婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第2話 この性格の悪さ、俺にだけ向けられてるって最高かよ

 

「そちらのパンをひとつ、包んでくださる?」

 

穏やかな声が市場に響いた。

振り返れば、そこには金髪に紺の外套をまとった、一人の美しい少女の姿。

 

ルイーゼ・ロザリンド。

元侯爵令嬢。王子との婚約を破棄され、社交界から爪弾きにされた“高慢な悪役令嬢”。

 

……のはずなのに、彼女を見た店主は顔をほころばせた。

 

「ルイーゼ様、いつもありがとうございます。こちら、焼き立てですよ」

「まぁ、嬉しいですわ。ご配慮に感謝いたしますわね」

 

彼女は丁寧に礼を述べ、受け取った紙袋を腕に抱える。

通りすがりの子どもに「おはようございます」と微笑み、頭を撫でてやる姿は、まさに理想の上級貴族令嬢そのものだった。

 

「ルイーゼ様って、お噂と違って素敵なお方よね」

「うちの坊主なんか、あの方が来ると喜ぶのよ。お菓子くれるって」

 

……うん、わかる。

わかるけどさ。

 

それ、俺には一ミリも向けられたことないんだけど!?

 

いやマジで、俺が知ってるルイーゼ様、乗馬鞭と冷笑と人格否定の三種盛りなんだが?

 

「なんで……なんで俺のときだけあんなに高圧的なんだ……」

 

俺はルイーゼの買い物袋を抱えながら、誰にも言えない疑問を抱えていた。

 

 

「あなた、それが貴族の屋敷に上がる者の姿勢かしら?」

 

帰宅して三秒後。

靴を脱ぎかけた俺に、ぴしりと鋭い声が飛んできた。

 

「えっ、今ちゃんと脱ごうとしてたじゃん……!?」

「今朝、あなたが残した泥の跡、掃除にどれほど手間がかかったと思っていまして?」

 

ソファに座るルイーゼは、いつのまにか右手に乗馬鞭を携えていた。

もはや鞄の代わりに常備してるんじゃないか?

 

「ちょ、ちょっと待とう? さっき街ではあんなに優しくしてたのに!? 子どもにパンあげてたじゃん!? “素敵なご令嬢”って評判だったじゃん!?」

「可愛げがあるからですわ。あなたには、残念ながら存在しないのですもの」

 

ぴしっ。

空気を裂く音とともに、鞭の先が床に落ちた塵を払うように舞った。

俺の背筋が条件反射でゾクつく。

 

「では、本日の罰を申し渡します。右足、差し上げますわ。舐めていいですわよ?」

「……ッはぁ!?」

「ずいぶん戸惑ってらして。まさか、期待していたのではなくて?」

「してません! したことにされても困るんですが!」

「ふふ。では正直に申し上げましょうか?」

 

ルイーゼは脚を組み、あの目元――あの、泣きぼくろのある艶やかな目で、じっとこちらを見下ろしてくる。

 

「あなたってば、わたくしに叱られるとき、耳が真っ赤になるんですのよ? そのくせ目は潤んで、口元が緩む。まるで、叱られるのが快感みたいに」

「……な、なるかぁッ!」

「なら、なぜ震えてるのかしら? 鞭を見て、嬉しそうにしていたわよね?」

「見てない見てない! 俺は正常な感覚の持ち主です!」

「ふふっ。そんなに必死に否定するなんて、ほんとうに恥ずかしい人。よろしい、では今日は舐めなくても結構。代わりに――」

 

すっ、と足先が俺の肩に触れた。

 

「“わたくしの脚を磨く”という名目で、今夜一晩中こちらの靴を拭き続けなさい」

「なにその処刑めいたお仕事……!」

「ご褒美ですわよ?」

 

なんだこれ。

なにこの扱い。

 

他の人間には礼儀正しく、優雅で完璧な貴族令嬢。

でも――俺にだけは、高慢で毒舌で、Sっ気全開な“悪役”の顔を見せてくる。

 

俺にだけ。

俺だけに……この性格の悪さが向けられてる。

 

……これって、もしかして――

ご褒美なんじゃね?

 

いや、これご褒美だわ。

 

 

★★★★★

 

 

 

「……こちらの数値、間違っておりますわよ」

 

ルイーゼの声は、今日もまた優雅で冷たい。

俺が朝から必死に計算して作った帳簿を、彼女は一瞥しただけで否定した。

 

「えっ、ちょっと待って? ちゃんと計算したんだけど! そっちの指摘、合ってる?」

「“合ってる”かどうか、ではなく。“間違っている”のですわよ」

 

彼女は指先で帳簿の数字をひとつ、トンと叩いた。

 

「この『512』、正しくは『521』。あなた、まさかですけれど――数字を並べる順番も怪しいのではなくて?」

「いやいやいや! そこまでひどくないって! たぶん!」

「“たぶん”でお金を動かされたら、事業経営はできませんわ……というより、あなたに経営の話は難しすぎますわね?」

 

ズキッ。

 

この女、いちいち痛いところを突いてくる。

知性での殴打はじんわり効く。

 

「で、でもほら! このレベルのミスならまだ修正できるし! 立ち直り可能っていうか!」

「ええ。あなたのような無能が、まだ“立ち直れる”と思っていること自体が滑稽でしてよ」

 

ズガーン。

 

あかん。これは効いた。

脳がちょっと揺れた。

 

「……っ、それでも……!」

 

思わず俺は、ぐっと拳を握りしめて立ち上がった。

机を挟んで彼女を見上げる。やられっぱなしじゃいられない。俺にも、誇りが……!

 

「踏まれても踏まれても立ち上がる俺は、たんぽぽだッ!!」

 

その瞬間、時間が止まった。

 

ルイーゼが、しばしの沈黙のあと――

 

「…………ふふっ」

 

くす、と笑った。

まるでそれが世界一面白い冗談であるかのように。

 

「雑草にしては、口だけは達者ですのね? あら失礼。雑草の分際で言葉を話せるなんてすごいですわ」

 

その笑顔は妖艶で、どこか残酷な天使のようだった。

 

「では今度は、“靴の裏”で――摘み取って差し上げましょうか?」

 

ズギュウウウン。

 

俺の背筋が砕けた。

なにそれ。美しい人に笑顔で殺される感覚。なんでこんなに心地いいの。

 

「ひ、ひとつだけ……! ひとつだけ確認させて!」

「何かしら?」

「“摘み取られる”って、それって……比喩? 実際に靴で俺を?」

「どちらがいいのですか?」

「比喩でも実でもいいですありがとうございます!!」

「ふふっ……雑草のような下級貴族に、選択肢なんてないと知りなさいませ?」

 

ルイーゼはわざとらしく脚を組み替え、革靴の先を俺の足元に近づけてくる。

その動きだけで、俺の膝が震える。

 

「ちなみに、わたくしが王子に婚約破棄された理由。気になります?」

「き、気になる!! というか、そもそもおかしくない? こんなに頭良くて綺麗で、完璧な貴族の令嬢なのに!」

「ええ。完璧すぎたのが、罪でしたのよ。王子は無能で甘やかされた子供。わたくしの進言が、“耳障り”だったのでしょうね」

 

彼女は窓の外に目をやりながら、言う。

 

「税制改革、国庫予算の再編、軍の再構成……何一つ通らなかった。でもあなたには感謝してますわよ?」

「え、俺に?」

「ええ。こうして、好き放題に罵倒しても逃げない雑用係がいること――思った以上に快適ですもの」

 

その目元。泣きぼくろの下から覗く笑み。

一滴の毒と蜜が混ざったような、美しさ。

 

「叱られて悦ぶ雑草さん? 次はちゃんと間違えずに帳簿、書けますわよね?」

「……かしこまりましたッ!!」

「ふふっ……ほんとうに、しつけ甲斐があってよろしいわ」

 

俺は今日も、彼女の言葉責めに心を折られ、

そして――そのたびに、立ち上がってしまう。

 

だって俺は、たんぽぽだから。

 

……いや、なんか違うな?

でもまぁ、いいや。

ルイーゼに踏まれてるなら、なんだっていい気がしてきた。

 

 

 

 

 

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