婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
「……ねぇエリオット、あのときの約束……覚えてる?」
昼下がりの中庭、花壇の前でそう言ったのは、幼馴染のミレーヌだった。
栗色の巻き髪を揺らしながら、彼女は少しだけ恥ずかしそうに笑っている。
「小さいころ、言ったじゃない。“大人になったら、お嫁さんにしてくれる?”って」
「……は、え、いや、それは子どもだったし! というか、急になに!?」
「ふふ。今のあなた、ちょっとカッコよくなってたから。思い出しちゃったの」
その笑顔が、ほんの少し、懐かしくて眩しかった。
腕と腕がふれあい、胸が高鳴る。
けれどその一瞬の甘さは――命取りだった。
「――おや、まぁ」
静かながらも凍てつくような声が背後から響いた。
ルイーゼ・ロザリンド嬢。俺の現・居候であり、現・主であり、現・地獄。
「随分と楽しそうに語らっていらして。まるで舞踏会の終わり際に密談でも交わしているかのようですわね」
その声はあくまで優雅。だが視線だけが、確実に殺気を帯びていた。
俺は背筋を伸ばし、引きつった笑顔で言葉を探す。
「ち、違うんだルイーゼ! これはただの偶然で、ノスタルジーというか、その……!」
「まぁ、偶然とはいえ、古き良き思い出は尊いものですわ……ふふ」
口元にだけ浮かぶ微笑。それがなにより怖い。
「エリオット……」
ミレーヌが、さっきまでとは違う声音で口を開く。
「今、ルイーゼって……こちらの方、まさか……」
「……その、ちょっとした共同生活をしておりまして……」
「へぇ……そう」
ミレーヌの視線がすっと逸れる。目元に曇りが差す。
そして、触れていた腕をそっと引っ込めた。
「じゃあ、またね……エリオット」
栗色の髪が午後の陽に揺れて去っていく。
その背中がなぜか、すごく遠く感じた。
「……偶然、ですわよね?」
隣に立つルイーゼが、静かに問いかける。
その横顔は美しく、けれど氷像のようだった。
「う、うん! もちろんです! ほんとに、たまたまの再会で……!」
「ええ。あなたの過去など、調べるほどの価値もありませんもの」
そう言ってルイーゼはくるりと踵を返す。
まるで、この会話に興味などなかったかのように。
「帰りますわよ。お茶の時間に遅れたら、またミルクがぬるくなってしまいますものね」
俺は何も言えず、その背中を追った。
*
屋敷に戻った直後、ルイーゼは俺を執務室へと無言で導いた。
扉が閉まると同時に、ぴしっ――乗馬鞭が空気を打つ音が響く。
「さて。エリオット」
声は穏やか。だが確実に――怒っている。
「さきほどの“腕の触れ合い”は、どのような意図でしたの?」
「いや、あれは事故で! 向こうからでして!!」
「ふぅん。あなたは触れられるだけの、安い男……と」
「違いますってば!」
鞭が肩口に鋭く走る。思わず背を反らせる。
「もしかして、“初恋”だったのかしら? あの女」
「えっ……まあ、昔ちょっと、そんな感じの……」
「“初恋”だったのね?」
ルイーゼの目が細まる。
俺の口が閉じきるより早く、次の言葉が飛ぶ。
「ちなみに……あなた、経験は?」
「……え?」
「性の。交わりの。行為の。つまり――童貞?」
「……う、うん……」
ルイーゼは息をひとつ吐き、口元に上品な笑みを浮かべた。
「やっぱり、童貞なのね」
「ちょ、やっぱダメかな!?」
「いえ、むしろ……滑稽で、愛らしいですわ」
今度は太ももに鞭が落ちた。声をあげそうになるのを堪えた。
「女も知らずに、よくもまあ“男”を語れましたわね。可哀想に……いえ、可愛いかしら?」
「やめて! これ以上俺の尊厳をいじめないでぇええ!!」
「尊厳? そんなもの、最初から地面に転がっていましたでしょう?」
「ぶひぃいいい……!!(※正気の限界)」
「でも……そうね。童貞のあなたに“余計な妄想”を抱かれないよう、私も準備しておこうかしら」
「……?」
「“貞操帯”、つけておきましょうか。わたくしの神聖な身体に、下劣な視線が届かぬように」
「ま、まって……ルイーゼ、もしかして……その……?」
「ええ。もちろんわたくしも処女ですわよ?」
それは、まるで紅茶の香りを語るような自然さだった。
誇り高く、清らかで、そしてほんの少し――目元が潤んで見えた。
「……あなたに“最初”を与える気は毛頭ありませんけれど。誰にも穢されず、誰よりも気高く生きていく――それがわたくしですもの」
そう言って微笑むその姿は、誰にも踏ませたことのない“心の頂”からの微笑みだった。
そして俺は――その“頂”に、今日も踏まれて生きている。
……それが、とてつもなく、幸せだと思ってしまった。
だが――その幸せには、相応の代償がある。
夜の躾けは、いつにも増して厳しかった。
鞭の音は鋭く、指摘は細かく、靴を脱がされるタイミングは異常に早い。
そして――言葉責めのレベルが、神域だった。
「ミルク、ぬるいですわね。あなたのように、存在まで生温い」
「背筋が曲がってますわ。雑巾よりもみっともない姿勢」
「笑顔が気色悪いですわ。あの女にしか向けられないような顔は、屋敷の中では禁止」
俺は震えながら、なおも尋ねた。
「……もしかして、ルイーゼ……妬いてる?」
ぱあんっ!!
太ももに再び鞭が走る。痛みすら、心地いい。
「はぁ?」
その低くて冷たい声が、たまらなく美しかった。
「虫ケラ以下の下級貴族風情が、わたくしに対して“妬いてる”などと?」
「ご、ごめんなさい!! 調子に乗りましたああ!!」
「ええ。たいそうな妄想力ね。あなたの脳内、豚の餌でも詰まっているのではなくて?」
「ぶひぃいいい……!!(※2回目)」
けれどそのとき――
ルイーゼはふっと目をそらし、ほんの一瞬、口元を小さく緩めた。
「……ほんとうに、どうしようもない豚ですわね」
その呟きが、少しだけ――優しくて。
俺はもう完全に、この女に飼われてるんだと悟った。