婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第29話 わたくし以外の女性に、今日、心を奪われました?

 

「それで? 収穫量は?」

 

ルイーゼの問いに、屋敷の応接間がぴしりと静まる。

 

話題は、領地の最重要課題の一つ――食糧事情。

 

教育改革が始まったばかりのこの地では、文字の読めない子供たちに教えを施すにも限界がある。

だが、いくら知識を与えても、腹が減っては始まらない。

飢えは、すべての思考を破壊する。

 

それを誰よりも理解しているものが、目の前に立つ――

 

「農業管理責任者、シエラ。報告いたします」

 

日焼けした少女。

野良着に見えないよう微調整された地味な服、腕には収穫記録を束ねたノート。

だがその口調は、街の役人顔負けだ。

 

「畑の収穫量、前年同月比で一割増しです。輪作の成果が出ています」

「土壌の酸性値は?」

「許容範囲内。ただし北区画の水利偏りで変動の兆しがあります」

「備蓄は?」

「倉庫が旧式。三ヶ月後に湿気由来の腐敗が出ると予想されます」

 

俺は唖然としていた。

なんだこの子。デキすぎでは?

 

「ご立派ですわ」

 

ルイーゼが言う。

声に刺はない。だが、明らかに温度が足りない。

 

「農業という分野、わたくし、詳しくはありませんけれど……こうして数値で語られると、まるで統計の神様でも降臨したかのようですわね」

「恐縮です」

 

シエラが微笑む。威圧でも謙遜でもない、まっすぐな受け答え。

 

……やばい。

 

ルイーゼ、完全に機嫌を損ねてる。でも、攻撃はしない。

 

この人、有能な相手には絶対に手を出さない主義だ。

ということは――誰が地雷を踏むか、答えは一つ。

 

「エリオット。何かご提案でも?」

 

来た。

 

「え、あの、えっと……食料問題について、ですか?」

「ええ。責任者として、何か一つくらい閃くこともあるのでしょう?」

「一応……農具の共有とか、そういう仕組みを整えて、使ってもらえば……」

「まぁ。語彙が、“一応”“とか”“そういう”……貧弱にも程がありますわね。まるで、鍬を持って畑を耕す前に、ぬかるみに沈んで足を取られる人みたい」

「た、例えが厳しい……」

「あなたの頭から搾り出される知恵の総量、麦より軽そうですわ」

「それは……もうちょっと、いい言い方なかったですか……?」

「なかったのでしょうね、あなたの脳では」

 

※八つ当たり:通常運転

 

そこへ、シエラがまた口を開く。

 

「農具の貸与は良い案ですが、それを“決めるだけ”で終わっては失敗します」

「えっ、でも使ってもらえれば――」

「“使ってもらえれば”というのは、“誰かがうまくやってくれるだろう”という他力本願です。責任者の名において、それは不適切です」

「……」

「道具を貸す以上、使用後の回収、状態確認、破損時の弁済規定……運用ルールの整備は義務です」

 

俺はその場で思考を止めかけた。

だが、シエラは止まらない。

 

「け、検討は……」

「意思決定に時間をかけている間に、種は腐ります。“検討する”という言葉の裏には、“今は何もしない”という怠慢が潜んでいます。貴族の方にしてはお詳しいですね、と言ってほしいのなら、現場に三日座ってください。そうでないなら、せめて“即決か撤回か”の判断はしていただかないと、現場が混乱します」

 

ぎ、ぎりぎり耐えた。

でも、ちょっと待て……この理屈の塊みたいな口調――

 

(ここまでの流れ……誰よりもドSなの、もしかしてシエラじゃないか?)

 

俺の心に、薄ら寒い風が吹いた。

 

シエラが続ける。

 

「農具の配分も、信用度に応じて差をつけるべきです。真面目に耕している家と、そうでない家に、同じものを与えても無駄です」

 

リゼが、静かにノートを閉じた。

 

「つまり、“従う者に与え、逆らう者には干渉しない”……」

 

彼女はすっと微笑んで、

 

「なるほど……“支配”の始まりですわね」

 

……こわっ。怖すぎるでしょこの人たち。

 

「あなたはどう思われますの? エリオット」

 

また来た。

 

「え、あの、えっと……その、皆の幸せのために……」

「“皆”って、誰のことですか?」

 

シエラが首をかしげる。だがその声は、容赦がない。

 

「“皆が望んでいる”という主語のない理屈は、一番始末が悪い。あなたの中に“皆”が見えているなら、人数、家族構成、作物の種類……出せますよね?」

「……」

「あなたの“優しさ”は、誰の責任で成立しているんですか? あなたの“曖昧”は、誰が後始末してるか、考えたことあります?」

「す、すみませんでしたぁっ!!」

 

※エリオット、全方位論破により完全敗北。

 

ルイーゼは黙って紅茶を啜っていた。

視線はシエラにも向かない。むしろ、それが不気味だった。

 

でも、俺への罵倒もなかった。

 

それが逆に、怖かった。

 

 

応接間を後にして、俺は廊下を歩いていた。

 

足取りが重い。いや、精神的に削られた。

リゼの皮肉もルイーゼ様の八つ当たりも経験済みだったが――

 

シエラ。お前は何者だ。

 

論理で殴られ、現場知識で潰され、優しさを踏みにじられ――

“優秀”の言葉で片づけてはいけない、なにかがあった。

 

屋敷に戻ってしばらく経った頃。

俺は自室で帳簿の整理をしていた。疲労困憊で、椅子に沈み込む。

 

そのとき、後ろから扉が開く音がした。

 

「……あら。ずいぶんと憔悴しておられますわね?」

 

声の方に振り向くと、ルイーゼが立っている。

薄い笑みを浮かべ、扇子を手にした姿。

だが、その目にだけ、静かな翳りがあった。

 

「いえ……なんか、今日は全体的に、こう、色々と……」

「まぁ。あれしきで疲れていては、冬を越せませんわよ?」

「冬じゃなくて、もう内政が吹雪みたいなもので……」

「ふふ。あなたが拾ったお嬢様たちですもの。仕方ありませんわ。責任はすべて、あなたにございます」

「なんか、ひどく納得感のある罵倒ですね……」

 

ルイーゼは、音もなく歩み寄ってくると、俺の正面に立った。

 

「……ひとつ、確認してもよろしいかしら?」

「は、はい……なんでしょう」

「わたくし以外の女性に、今日、心を奪われました?」

「ぶっ!?」

「口に出す前に、反応で分かってしまいますわね。あの農村の娘に、論理的に責められて悦んでおられた顔――忘れませんことよ?」

「ち、ちがっ……」

「違わない。あなた、顔に出すぎですもの。まぁ、そうでなければ、こんな躾け甲斐のある犬に育ちませんでしたけれど」

 

そう言いながら、彼女は俺の顎にそっと指を添えた。

 

「見なさい。わたくしを」

「……はい」

「わたくしだけを、ですわよ」

「……はい、ルイーゼ様」

 

ほんの一瞬、指先が俺の頬を撫でた。

まるで、確認するように。あるいは“戻ってきたか”と問いかけるように。

 

「あなたの主は誰?」

「ルイーゼです……」

「ならば、吠えてごらんなさい。昨日のように」

「……ワン」

「もう一度?」

「ワンッ!」

「ふふ。良い子ですわ」

 

その一言で、全身に電流が走る。

 

ああ、やっぱり。

この人にだけは、敵わない。

 

ご主人様。主。女王様。

 

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