婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第28話 わたくしだけを見なさい、犬

 

「――で、何で俺がここにいるんでしょうか」

 

朝一番、屋敷の応接間。俺は革張りの椅子に腰かけながら、誰にともなく呟いた。

 

向かいのソファには三人の女性。

左から、メモ帳をぺらぺらと捲るリゼ。

中央で優雅に紅茶を飲むルイーゼ。

そして右端、穏やかな微笑みをたたえたまま、一切の妥協を許さないシスター・エマ。

 

俺はこの三人に、囲まれている。

 

「本日より、教育方針の見直し会議を行います」

 

シスターが静かに言った。柔らかな声なのに、空気が重い。

 

「対象は……これまで授業を行った方々。順に、リゼ様、ミレーヌ様、フィオナ様、そして……ルイーゼ様」

 

最後だけ、わずかに間が空いた。シスターの敬意と慎重さが滲み出ていた。

 

「……まず、昨日の授業についてですが」

「まあ、わたくしの講義に何か問題でも?」

 

ルイーゼが、おほほ、と笑う。その口元は微笑だが、目だけはまるで戦場。

 

「問題というより、“検討”でございます」

 

それでもシスターは怯まない。まるで神の加護でも受けているように、静かに続ける。

 

「拝見しました。非常に気品あるお振る舞いでした。ですが、子供たちが内容を理解していたかというと……疑問が残ります」

「理解しておりましたわ。少なくとも、“言うことを聞こう”という姿勢は整っておりましたもの」

 

(いや、それ“威圧”って言うんじゃ……)

 

俺が心の中でツッコんでいると、シスターは一段と穏やかに――それでいて厳かに告げた。

 

「恐怖で従わせるのは、教育ではなく……脅迫です」

 

その言葉に、ルイーゼ様のカップがぴたりと止まった。

 

「子供たちは、神の御心に照らされた魂です。萎縮ではなく、自ら学びを欲する姿勢を育まねばなりません」

 

一瞬の沈黙。思わず俺は、空気を和ませようと口を開いた。

 

「で、でも、ルイーゼ様の熱意は本物で……子供たちもちゃんと聞いてましたし……? 方針を柔軟に変えるのはありなのでは?」

 

バチッ、と音はしないのに、三方向から視線が突き刺さった。

 

「熱意で子供は育ちませんわ」

 

ルイーゼが微笑んだまま一言。柔らかく、だが凍てつくような声。いや、フォローのつもりで言ったんだけど?

 

「思いつきで方針を変えるのは、ただの衝動です」

 

リゼの冷徹な指摘。余裕もなければ慈悲もない。

 

「神の御名を借りて申しますが――あなた様の“熱意”は、ただの自己満足に過ぎません」

 

シスターの最後の一刺しが、見事に急所へ。

 

なにこれ? 俺、この会議の生贄なの?

 

「では、これまでの授業内容の検証を」

 

リゼが淡々とメモをめくる。

 

「私の授業は、読み書きと算術。軍の初等教練を参考に、厳格に」

 

……子供たち、泣いてたな。いや、あれはもはや戦だった。

 

「ミレーヌ様の授業は、甘やかしの極み。しかし情緒面の安定という点では有効」

「フィオナ様は、無許可で講壇に。人格診断のような内容でしたが……」

「愚妹ながら、独自性は評価できますわ。子供たちが震えていたというのは、真剣さゆえでしょう」

 

ルイーゼ、怖いから。普通に怖いから。

 

「そのうえで、本日最も検討すべきは――」

「わたくしの講義ですわね?」

 

ルイーゼが笑顔で先回りした。完全に流れを掌握している口ぶり。

 

「はい。気迫と威厳に満ちた授業でした」

「“でした”?」

「惜しむらくは、“内容”と“継続性”です。毎回同じようにできるかが問われます」

「わたくし、何事も全力でございますもの」

 

(いや、それが問題なんだって……)

 

またしても空気が沈むのを感じ、俺は口を開く。

 

「でも、どの授業にも良いところはあったと思うんですよ。ミレーヌは安心感、フィオナは集中力、ルイーゼは……」

「恐怖?」

 

リゼの突っ込みが速すぎて、俺の心臓も止まるかと思った。

 

「そう、恐怖! じゃなくて! えっと……印象、です!」

「なるほど、“印象”で教育を語ると。薄っぺらいですね」

 

リゼが冷たく切り捨てる。

 

「おかわいそうに。脳の皺が、すべて伸びてしまったのでしょうか?」

 

ルイーゼが、優雅に微笑みながら追い打ちをかける。

 

「神の名において申します。印象は教育の土台にはなりません」

 

シスターの声は、柔らかいのに容赦がない。

 

三連撃。俺の心が、ミシッと音を立てた。

 

「では今後の体制として、基礎カリキュラムを定めるべきです」

 

リゼが切り替えた。

 

「私が監修いたします。“誰が教えるか”より、“何を教えるか”が大切ですから」

「よろしいですわ。わたくしも、その案に従いましょう」

「神の御前にて、すべての子供に平等な学びを――それが望ましい姿です」

 

珍しく意見が一致した三人。俺は、ようやく安堵の息を――つきかけた。

 

「では、この方針で進めていきましょうか……ね?」

 

何気なくそう言った俺の一言で、またもや全視線が集中する。

 

「……方針も何も、あなたに決定権はありませんわ」

 

ルイーゼ様が扇子を閉じた。

 

「軽々しく“決める”などと。役割を弁えてください」

 

リゼがさらりと畳みかける。

 

「神の名において。黙って座っていることも、時に徳でございます」

 

シスターが祈るように微笑んだ。

 

再び三連撃。これはもう、教育ではなく処刑だった。

 

 

★★★★★★★★★★

 

 

「――あの方は、誰にでも優しいのですね」

 

帰り道、屋敷への坂道を歩いていたとき、ルイーゼがぽつりとつぶやいた。

その声は、まるで風が温度を失ったように、冷たく、寂しげだった。

 

原因は明らかだ。

さきほどの、シスター・エマによる“模範授業”。

 

慈愛と敬意、そして信仰に満ちたその授業で、子供たちはみるみるうちに心を開いていった。

言葉遣い一つ、間の取り方一つで、子供たちの注意を惹きつけ、自然と正しい言葉が口からこぼれるように導く。

まるで、神の祝福でも降っているかのような――まさに“理想”の授業。

 

だが、それはルイーゼ様の掲げる“支配の教育”とは、対極にあった。

 

「……子供たちの顔、見ました?」

「とても、楽しそうだったな……」

「そう。皆、あの方に懐いておりましたわね」

 

言いながら、ルイーゼ様の視線が一度もこちらを向かない。

その背筋はいつも通り凛としているのに、肩から漂う空気が――刺さる。

 

俺は、喉の奥がきゅうっと締まるような感覚を覚えながら、屋敷の扉を開けた。

 

 

屋敷に入った瞬間、空気が変わった。

何かが、明確に切り替わった。

背後から聞こえたのは、あの一言。

 

「お座りなさい、犬」

「……ワンっ!」

 

反射的に膝を折ると、視界の端にふわりとドレスの裾が揺れた。

いつの間にか、俺のすぐ目の前に、ルイーゼ様のつま先がある。

 

「“神の御心”ですって? 笑わせますわね」

 

そこから始まる声は、笑っているのに凍えるような冷たさだった。

 

「あの方は、誰にでも同じ顔をなさる――それの、どこが“特別”なのかしら?」

「俺は……別に、特別だとは……」

「黙りなさい」

 

ひとことで切られる。

声に熱はないのに、心臓が跳ねるほどの威圧感だった。

 

「お可哀想に。自分が“選ばれている”とでも思っているのかしら」

「……」

「誰にでも笑顔を見せる者の、どこに価値がありますの?」

 

ゆっくりと、ルイーゼは椅子へと腰を下ろした。

蔑むような目線が、こちらを一瞥する。

 

「わたくしだけを見なさい、犬」

 

ズルリ、と背筋に何かが這い降りてくる感覚。

重みのある視線。逃れられない、絶対の命令。

 

「よそ見をするなら、二度と目が合わぬよう、躾けて差し上げますわ」

「っ……」

「目を閉じて、生涯を終えなさいな」

 

俺の全身が震えた。

でもそれは、恐怖なんかじゃない。違う。

欲望のど真ん中を貫かれたような――圧倒的な快感だった。

 

「あなたの居場所は、どこか分かっているでしょう?」

 

ルイーゼが、足先で床をちょん、と軽く叩いた。

 

「……そこですわよ。早く、這っていらっしゃい?」

「……ワン!」

 

反射的に、俺はその場に伏せて四つん這いになった。

 

ああ、そうだ。

この場所、この姿勢、この主。

ぶひぃなんて鳴いてた頃と比べたら、だいぶマシだ。

いや、むしろ――格上げじゃないか?

 

「ワンッ!」

 

……そうだ、俺は今、犬だ。

人間に戻れなくても、せめて犬には戻りたかった。

そう思ってた――そして今、俺は昇格したんだ。

 

ルイーゼを拾った。

それが俺の“人生の成り上がり”だと思ってた。

 

でも……今のこの状況って――

 

……成り上がりって、そういう意味だったのかよ。

 

あ、いや違う。いや、違わない? え? 俺、自分で言ってて今、気づいた……?

 

なんだこれ……俺、拾ったつもりが躾けられて、豚に堕とされて、

今こうして犬に“昇格”させてもらって――

 

成り上がり、達成……!?

 

……なんか、すごく、納得してる自分がいるんだけど!? いいのか!? いや、いいんだ、きっと……!

 

「ふふ。良い子ですわね」

 

頭に、すっと手が添えられる。

その手は、撫でるためではない。確かめるための手。

「わたくしのもの」かどうか、再確認するための手だ。

 

「あなたはわたくしのもの。誰に媚びようと、誰に躾けられようと――」

 

喉元に、指が滑る。

まるで、見えない首輪の存在をなぞるように。

 

「その首輪は、決して外れませんわよ? さあ、吠えてごらんなさい?」

「ワン……! ワンワン……!」

 

情けない声だ。でも、なぜか心が満たされていく。

この声音に、意味がある。価値がある。

選ばれたことが、証明される。

 

「やはり、あなたには犬が似合いますわね」

 

ルイーゼが高笑いする。けれどその目は、鋭く、甘く、支配の色に染まっていた。

 

「この屋敷に、慈悲も祈りも存在しませんのよ。あるのは、命令と従属だけ――わたくしの世界ですもの」

「はい……ルイーゼ様……」

「わたくしだけを見なさい、エリオット。あの方のような“誰にでも優しい”女に、躾ける資格はありませんわ」

 

ああ、完全に地獄だ。

でも俺にとって、それは天国以上だった。

 

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