婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
「……それなら、わたくしが担当いたします」
ルイーゼのその一言に、俺とリゼの時が止まった。
「な、何を担当するって?」
おそるおそる尋ねると、彼女は紅茶を一口啜ってから、優雅に微笑んだ。
「ミレーヌ嬢が授業を行い、子どもたちが楽しそうにしていた。そして、フィオナまでもが授業をした、と」
ミレーヌはともかく、フィオナのあれは授業になってたのか……?
「――でしたら、わたくしにも可能ですわね」
「え、ちょっと待て、それは違……」
「明日、教壇に立ちますわ」
リゼと俺、声が重なった。
「「は?」」
*
そして、翌日。
教室は妙な緊張感に包まれていた。いや、正直に言うと、恐怖だ。
ルイーゼは薄桃色のドレスに、銀の指導鞭を携えて教壇に立っていた。
「皆さん、静粛に」
たった一言で、子どもたちの背筋がピンと伸びる。俺もびくついた。
「これより“高貴なる教育”を施します。姿勢、礼儀、発声、全てを整えなければ、学びは身につきませんわ」
俺の隣で、リゼが冷静に呟いた。
「始まりましたね。地獄が」
「……もう始まってるの?」
「まずは発声練習です。“おはようございます”を、貴族らしく言ってみなさい」
「お、おはようございま――」
「滑舌が甘いですわ!」
「えっ!?」
「腹式呼吸がなってません。やり直し!」
「おはようご――」
「口角が下がってます。やり直し!」
ひとり、またひとりと撃沈していく。
見てるだけのこっちも精神的にやられる。
「次。“あいうえお”を気品ある五十音で十回ずつ復唱なさい」
「……あ、あ……」
「もっと背筋を伸ばして! “あ”に愛を、“い”に意志を込めなさい!」
「“い”ってなに……?」
俺はこっそり机に頭を伏せた。
リゼは平然とメモを取りながら呟く。
「子どもたちの表情硬直率、昨日比220%。笑顔はゼロです」
「やばすぎる……」
「“笑顔は甘え”と、お嬢様はおっしゃっていました」
「うちの領地、明日には絶滅してそうなんだけど……」
昼休み。
ようやく一息――つけるはずがなかった。
「では、今日の内容をもとに、短く“自分の考え”を三十字以内でまとめなさい。文法も整えて」
「え、文字数制限あんの!?」
「言葉とは、限られた枠の中でどれだけ美しく伝えるかですわ。日記ではありませんのよ」
「“あいうえお”しかやってないのに……」と呟いた子の声を聞き逃さず、
「“あいうえお”が使えるなら、語れるはずですわ。足りないのは思考と覚悟です」
「怖っ!!」
放課後。
俺は机に突っ伏した。
「……大混乱だったな」
「記録としては、最大級の災害ですね」と、リゼ。
「でも、なんか……」
「美しかった、とでも?」
「いや、怖かったって言いたかった」
「ならば、正気です。めずらしいですね」
めずらしい……? 俺に対して言ってる?
問題の張本人が戻ってくる。
「子どもたち、想像以上に根性が足りませんでしたわ。明日はもっと内容を絞って、一音一意で参りましょう」
「……まだやるのかよ!!」
「お嬢様、僭越ながら申し上げますと、今後の“教育方針”について、改めて整理した方がよろしいかと」
「“ミレーヌ嬢の方法が支持された”というのが本当なら、あれほど甘い指導がまかり通る現状こそ、異常ですわ」
「いやでも、子どもたちは実際、前向きになってたっていうか……」
「甘えですわ」
「教育とは尊厳の学問ですわ。自らを律し、統治する心を育む。それが無ければ、読み書きができてもただの庶民」
「……俺、庶民代表みたいになってない?」
ルイーゼは胸を張る。何で誇らしげなんだよ。
「ちなみに今日最後に出された“短文表現”の課題、あれの意図は?」
「感性の鍛錬ですわ。“あいうえお”すら運べない者に語らせれば、己の足りなさに気づけますもの」
「なるほど……(なるのか?)」
「なあリゼ、ほんとに明日もやるの?」
「止めなければ、永遠に続くでしょうね」
「止めてくれよお前が!」
「それができると思われるほど、わたくし、強く見えます?」
「強かには見えるよ!」
ルイーゼはにこりと微笑む。
「心配には及びませんわ。明日は“音読の間合い”について指導を組み立てております」
「間合いって……武道かよ」
それでも、ふと見せた表情はどこか満足そうで――
「子どもたち、最後に“また来てくれるの?”と尋ねてきましたの」
「……あれだけ泣いてたのに?」
「泣きながらも、“もっとちゃんとやりたい”って顔でしたわ」
「……マジかよ。調教完了してるじゃん」
ルイーゼがふっと目を伏せる。
「わたくし……教えることなど初めてでしたけれど、意外と悪くありませんでしたわ」
「お嬢様……」
リゼが珍しく柔らかな声を出しかけた、その瞬間――
「ですから明日は、もっと厳しく参りますわ」
「うん、やっぱ一番やばいわこの人」