婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第18話 少なくとも私の場合、Sとは、サービスのSです

 

「行ってまいりますわ。くれぐれも――書類を汚さないように。鼻水や涙、汗などで」

「それ、涙はともかく……汗と鼻水ってどんな読まれ方前提!?」

「あなたが何をしでかすかは想像の外にございますので」

 

そう言い残し、ルイーゼ様は優雅に馬車へ乗り込んだ。

ギルドの幹部たちとの会合に出向くとかで、今日は丸一日外出。

俺は屋敷で事業計画書のブラッシュアップ、いわゆる留守番である。

 

……地獄か。

 

静まり返る応接間。ぴくりとも動かない時計の針。カサカサと鳴る書類の束。

 

「……やばい。すでに罵倒が恋しい」

 

心の支柱である鞭とヒールが存在しない空間は、恐ろしいまでに自由で……不安だ。

 

「なあリゼ、俺って、ルイーゼ様にとって何なんだろうな」

 

応接間の片隅、静かに茶を運んでいたリゼが無表情で答える。

 

「何って、飼い主と犬でしょう」

「いやいやいや! もうちょい人間扱いして!? 俺、一応婚約者でしょう!」

「形式上の、ですね」

「やめて!? その切り捨て力、氷の剣士かよ……!」

 

「事実を述べただけです。あなたがご自身を婚約者と自認できるほどの知性と自尊があれば、書類の誤字も減るでしょうに」

「いてぇぇぇ!! その指摘、マジで刺さるからやめて!!」

 

リゼは一歩前へ出て、俺の机の上の書類をちらりと眺めた。

 

「……エリオット様」

「な、なんだよ……?」

 

「さきほどから明らかに集中力が乱れております。お嬢様がいないだけでこの乱れ……まるで番犬の“主ロス”ですね」

「主ロス言うな! 主ロスだけど言うな!」

 

俺は机に突っ伏す。もうダメだ。罵倒が、足りない。

このままでは何も書けずに一日が終わる。

 

「なあリゼ……ちょっとでいいから、罵倒してくれないか?」

「……やはり、そういう性癖ですか」

 

「そういうってなんだよ!? お願いだってば、頼むよリゼ!」

「わかりました。では、業務の一環として」

 

彼女は一歩近づき、俺の頭の上に茶をそっと置いて、微笑まずに言った。

 

「あなたのような生物が書類を扱っていることが、紙にとっての最大の侮辱です」

「ありがとうッ!! 今の、めっちゃ効いた!!」

「……ではもう一つ。あなたの存在は、クラリモンド領の経済的マイナスです」

「ふぅっ!! キタキタキターッ!!」

「……あなたの知性、犬というより寄生虫ですね」

「ぅひゃあああああああ!!」

 

思わず声を上げてしまう。けれど、その一撃があまりにも鮮やかで、つい頬が緩む。

 

「喜ばないでください。これは本来、侮辱です」

 

冷たい口調のまま、リゼはカップを口に運んだ。

 

だが、俺はそこでふと立ち止まる。

 

「あれ……おかしいな。普通、侮辱って……こんなに気持ちいいもんだったっけ……?」

「それはもう病気の域です」

 

返ってきた言葉に、一瞬で我に返る。けど、やっぱりおかしい。

 

「いやでもさ、最近ずっと貞操帯つけられてるし。夢にブーツ出てくるし……俺の性欲って、どうなってんのかな……」

 

そこまで言ったとき、リゼの手がぴたりと止まった。

 

「……その件で、思い出したことがあります」

 

彼女はゆっくりと目線を逸らした。

 

「私は孤児院の育ちで、貧しさのあまり、いずれは街娼として食いつなぐしかないと本気で考えていました」

「ああ、そうだったな」

 

俺との出会いは決して、幸せな状況であったとはいいがたい。

でも、その辛い過去を、リゼが思い出すなんて……。

 

「実際、その日。人生で初めて、客を取ろうとしていたんです。男を知らない身体のまま――覚悟を決めて。それが、“性”というものの最初の接点になるはずでした。なのに、あなたが現れた。何も求めず、ただ衣食住を与えてくれて」

「ああ、そうだったな」

 

思えば、ルイーゼを拾った時と、リゼを拾った時。

邪な考えがあったのは事実だけれど、それを抜きにすれば状況としては似ているか。

 

「リゼ、どうしたんだ? 急に過去の話なんてして」

「いえ、あの時、私は思ったのです。エリオットは様には性欲なんてないんだな、と」

 

!?

 

「ちょ、ちょっと待って!? なんかすごい誤解されてない!?」

「それが今では、貞操帯で性欲コントロールされたまま、夢にブーツが出てくる変態ですものね。想定外も甚だしいです」

「まじでごめん……」

 

あれ、今俺が謝る流れだった?

 

「……ちなみに、あなたが初めて“捕まえた男”です」

「それはちょっと嬉しい……かも?」

「この先、誰にも言いませんけどね」

「……」

 

……俺、どこかで間違えたのかな。

 

「……なんで俺の周り、ドSしかいないの……?」

「あなたがドMだからです。常に需要と供給の関係があります。あなたが求めるから、私は仕方なく演じているんです。少なくとも私の場合、Sとは、サービスのSです」

「……それ、ルイーゼも?」

「お嬢様は天賦の才です。その星の下に生まれたのです」

「天才かよ……」

 

その瞬間、扉が開いた。

 

「ただいま戻りましたわ」

「ルイーゼ様!? は、早くない!?」

「ええ。会議が早く終わりましたの……で、留守番の成果は?」

「は、はい。完全に犬に戻りました……!」

「よろしい」

 

こうして俺は――

今日も、堂々と犬に成り下がったのだった。

 

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