婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
日中のフィオナの突然の来訪により、クラリモンド領の屋敷には妙な空気が漂っていた。
ルイーゼの様子が変わったのは、それからすぐだった。
「リゼ、今日の夕食後、執務室にエリオットを連れてきて」
その一言で、全てが察せられた……今夜、久々の“本気の調教”がある。
*
俺は執務室の扉を開けた瞬間、反射的に背筋を伸ばした。
「遅かったですわね、雑種」
部屋の奥に佇むルイーゼの声音は、久々に芯が通っていた。
頬杖をついたまま、優雅に脚を組み、俺を見下ろす目には――かつての“毒”が戻っていた。
「最近、罵倒のキレが鈍っていたとでも思いました?」
「えっ……いや、あの、その……」
「図星ですのね。けれど、今日からは違いますわ」
ぱしん、と乗馬鞭が机を叩く音が響いた。
「再調教を始めます。あなたのような半端な犬には、強めの指導が必要ですもの」
……あれ? なんか嬉しい。
俺の内心が混乱していくなか、ルイーゼがふと立ち上がる。
「立ちなさい、エリオット。今日は――褒め言葉の訓練をしましょう」
「……褒め、言葉?」
「ええ。これからわたくしが十数えます。その間に、あなたがわたくしをどれだけ褒められるか。挑戦してみなさい」
「え、ちょっとまって、いきなり!?」
「いーち」
「えっ!? ええと! そのドレス、すごく似合ってます!! 威厳があって、高貴で!!」
「にーい」
「発言に迷いがなくて、自信に満ちてて! 気品が桁違いです!」
「さーん」
「あと、知性もすごくて! 戦略眼もあって! 俺が敵なら即降伏します!」
「よーん」
「髪も綺麗で、香りも上品で! 同じ空気吸ってるの申し訳ないくらいで!」
「ごーお」
「言葉遣いも完璧で、身のこなしも貴族そのものだし……!」
「ろーく」
「そして、そんなあなたに支配されるのが、俺にとっては至上の――」
「ストーップ!」
ルイーゼの声が突如、裏返った。
真っ赤になった顔を片手で隠しながら、彼女はぎこちなく視線を逸らす。
「……何を得意げに叫んでいますの、変態」
「いや、だってルイーゼが数えろって……」
「こんな辱めを受けるとは……っ。フィオナにまで笑われたらどうするおつもりですの……」
「え、あれ? ルイーゼ、もしかして照れて――」
「言ったら、殺しますわよ?」
その殺気に俺は直立不動で口を閉じた。
だが、ルイーゼの手が小さく震えていたのを――俺は見逃さなかった。
乗馬鞭を振り上げたものの、その一撃は空を切る。
「あれ……ルイーゼ……?」
「ち、違いますわ! これは……っ、その……滑っただけですわ!」
真っ赤になった顔を逸らすルイーゼ。
その姿は、まるで何かを必死に誤魔化す少女のようで――俺は、思わず目を奪われてしまった。
「べ、別に、嬉しくなど……あるわけないでしょう!? 犬に褒められても、何の価値もありませんもの!!」
*
「でも……あれって、少し照れてたよな、絶対」
俺はぼそっと呟く。すると、隣を歩くリゼが無表情で応じた。
「“絶対”の使用には慎重さが必要です。特に、あなたのような観察力では」
「お、おう……」
「それに、あれを恋と錯覚するあたり、あなたの知能は本格的に危険です」
「うっ……」
「だとしても、感情が通じたと喜ぶ犬の顔は、なかなか見ものでした」
「おまえほんと容赦ねぇな……」
「ですが……今日のあなた、少しだけ“人間”に戻って見えました」
その言葉に、俺は思わず振り向く。
が、リゼの表情は変わらない。
「錯覚だとわかっていても、少し惜しく感じたのは、こちらも毒されてきた証拠でしょうか」
静かに毒を吐くその姿に、俺は思わず苦笑する。
「では、今度は――」
「ん?」
「わたくしを褒めてください。十、数えます」
「ちょ、えっ!? 待って準備が!」
「いーち」
「リ、リゼは冷静で頼りになって……! 毒舌も鋭くて! あと、顔も綺麗で!」
「にーい」
「無表情なのに情があるっていうか、ツンじゃなくてドク! ドクが効いてて最高で!」
「さーん」
そのときだった。空気を裂く風切り音――!
ルイーゼの乗馬鞭が、俺とリゼの間を一直線にすり抜け、壁に突き刺さった。
「わお」
珍しくリゼが声を漏らす。
「お嬢様、焼き餅は品位を損ねますよ」
背後に視線を向けると、そこでは、ルイーゼの口元がぴくぴくと引き攣っている。
これは相当お怒りの模様。
対するリゼは、鞭の刺さった壁を見つめながら、暢気にもぼそりと呟いた。
「……まあ。褒められるのも、悪くないですね」
その声音は、わずかに柔らかかった。