婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
机の上に地図と資料を広げ、俺は唸っていた。
「……やっぱ、この領地に工場を持ってこれたらいいよな」
元々、都の外れでやっていた事業だ。規模こそ小さかったが、製品の品質には自信がある。人を雇い、物を作り、金を回す――それは俺が“生きてる”と実感できた時間だった。
今この土地に来て、屋敷を持ち、使用人がいて、なぜか元侯爵令嬢が住みつき、罵倒してくれる。
……いや、そこはさておいて。
「この土地でまた工場をやれれば、税収も入るし、雇用も増えるし、村の活気も出て……うん、俺、いいこと考えてる。多分」
どこに建てる? 従業員は? 資材の調達は? ――わからないことだらけだけど、それでも。
「俺って、やっぱり……意外とやれてたのかもな」
その瞬間だった。まるで“調子に乗る音”が出たかのように、背後から声が降ってきた。
「――よくまあ、その程度の考察で“やれてた”などと自己評価できましたわね」
振り返ると、ルイーゼがすっと立っていた。淡い紅のドレスに身を包み、目元にはいつもの冷たい光。そしてその隣には、静かに書類を持つリゼの姿もあった。
「へっ、へへ……お、俺なりに、領地の未来のこととか考えてたわけで……」
「笑えませんわね。脳内未来予想図だけは豪華絢爛。でも現実は?」
ルイーゼが地図の一角を指差す。
「物を作るのはいいですわ。でも、作った“あと”は? 誰が? どこへ? どうやって? まさか、妄想で空を飛ばせるつもり?」
「えっ……いや、馬車とか……」
「“とか”って何? 妄想の翼? 夢の架け橋? ……あなたの脳内道路はメルヘンですの?」
リゼが静かに補足する。
「仮に生産が成功しても、流通が死んでいれば、利益も死にます。馬車は道を選びます。船は川を選びます。飛ばす場合は……まあ、翼の生えた馬でも飼うのが早いですね」
「リゼ! 冗談を言うときは顔に表情をつけて!!」
ルイーゼはため息をひとつついて、机の上にばさりと追加の地図を広げた。
「この道、崩れてるでしょう? それに、こっちの橋、去年の水害で流されてますわ」
「あ……ほんとだ」
「まさか、そのまま突っ切るつもりでしたの? 泥だらけの道を、“根性で行け”とか言いながら?」
「俺、そんなブラックじゃない!!」
「じゃあただの無知ですね。可哀想に、脳に皺のない犬って、こんなに哀れなのね……」
「もうやめて! 犬の脳でもたまには傷つくんだよ!?」
ルイーゼはさらに言葉を重ねる。
「それに宿場。人が泊まれる場所がなければ、どんなに道があっても誰も通りませんわ。あなた、まさか“帰れる距離”だけで設計しようとしてた?」
「いや、まあ……ぶっちゃけそこまで考えてなかった……」
「想像力の欠如が深刻ですわね。道にトイレが必要なことすら理解できないレベル。ああ、あなたに必要なのは、事業じゃなくて補助学級かしら」
エリオット、内心で泣く。
リゼが手元の資料にさらさらと書き込みながら、一言。
「エリオット様の計画は、“行けるかもしれない”で組まれてます。“動くかもしれない”橋と、“届くかもしれない”馬車道。実に素晴らしい。ロマンです。死にますが」
「この家、皮肉が冷凍保存されてる!? 全部刺さるんだけど!!」
ルイーゼは椅子に優雅に腰を下ろし、脚を組んだ。
「まあ、せいぜい今日からは、“犬らしく”考えることね。例えば、どうやって餌場に行くか。どうやって寝床を確保するか。あなたに必要なのは、高度な経営理論ではなく、犬小屋の作り方ですわ」
「そこまで落ちた俺のステータス、もう人間じゃないよな……」
「“じゃない”ではなく、“だったことがない”の間違いでは?」
「もういっそ、狂犬病の疑いで隔離してくれよ……!」
それでも、彼女たちの意見は的を射ていた。俺の目指す場所に向かうには、もっと――ちゃんとした整備が要る。俺一人じゃ、たどり着けなかった視点だった。
「……ありがとう。なんか……すげぇ助かる。お前ら、すごいな」
その言葉に、ルイーゼが鼻で笑った。
「感謝の意を言葉で済ませるなんて、随分と楽な犬ね。なら、床にでもキスしてみせたら?」
「キスなら、ルイーゼがしてくれるだろ?」
一瞬の静寂。そして――
「……寝言は、死んでからおっしゃいな」
「いや、普通“寝てから”じゃないの……?」
リゼが淡々と返す。
「寝る前に死ぬ。それがお嬢様流です。先に永眠してから夢を見るという構造です」
「高度すぎる解釈で死んでしまいそう……!」
ルイーゼが立ち上がり、書類を一枚エリオットの額に叩きつける。
「馬車道、橋、宿場、そして住民への周知。いい? 事業はね、“自分の理想を押しつける”ことじゃありませんの。“この土地に何が必要か”を知ることが、第一歩ですわ」
その声は、冷たいけれど――確かだった。
叩かれて、罵倒されて、けなされて――
けど、俺はそれが嫌じゃなかった。むしろ、安心してた。俺が一人じゃないって、ちゃんと誰かが“叱ってくれる”って。
「……ああ、やっぱ俺、飼われてるなあ……」
リゼが書類をまとめながら、無表情にひと言。
「ええ、完全に」
その瞬間、俺のしっぽ(イメージ)が、また揺れた
――その尻尾は、立派な犬だった。豚じゃない。
★★★★★
村の外れにある農家に、俺とリゼは足を運んでいた。新たに設置する宿場町の予定地にかかる三件の家屋。そのうちの一軒――今日の交渉相手だ。
土を払って現れたのは、日焼けした肌に健康的な肉付きの少女。栗色の髪を後ろで束ね、目元は柔らかいが、まっすぐこちらを射抜いてくる。
「いらっしゃいませ。ご貴族様が、こんな田舎まで」
敬語には違いなかったが、その言葉選びには試すような響きがあった。
「あなたが……エリオット様、ですね?」
「う、うん。今日は、ちょっとお願いがあって……」
「お願い、ですか。ふふ……なんだか、少し嬉しそうですね?」
ドキリとした。俺は思わず表情を引き締める。隣のリゼが無言で軽く咳払いした。
「目的は宿場町建設に伴う、貴家の移転についてです。エリオット様より直接の説明があります」
俺は頭を下げて、丁寧に状況を説明した。シエラは穏やかな顔で頷きながら、何も言わず最後まで聞いていた。
しかし、沈黙のあと、彼女は静かに口を開いた。
「……移転、ですか。利点はあると思います。ですが、“補填”というのは、単なる引っ越し費用だけではありませんよ?」
「え……?」
「家屋の再建、農地の整備、生活基盤の再構築――それらすべてに具体的な対応策があるのでしょうか?」
「そ、それはもちろん、ちゃんと考えて――」
「……でしたら、詳細な補填内容と予算の明細を、後日ご提示いただけますか? 当然、御領主様であれば、すでにそのあたりはご検討済みかと存じますが」
俺は一瞬、返す言葉を詰まらせた。
「っ……」
「――いえ、申し訳ありません。つい庶民の癖で、疑い深くなってしまいました。でも、なぜでしょう。エリオット様には……不思議と、ご理解いただけそうな気がしてきたのです」
「なんで!?」
「失礼を承知で、申し上げても?」
「……う、うん」
「我々庶民以上に、支配と服従を、好まれるような瞳をなさっているようでして」
「なんでぇぇ!?」
「夜な夜な、そういうお店に通われていそうな……」
「夜な夜なでもなければ、お店でもねえよ!!」
「……では、白昼。お屋敷で、でしょうか?」
「……言い返せねぇ……!」
リゼが、静かに拍手した。
「お見事。侯爵様の本質を一目で見抜くとは、さすがです」
そのままシエラは立ち上がる。
「奴隷の気持ちがわかる領主様。さぞお優しいお方が経営を担われるのですね。少し、安心いたしました」
俺が安堵しかけた瞬間、追い打ちが来た。
「……ですが、ご注意を。私たち庶民は、エリオット様が“お好みになるような”圧政には、耐えられませんので」
「性癖なんでバレてんの!?」
慌ててリゼを見ると、彼女はすっと目を逸らした。
「……防音工事、まだ終わっていませんので……」
「俺の屋敷、壁薄すぎない……!?」
シエラは最後に一礼して言った。
「他の農家には、私から伝えておきます。次の領主様は、寛大で誠実なお方だと。その性癖を除けば、領民思いだと」
そして俺たちは、村を後にした。
*
帰り道、屋敷が見えてきた頃――
「……あの娘を雇えれば、ドSハーレム形成ですね。おめでとうございます、エリオット様」
隣でリゼが無表情に言った。
「……あ、でも私は、その内数に含めなくて結構ですので」
「……拗ねてる?」
「殴ってもよろしいでしょうか?」
そんな冗談まじりの会話を交わしながら、俺はぼんやり考えていた。
俺のまわりに集まるのは、ドSの美女ばかり――だが、有能ばかりだ。もし俺がうまく指揮を取れたら……豚から、人に。俺も、成り上がれるかもしれない。
「……私たちの指揮を取るだなんて、考えてます?」
「なんで思考読んだ!?」
「あなたが取るべきは“指揮”ではなく、“お嬢様の機嫌”です――ほら、見てください。あそこ」
門の前には、腕を組んだルイーゼが立っていた。
「……失敗したら、わたくしが代わりに行くつもりでしたのに。まさか、あなたが成功してくるとは思いませんでしたわ。昨日の土下座練習の、おかげでしたわね?」
俺が絶句していると、ルイーゼは涼やかに言い放った。
「望むなら、毎朝ご一緒に。誠意の角度が骨に染みるまで、何度でも」
ご褒美なのか、罰なのか……いや、どっちでもいいのかもしれない……。