婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第26話 “婚約希望者による特別授業”ということで

 

「本日の授業は、中止です」

 

リゼの冷たい声が教室に響いた瞬間、子供たちの間にざわめきが広がった。

 

「えええええーーーっ!?」

「やだやだ! 授業やるって言ってたじゃん!」

「今日、ミレーヌ先生でしょ!? 甘やかし先生の日だよね!?」

 

そりゃあ、騒ぎたくもなる。あの先生、何をしても「いい子ですねぇ」で済ませてくれる天使だったからな。

でもリゼは、いつもの無表情で淡々と告げる。

 

「本日、ミレーヌ様は急なご用事で来られません。授業は中止。以上です」

「じゃあ……代わりの先生とか……」

 

俺が口を挟むと、リゼはこちらをちらりと見た。

 

「私が教えることも可能ですが、甘やかしにどっぷり浸かったあの子たちが、その現実に耐えられるとは思えません。今日は静かに自習させましょう」

 

リゼの授業、初回に立ち会ったけど――あれ、騎士団の新人教育よりキツい。

 

子供たちのブーイングが再び始まろうとした、そのときだった。

 

バンッ!

 

扉が勢いよく開いて、あの声が飛び込んできた。

 

「エリオット様ーっ! いらっしゃいますかーっ!」

 

このテンション。この銀髪。この予感しかしない登場――

 

「フィオナ……っ!」

 

ルイーゼ様の妹であり、侯爵家の末娘。

そして最近、なぜか“婚約者候補”を自称してくる、無邪気なドS地雷だ。

 

「おりましたわ! 見つけましたわ、エリオット様!」

「いやいや、ここ孤児院の教室なんだけど!? なんでそんな全力で探してんだよ!」

「婚約の話の続きなのですが!」

「は? まって、え? そんな話、されたっけ俺!?」

「ふふっ、前回のお話では、わたくしが“エリオット様のおそばにいたい”と申し上げましたでしょう? あれは婚約の申し込みと同義ですわ」

「いやいやいや、俺、“そっかー”って言って話題そらしただけだよな!? 流されたはずのやつだよな!?」

「流されませんでしたので来ましたのよ」

「強すぎんだろ……」

「それより、せっかく来てみましたら――まあ。教室がこんなに静か。授業はお休みですの?」

「そうなんだよ。先生が来られなくて……今は自習ってことで――」

「では、わたくしが代わりに!」

「待て待て待て! その流れはおかしいだろ!? 婚約話の続きって言って来たのに、なんでいきなり教壇に上がる!?」

「“婚約者による特別授業”ということで」

「話聞いてた!?」

「では、“婚約希望者による特別授業”ということで」

「お気持ち程度の譲歩ならいらん!」

「いったいどこがご不満ですの?」

「すべてだよ! やめろその肩書き! ここ孤児院だぞ!? なんで堂々と売り込み始めてんだよ!」

 

俺のツッコミなどお構いなしに、フィオナはくるりと回ってスカートをひるがえし、講壇にひょいと飛び乗った。

 

「本日、代理教師を務めさせていただきますわ。フィオナ・ロザリンドです!」

 

リゼが眉をひそめた。

 

「……許可は?」

「ですから、“ちょっとした遊び”ですの。ね? 問題ありませんわよね、皆さん?」

 

子供たちはぽかんとしていた。……が、拍手が一人、また一人と始まり、最終的に「フィオナ先生ー!」という謎のコールまで起きていた。

 

(……ルイーゼ様がこの場にいなかったことを、神に感謝する)

 

 

「ではまず、読み書きの時間ですわね!」

 

フィオナは黒板に、装飾が多すぎる甘ったるい文字記号を書きつけた。

見たこともない筆跡。いや、甘味処の看板にでもなりそうなデザインだった。

 

「これは、“しんらい”という言葉の記号ですわ。――さあ、誰か書ける方?」

 

指名された子が、震えながらチョークを持って前に出た。

その子が書き終えると、フィオナがすっと近づき――

 

「惜しいですわね」

 

小さな指で、文字の右端をとん、と軽く叩く。

 

「この曲線、丸すぎますわ。“お上品ぶってズボラ”な子がよく書く形ですの。真似してはいけませんわよ?」

 

……教室の空気が変わった。

さっきまであんなに拍手してた子供たちの笑顔が、ぴく、ぴく、と硬直していく。

 

「次の方。あなた、いらっしゃいな?」

 

指された女の子は、泣きそうな顔で板の前に立った。

書いた文字に対して、フィオナは笑顔でこう言った。

 

「ふふっ、優しい形ですけれど、ちょっと線が弱すぎですわ。“裏切られる側”の子って、こういうの書きますのよ」

 

――とどめだ。

 

笑顔で、人をバッサリ斬っていくフィオナ。しかも悪気ゼロ。完全にナチュラル。

 

誰もが身をこわばらせるなか、本人だけは無邪気に授業を進めていく。

 

「さあ次は、“責任”という記号ですわ。皆さん、しっかり覚えてくださいね? 間違えると……ぺちん、ですわよ?」

 

彼女は、微笑んだ。

 

それは春の陽気のように柔らかく――でも、確かに誰かの心を凍らせる風をはらんでいた。

 

 

その日の夕方、屋敷の執務室にて。俺は、静まり返った室内で報告を聞いていた。

 

「……以上が、本日の授業の内容です」

 

リゼは変わらぬ調子で淡々と語った。

 

椅子に座るルイーゼは、組んだ指先を唇に当て、じっと考え込んでいた。

 

「許可を取らずに講壇へ?」

「はい。完全な独断でした。私も止めようとしましたが……あれだけ堂々とされると」

「子供たちの反応は?」

「開始五分で顔が引きつっておりました」

「エリオットは巻き込まれませんでしたの?」

「……奇跡的に」

 

俺は机の下でぐっと拳を握っていた。巻き込まれてないことに、心から感謝した。

 

ルイーゼがゆっくりと目を閉じ、ひと息つく。

 

「教育の主導権を……あの子に渡すわけにはいきませんわ」

 

俺は、嫌な予感を覚えた。その言葉の温度。微妙な間。

――来るな、これは来るやつだ。

 

リゼがぽつりと呟く。

 

「……お嬢様、それは……嫉妬では?」

「ち、違いますわっ」

 

反射的な否定。俺は横で目を伏せた。ツッコまない。絶対にツッコまない。

 

「では、次の授業は――?」

 

ルイーゼ様は、優雅に微笑んだ。

 

「もちろん、わたくしが担当いたします」

 

……ああ。地獄は、終わらない。

 

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