婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第31話 あなたにも、あとでクッキーを差し上げますわ

 

昨日、俺は膝枕されて、耳を甘噛みされて、囁かれて、罵倒されて――。

 

それなのに今朝、目が覚めて最初に思ったのは、「あれは夢だったのか……?」という疑念だった。

……でも、違う。

 

まだ耳が妙に敏感だし、なぜか夢の中で鳴いた「ワン」の感触が、喉に残っている。

 

「エリオット様、書類の確認がまだです」

 

朝の書斎。リゼが冷たく告げてくる。

 

「……ああ、うん、今やるよ」

「まだ夢心地ですか?」

「ちょっと昨日の余韻が」

「いいですね。犬って記憶力悪いくせに、都合のいい記憶だけ残すって言いますし」

 

「朝からうるさいですわね」

 

ルイーゼが現れたのは、まさにそのときだった。

今日はいつもより……どこか柔らかい気配をまとっていた。

 

「……昨日は、お疲れさまでした。少しばかり、言い過ぎましたわ」

「……えっ」

「ですから本日、わたくしはあなたに対して叱責を控えることにいたします」

「えっ!?」

 

まさかの“無罵倒宣言”に、リゼが先に反応した。

 

「……気圧の影響ですか?」

「失礼ですわね」

「明日が来る前に、証拠として録音しておきましょうか」

「あなた、今すぐ黙りなさい」

 

罵倒こそしなかったが、ルイーゼの睨みは、いつも通りの鋭さ。

 

それでも、本当に――今日のルイーゼは、優しい。

 

「朝食、まだでしたでしょう?」

「えっ、いや、食べたには食べたけど……」

「では、こちらを」

 

小さな皿に乗せられた焼き菓子――クッキー。

 

「……俺に?」

「はい。あなたの、日々の働きに対する、ご褒美ですわ」

「え、えっと、ありがとうございます……」

「そのまま、口を開けてくださいな」

 

彼女の指先が、クッキーをつまんで俺の唇の前に。

 

「さあ、噛んでくださいませ」

 

……まさかの手渡しクッキー。

サクッとした食感、やさしい甘さ――それより何より、距離が近すぎて、動悸が収まらない。

 

「美味しいですか?」

「……すごく、うまい……です……」

「よろしい……今度は指まで舐めようとしないでくださいませね?」

「してないしてない!」

 

「これはもう、餌付けですね」

 

リゼがぼそっと。

 

「クッキー一枚で落ちるとは……チョロ犬にも程がありますよ」

「おい、なんてこと言うんだよ?」

「感想を述べただけですけど? それとも、これが“おやつの時間”なんですか?」

「やめて! 何かが崩れるから!」

「いいえ、リゼ。犬を育てるのは、鞭ばかりでは務まりませんの。飴も必要――まさにこれこそ、しつけの王道ですわ」

「さすがです、ルイーゼ様。将来的に、しつけ本でも出されるご予定で?」

「……リゼ、本当に黙らせましょうか?」

 

空気が凍てつく前に、俺が割って入る。

 

「でも、本当に……嬉しい。ルイーゼが、こうして褒めてくれるの」

「当然ですわ。あなたの働き、わたくしが見ていないとでも?」

「え?」

 

ルイーゼの視線が少し柔らかくなった。

 

「昨日も申し伝えましたが、市場の再配置――報告前に自ら問題点を見直していたこと……成長、という言葉が相応しいと思いましたわ」

「……俺、そんなに……?」

「孤児院の教育改革も、あの子たちの名前を一人ひとり覚えようとしていた。数字ではなく“人”を見ていたのは、あなたです」

「それは……ルイーゼの方針があったからで」

「方針を出したのはわたくし。けれど、実行したのはあなたです。そこに、意味があります。農地の整理も、“労働の無駄”を数字でなく、実感で見ていた。……そういう視点を持つあなたを、わたくし、ちゃんと認めておりますのよ」

 

涙が出そうだ。

でも、代わりに笑うことにした。

 

「……嬉しいな」

「ふふ、それなら何より」

 

ルイーゼが、ほんの少しだけ身を寄せた。

耳元に、吐息のように、声が降ってくる。

 

「――今は、あなたにだけ。特別なご褒美を差し上げますわ」

 

その言葉が、脳の奥にじんわりと届いた。

甘噛みはない。ただ、声だけが、心の芯を撫でてくる。

その優しさに――俺はもう、逆らえない。

 

「……明日は、もう普通に戻るのか?」

「ええ。今日が特別だったと、ちゃんと分からせなければなりませんもの」

「……せめて、今日のうちに、たくさん褒めてくれよ……」

「ふふ、しっぽを振っても無駄ですわよ?」

 

「この光景……本当に領主と補佐の会話なんですかね?」

 

リゼがぽつりと。

 

「妬いてるのか?」

「ええ、とても……この屋敷、もはや一軒まるごと調教場ですね」

 

「リゼ」

「はい?」

「あなたにも、あとでクッキーを差し上げますわ」

「ご遠慮いたします」

「拒否は認めません」

「……ワン」

 

――今日だけは、犬が二匹だった。

 

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