婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第15話 キス、してもらえると思いましたの?

 

「姉様ってば、ずるいですわ。こんな面白い子、ひとりじめしてたなんて」

 

その声がしたとき、俺は、背中に寒気が走った。

 

ぱっつん気味の前髪と、無邪気な笑顔。

けれど、その笑顔の奥には、どこか底知れぬものが潜んでいる。

俺の前に立ち、まじまじと顔をのぞき込んできた。

 

「わ……本当に綺麗な顔してるんですね。びっくりしました。なんだか、お人形さんみたい」

「え、えっと……お、俺は……」

「え? 喋れるんだ……うふふ、ごめんなさいね、あんまり綺麗だから、黙ってたら飾り物かと思っちゃった」

「な、なにを……っ」

「姉様が言っておりました。“変わった子”だって……ほんとに面白い反応するのですね〜」

 

けらけらと笑いながら、その子は俺の周りをくるくる回る。

 

ルイーゼの妹――フィオナ。

小柄な体に、真珠のような銀髪を揺らしながら、すっと現れた。

 

その無邪気さは、遊びというにはあまりに本質を突いている。

 

「……おやめなさい」

 

ルイーゼの声が、低く落ちた。

 

「妹とはいえ、わたくしの“犬”に勝手に構うことは許しませんわ」

「構っておりませんよ? でも、見ているだけですわ」

「……その“面白がる”感性が、あなたの悪癖ですわね」

 

ルイーゼの声は低く抑えられていたが、その一言で空気が引き締まった。

 

俺はその横で、ぶひ寸前の理性を必死で保っている。

 

(まずい……このままじゃまた鳴いてしまう……いや、違う……俺は、豚じゃない……犬だ。俺は、犬。せめて、犬には……)

 

震える俺を見たフィオナが、にっこりと笑う。

 

「……あ、わかりましたわ。鳴きたくないのですね。“ぶひ”じゃなくて、“ワン”って鳴きたいのですか?」

「――っ!?」

 

完全に、読まれていた。

 

「そうですか、では、わたしの“ワンちゃん”ですね?」

「や、やめ……」

「え? 嫌なのですか? でも、お顔赤いですわよ? あ、もしかして、嬉しかったのですか? ふふっ、かわいい〜」

 

その瞬間、ルイーゼの表情が、ほんのわずかに動いた。

 

「フィオナ。あなた、用件はそれだけ?」

「ううん。でも、姉様の“ワンちゃん”がかわいすぎて、つい。ねぇ、このワンちゃんて、ちょっと女の子みたいな顔ですわね?」

「なっ……」

 

ドクンと心臓が跳ねる。そんなこと、今まで言われたことなかった。

 

「照れたー! ほんとに照れましたー! やばい、かわいい! ちょっと、こっち向いて?」

「フィオナ――いい加減になさい」

 

ルイーゼの声が、ひんやりと響く。

鞭は振るわずとも、その威圧感は十分すぎるほどだった。

 

「姉様……ちょっと褒めただけなのに〜。でも、本当にかわいい子拾いましたわね」

「下がりなさい。わたくしの許可なく、この屋敷で好き勝手は許しませんわ」

 

フィオナは肩をすくめて、くるりと踵を返した。

 

「じゃあ、また“ワンちゃん”に遊びに来ますわね。姉様の大事な子って本当か、もっとよく見てみたいですわ」

 

扉の向こうに消えると同時に、

ルイーゼの背中から、じんわりと静かな緊張が立ち上がる。

 

俺は――

何も言えず、ただ正座して、うっすら尻尾を引きずるような気持ちで、頭を下げた。

 

 

「“可愛い”なんて。あの子が、よりによってあの子が……」

 

ルイーゼは、窓辺で紅茶のカップを持ったまま立ち尽くしていた。

銀髪の小さな妹――フィオナ。その無邪気な一言が、脳裏から離れない。

 

エリオットが可愛い、だなんて。

あの無防備な顔を見て、あの子が笑った瞬間。

 

(なぜ、心がざわつくのかしら。あんな顔、何度も見てきたのに)

 

けれど――

 

(わたくしが褒めたとき、あんな顔はしなかった)

 

紅茶のカップがカチンと小さく鳴る。ルイーゼは無言で机に戻り、椅子に腰かけた。

 

 

その頃の俺はといえば、ソファの端で正座していた。

ルイーゼの機嫌が、午後からずっと悪いのは気づいている。ピリピリを超えて、刺々しい。

 

フィオナ――銀髪で、小さくて、無邪気で、怖い子。

その妹に俺が「かわいい」と言われたのが、どうやらルイーゼの癇に触れたらしい。

 

まずい。なんか、今日のルイーゼ、圧がすごい。

 

そんなことを思っていたとき、彼女は俺を一瞥した。

 

「……エリオット。こちらへいらっしゃい」

「は、はいっ!」

 

つい敬語になってしまうほどの気迫に従い、近づくと――彼女は、膝の上にクッションを置いた。

 

「ここに、頭を乗せなさい」

「は……?」

「何度も言わせないで……これは、“ご褒美”ですわ」

 

頬をほんのり染めながら目を逸らすその姿に、俺の思考はフリーズした。

 

え、うそ……膝枕? ご褒美? ルイーゼから……? いつぶりだ?

 

全身の毛穴が一斉に開いた。いや、開いた気がした。

 

落ち着け俺。これは罠だ。絶対罠だ。でも断ったらもっと怖い。どうする俺、どうする俺――

 

そんな葛藤の末、俺は静かに膝に頭を預けた。

 

その瞬間――ふわっと漂う紅茶と薔薇の香り。

柔らかくて、あたたかくて、程よい弾力。

ああこれ、夢だ。完全に夢。

 

「震えてますわよ? ……犬のくせに」

「い、犬、ですから……震えることも……!」

「うふふ、言い訳は結構ですわ」

 

ルイーゼの手が、そっと俺の髪を撫ではじめる。

 

だめだ……これ、もう本当にだめだ……!

 

その指は、いつもの鞭よりも残酷だった。

優しく、ゆっくりと、頭の先から首筋へと這うたびに、心臓が破裂しそうになる。

 

「ほんとに、あなたの顔って……よく見たら整ってますのね」

 

そう言いながら、指先が頬をなぞる。

そして――俺が少しだけ顔を動かしたその時、

頬に、柔らかいものが、ふわっと触れた。

 

……ッ! い、今のはまさか……おっぱ……いや、確認しちゃいけない、ダメだ、今のは幻覚!

 

全身がビクッと跳ねたのを、ルイーゼは気づいていないフリをしてくれた。

 

「……あの子が、あなたを“可愛い”と褒めたこと。わたくしには、到底、受け入れがたい現実でしたわ」

「えっ……?」

「だから、こうして、ちゃんと“わたくしの犬”として記憶に刻んでおく必要がありますの」

 

その言葉に、胸が熱くなった。

 

ルイーゼ様の顔が近づく。鼻先が、かすかに触れる距離。

 

「目を閉じて」

 

その一言で、思考が止まる。

瞼を下ろした瞬間、世界が静かになった。

 

彼女の息遣いが頬に当たる。

唇の気配が、俺のものに近づいて――

 

(くる……来る……来てしまうのか……!!)

 

そして、

 

「……キス、してもらえると思いましたの?」

「えっ……?」

 

耳元で、甘く、冷たくささやかれたその一言に、背筋がゾワゾワと痺れた。

 

「おめでたいですわね。忠犬のくせに」

 

次の瞬間、頭の下のクッションがふわりと引かれ、俺はそのままごろりとソファに転がった。

 

ルイーゼ様はすでに立ち上がっている。

 

「今日の“ご褒美”は、これでおしまいですわ。明日からは、また“躾”の続きをしましょう」

「……」

「この甘さが、ずっと続くと思ったのなら……犬としての資質を疑いますわ――ふふっ」

 

ぱたん、と部屋の扉が閉まる。

 

俺は、もう何も考えられなかった。

 

あれが……あれがご褒美……? いや、罰より効く……。

 

それでも。

心のどこかが、あたたかくて、苦しくて。

でもたぶん――幸せだった。

 

正座の姿勢を整え、俺はもう一度、頭を垂れた。

 

そのころ廊下の向こう――

ルイーゼは一人きりで立ち止まり、小さく吐息を漏らした。

 

「……犬でも、手放したくはないですわね」

 

彼女の頬は、わずかに赤らんでいた。

 

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