婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第25話 足りない頭で必死に考えた結果が、それですか?

 

昼下がりの執務室に、ふわりと甘い香りが漂った。

 

「エリオット、久しぶり……頑張ってるって聞いたから、会いに来ちゃった」

 

ミレーヌだった。栗色の髪を巻いて、ふんわりとしたドレス姿で現れたその姿は、どこか絵本の中のお姫様を思わせた。だがその瞳に宿る光は、相変わらずのドSそのものだった。

 

「え、なんでここに……?」

「んふふ。来ちゃダメだった?」

 

俺が後ずさろうとした瞬間、彼女はすっと距離を詰めてきた。

そして――

 

「……えらいえらい、よしよし」

 

ぽん、と頭を撫でてきた。

 

「こ、このっ……!」

「なあに、照れてるの? 顔真っ赤よ? ふふ……可愛い」

 

甘やかしにも似た口調。しかし、その指先に宿るのは明らかな支配の意志だ。

 

「ミレーヌ、いま俺、すごい真面目に働いてるんだよ?」

「知ってるわ。だから言ってるの……幼い頃と変わらないもの。あなたの“頑張ると、調子に乗って壊れる”癖」

「癖て」

「だからこうして来たの。たまには誰かに甘えないと、壊れちゃうでしょ?」

 

耳元で囁かれるような声。背筋がぞくりとした。

 

そしてそのとき、ふと思った。

 

(……ミレーヌ、これ教師に向いてるんじゃないか?)

 

――え?

 

(いや、あれだけ人を掌で転がすのが上手いし、子どもに対しても“甘い罠”で導けるなら、案外ありなのでは?)

 

新しいモデルが脳裏をよぎった。リゼの“恐怖教育”と、ミレーヌの“蕩け教育”。この両軸がそろえば、教育改革に幅が出るかもしれない。

 

 

その夜、執務室にて。

 

「……というわけで、思いついたんだ。ミレーヌも教師として加えれば、教育に多様性が――」

「足りない頭で必死に考えた結果が、それですか?」

 

即答で斬り捨てたのはリゼだった。冷静かつ殺意のない瞳が、逆に怖い。

 

「わたくしも、同意見ですわ」

 

ルイーゼも眉をぴくりと動かしていた。

 

「あなたの中で“甘やかすこと”と“教育”が同義になっていません? それはただの放任主義ですわよ?」

「いや、違うんだ! ミレーヌって、なんというか、包容力があって、でもちゃんと叱るときは叱るし……あの、やっぱ向いてると思って――」

「つまり、“叱ってくれるドS”なら誰でも教師に向いてると」

「ち、ちが……」

「とはいえ、発想の奇抜さだけは評価できますね。低空飛行のままどこかに墜落する危うさがありますが」

 

なんだこの罵倒会議。

 

「そういえば」

 

ルイーゼがぽつりと口を開いた。

 

「ミレーヌ嬢のご実家――確か、商業系の中流貴族でしたわね? エリオット、お詳しいのではなくて?」

「いや……あの家には、昔拾ってもらったんだ。まだ俺が小さくて、飢えて、雨に濡れてたときに、パンをくれたのがミレーヌの母親だった」

「なるほど。であれば、協力者としての検討余地はありますわ」

「……ほんとに?」

「ええ。教育というのは、教えることと同時に、“支える力”が必要です。教本の印刷、教室の増設、教師の育成……これらすべてを、あなたの事業利益だけで賄おうとした場合――軌道に乗るまでに、五十年はかかりますわ」

「五十年!? 孫の孫が教育を受ける頃じゃないか!」

「……あら、珍しく的確なツッコミですこと。これこそ、教育の賜物ですわね」

 

ルイーゼがにこりと笑う。その笑顔がなぜか一番怖かった。

 

「……ミレーヌに話、通しておくよ。協力してもらえるように」

「それは構いません。彼女の性格が問題でなければ」

「性格は……問題しかない気がする」

「ええ。ですが、あの方には“資金と人脈”がある。貴族社会で生き残るために必要なのは、“格式”ではなく“機能”ですわ」

「ミレーヌ様は、いわゆる“使えるバブみドSママ”ですね」

 

リゼがあっさり言い放った。

にしても、“バブみ”って……そんな言葉どこで覚えたんだよ。

 

「教育者としての適性は未知数ですが、“支援者”としての可能性は高い。個人的には、教育者よりスポンサーとして迎える方が建設的かと」

「……なるほどな」

「ただし、条件があります」

 

リゼが椅子から立ち上がり、すっと近づいてきた。

 

「ミレーヌ嬢が“あなたにだけ特別に甘い”という状況が、教育現場に持ち込まれた場合――わたくし、全力で排除しますから」

「脅しだよね、それ……」

「ええ、愛の鞭です」

「まあ、あなたにお似合いの“手綱”が増えたということですわね」

 

ルイーゼが皮肉げに笑う。

 

「領内の教育改革。たとえ志が正しくても、金と権力がなければ何も変えられません……使える者は使う。それが、現実の采配ですわ」

 

こうして、教育改革はまた一歩進んだ――ように見えて、俺の心と腰は、またひとつ、ドSの重圧に沈んでいった。

 

「ぶひっ」

「はい、条件反射も順調ですね」

 

※ミレーヌにはまだ、何も言ってない。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

今日の教室は、なぜか甘い香りがしていた。

 

講師がミレーヌだと聞いたときから、嫌な予感はしていたが――これは予想以上だった。

 

「皆さん、集まりましたね? ……はい、とってもえらいですわよ」

 

優雅なドレスに、柔らかな微笑み。まるで王宮の舞踏会に現れた姫君のような風貌で、ミレーヌは教室の中央に立っていた。

 

子どもたちは明らかに困惑していた。昨日まではリゼの冷徹な指導。声を張り、間違えれば容赦ない添削。そして今、急に現れた“天使のような悪魔”。

 

「はい、あなたも。きちんと座れて偉いですね? よしよし」

 

撫でられた子どもは目を白黒させていた。

 

「……なにこれ?」

 

思わず漏らした俺の隣で、リゼが机に肘をついて小さく溜息を吐く。

 

「見れば分かりますよ。甘やかしによる混乱です」

 

その目は、完全に死んだ魚だった。

 

「では、今日は“ありがとう”の書き方を練習しましょうね? お手本はこれ。ゆっくり、丁寧に。上手に書けたら……ご褒美がありますわよ?」

「ご褒美って……」

 

俺がぼそりと呟くと、リゼが即答する。

 

「モチベーションの買収です」

 

しかし、子どもたちの様子は意外だった。ミレーヌの声に応えるように、一人、また一人と筆を取り出す。

 

「できました!」「ぼくも!」「……ちょっと失敗しちゃった……」

「まあまあ、でも挑戦したのは偉いですわ。ふふ、ここをこう直せばもっと素敵になりますわよ」

 

なんだろう。教室がほんのり温かく感じる。

 

子どもたちの顔に、昨日は見られなかった笑顔が咲いていた。

 

(……案外、アリなのか?)

 

「……教育とは、かくも変質するものなのですね」

「なんで諦めモードなんだよ、リゼ……」

 

授業の後半、ある男の子が突然机を立ち上がり――

 

「……ぶひっ」

「ちょっ、今ぶひって言った!?」

「言ってませんっ!」

 

ミレーヌがすかさず抱き寄せ、優しく頭を撫でる。

 

「無理しなくていいのよ? でも、鳴くのは夜だけにしてくださる?」

「え、なんの話……?」

「あなたも、ですよ?」

「俺!? 俺関係ある!?」

「ぶひっ」

「誰だ今ぶひっていったやつ!?」

 

授業が終わり、子どもたちが笑顔で退室していく。

 

静かになった教室に、ミレーヌの柔らかな声が響いた。

 

「ふふ……初日としては、上出来でしたわね」

 

リゼが目元を揉みながら返す。

 

「感想としては、“お菓子付きのお遊戯会”ですね」

「ですが、子どもたちの目は輝いていましたわ」

「目を輝かせるだけで教育になるなら、遊園地を校舎にすべきです」

「案外それ、支持されそうだよな……」

 

俺が苦笑すると、リゼが静かにこちらを向く。

 

「それは、あなたが“ぶひっ”と鳴いたからでは?」

「……その話は蒸し返すな」

「やっぱりあなたも鳴いたのですね」

 

一本取られた。

 

「にしても、ミレーヌって、なんであんなに母性強いんだ?」

「以前も申し上げましたが、需要と供給ですよ」

「ん?」

「エリオット様のように、“甘えたい成分”が周囲に強く放出されていると、自然と母性が引き寄せられるのです」

「俺、なんか出してんの?」

「ええ。夜道には、くれぐれもお気をつけください」

「こわっ!!」

 

ミレーヌはそのやり取りを楽しそうに見ていた。

 

「教育って、本当に奥が深いんですのね。ふふ……」

 

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