婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
「本日の授業は、中止です」
リゼの冷たい声が教室に響いた瞬間、子供たちの間にざわめきが広がった。
「えええええーーーっ!?」
「やだやだ! 授業やるって言ってたじゃん!」
「今日、ミレーヌ先生でしょ!? 甘やかし先生の日だよね!?」
そりゃあ、騒ぎたくもなる。あの先生、何をしても「いい子ですねぇ」で済ませてくれる天使だったからな。
でもリゼは、いつもの無表情で淡々と告げる。
「本日、ミレーヌ様は急なご用事で来られません。授業は中止。以上です」
「じゃあ……代わりの先生とか……」
俺が口を挟むと、リゼはこちらをちらりと見た。
「私が教えることも可能ですが、甘やかしにどっぷり浸かったあの子たちが、その現実に耐えられるとは思えません。今日は静かに自習させましょう」
リゼの授業、初回に立ち会ったけど――あれ、騎士団の新人教育よりキツい。
子供たちのブーイングが再び始まろうとした、そのときだった。
バンッ!
扉が勢いよく開いて、あの声が飛び込んできた。
「エリオット様ーっ! いらっしゃいますかーっ!」
このテンション。この銀髪。この予感しかしない登場――
「フィオナ……っ!」
ルイーゼ様の妹であり、侯爵家の末娘。
そして最近、なぜか“婚約者候補”を自称してくる、無邪気なドS地雷だ。
「おりましたわ! 見つけましたわ、エリオット様!」
「いやいや、ここ孤児院の教室なんだけど!? なんでそんな全力で探してんだよ!」
「婚約の話の続きなのですが!」
「は? まって、え? そんな話、されたっけ俺!?」
「ふふっ、前回のお話では、わたくしが“エリオット様のおそばにいたい”と申し上げましたでしょう? あれは婚約の申し込みと同義ですわ」
「いやいやいや、俺、“そっかー”って言って話題そらしただけだよな!? 流されたはずのやつだよな!?」
「流されませんでしたので来ましたのよ」
「強すぎんだろ……」
「それより、せっかく来てみましたら――まあ。教室がこんなに静か。授業はお休みですの?」
「そうなんだよ。先生が来られなくて……今は自習ってことで――」
「では、わたくしが代わりに!」
「待て待て待て! その流れはおかしいだろ!? 婚約話の続きって言って来たのに、なんでいきなり教壇に上がる!?」
「“婚約者による特別授業”ということで」
「話聞いてた!?」
「では、“婚約希望者による特別授業”ということで」
「お気持ち程度の譲歩ならいらん!」
「いったいどこがご不満ですの?」
「すべてだよ! やめろその肩書き! ここ孤児院だぞ!? なんで堂々と売り込み始めてんだよ!」
俺のツッコミなどお構いなしに、フィオナはくるりと回ってスカートをひるがえし、講壇にひょいと飛び乗った。
「本日、代理教師を務めさせていただきますわ。フィオナ・ロザリンドです!」
リゼが眉をひそめた。
「……許可は?」
「ですから、“ちょっとした遊び”ですの。ね? 問題ありませんわよね、皆さん?」
子供たちはぽかんとしていた。……が、拍手が一人、また一人と始まり、最終的に「フィオナ先生ー!」という謎のコールまで起きていた。
(……ルイーゼ様がこの場にいなかったことを、神に感謝する)
「ではまず、読み書きの時間ですわね!」
フィオナは黒板に、装飾が多すぎる甘ったるい文字記号を書きつけた。
見たこともない筆跡。いや、甘味処の看板にでもなりそうなデザインだった。
「これは、“しんらい”という言葉の記号ですわ。――さあ、誰か書ける方?」
指名された子が、震えながらチョークを持って前に出た。
その子が書き終えると、フィオナがすっと近づき――
「惜しいですわね」
小さな指で、文字の右端をとん、と軽く叩く。
「この曲線、丸すぎますわ。“お上品ぶってズボラ”な子がよく書く形ですの。真似してはいけませんわよ?」
……教室の空気が変わった。
さっきまであんなに拍手してた子供たちの笑顔が、ぴく、ぴく、と硬直していく。
「次の方。あなた、いらっしゃいな?」
指された女の子は、泣きそうな顔で板の前に立った。
書いた文字に対して、フィオナは笑顔でこう言った。
「ふふっ、優しい形ですけれど、ちょっと線が弱すぎですわ。“裏切られる側”の子って、こういうの書きますのよ」
――とどめだ。
笑顔で、人をバッサリ斬っていくフィオナ。しかも悪気ゼロ。完全にナチュラル。
誰もが身をこわばらせるなか、本人だけは無邪気に授業を進めていく。
「さあ次は、“責任”という記号ですわ。皆さん、しっかり覚えてくださいね? 間違えると……ぺちん、ですわよ?」
彼女は、微笑んだ。
それは春の陽気のように柔らかく――でも、確かに誰かの心を凍らせる風をはらんでいた。
*
その日の夕方、屋敷の執務室にて。俺は、静まり返った室内で報告を聞いていた。
「……以上が、本日の授業の内容です」
リゼは変わらぬ調子で淡々と語った。
椅子に座るルイーゼは、組んだ指先を唇に当て、じっと考え込んでいた。
「許可を取らずに講壇へ?」
「はい。完全な独断でした。私も止めようとしましたが……あれだけ堂々とされると」
「子供たちの反応は?」
「開始五分で顔が引きつっておりました」
「エリオットは巻き込まれませんでしたの?」
「……奇跡的に」
俺は机の下でぐっと拳を握っていた。巻き込まれてないことに、心から感謝した。
ルイーゼがゆっくりと目を閉じ、ひと息つく。
「教育の主導権を……あの子に渡すわけにはいきませんわ」
俺は、嫌な予感を覚えた。その言葉の温度。微妙な間。
――来るな、これは来るやつだ。
リゼがぽつりと呟く。
「……お嬢様、それは……嫉妬では?」
「ち、違いますわっ」
反射的な否定。俺は横で目を伏せた。ツッコまない。絶対にツッコまない。
「では、次の授業は――?」
ルイーゼ様は、優雅に微笑んだ。
「もちろん、わたくしが担当いたします」
……ああ。地獄は、終わらない。