね? わたくし、そういうご褒美も嫌いではなくてよ?」

 

し、死ぬ。これは死ぬ。

 

だけど……鳴けない。いや、鳴きたくない。いや、鳴きたいけど鳴けない……!!

 

「……ふふ。鳴けないの? じゃあ――撫でてあげるわ。はい、いい子ね、よしよし……」

 

ルイーゼ様が手を伸ばしてきた。

だが――直前で止まり、冷たく笑った。

 

「気が変わりましたわ。よく考えたら、豚に“ご褒美”なんて必要ありませんもの」

 

ビキィッと音を立てて、空気が変わった。

 

「甘えるのもいい加減にしなさい。私は“慈悲深い聖女”ではなく、“貴族”ですわ。そしてあなたは、ただの“豚”。勘違いするには、早すぎますわね」

「ひ、ひぃ……っ」

「言えなかったこと、恥じなさい。ぶひ、とも鳴けなかったことを、悔やみなさい。せめてもの情けで、今日のお仕置きは……鞭三発から始めてあげましょうか」

「ル、ルイーゼ様……っ」

「ご褒美が欲しい? 欲しいのなら――地面に額をつけて、尻尾を振りながら言いなさいな。“豚らしく”。あなたの言葉で」

 

背筋がぶるっと震えた。今朝のルイーゼ様、やばい。やばすぎる。

 

と、そのとき。

 

扉が開いて、リゼが無表情で入ってきた。

 

「……また、豚の懇願タイムですか。お疲れさまです、お嬢様……感性が鋭いぶん、調教も難しいですね」

「ふふ、そうでしょう? でも、根は単純な豚ですわ。仕上げるのに、もう少し時間がかかるだけですの」

「なるほど……。では、豚さん。ご褒美はまたの機会に――鳴かない豚に、“甘さ”は不要ですから」

 

俺は、紅茶のカップすら持てぬまま、ただ静かに――心の中で、ぶひ、と呟いた。

 

 

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