婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第22話 あなたに必要なのは、高度な経営理論ではなく、犬小屋の作り方ですわ

 

机の上に地図と資料を広げ、俺は唸っていた。

 

「……やっぱ、この領地に工場を持ってこれたらいいよな」

 

元々、都の外れでやっていた事業だ。規模こそ小さかったが、製品の品質には自信がある。人を雇い、物を作り、金を回す――それは俺が“生きてる”と実感できた時間だった。

 

今この土地に来て、屋敷を持ち、使用人がいて、なぜか元侯爵令嬢が住みつき、罵倒してくれる。

 

……いや、そこはさておいて。

 

「この土地でまた工場をやれれば、税収も入るし、雇用も増えるし、村の活気も出て……うん、俺、いいこと考えてる。多分」 

 

どこに建てる? 従業員は? 資材の調達は? ――わからないことだらけだけど、それでも。

 

「俺って、やっぱり……意外とやれてたのかもな」

 

その瞬間だった。まるで“調子に乗る音”が出たかのように、背後から声が降ってきた。

 

「――よくまあ、その程度の考察で“やれてた”などと自己評価できましたわね」

 

振り返ると、ルイーゼがすっと立っていた。淡い紅のドレスに身を包み、目元にはいつもの冷たい光。そしてその隣には、静かに書類を持つリゼの姿もあった。

 

「へっ、へへ……お、俺なりに、領地の未来のこととか考えてたわけで……」

「笑えませんわね。脳内未来予想図だけは豪華絢爛。でも現実は?」

 

ルイーゼが地図の一角を指差す。

 

「物を作るのはいいですわ。でも、作った“あと”は? 誰が? どこへ? どうやって? まさか、妄想で空を飛ばせるつもり?」

「えっ……いや、馬車とか……」

「“とか”って何? 妄想の翼? 夢の架け橋? ……あなたの脳内道路はメルヘンですの?」

 

リゼが静かに補足する。

 

「仮に生産が成功しても、流通が死んでいれば、利益も死にます。馬車は道を選びます。船は川を選びます。飛ばす場合は……まあ、翼の生えた馬でも飼うのが早いですね」

「リゼ! 冗談を言うときは顔に表情をつけて!!」

 

ルイーゼはため息をひとつついて、机の上にばさりと追加の地図を広げた。

 

「この道、崩れてるでしょう? それに、こっちの橋、去年の水害で流されてますわ」

「あ……ほんとだ」

「まさか、そのまま突っ切るつもりでしたの? 泥だらけの道を、“根性で行け”とか言いながら?」

「俺、そんなブラックじゃない!!」

「じゃあただの無知ですね。可哀想に、脳に皺のない犬って、こんなに哀れなのね……」

「もうやめて! 犬の脳でもたまには傷つくんだよ!?」

 

ルイーゼはさらに言葉を重ねる。

 

「それに宿場。人が泊まれる場所がなければ、どんなに道があっても誰も通りませんわ。あなた、まさか“帰れる距離”だけで設計しようとしてた?」

「いや、まあ……ぶっちゃけそこまで考えてなかった……」

「想像力の欠如が深刻ですわね。道にトイレが必要なことすら理解できないレベル。ああ、あなたに必要なのは、事業じゃなくて補助学級かしら」

 

エリオット、内心で泣く。

 

リゼが手元の資料にさらさらと書き込みながら、一言。

 

「エリオット様の計画は、“行けるかもしれない”で組まれてます。“動くかもしれない”橋と、“届くかもしれない”馬車道。実に素晴らしい。ロマンです。死にますが」

「この家、皮肉が冷凍保存されてる!? 全部刺さるんだけど!!」

 

ルイーゼは椅子に優雅に腰を下ろし、脚を組んだ。

 

「まあ、せいぜい今日からは、“犬らしく”考えることね。例えば、どうやって餌場に行くか。どうやって寝床を確保するか。あなたに必要なのは、高度な経営理論ではなく、犬小屋の作り方ですわ」

「そこまで落ちた俺のステータス、もう人間じゃないよな……」

「“じゃない”ではなく、“だったことがない”の間違いでは?」

「もういっそ、狂犬病の疑いで隔離してくれよ……!」

 

それでも、彼女たちの意見は的を射ていた。俺の目指す場所に向かうには、もっと――ちゃんとした整備が要る。俺一人じゃ、たどり着けなかった視点だった。

 

「……ありがとう。なんか……すげぇ助かる。お前ら、すごいな」

 

その言葉に、ルイーゼが鼻で笑った。

 

「感謝の意を言葉で済ませるなんて、随分と楽な犬ね。なら、床にでもキスしてみせたら?」

「キスなら、ルイーゼがしてくれるだろ?」

 

一瞬の静寂。そして――

 

「……寝言は、死んでからおっしゃいな」

「いや、普通“寝てから”じゃないの……?」

 

リゼが淡々と返す。

 

「寝る前に死ぬ。それがお嬢様流です。先に永眠してから夢を見るという構造です」

「高度すぎる解釈で死んでしまいそう……!」

 

ルイーゼが立ち上がり、書類を一枚エリオットの額に叩きつける。

 

「馬車道、橋、宿場、そして住民への周知。いい? 事業はね、“自分の理想を押しつける”ことじゃありませんの。“この土地に何が必要か”を知ることが、第一歩ですわ」

 

 

その声は、冷たいけれど――確かだった。

叩かれて、罵倒されて、けなされて――

 

けど、俺はそれが嫌じゃなかった。むしろ、安心してた。俺が一人じゃないって、ちゃんと誰かが“叱ってくれる”って。

 

「……ああ、やっぱ俺、飼われてるなあ……」

 

リゼが書類をまとめながら、無表情にひと言。

 

「ええ、完全に」

 

その瞬間、俺のしっぽ(イメージ)が、また揺れた

 

 

――その尻尾は、立派な犬だった。豚じゃない。

 

 

★★★★★

 

 

村の外れにある農家に、俺とリゼは足を運んでいた。新たに設置する宿場町の予定地にかかる三件の家屋。そのうちの一軒――今日の交渉相手だ。

 

土を払って現れたのは、日焼けした肌に健康的な肉付きの少女。栗色の髪を後ろで束ね、目元は柔らかいが、まっすぐこちらを射抜いてくる。

 

「いらっしゃいませ。ご貴族様が、こんな田舎まで」

 

敬語には違いなかったが、その言葉選びには試すような響きがあった。

 

「あなたが……エリオット様、ですね?」

「う、うん。今日は、ちょっとお願いがあって……」

「お願い、ですか。ふふ……なんだか、少し嬉しそうですね?」

 

ドキリとした。俺は思わず表情を引き締める。隣のリゼが無言で軽く咳払いした。

 

「目的は宿場町建設に伴う、貴家の移転についてです。エリオット様より直接の説明があります」

 

俺は頭を下げて、丁寧に状況を説明した。シエラは穏やかな顔で頷きながら、何も言わず最後まで聞いていた。

 

しかし、沈黙のあと、彼女は静かに口を開いた。

 

「……移転、ですか。利点はあると思います。ですが、“補填”というのは、単なる引っ越し費用だけではありませんよ?」

 

「え……?」

「家屋の再建、農地の整備、生活基盤の再構築――それらすべてに具体的な対応策があるのでしょうか?」

「そ、それはもちろん、ちゃんと考えて――」

「……でしたら、詳細な補填内容と予算の明細を、後日ご提示いただけますか? 当然、御領主様であれば、すでにそのあたりはご検討済みかと存じますが」

 

俺は一瞬、返す言葉を詰まらせた。

 

「っ……」

「――いえ、申し訳ありません。つい庶民の癖で、疑い深くなってしまいました。でも、なぜでしょう。エリオット様には……不思議と、ご理解いただけそうな気がしてきたのです」

「なんで!?」

「失礼を承知で、申し上げても?」

「……う、うん」

「我々庶民以上に、支配と服従を、好まれるような瞳をなさっているようでして」

「なんでぇぇ!?」

「夜な夜な、そういうお店に通われていそうな……」

「夜な夜なでもなければ、お店でもねえよ!!」

「……では、白昼。お屋敷で、でしょうか?」

「……言い返せねぇ……!」

 

リゼが、静かに拍手した。

 

「お見事。侯爵様の本質を一目で見抜くとは、さすがです」

 

そのままシエラは立ち上がる。

 

「奴隷の気持ちがわかる領主様。さぞお優しいお方が経営を担われるのですね。少し、安心いたしました」

 

俺が安堵しかけた瞬間、追い打ちが来た。

 

「……ですが、ご注意を。私たち庶民は、エリオット様が“お好みになるような”圧政には、耐えられませんので」

「性癖なんでバレてんの!?」

 

慌ててリゼを見ると、彼女はすっと目を逸らした。

 

「……防音工事、まだ終わっていませんので……」

「俺の屋敷、壁薄すぎない……!?」

シエラは最後に一礼して言った。

 

「他の農家には、私から伝えておきます。次の領主様は、寛大で誠実なお方だと。その性癖を除けば、領民思いだと」

 

そして俺たちは、村を後にした。

 

 

帰り道、屋敷が見えてきた頃――

 

「……あの娘を雇えれば、ドSハーレム形成ですね。おめでとうございます、エリオット様」

 

隣でリゼが無表情に言った。

 

「……あ、でも私は、その内数に含めなくて結構ですので」

「……拗ねてる?」

「殴ってもよろしいでしょうか?」

 

そんな冗談まじりの会話を交わしながら、俺はぼんやり考えていた。

 

俺のまわりに集まるのは、ドSの美女ばかり――だが、有能ばかりだ。もし俺がうまく指揮を取れたら……豚から、人に。俺も、成り上がれるかもしれない。

 

「……私たちの指揮を取るだなんて、考えてます?」

「なんで思考読んだ!?」

「あなたが取るべきは“指揮”ではなく、“お嬢様の機嫌”です――ほら、見てください。あそこ」

 

門の前には、腕を組んだルイーゼが立っていた。

 

「……失敗したら、わたくしが代わりに行くつもりでしたのに。まさか、あなたが成功してくるとは思いませんでしたわ。昨日の土下座練習の、おかげでしたわね?」

 

俺が絶句していると、ルイーゼは涼やかに言い放った。

 

「望むなら、毎朝ご一緒に。誠意の角度が骨に染みるまで、何度でも」

 

ご褒美なのか、罰なのか……いや、どっちでもいいのかもしれない……。

 

 

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