婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第24話 泣き声と鳴き声は、教材として混同されかねません

 

その日は、いくぶん空が明るかった。

まるで、教育の門出を祝福しているかのように――と、俺は思いたかった。

 

孤児院の敷地内に設けられた仮設教室。木材を打ちつけて急造された小屋だったが、中には椅子と机が並び、黒板と石筆、読み書きの教本まできちんと揃っている。

 

準備は整った。資金は俺が出した。肉体労働はしていない。けど、心は尽くしたつもりだ。

 

教師を任されたのは、リゼ。

 

開校当日の朝。教室の片隅で、リゼは不満げに腕を組んでいた。

 

「……どうして私が“教師”なんですか。意味が分かりません」

「……いや、俺に言われても……決めたのはルイーゼだし」

「“あなた以外には任せられませんわ”って……笑顔で……っ、あの笑顔」

 

リゼがわずかに眉をひそめる。

 

「“断ったら、どうなるか”を、すごく優しく伝えてくださいました。あれ、もはや威圧です」

「つまり、逆らえなかった?」

「逆らえるなら逆らってます。私にも命はありますので」

 

その瞬間、俺は悟った。

――ドSにも、ヒエラルキーが存在する。

 

「でも……まあ、リゼなら、きっとやれると思うよ」

「根拠は?」

「字も綺麗だし、頭もいいし、子どもたちにとってきっといい先生になる……かも」

「言ってて自分でおかしいと思いません?」

「……少し」

 

教室の扉が開き、小さな足音がばらばらと入ってきた。おそらく十人ほどの孤児たち。みな不安げに、だがどこか目を輝かせながら席に着いていく。

 

「ふむ。整列していない。騒がしい。口が開いている。論外ですね」

 

リゼが淡々と黒板の前に立ち、静かに口を開いた。

 

「これから、あなたたちは“ものを知る”ための訓練を受けます。“知らない”ということが、どれだけ弱いか。どれだけ搾取されるか……わかっていないのなら、今日から教えます。まずは、黙って、聞きなさい」

 

ピシャリと、黒板を指し棒で打つ音が響いた。

 

──授業、開始。

 

五分後、ひとり泣いた。

十分後、ふたり目が泣いた。

十五分後、誰もが呼吸をひそめていた。

 

「“あいうえお”を覚えてから来てくださいと言いましたが、理解できなかったのでしょうか? なら、泣いても許します……ただし、許されるのは今日だけです」

「リゼ……ちょっと怖すぎるよ」

 

外で見学していた俺が思わず教室に入ると、リゼはさ冷たい眼差しを向けて口を開いた。

 

「エリオット様。教育の場に“現場で調教されてきた失敗例”を連れ込む理由は何ですか?」

「失敗例て!」

「泣き声と鳴き声は、教材として混同されかねません。退室を」

「はい……すみません……」

 

しばらくして、別の足音が響く。

 

「ふむ。視察に参りましたわ」

 

ルイーゼだった。堂々たる足取りで教室に入り、子どもたち一人一人に視線を向ける。彼女の登場に空気がさらに凍りついた。

 

「ふむ。良い傾向ですわね」

「怖がってるのが……?」

「人間、恐怖の中でこそ学習効率が高まるものです……あなたを見れば、それがよく分かりますわ、エリオット」

「俺で実証すんなよ!」

「あなたのように、“罵倒”によってここまで人間らしく育つ例は稀ですわ……いえ、育ってはおりませんでしたわね。失礼」

「どっちでも傷つくやつ……」

「お嬢様」

 

リゼがすっと振り返った。

 

「私は、間違っていますか?」

「いえ。やりすぎの範囲で、正しいと思いますわ」

「ならば、続けます」

 

リゼが再び子どもたちに向き直る。

 

「この世には、“知らなかったから”では済まされないことがあるのです。学べなかった者は、売られます。利用されます。名前さえ失います……私は、そういう目に遭った者を、もう見たくありません」

 

その目には、はじめて“感情”のようなものが揺れていた。

 

 

授業後、教室に残ったリゼと、俺は二人きりになった。

 

「……どうだった、今日の授業」

「泣かせました。ほぼ全員」

「うん、まあ……見てた。ていうか、俺も引いた」

「でも、弱い子ほど泣くのです……そして、泣くと売られるのです。女も、男も」

 

淡々と語られた言葉が、石のように胸に落ちた。

 

「だから私は、厳しくする……感情は、教え方には含まれていません」

「でも、子どもたちに伝わったと思うよ。リゼの思いも、ちゃんと」

「……だといいですね。伝えたかったのは、“私の気持ち”ではなく、“生き延びる方法”ですが」

「十分すぎるくらい伝わってたよ。まあ、俺が教材扱いされたせいで、トラウマになってる可能性もあるけど」

「それは……副教材ですね。実物資料としては貴重です」

「そんなとこで役に立ちたくなかった!」

「でも、あなたのように“ぶひっ”と鳴く男が、生徒に混ざっていないだけで安心しました。教育の成果です」

「なんの教育だよ……」

 

リゼの背は、小さくも大きく見えた。子どもたちの前では、あんなにも冷たかった彼女が、今ここでは、静かに祈っているように見える。

 

――この場所に、翼はない。

 

でも、這いつくばる者にとって、教室はたしかに“天”に近い場所だった。

 

そして俺は、今日も犬として、その天の床を這っている。

 

「ぶひっ……」

「はい、今日も順調ですね」

 

教師リゼの授業は、始まったばかりだ。

 

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