婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
「本日は、ママがお呼びになっただけですわ。無駄口を叩かれましたら、命の保証はいたしませんわよ」
そう言って俺を馬車に押し込んだルイーゼは、いつにも増して不機嫌だった。
今日は彼女の実家――侯爵家に招かれている。
呼び出したのは父親ではなく、母親だという。
ちなみに父親は内務大臣。貴族社会でも最上位クラスのスーパーエリート。しかし、家の中では母親が絶対らしい……なるほど、娘にそっくりだ。
「……まさか、乗馬鞭持って来るとは思わなかったけど」
「当然のことでしょう? 屋敷の外であっても、飼い犬の躾けは欠かせませんもの」
乗馬鞭を持ち歩く優雅な貴族令嬢……あれ? やっぱおかしくね?
リゼも同行しているが、今日は応接室には入らず馬車で待機するらしい。「使用人ですから」とだけ言って、すっと控えに回った。
*
侯爵家の屋敷の応接室。
重厚な扉の奥にいたのは、ルイーゼに似た気品と圧をまとった女性だった。
「ようこそいらしたわね。あなたが、エリオット・ハドーくん?」
優雅な声色。しかし、その一言で空気の主導権を握る力がある。
「ご挨拶が遅れました。エリオット・ハドーと申します。本日は光栄です、マダム」
「マダムなんて呼ばれると、年を取った気がして嫌ね……ママでいいわよ。ねえ、ルイーゼ?」
「……はい、ママ」
ルイーゼが素直に返事をしている。珍しい光景だ。
その横顔を見ながら、少しだけ緊張がほぐれる。
応接室には、俺、ルイーゼ、ルイーゼ母の三人のみ。
「さて、本題に入りましょう。あなたに一つ、お願いがあって来ていただいたの」
そう言って、侯爵夫人――ルイーゼの母はまっすぐ俺を見つめる。
視線だけで圧をかけられているのに、不思議と理不尽さは感じなかった。
「侯爵家の領地の一部、クラリモンドをあなたに譲りますわ。もともとは我が家の別荘地でしたが、今は空いております。管理と再整備も含めて、気鋭の実業家たるあなたに任せたいのです」
「クラリモンド……」
「あなたにはそこに住まい、そこから事業を運営いただきたい。名目上は“貴族間の事業提携”。実態は、我が家が娘を見捨てていないという形式を整えること。それが目的です」
言葉は端的だったが、その奥には確かな親の情があった。
「この子は、不器用だから、言葉より先に気位が立つ。でも……わたくしにとっては、今も誰より誇らしい娘ですのよ。だから、この子がまた歩き出せるように、舞台を整えたいのです」
その言葉に、一瞬だけルイーゼの指先が揺れたのを見逃さなかった。
「お受けいたします、ママ。身に余るお話ですが、責任をもってお引き受けいたします」
その瞬間、隣のルイーゼの肩がピクリと跳ねた。
ちらりと見れば、その目がわずかに細められていた。
「それでは、書類と土地の手続きは追って届けますわ。ルイーゼ、あとは任せたわよ」
「……はい、ママ」
ルイーゼは静かに一礼し、応接室をあとにした。
*
馬車に戻る途中の廊下で、空気が凍った。
「“ママ”と呼ばれましたわね?」
「えっ!? いや、だってそう呼べって……」
「わたくしの母を“ママ”とお呼びになるなど、あまりに身の程知らずですわ。耳障りで吐き気がいたします」
「えぇ……いや、そう呼ぶよう言われたわけで……」
「謙遜というものはありませんの? 雰囲気で家名を踏み躙られるとは、なかなかの芸当ですこと」
ぱしんっ、と鞭が床を打つ音が響く。
……帰り道は馭者やった方が多分収まりがいい。
「ご、ごめんって! でも、屋敷つきの領地なんて、俺にとってはまさに――」
「まさに“責任”を背負うことになった、という意味においてでしょうね」
「……まあ、そうとも言えるけど……どうしよう。まずは使用人を増やさないとな。リゼだけじゃ、広すぎて回らないよな?」
話を逸らそうと別の話題を振った矢先。
「……なんと?」
一気に空気が変わる。冷気が肌に触れるような錯覚。
「“使用人”を増やすとおっしゃいました? それも、女性を?」
「そのつもりだけど……メイドとして、掃除とか料理とか……」
「却下いたします。絶対に、女など、い・り・ま・せ・ん!」
「え、でも合理的には――」
「黙りなさいませ」
その声は、刃物のように鋭い。
けれど理由が分からず、俺はただぽかんと口を開けたまま、玄関を出た。
馬車の奥から静かな声が届く。
リゼだった。仮面のように無表情を向けたまま馬車の脇に立ち、すっと腰を折る。
「お嬢様、エリオット様、お話聞かせていただきました。ひとつ、申し上げても?」
「う、うん……なに?」
「エリオット様が、女性の使用人を増やそうとしておられる理由は、理解しております。効率、衛生、負担分散。すべて正論です」
「でしょ?」
「……ですが、ひとつだけ。根本的に――致命的に、間違っておられます」
「えっ……?」
「“鈍感”は、死刑に値します」
「……えっ? な、なに……?」
「ご自身でお確かめくださいませ。でないと、明日からの生活が“より刺激的”なものになるかもしれませんよ?」
一転して、にっこりと、まるで処刑宣告のような笑みを浮かべている。
一方のルイーゼは、不機嫌そうに腕を組んだまま何も言わない。
けれど、鞭の柄を握る手にだけ、力がこもっていた。
俺の“城”――クラリモンドはもうすぐ俺のものになる。
……たぶん、名義上だけだけど。
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